半導体製造装置および液晶モジュール事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2013.09.30
事件番号 H24(行ケ)第10373号
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 半導体製造装置および液晶モジュール
キーワード 進歩性、予測できない効果
事案の内容 無効審決に対する審決取消請求事件であり、特許権者の請求が認められた事案。

事案の内容

【経緯】

平成22年 7月16日    設定登録(特許第4550080号、本件特許)

平成24年 1月30日    被告が無効審判請求(無効2012-800006号事件)

平成24年 9月19日    特許無効審決

 

【特許請求の範囲】

【請求項1】(本件発明1)(符号は、間瀬が付した)

絶縁性を有するベースフィルム(10),該ベースフィルム(10)上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層(2),および該バリア層(2)の上に形成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層(3)を有する半導体キャリア用フィルム(1)と,前記配線層(3)に接続された突起電極(22)を有する半導体素子(21)とを備える半導体装置(20)であって,

前記バリア層(2)と前記配線層(3)とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10~2.7×10V/mであり,

前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,

前記バリア層(2)におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより,前記バリア層(2)の溶出によるマイグレーション(*1)を抑制することを特徴とする半導体装置。

 

【請求項2】(本件発明2)~【請求項6】(本件発明6)は省略

 

*1:マイグレーション:電界の影響で金属部分が非金属媒体の上や中を横切って移動する現象。

 

【審決の理由】

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その概要は,本件発明は,原出願日前に頒布された刊行物である特開平6-120630号公報(甲2。以下「甲2文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたとするものである。

審決が認定した引用発明の内容,本件発明1と引用発明の一致点,相違点,本件発明6と引用発明の相違点は以下のとおりである。

(1) 引用発明の内容

「厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1,支持基板1の上に形成された厚さ200Å(20nm)のNi-Cr合金層2,Ni-Cr合金層2の上に形成された銅層3,4を有するプリント配線基板を備え,Ni-Cr合金層2と銅層3,4をエッチング処理により所定の配線パターンに形成した配線に半導体素子を接続した半導体装置であって,該配線は,配線幅及び配線間距離がいずれも20μmの配線パターンであり,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率が18重量%である半導体装置。」

(2) 本件発明1と引用発明の一致点

「絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された半導体素子とを備える半導体装置であって,前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,前記バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とする半導体装置。」の点。

(3) 本件発明1と引用発明の相違点

ア 相違点1

本件発明1は,配線層の表面にスズメッキが施されるのに対して,引用発明は,銅層3,4の表面にスズメッキが施されていない点。

イ 相違点2

本件発明1は,半導体素子が配線層に接続された突起電極を有するのに対して,引用発明は,半導体素子が銅層3,4に接続される突起電極を有するか否か不明である点。

ウ 相違点3

本件発明1は,隣り合う二つの半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10~2.7×10V/mであるのに対して,引用発明は,隣り合う二つの配線の間における電界強度が不明である点。

エ 相違点4

 本件発明1は,バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるのに対して,引用発明は,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率は18重量%であるが,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるか否か不明である点。

 

【原告の主張】

1.取消事由1:判断遺脱又は理由不備

2.取消事由2:本件発明1の容易想到性の判断の誤り

3.取消事由3:本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り

 

【取消事由2(原告の主張から抜粋)】

オ 予測できない効果

本件発明1は,半導体装置が本件発明1の構成要件全てを有機一体的に具備することにより,端子間のマイグレーションの発生をなくし,高温高湿環境下であっても,従来より端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供するものである。

これに対し,引用発明は,支持基板と銅層との間に中間層をNiが5at%~80at%(クロム含有量を94~18重量%)のNi-Cr合金層とすることによって,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成することができるものである。

このように,本件発明1と引用発明とでは,その効果が異なる。また,引用発明は本件発明1の課題を認識しておらず,各相違点に係る構成を具備していないので,本件発明1の効果を予測することができない。よって,本件発明1は,引用発明に比べ,予測できない異質な効果を奏する。

 

【被告の反論】

オ 予測できない効果に対して

引用発明に基づいて,本件発明1の構成を採用することは容易であり,その構成を備えれば本件発明1の効果は得られるのであるから,本件発明1の効果は,容易に予測できる。

 

【当裁判所の判断】

 当裁判所は,原告の取消事由2のうち,「予測できない効果」に係る主張は,理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 認定事実

