医療用可視画像の生成方法事件

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判決日 2012.03.26
事件番号 H21(ワ)17848
担当部 東京地裁民事第29部
発明の名称 医療用可視画像の生成方法
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 特許権侵害差止等請求事件において、原告の請求が棄却された事案。
被告方法が、本件発明における「全ての」という構成要件を充足しないと判断された点、及び、本件発明1の技術的範囲に属するような使用態様が極めて例外的なものと解される以上,被告らによる被告製品の製造販売等を直接侵害と同視することが相当であるとも認めることができないと判断された点がポイント。

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【原告の特許】
(1)特許番号:特許第4122463号
(2)出願日:平成14年7月26日
(3)登録日:平成20年5月16日
(4)特許請求の範囲(本件発明1)(請求項1の分説)
(注:下線部が重要)
1-A 複数種の生体組織が含まれた被観察領域を放射線医療診断システムにより断層撮影して得られた,3次元空間上の各空間座標点に対応した画像データ値の分布に基づき,該画像データ値の値域を複数の小区間に分割し,該小区間毎に,該各小区間内の前記画像データ値に基づき,対応する前記空間座標点毎の色度および不透明度を設定し,
この設定された前記空間座標点毎の前記色度および前記不透明度に基づき,前記被観察領域が2次元平面上に投影されてなる可視画像を生成する医療用可視画像の生成方法において,
1-B 前記2次元平面上の各平面座標点と視点とを結ぶ各視線上に位置する全ての前記空間座標点毎の前記色度および前記不透明度を該視線毎に互いに積算し,該積算値を該各視線上の前記平面座標点に反映させると共に,
1-C 前記小区間内に補間区間を設定し,該小区間において設定される前記色度および前記不透明度を,該補間区間において前記画像データ値の大きさに応じて連続的に変化させることを特徴とする医療用可視画像の生成方法。
※画像データ値=CT値など

 

【争点】
1.被告製品による間接侵害の成否(101条5号)
(被告方法は、構成要件1-Aないし1-Cを文言充足するか。)
2.直接侵害の成否

 

【東京地裁の判断】
1.被告製品による間接侵害の成否
被告方法の構成要件1-A充足性
~略~
被告方法は、構成要件1-Aを充足する。

被告方法の構成要件1-B充足性
ア 被告方法の内容等
証拠(乙3,弁論の全趣旨)によれば,被告方法において,被告ソフトウェアは,ボクセルデータに対しボリュームレンダリング処理を実行することにより,被告製品のディスプレイ画面上に画像を表示させるものであるところ,上記ボリュームレンダリング処理は,下記(ア)及び(イ)の数式により行われるものと認められる。
(ア) 数式1

(イ) 数式2

(ウ) 上記(ア)の数式1の「T」は,上記(イ)の数式2の条件を満たすN(視線上に位置する全ボクセルの数)以下の最大の整数を指し,「eps」は計算打ち切り用の閾値を指す。

イ 被告方法の構成要件1-B充足性
(ア) 前記(2)ア(ア)ないし(ウ)のとおり,被告方法において,被告ソフトウェアは上記数式1及び2によりボリュームレンダリング処理を実行するものであるところ,上記ア(ア)の数式1の「V」は視線上の各ボクセルのCT値を,αは不透明度関数を,cは色関数を表すものであり,数式1は,視線上のボクセルにつき設定された色及びオパシティ値につき積算処理を行うものと認められるから,上記ア(ア)の数式1を用いて行う処理は,本件発明1の「空間座標点毎の前記色度および前記不透明度を該視線毎に互いに積算」するものに相当する。
(イ) しかし,前記ア(イ)のとおり,被告方法においては,数式1の積算処理に関し,数式2による閾値の設定がされており,数式1の積算処理は,数式2で設定された閾値に達した時点で打ち切られるものと認められるところ,被告方法においては,上記計算打ち切り処理により,視線上のボクセルデータ中に,積算処理の対象とされないものが存在することが認められる。
そうすると,被告方法は,「全ての」空間座標点毎の前記色度および前記不透明度を該視線毎に互いに積算するものに当たらないこととなる。
(ウ) したがって,その余の点について検討するまでもなく,被告方法は,構成要件1-Bを文言充足しない。これに反する原告の主張は採用しない。

