制御式アンテナダイバーシチ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.08.08
事件番号 H24(行ケ)10307
担当部 知財高裁 第2部
発明の名称 制御式アンテナダイバーシチ
キーワード 独立特許要件(進歩性)
事案の内容 本件は,拒絶審決に対する取消訴訟。本判決では、原告の請求は棄却された。
本件発明と引用発明との構成の違いは,引用発明の課題のうちいずれの課題を優先するかに応じて,適宜選択可能な設計事項にすぎないと判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成12年 6月29日 国際出願(発明の名称:制御式アンテナダイバーシチ)

平成21年 9月28日 拒絶理由(新規性+進歩性)

平成21年12月24日 意見書+手続補正書

平成22年 2月 5日 拒絶査定

平成22年 6月14日 審判請求+手続補正書

平成24年 4月16日 補正却下した上で拒絶審決(5月7日謄本送達)

 

【本件発明の概要】

補正発明及び補正前発明は,ダイバーシチを用いることによる性能向上がダイバーシチを用いることによる電力消費を上回る場合を判断でき,後者の状況においてのみ,ベースバンド処理回路によってダイバーシチブランチが制御(すなわちスイッチオン及びオフ)される構成を採用して,ダイバーシチブランチを必要な場合にのみ用いることにより,移動局にダイバーシチを導入することによる電力損失(power penalty)を削減したことを特徴とするものである(段落【0019】)。

 

【請求項1】(下線部が審判請求時の補正箇所。符号は筆者が付した)

第1のアンテナ410と,

前記第1のアンテナからの信号を復調する第1の無線周波数復調器420と,

第2のアンテナ412と,

前記第2のアンテナからの信号を復調する第2の無線周波数復調器422と,

ベースバンド処理回路430とを有し,

前記ベースバンド処理回路430は,当初前記第2の無線周波数復調器422が無効化された状態で,ダイバーシチのために第1の復調無線周波数信号を前記第1の無線周波数復調器420から受信し,ダイバーシチが適切か否かを判定して,ダイバーシチが適切と判定した場合には前記第2の無線周波数復調器422を有効化して第2の復調無線周波数信号を受信し,前記第1及び第2の復調無線周波数信号を合成して合成信号をベースバンド処理し,ダイバーシチが適切でないと判定した場合には前記第2の無線周波数復調器422を無効化したまま前記第1の復調無線周波数信号をベースバンド処理し,その後ダイバーシチが適切と判定した場合に前記第2の無線周波数復調器422を有効化することを特徴とする移動局。

 

【引用例】(特開昭62-230125号公報、甲1)※下線は筆者が付した。以下同じ。

引用発明は,通話品質の確保と消費電流低減とを両立させた無線通信におけるダイバーシチ受信機に関するものである(〔産業上の利用分野〕)。

従来の技術である選択ダイバーシチ受信機においては,複数の受信部を必要とし,これらの復調出力のうち受信電界強度の強い受信部の復調出力をベースバンド部に入力することにより通話品質改善を図っているので常に複数の受信部に電源部から電源が供給され,通話品質を更に改善するために受信部を増やせば増やすほど消費電流も多くなるという課題があった(〔発明が解決しようとする問題点〕)。

その課題を解決するために,引用発明は,アンテナ1及び2で電波を受信し,電界強度に応じた受信信号を出力させ,この受信信号を受信部3及び4でそれぞれ増幅・復調させ,受信部3及び4で発生した電界検出出力v1,v2を比較器10で比較し,電界検出出力電圧が高い方の受信部の復調出力が選択されるようにスイッチ7を切り換える一方,受信部4の電界検出出力v2は制御部5へも入力し,制御部5では,電界検出出力v2の電圧を平均化して平均電界検出出力電圧となし,これをあらかじめ設定した基準電圧と比較し,また,平均電界検出出力電圧が基準電圧より高い時はスイッチ11をオフし低い時はオンするような制御信号を送出し,スイッチ11がオンの時はダイバーシチ受信を行い,スイッチ11がオフの時は受信部3の電界検出出力v1はゼロとなって,比較器10は常に受信部4の復調出力信号を選択するようにしたものである(〔実施例〕,〔図1〕)。

その結果,受信入力電界が設定された基準より強い場合には第1の受信部(受信部3)の電源を切り第2の受信部(受信部4)でのみ受信するようにすることができるので,通話品質を向上できるとともに電力消費量を少なくすることができる効果がある(〔発明の効果〕)。

 

【審決の理由の要点】

(取消事由1)新規事項の追加

※本レジュメでは省略

 

(取消事由2)独立特許要件

<相違点1>※本レジュメでは省略

ダイバーシチが適切か否かを判定する「制御手段」が,補正発明においては「ベースバンド処理回路」であるのに対し,引用発明においては「制御部5」である点。

 

