半導体装置の製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.06.26
事件番号 H23(行ケ)10316
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 半導体装置の製造方法および半導体装置
キーワード 容易想到性
事案の内容 拒絶査定不服審判で進歩性なしとして拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
特定の周知の樹脂封止方法において、他の周知の樹脂封止方法に用いられる周知の封止用樹脂を用いることに進歩性が認められた点がポイント。

事案の内容

・本願(特願2003-424821号)

[請求項1](「本願発明」、下線部は引用発明との相違点)

「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した硬化

性シリコーン組成物を圧縮成形することによりシリコーン硬化物で封止した半導体装置を製造する方法であって,

前記硬化性シリコーン組成物が,(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を有するオルガノポリシロキサン,(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を有するオルガノポリシロキサン,(C)白金系触媒,および(D)充填剤から少なくともなり,前記(A)成分が,式:RSiO3/2(式中,Rは一価炭化水素基である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,前記(B)成分が,式:R’SiO3/2(式中,R’は脂肪族不飽和炭素-炭素結合を有さない一価炭化水素基または水素原子である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,または前記(A)と前記(B)成分のいずれもが前記シロキサン単位を有することを特徴とする,半導体装置の製造方法。

 

シロキサン(siloxane):ケイ素と酸素を骨格とする化合物で、Si-O-Si結合(シロキサン結合)を持つものの総称。シロキサン結合が2000以下の直鎖構造の分子はオイルの性質を示し、多くは各種基剤と混合して利用される。シロキサン結合が5000~10000の直鎖構造分子はゴムの性質を示し、主に二次加硫して利用される。

シリコーン樹脂:ケイ素樹脂とも。シロキサン骨格を分枝構造とし、さらに置換基としてメチル基、フェニル基などを導入する。

 

・審決の要旨

(1)審決:本願発明は、引用例1に記載された発明、ならびに引用例2、引用例3および甲4文献に示されている周知技術から、当業者が容易に発明をすることができたものである。

・引用例1:特開2000-277551号公報

・引用例2:特開2000-86896号公報

・引用例3:特開平7-335790号公報

・甲4文献:特開平11-243100号公報

(2)本願発明と引用発明の一致点および相違点

<一致点>

「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した組成物を圧縮成形することにより封止した半導体装置を製造する方法」である点

<相違点>

本願発明では,「シリコーン硬化物」で封止し,封止用の「組成物」が,「硬化性シリコーン組成物」で,「請求項1に記載の硬化性シリコーン組成物(T単位シロキサンおよびQ単位シロキサンの少なくとも一方を有する組成物)」であるのに対し,引用発明には,「シリコーン硬化物」で封止する点と,封止用の樹脂50の組成に関する記載がない点

 

4.被告(特許庁)の反論

引用発明と引用例2,引用例3及び甲4文献記載の技術手段とは,半導体装置を封止して保護する組成物である点において,密接に関連し,シリコン系樹脂により半導体装置を封止して保護することは周知慣用の技術手段であるから,半導体を封止するために用いられる引用例2,引用例3及び甲4文献に記載された樹脂であるシリコーン組成物を,半導体を封止するために用いられる引用発明記載の樹脂として使用することは,当業者が容易になし得る。

 

【裁判所の判断】

(1) 本願発明と引用発明の解決課題における相違について

上記のとおり,本願発明は,封止樹脂の厚さを精度良くコントロールし,ボンディングワイヤーの断線や接触等の発生を防止し,封止樹脂にボイドが混入することを防止するため,金型中に半導体装置を載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する方法に関するもので半導体装置を樹脂封止するに当たり,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するとの課題を解決するために,封止樹脂である硬化性シリコーン組成物として特定の組成物を選択することにより,比較的低温で硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することを可能にした発明である。なお,「封止」とは,半導体などの電気電子部品を包み埋め込んで,湿気,活性気体,振動,衝撃などの外部環境からこれを保護し,電気絶縁性や熱放散性を保持するために行われるものである(甲12,13)。そして,封止が行われる前に,半導体素子等に,電気特性の安定化,耐湿性改良,応力緩和,ソフトエラー防止を目的として,表面保護コーティングが行われる(甲12)。

これに対し,引用発明は,本願発明と同様に,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法に関する発明であって引用例1には,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するという課題に関し,何らの記載も示唆もなく,また,樹脂材に関しては熱硬化性樹脂でも熱可塑性樹脂でも使用可能であるとの記載があるものの(段落【0018】),封止用樹脂の組成については何らの限定もない

(2) 本願発明の相違点に係る構成の容易想到性の有無について

引用例2及び引用例3には,硬化性シリコーン組成物として,本願発明における硬化性シリコーン組成物と同じ組成を有する組成物が開示されている。しかし,前記のとおり,引用例2における硬化性シリコーン組成物は,LED表示装置等の防水処理のための充填剤や接着剤として使用するものであること,LEDや外部からの光を反射しないよう,艶消し性に優れているという特性を有することが示されている。半導体装置の封止用樹脂とLED表示装置等の充填剤や接着剤とは,使用目的・使用態様を異にするものであり,引用例2には,上記のような硬化性シリコーン組成物を,半導体装置の樹脂封止に使用するという記載も示唆もない。したがって,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例2に記載された技術的事項を組み合わせ,引用発明における封止用樹脂として引用例2に開示された硬化性シリコーン組成物を使用することを,容易になし得るとはいえない。

