半田付け装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2022.08.31
事件番号 R3(行ケ)10136(第1事件)、10138(第2事件)
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 半田付け装置、半田付け方法、プリント基板の製造方法、および製品の製造方法
キーワード 進歩性
事案の内容 特許無効審決に対する訴訟であり、請求項1,2、5-7に係る発明について特許を無効とした部分が取り消された。
【ポイント】JIS規格では規定され、文献公知であるが、流通しておらず公用されていないため、フラックスの含有量が1wt%の半田を想到して本願発明を想到することはできないと判断された。

事案の内容

【経緯】
出願   2016年7月30日(特願2016-150884)
登録   2017年05月12日(特許第6138324号)
無効審判 2019年11月12日(請求項3は削除されていた)
訂正   2021年5月6日
審決   2021年10月8日、請求項1,2,5-7無効、請求項4は維持
原告訴訟提起 2021年11月13日、請求項1,2,5-7無効の取り消しを求める(第1事件)
被告訴訟提起 2021年11月16日、請求項4の維持の取り消しを求める(第2事件)
【請求項1】(A)~(G)および部材の符号は筆者が付した。
(A)端子と当該端子に電気的に接続される接続対象とを半田付けする半田付け装置(1)であって、
(B)前記端子の少なくとも先端を挿入または近接する筒状のノズル(24)と、
(C)前記ノズルの内側へ半田片を供給する半田片供給手段(53)と、
(D)前記半田片を加熱溶融する加熱手段(30)と、
(E)前記端子と前記ノズルとの近接離間方向の相対距離を変化させる相対距離変化手段(6)と、
(F)前記ノズル内に供給された溶融前の前記半田片の前記端子側の端部を前記端子に当接させ、当該溶融前の半田片を前記接続対象に接触させずに前記ノズル内に留めるように規制する当接位置規制手段を備え、
前記当接位置規制手段は、
前記端子の側面との間隔が溶融前の前記半田片の最小幅より短く形成された前記ノズルの内壁(25)、
または、
溶融前の前記半田片を前記溶融前の前記半田片の前記端子側の端部が前記端子の先端に当接する位置に所定の姿勢で案内し且つ案内方向に垂直な方向への前記半田片の移動範囲を規制する前記ノズルのノズル先端部よりも狭い前記ノズルの内壁(25)、
により構成され(図5)、
(G)前記加熱手段は、前記端子の先端に当接した前記半田片に前記ノズルを介して熱伝達させる位置(25b)に設けられ、溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し、溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し、この停止した状態で前記ノズルから前記溶融した半田片に伝わる熱を当該溶融した半田片から前記端子に伝えて前記端子を加熱し、この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である(図6(B))
(A)半田付け装置。
【審決】
3 本件審決の理由の要旨
甲1発明(特開2009-195938号公報)との相違点
甲1発明は、相違点1(本願請求項1の構成F)、相違点2(本願請求項1の構成G)について、特定されていないが、相違点1は、ノズル内径、端子の直径、半田片の大きさから相違点ではなく、甲1にフラックス含有量1.0質量%(wt%)の半田片を用いると、相違点2は、容易に想到できる。
【裁判所の判断】
1 本件各発明の概要
(1) 本件明細書の記載
~略~
(2) 本件各発明の概要
~略~
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
事案に鑑み、取消事由2から検討する。
(1) 本件審決は、甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いた場合、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田ごての先端部の貫通孔内壁の径より大きくなるから、溶融した半田は真球になれない旨判断したところ、原告も、甲1の実施例1に関しては、この判断を強く争うものではない。そこで、本件出願日当時の当業者が甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いることが容易になし得たことであるか否かにつき検討する。
(2) 甲1の記載等
甲1には、「本発明の第一の課題は、フラックスの飛散を防止するとともに、詰まりの生じにくい半田鏝を提供することにある。」などの記載(段落【0004】等)があり、甲1発明は、フラックスを含有する半田を用いることを前提としているものと認められるが、フラックスの含有量がどの程度の半田を用いるのかについては、甲1に記載又は示唆はない。
(3) その他の関係証拠の記載
次の各証拠には、次の各記載がある。
ア 甲10
「日本工業規格 JIS 3283:2006
やに入りはんだ