<相違点2>

補正発明においては,

「ベースバンド処理回路」が

当初第2の無線周波数復調器が無効化された状態で,ダイバーシチのために第1の復調無線周波数信号を第1の無線周波数復調器から受信し,ダイバーシチが適切か否かを判定して,ダイバーシチが適切と判定した場合には前記第2の無線周波数復調器を有効化して第2の復調無線周波数信号を受信し,前記第1及び第2の復調無線周波数信号を合成して合成信号をベースバンド処理し,ダイバーシチが適切でないと判定した場合には前記第2の無線周波数復調器を無効化したまま前記第1の復調無線周波数信号をベースバンド処理する」

ものであるのに対し,

引用発明においては,

「制御部5」が

「受信部4の電界検出出力v2をローパスフィルタ14で積分して平均電界検出出力電圧vaとし,平均電界検出出力電圧va<基準電圧vrのときには前記受信部3へ電源を供給するスイッチ11をオンにして選択ダイバーシチ受信を行い,平均電界検出出力電圧va>基準電圧vrのときには前記スイッチ11をオフにして前記受信部4のみによる受信を行う」

ものである点。

 

<相違点3>※本レジュメでは省略

補正発明は「移動局」であるのに対し,引用発明の「ダイバーシチ受信機」は「移動局」であるとはされていない点。

 

【裁判所の判断】

・・・

3.取消事由2(補正発明と引用発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について

(3) 相違点2について

引用発明においても,性能・品質確保と消費電力低減との要請を一定の基準で選択しようとする点において,補正発明と同じ課題を有するものである。引用例には,補正発明と異なり,受信部3や受信部4における動作の順序を示唆する具体的なフローチャートやその他の記載が見当たらず,動作説明をする(実施例)を見ても,動作開始当初に受信部3を無効化しているか否かについては明らかとなっていないが,他方では受信部3を無効化していることを排除する記載もない。そうすると,「通話品質の確保と消費電流低減」を課題とする引用発明において通話品質の確保を優先すれば当初,受信部3が有効化されている構成としてダイバーシチ受信を行い,比較器10は,受信部3が出力する電界検出出力電圧(v1)と受信部4が出力するv2を比較し,高い方の受信部の復調出力を選択する構成とすればよく受信部3が出力する電界検出出力電圧消費電流低減を優先すれば当初,受信部3が無効化されている構成としてダイバーシチ受信を行わないようにし,比較器10は,受信部4の復調出力を選択する構成とすればよいものであって両者の構成は,いずれの課題を優先するかに応じて,適宜選択可能な設計事項にすぎないものと認められる。

 

この点につき,原告は,引用発明は,平均電界検出出力電圧を元に無効化の判断をしており,平均値を求めるためにはある程度の時間が必要であるから,当初において受信部3は有効化されている方が自然であると主張するが,他方で消費電力低減の要請があることを考慮すれば,このことから直ちに受信部3が有効化されているものと断ずることができるものではなく,原告の主張は採用できない

なお,原告の準備書面には,引用例の記載について,受信機の電源投入時点においては,受信部4が出力する電界検出出力電圧v2,ローパスフィルタ14が出力する平均電界検出出力電圧vaは零であるから,平均電界検出出力電圧va<基準電圧vrとなり,さらに,ローパスフィルタ14を使用していることから,受信部3が出力する受信信号に応じた電界検出出力v2が高くなったとしても,平均電界検出出力電圧vaの立ち上がりはそれより遅くなり,受信部4が受信する信号が強くとも,所定の期間は受信部3に電源が供給されることになるので,受信機の動作開始当初に受信部3を有効化する構成が明記されているとし,受信部3を無効化する記載がないことの根拠とする主張がある。

しかし,原告が審判請求書(甲8)6頁において述べているとおり,ダイバーシチの必要性についての判断は,瞬時的に得られるものではなく,ある程度の時間継続して行われるものであるから,電源投入開始直後に瞬時的に平均電界検出出力電圧と基準電圧とを比較するとは理解し難く,ある程度の期間が必要であるから,電源投入後における平均電界検出出力電圧と基準電圧との比較時に常に受信部3が選択されるとは限らない。そうすると,電源投入開始時における立ち上がりにおいて,平均電界検出出力電圧va<基準電圧vrとなることを前提として,受信部3が「当初」有効化されているとする原告の主張は採用できない。

 

・・・

 

第6 結論

以上によれば,本件補正が新規事項の追加に当たるとした審決の判断は是認できないものの,補正発明は独立特許要件を欠いていることから,補正を却下した審決の結論に影響を及ぼすものではなく,結論において正当である。

 

【所感】

 裁判所は、「当初前記第2の無線周波数復調器が無効化された状態で」という本件発明の構成について、「通話品質の確保と消費電流低減」を課題とする引用発明において、通話品質の確保を優先すれば、当初有効化される構成とすればよく、消費電力の低減を優先すれば、当初、無効化される構成とすればよいのであって、両者の構成は、いずれの課題を優先するかに応じて、適宜選択可能な設計事項に過ぎない、と判示した。

 しかし、引用発明の課題は、「通話品質の確保と消費電流低減の両立」であり、また、引用文献には、当初無効化するか有効化するかについて明確に記載されているわけでもない。そのため、裁判所の判断は、結論ありきの判断のように感じられた。

 

以上