被告方法の構成要件1-C充足性
ア 証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品において,ユーザーは,「カラー属性」タブの「カラー属性」ボタンをクリックすることにより,「カラー属性」ダイアログ(別紙「被告製品等説明書(被告)」の【図9】)を表示し,同ダイアログ中の「色混合」のスライダーを0.00から1.00までの間で動かすことで,本件設定画面上の色境界線で区切られた隣接する色相互の補間率(色混合率)を設定することができ,上記色混合率の設定により,色混合率が1.00に近付くにつれて,隣接色相互が,境界線付近において補間されて滑らかな色表現となることが認められる。
また,被告製品におけるオパシティラインの設定方法は前記第4の1(2)ア(イ)cのとおりであり,ユーザーは,オパシティラインの設定モードのうち,制御点モードを選択した場合,色境界線上に設定される制御点をマウスで上下にドラッグすることにより,オパシティラインを斜線状に変更できることが認められる。

イ 被告製品において,色混合率を設定し,色混合を生じさせた状態及び制御点を利用してオパシティラインが斜線を描くよう設定した状態は,構成要件1-Cのうちの「前記色度および前記不透明度を」「画像データ値の大きさに応じて連続的に変化させる」ことに相当する。

ウ しかしながら,以下の理由により,被告方法は,構成要件1-Cのうちの,前記色度および不透明度を「該補間区間において」「連続的に変化させる」とする部分を充足しない。
(ア) 原告は,ユーザーが色混合率につき0.00を超える値に設定し,かつ,オパシティラインの設定につき制御点モードを選択した場合,被告方法は構成要件1-Cを文言充足すると主張する。
被告製品において色混合率を設定した場合に色混合が生ずる範囲については,被告らが「被告製品では,色混合率及び色境界領域の幅に基づき,所定のアルゴリズムで色混合領域の幅が決定されている。」(平成23年4月8日付け被告ら準備書面(11)の4頁)と主張するのみであり,それ以上明らかでない。
しかし,被告製品のマニュアル(乙3の添付資料)9頁に,「色境界線で区切られた隣接する色の補間率を設定します。数値は0.00~1.00の範囲で設定でき,数値が“1.00”に近づくにつれて境界線付近が補間され,滑らかな色表現になります。」と記載されていることや,別紙「被告製品説明書(被告)」において,「色混合率を1.00に設定した場合」として表示されている図(同説明書の【図11】)において,緑と赤が混合している領域等については,色境界領域の全体において色が混合しているように見えることからすれば,色混合率を1.00に設定した場合,少なくとも両端部分以外の色境界領域においては,その全域において色混合が生じる一方,色混合率を1.00に満たない数字に設定した場合には,色境界領域内に,色混合が生じない領域が残るものと推認することができる。そうすると,色混合率を1.00に満たない数字に設定した場合で,かつ,制御点モードを選択した場合には,オパシティラインの制御点が色境界線上に設定されるものである以上,色混合が生じている区間とオパシティ値が徐々に変化している(オパシティラインが斜線状となっている)区間は一致せず,色又はオパシティ値のいずれか一方のみが変化する区間が生ずるものと認められ,被告方法は,「前記小区間内に補間区間を設定し,」前記色度および前記不透明度を,「該補間区間において」「連続的に変化させる」ものに当たらず,構成要件1-Cを文言充足しない。
(イ) また,被告製品において,ユーザーが色混合率を1.00に設定し,かつ,オパシティラインの設定につき制御点モードを選択した場合について検討すると,前記のとおり,被告製品において色混合率を設定した場合に色混合の生ずる範囲は必ずしも明らかでない。すなわち,別紙「被告製品説明書(被告)」の【図11】を見ると,色境界線で挟まれた各色境界領域のうち,右端のもの及び左端のものについては,色混合率を1.00に設定した場合であっても,同領域内に色混合が生じない区間が残るように見られるから,本件各証拠上,色混合率を1.00に設定し,かつ,制御点モードを選択した場合においても,色混合が生じている区間とオパシティ値が徐々に変化する(オパシティラインが斜線状となる)区間が一致すると認めるに足りないというべきである。したがって,この場合においても,被告方法が構成要件1-Cを文言充足するとは認められない。

