光学情報読取装置事件

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  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.2.26
事件番号 H25(行ケ)第10115
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 光学情報読取装置
キーワード 進歩性
事案の内容 原告が、特許(特許第3823487号)について、特許請求の範囲の限定的減縮および明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正審判を請求したところ、進歩性欠如および発明の明確性要件違反を根拠とする、いわゆる独立特許要件(特許法第126条第7項)を満たさない、との審決がなされた(訂正2012-390156号事件)。
本件は、当該審決の取り消しを求めた審決取消訴訟であり、審決における進歩性欠如の判断および発明の明確性要件違反の判断が真っ向から否定された点がポイントである。

事案の内容

【本件訂正発明1】 ※下線部が訂正で追加された箇所。

[請求項1]

複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと、

前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に、当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと、該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと、

 前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置と、

を備える光学情報読取装置において、

前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し

 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする光学情報読取装置。

 

【審決の概要】

(1)本件訂正発明1に係る発明は、刊行物1に、甲8~10に開示された技術常識を適用することにより容易になし得たものである。

刊行物1:特開平8-180125号公報(甲1

刊行物8:特開平5-203873号公報(甲8

刊行物9:特開平7-168093号公報(甲9

刊行物10:特開平5-188284号公報(甲10

(2)「露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした」との記載は、もともと「中心部においても周辺部においても読取が可能」になっていたものと、「露光時間などの調整」によってそうなったものとを区別できず、不明確である。

 

【取消事由】

(1)本件訂正発明1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)本件訂正発明2の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2) ※本紙では割愛

(3)明確性要件に係る判断の誤り(取消事由3)

 

【裁判所の判断】

(1)取消事由1について

(1.1)一致点および相違点の認定の誤り

…引用発明は、…2次元画像を画像処理して2次元コードが存在するか否かを判断しなくても,単に周波数成分比検出回路が走査線信号中から位置決め用シンボルを表す周波数成分比の信号を検出すれば,2次元画像中に2次元コードが存在していることが判明する…(という効果を奏し),2値化調節手段が,2値化された走査線信号の状態に応じて2値化の閾値を調節することにより,2次元画像のほぼ全域で適切な2値化が可能となり,2次元コードのセルの明暗パターンの検出が正確かつ容易となるという効果を奏するというものであるから,刊行物1は,そもそも,2次元コード読取装置において用いられる光学的センサ(CCD)に存する課題やその解決手段としての光学的センサ及び結像レンズや絞り等の光学系の構成や構造を何ら開示するものではない。

本件審決は,引用発明を前記のとおり認定しながら,本件訂正発明1と対比するに当たって,

①刊行物1に…「TVカメラ」が例示されていることや,2次元コードを読み取る際の撮像手段としては一般的には「TVカメラ」が採用されていたこと,このようなカメラで用いられるCCDは通常は二次元アレイであること等を勘案すれば,…引用発明における「CCD」と本件訂正発明1における「光学的センサ」とは「前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列される光学的センサ」である点で共通するといえる,

②引用発明の如き光学情報読取装置において,その撮像素子上に…結像レンズを設ける事は…技術常識であるとともに,カメラでも結像レンズを設ける事は技術常識であるから,引用発明も当然結像レンズを備えているはずであり,引用発明と本件訂正発明1とは「読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズ」を備える点で共通するといえる,

③光学情報読取装置において絞りを設ける事も技術常識であるとともに,カメラでも絞りを設ける事は技術常識であるから,引用発明も本件訂正発明1と同様に「該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞り」を備えることは明らかである,

光学情報読取装置においてセンサ出力を増幅してから2値化等の処理を行うことは技術常識であり,引用発明における「2値化手段」は本件訂正発明1における「2値化」に,引用発明における「周波数成分比検出回路」は本件訂正発明1における「所定の周波数成分比を検出」することにそれぞれ相当する処理を行うものであるから,引用発明も本件訂正発明1における「カメラ部制御装置」に相当するものを備えているといえる

などとして,前記のとおり,刊行物1は2次元コード読取装置において用いられる光学的センサ(CCD)に存する課題やその解決手段としての光学的センサの構成や構造を何ら開示するものではないにもかかわらず,光学系に係る技術常識であるとして,刊行物1に記載がないために引用発明として認定していない構成を,本件訂正発明1と引用発明の一致点として認定したものである。このような一致点の認定手法は,本件訂正発明1と引用発明とを適切に対比したものとはいえず,相当でないというべきである。