省略

2 本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

(1) 相違点4に係る構成の技術的意義

本件発明1は,高温高湿環境下であっても,マイグレーションの発生を抑制して,端子間の絶縁抵抗を劣化しにくくすることにより,ファインピッチ化や高出力化に適用できる半導体装置を提供することを課題とし,その課題解決手段として,ニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることとしたものであり,これによって,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向上して,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を抑制することができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなり,バリア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ,マイグレーションの発生を抑制するとの効果を奏する。

これに対し,引用発明は,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成することができ,さらに,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密着強度を有するプリント配線基板用の銅層(銅箔)を提供することを課題とし,その課題解決手段として,支持基板と銅層との中間層にクロム層の代わりにCrを一定割合含有するNi-Cr合金層を用いた発明である。また,甲2文献には,マイグレーションの発生の抑制に関する事項については,記載及び示唆はない。

(2) 原出願日前に頒布された各刊行物の記載

そこで,原出願日前に頒布された各刊行物の記載等について検討する。

ア 平成15年に開催された,「モバイル用液晶モジュールにおけるCOF実装

技術のファインピッチ/高信頼性化」に関するセミナーのテキスト(甲3)

(中略)

上記文献には,モバイル用液晶モジュールにおけるCOFにおいて,絶縁信頼性を維持する上でマイグレーションが問題となることは記載されているが,その機序や発生抑制方法等に関しては記載も示唆もない。

イ~ク・・・省略

 

(3) 小括

以上によれば,原出願日当時,当業者において,半導体キャリア用フィルムにおいて,端子間の絶縁抵抗を維持するため,マイグレーションの発生を抑制する必要があると考えられていたこと,マイグレーションの発生を抑制するため,吸湿防止のための樹脂コーティングを行ったり,水に難溶な不動態皮膜を形成したり,半導体キャリア用フィルムを高温高湿下におかないようにしたりする方法が採られていたことは認められる。

しかし,原出願日当時,本件発明1のように,ニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率を向上させ,また,バリア層の表面電位を標準電位に近くすることによって,マイグレーションの発生を抑制することについて記載した刊行物,又はこれを示唆した刊行物は存在しない。そうすると,甲2文献に接した当業者は,原出願日当時の技術水準に基づき,引用発明において本件発明1に係る構成を採用することにより,バリア層の溶出によるマイグレーションの発生を抑制する効果を奏することは,予測し得なかったというべきである。したがって,本件発明1が容易想到であるとした審決の判断には誤りがある。

(4) 被告の主張に対する判断

この点,被告は,ニッケル-クロム合金層におけるマイグレーションの課題は周知ないしは技術課題であり,また,バリア層の溶出成分がNiであることも周知であり,マイグレーションの発生を抑制するために,バリア層としてクロムの含有量を高めた抵抗値の高いニッケル-クロム層材料を選択するという技術事項も周知であったと主張する。

しかし,上記認定のとおり,原出願日当時,半導体キャリア用フィルムにおいてマイグレーションの問題があることは,当業者に周知であったと認められるが,マイグレーションの発生を抑制するために,バリア層としてクロムの含有量を高めた抵抗値の高いニッケル-クロム層材料を選択するという技術が周知であったと認めるに足りる証拠はない。

したがって,上記のとおり,当業者が,ニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより,マイグレーションの発生を抑制する効果を奏すると予測し得たとは認められない。

 

3 結論

以上によると,原告主張の取消事由2は理由があり,また,原告主張の取消事由3(本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り)も同様に理由があり,その余の点を判断するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 裁判所は、本件発明1の課題が「マイグレーションの発生を抑制すること」であり、そのための課題解決手段として、「バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%」とすることであると本件発明1を認定している。

 ここで、引用文献(甲2)もバリア層におけるクロム含有率は18~94重量%であり、本件発明1のクロム含有率と一部重複している。

 よって、引用文献や周知技術に本件発明1の課題についての認識が無かったとしても本件発明1の効果(マイグレーションの発生を抑制すること)は奏するようにも思える。

 原告の「オ 予測できない効果」の主張に沿って、引用文献や周知技術には、本件発明1の課題についての認識が無いことから、本件発明1の構成要件全てを有機一体的に組み合わせることの動機づけは無いとした方が論理的であるように思える。

以上