エ 原告は,上記ウでみた方法以外の被告方法につき,構成要件1-Cを充足する旨の主張をしていないものであるところ,被告製品において,オパシティラインの設定に関し,制御点モード以外のモードを選択した場合について検討しても,色混合の生ずる区間とオパシティ値が徐々に変化する区間が一致する場合を直ちに見出すことはできない。加えて,前記アのとおり,色混合率を設定した場合に色混合が生ずる範囲が明らかではないこと,オパシティラインの設定モードのうち,制御点モード以外のモードを選択した場合に,グラフ上のどの範囲でオパシティラインを設定することができ,ユーザーがその形状をどのように変更することができるものかが明らかではないことなども考慮すると,被告方法において,構成要件1-Cを文言充足するような使用方法があるものと認めるに足りる立証はないものというべきである。

オ したがって,被告方法は,構成要件1-Cを文言充足しない。

 

2.直接侵害の成否について
(1) 前記第2の1(3)アのとおり,被告製品は医療用疑似三次元画像の生成のために用いられるものであるところ,被告らは,前記第2の1(3)イのとおり,業として,被告製品を医療機関等に生産,譲渡等し,またはその譲渡等の申し出(譲渡等のための展示を含む。)を行っているものであり,被告製品を医療用疑似三次元画像の生成のために用いているものではないから,被告らが被告方法を実施しているものとは認められない。
(2)ア なお, この点につき, 原告は, 被告らが被告製品の開発段階において被告方法を実施したことがあるものと考えられることや,被告製品のパンフレット(甲3)に,被告製品を使用して実際に生成した医療用可視画像が表示されていること,被告らが,被告製品を使用して生成したサンプル画像を用いてプレゼンテーションを行っていることなどを挙げて,被告らが被告方法を実施しているものと主張する。
イ この点,被告製品において,制御点モードを選択した場合に構成要件1-Cを充足する使用方法がされるものとは認め難く,また,その他のモードを選択した場合にも,構成要件1-Cを充足するような使用方法を直ちに見出し難いことは前記3 (2)エのとおりであるから,被告製品の通常の使用方法は本件発明1の技術的範囲に属しないものであり,仮に本件発明1の技術的範囲に属するような使用方法があり得るとしても,当該使用方法は極めて例外的なものであるとみることができる。
また,原告が,被告らによる直接使用の機会として主張するものは上記アのとおりであるところ,被告らの直接使用の機会は,あり得るとしてもごく少数回にとどまるものと解される。
ウ そうすると,被告らによる当該少数回の使用の際に,本件発明1の技術的範囲に属するような極めて例外的な使用態様が実施されるということにつき,立証があるとはいうことができない。
また,原告は,被告らによる被告製品の製造販売等がユーザーを道具として利用した間接正犯又は共犯的行為であるとも主張しているが,前記のとおり,本件発明1の技術的範囲に属するような使用態様が極めて例外的なものと解される以上,被告らによる被告製品の製造販売等を直接侵害と同視することが相当であるとも認めることができない。
(3) したがって, 仮に, 被告製品において, 本件発明1 を充足するような使用態様があり得るとしても,被告らに本件発明1の直接侵害が成立する余地はない。

 

【所感】
「全て」という文言がクレームに用いられていると、被告サイドとしては構成要件の非充足を容易に立証できることが確認された。なお、方法発明についての直接侵害の立証は困難な場合があるため、可能な限り、方法発明に対応する装置発明やプログラム発明も記載しておくことが重要であると考える。