 

(1.2)一致点および相違点の認定

~本判決では、相違点A~Cを認定し直した。相違点Aは以下の通り。相違点B,Cについては省略。

<相違点A>

…引用発明は,上記「結像レンズ」及び「絞り」を備えているのか不明であり,「光学的センサ」について,「複数の受光素子が配列され」ているものの,「複数の受光素子」が「2次元的に配列されると共に,受光素子毎に集光レンズが設けられ」ているのか不明であり,これらの不明な点に起因して,上記「結像レンズ」及び「絞り」をどのように配置しているのか,「射出瞳位置」をどのように設定しているのかも不明である。

 

(1.3)相違点Aの容易想到性

…被告は,相違点A~Cを前提としたとしても,本件訂正発明1は刊行物1に記載された発明に技術常識を適用することにより容易に想到し得たものであり,本件審決はその論旨を事実上示しているといえるから,本件審決に違法はない旨主張するので,以下において,前記エで認定した相違点に係る容易想到性について更に検討を加える。

刊行物1には,光学的センサ(CCD)の問題点や前記光学系も含めた構成や構造については全く記載はなく,そもそも,刊行物1に記載された発明は,光学的センサ等についての課題の解決を目的とするものではないから,刊行物1に接した当業者において,光学的センサ(CCD)として「複数の受光素子が2次元的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサ」を用いることを想定し,その上で,かかる光学的センサを用いた場合における周辺部での感度低下等の問題点を想起し,かかる問題点の解決のために,結像レンズや絞り等の光学系に係る技術の適用を試みるであろうとは認められない。

 したがって,刊行物1には,相違点Aに係る本件訂正発明1の構成の開示も示唆もなく,また,引用発明において,相違点Aに係る本件訂正発明1の構成を備えるようにする動機付けも見い出し難いというべきである。

…また,甲8~10の記載によれば,被告が主張するように,①複数の受光素子が2次元的に配列されるとともに当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサ,②結像レンズ,③読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するように配置された絞りを備え,④光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように射出瞳位置が設定された光学系の構成自体は,本件特許の出願当時,周知技術であったと認めることができる。

しかしながら,甲8~10は,スチルビデオカメラ装置ないしビデオカメラ装置に関するものである。スチルビデオカメラ装置ないしビデオカメラ装置と光学情報読取装置とが,光学系という点で関連した技術分野であるとしても,光学情報読取装置において,かかる構成を採用することが容易であるというためには,光学情報読取装置においてかかる構成を採用することに相応の動機付けが必要であるというべきであるが,前記(ア)記載のとおり,刊行物1には,引用発明に上記周知技術を適用することについて動機付けとなるような記載や示唆はなく,また,甲8~10にも,上記周知技術を光学情報読取装置における2次元コードの読み取りに適用することを開示又は示唆する記載もないのであるから,甲8~10の記載を前提としても,引用発明において,相違点Aに係る本件訂正発明1の構成を備えるようにする動機付けは見い出し難いというべきである。 したがって,当業者において,引用発明に基づいて,相違点Aに係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることが容易に想到し得たとは認められない。

 

(2)取消事由3について

…「露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした」との文言は,当該光学情報読取装置は,上記の構成を備えた上で,「露光時間などの調整」により,「中心部においても周辺部でも読み取りが可能となる」ことを示しているものであって,かかる記載自体が不明確であって,請求項1の発明の外延が認識できないものということはできない。

また、本件明細書の…【0011】…【0042】…を参酌しても,上記「露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした」との記載は,本件訂正発明の作用効果を表現した記載であると容易に認識することができるものである。

 

【所感】

判決は妥当であると考える。

進歩性に関しては、本件発明のポイントが、結像レンズと絞りの配置構成にあるのに、主引例が、二次元コードの解読のソフトウェア的な処理をポイントとし、光学系の構成要素についての具体的な開示がないものである時点で、既に、特許庁の判断が無理筋である、との印象をぬぐえない。

実務においても、本件のように、直ちに適用可能とは言えない周知技術が適用される場合が、ままあるように思う。そうした場面での対応の一例として、本件も実務の参考に資することができる点があるのではないかと思う。

ただし、明確性要件については、明細書の記載を参酌しなくとも明確に理解できるようにクレームの記載を訂正する余地はあったのではないだろうか。