この規格は、主として電気機器、電子機器、通信機器などの配線接続、部品の製造などに用いるフラックスを心として、はんだを線状にしたやに入りはんだについて規定されたもの…である。
今回の改正は、JIS Z 3282が、2006年に改正されたのに伴い、両規格の整合性を保持する目的で行われたものである。

やに入り半田のフラックス含有量は、…表3による。
表3―フラックス含有量 単位 %(質量分率)
記号 フラックス含有量 許容範囲
F1 1.0 0.5以上1.5未満
F2 2.0 1.5以上2.5未満
F3 3.0 2.5以上3.5未満
F4 4.0 3.5以上4.5未満
F5 5.0 4.5以上5.5未満
F6 6.0 5.5以上6.5未満」
イ 甲15
「物質の特定
化学名 化学式 含有量(wt%)

④ ロジン C19H29COOH 1~4」
ウ 甲16(千住金属工業発行の商品カタログ(平成31年又は令和元年))
「SENシリーズ…フラックス含有量 3mass%、4mass%

GAOシリーズ…フラックス含有量 3mass%

CBFシリーズ…フラックス含有量 3mass%

ZEROシリーズ…フラックス含有量 3mass%、4mass%

MACROSシリーズ…フラックス含有量 3.5mass%

LEOシリーズ…フラックス含有量 2mass%

EFCシリーズ…フラックス含有量 3mass%」
エ 甲37(「i-MAKER」なる名称のウェブサイトへの投稿記事(平成27年))
「一般的なヤニ入りはんだ。ワイヤーの内部にヤニ、すなわちフラックスが入っている フラックス含有量は2~4%
オ 甲41(千住金属工業の従業員作成の電子メール(令和3年))__
「お問い合わせいただきました件、お取り扱いに対する資料になるかと思います。
ご要望の1%のもののご用意はございません。
カ 甲42(大澤直著「はんだ付工学-理論から実践まで-」(平成24年))
「代表的な非腐食性フラックスの組成は25%ロジン-75%イソプロピルアルコールであり、IC素子など、高信頼性が要求される分野で使用される。」
キ 甲45(株式会社ニホンゲンマ作成の回答書(令和4年))
「当社でのやにいりはんだ製造につきまして、現在、生産設備の都合上、フラックス含有量1%には対応しておりません。過去におきましてもお客様からのご要望もなく、フラックス含有量1%製品の製造実績はございません。フラックス含有量1%のやにいりはんだを製造する上で危惧される点といたしましては、「やに切れ(フラックスが入っていない不具合)」が上げられます。」
(4) 上記(3)のとおり、千住金属工業発行の商品カタログには、フラックスの含有量を2ないし4wt%とする半田のみが掲載され、フラックスの含有量を2wt%未満とする半田は掲載されていないこと(なお、この商品カタログは、本件出願日の後である平成31年又は令和元年に発行されたものであるが、本件出願日が平成28年7月30日であることに加え、甲41及び45の上記各記載にも照らすと、千住金属工業は、本件出願日当時も、その商品カタログにフラックスの含有量を1wt%とする半田を掲載していなかったものと推認するのが相当である。)、ウェブサイトへの投稿記事においても、フラックスの含有量は2ないし4%とされていること、株式会社ニホンゲンマは、過去においてもフラックス含有量を1%とする半田を製造したことはなく、そのような半田を製造すると、フラックスが入っていない不具合が発生することが危惧される旨回答していること、本件出願日の後に作成された電子メールにおいてではあるが、千住金属工業の従業員も、フラックスの含有量を1%とする半田は提供できない旨回答していることに照らすと、フラックスの含有量を1wt%とする半田は、本件出願日当時、やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、フラックスの含有量を1wt%とする半田は日本工業規格に定められた記号F1の半田に該当する旨主張する。確かに、甲10によると、記号F1の半田(フラックスの含有量を1wt%とする半田を含む。)は、日本工業規格として定められているものであるが、そのことから直ちに、記号F1の半田が現実にやに入り半田の市場において普通に流通していたとまでいえるものではないから、甲10の記載から、フラックスの含有量を1wt%とする半田が本件出願日当時にやに入り半田の市場において普通に流通していたと認めることはできない。