また,引用例3における硬化性シリコーン組成物は,半導体素子の表面を被覆するための半導体素子保護用組成物として使用するものであり,前記のとおり,半導体素子の表面被覆は封止の前に行われる工程であって,半導体などを包み埋め込む「封止」とは,その目的等において相違する引用例3には硬化性シリコーン組成物の硬化物による被覆の後,同工程とは別個独立に樹脂封止が行われることを前提とした上で硬化物と封止樹脂との熱膨張率が異なることによって生じる問題点を解決する組成物として,耐湿性及び耐熱性が優れた半導体装置を形成できる半導体素子保護用組成物である硬化性シリコーン組成物が示されている「被覆」と「封止」とは,その目的等において相違する工程であることに照らすならば,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例3に開示された硬化性シリコーン組成物を組み合わせることを,容易になし得るとはいえない。

以上のとおり,当業者が,引用発明に引用例2及び引用例3に記載された発明を組み合わせて,本願発明における相違点に係る構成に至るのが容易であるとは認められない。

イ 被告の主張に対して

この点に関して,被告は,引用例2,引用例3及び甲4文献記載の組成物は,半導体装置を保護する組成物であり,シリコン系樹脂により半導体装置を封止して保護することは,周知慣用の技術手段であり,半導体装置を封止するために,シリコン系樹脂として周知である本願発明における硬化性シリコーン組成物を用いることは,当業者が容易になし得ることであると主張する。

しかし,以下のとおり,被告の主張は,理由がない。

樹脂封止は,半導体装置の封止手段として一般的に行われている方法であり,樹脂封止のうち,ポッティング法,キャスティング法,コーティング法,トランスファ成型法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことは,当業者に周知な技術であると認められる(甲4,12,乙1,2)。しかし,引用発明のように,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する樹脂封止方法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことが当業者に周知な技術であると認めるに足りる証拠はない。被告が本訴において提出する乙1及び2には,ICチップを樹脂封止する際,シリコン系樹脂で封止することが通常行われている旨の記載があるが(乙1の段落【0004】,乙2の段落【0007】),これらの記載から,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法においても,シリコン系樹脂を用いることが当業者に周知な技術であると認めることはできない。

したがって,引用例2,引用例3及び甲4文献から,本願発明における硬化性シリコーン組成物が当業者に周知な組成物であると認められるとしても,引用発明の樹脂にこの硬化性シリコーン組成物を使用することが容易になし得ると認めることはできない。

なお,被告は,本願明細書の記載から,原告の主張に係る「半導体装置を封止する際,ボイドの混入がなく,シリコーン硬化物の厚さを精度良くコントロールすることができ,ボンディングワイヤーの断線や接触がなく,半導体チップや回路基板の反りが小さい半導体装置を効率よく製造することができ(る)」という本願発明の効果を確認することができないとの主張もしている。しかし,被告の上記主張は,容易想到性に関する審決の判断の当否に影響を与える主張ではないから,その主張自体失当である。

 

【所感】

 機械系や電気系の審査実務の感覚からすると、本願発明については引用例や周知技術との関係からみた進歩性を有しないと判断しがちであるが、硬化性シリコーン組成物についての用途発明として本願発明を捉えると、裁判所の判断は妥当である。明細書作成および中間対応では、用途発明として捉えることができるか否かを検討することも重要であると考える。

裁判所の判断では、被告(特許庁)による本願発明の効果を確認することができないとの主張が一蹴されている。本願明細書の段落[0031]には、「本方法で用いる硬化性シリコーン組成物は、…シロキサン単位を有する」(T単位シロキサンおよびQ単位シロキサンの少なくとも一方を有する組成物)との記載があり、本願明細書の段落[0061]~[0072]には、T単位シロキサンおよびQ単位シロキサンの有無以外の実験条件および実験結果が、硬化性エポキシ樹脂組成物を用いた比較例と対比して記載されている。このように、本願明細書からは、T単位シロキサンおよびQ単位シロキサンの有無による効果の相違については不明であるが、本願発明の硬化性シリコーン組成物を用いた本願発明の効果については確認することができるものと考える。

 

<本願発明と引用発明との関係のまとめ>

本願発明:「封止手法A」による半導体装置の「封止」に「硬化性シリコーン組成物B」を用いる半導体の製造方法。

引用例1:「封止手法A」について記載あり。本願発明の課題について記載なし。封止樹脂の組成について限定なし。

引用例2:LED表示装置などの充填剤や接着剤に用いる「硬化性シリコーン組成物B」について記載あり。

引用例3:半導体装置の「被覆」と「封止」とが別に行われることを前提とし、被覆材と封止材との熱膨張率が異なることによって生じる問題を解決する組成物として、半導体装置の「被覆」に用いる「硬化性シリコーン組成物B」について記載あり。

甲4文献等:シリコーン系樹脂を他の封止手法による半導体装置の「封止」に用いることは周知技術。