また、被告は、甲15にフラックスの含有量を1wt%とする半田が記載されている旨主張する。しかしながら、甲15には、「ロジン」の含有量が「1~4」wt%であるとの記載があるところ、甲42の上記記載及び弁論の全趣旨によると、ロジンを含有するフラックスの成分は、ロジンのみではないことがうかがわれるから、上記「1~4」との記載は、当然にフラックスの含有量を示すものとはいい難い。
(5) 前記1(2)のとおり、本件発明1は、溶融前の半田片をノズルの内壁及び端子の先端に必ず当接させるとともに、溶融した半田片を必ず真球にならないまま端子の上に載った状態で下方に移動しないように停止させ、ノズルからの熱伝導等により半田片及び端子を十分に加熱し、これにより適正温度での半田付けを実現する結果、半田付け不良の防止という効果を奏するものである。これに対し、甲1には、ランドに接地した糸半田が貫通孔の周壁から輻射熱、伝導熱及び対流熱により加熱され、遜色なく溶解され、より的確な半田付けが可能になった旨の記載はみられるものの(段落【0023】及び【0042】)、溶融した半田が必ず真球にならないまま停止すること、すなわち、溶融後も半田がノズルの内壁に当接し続けることにより半田片及び端子が十分に加熱されることについての記載及び示唆はないから、甲1に接した当業者にとって、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成が解決しようとする課題及び当該構成が奏する作用効果を知らないまま、当該構成を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはないものといわざるを得ない。
(6) なお、証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によると、フラックスの含有量が小さい半田を用いると、半田付け不良の原因になるものと認められる。
(7) 以上によると、使用する半田に含有されるフラックスの量についての記載及び示唆がない甲1に接した当業者にとって、甲1発明においてフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用し、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めることはできず、その他、当業者が甲1発明に基づいて溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めるに足りる証拠はない。
なお、乙3(技術説明資料・17頁)には、甲1発明においてフラックスの含有量が2wt%以下の半田を用いても必ず真球にならないとの構成を得ることができる旨の記載があるが、半田が溶融した際に形成される球の直径を求めるに当たっては、フラックスの組成、半田の組成、半田の熱膨張、ノズルの熱膨張等の諸般の要素につき詳細な検討が必要であるから、乙3が引用する甲33(原告の特許庁審判長に対する回答書)の計算結果並びに残存するフラックスの影響及び半田の熱膨張の影響のみを考慮することによっては、甲1発明においてフラックスの含有量が2wt%以下の半田を用いた場合に必ず真球にならないとの構成を得るものと認めることはできない。
(8) 以上のとおりであるから、本件出願日当時の当業者において、相違点2に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできない。取消事由2は理由がある。
3 甲1を主引用例とする本件発明1の進歩性について
前記2のとおりであるから、取消事由1について判断するまでもなく、本件発明1は、甲1を主引用例とした場合、進歩性を欠くということはできない。
11 結論
以上の次第であるから、原告の請求は理由があり、被告の請求は理由がない。
【所感】
原告が、特徴(G)自体の容易想到性を争っていれば、判決も納得できる。しかし、原告は、甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いた場合、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田ごての先端部の貫通孔内壁の径より大きくなるから、溶融した半田は真球になれない旨判断しており、原告は、甲1の実施例1に関しては、この判断を強く争っていない。フラックスの含有量が1wt%の半田は、JIS規格に規定された複数の規格のうちの1つであり、その中からの選択に過ぎないから、フラックスの含有量が1wt%の半田が流通していようと流通していまいと、フラックスの含有量が1wt%の半田という技術的思想は、容易に想到できると考えられる。そのため、審決における判断の方が納得できた。