伸縮可撓管の移動規制装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2010.12.28
事件番号 H21(行ケ)10187
発明の名称 伸縮可撓管の移動規制装置
キーワード 進歩性,解決課題と容易想到性との関係
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
特許法第29条第2項への該当性を肯定するためには、先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測の成立のみでは十分でなく、当該構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在が必要と判例された点がポイント。

事案の内容

【特許請求の範囲】(補正後の請求項1=本願補正発明,下線は担当が付記)

流体輸送管の途中に接続される一対の可撓継手部から成る伸縮可撓管の移動規制装置において,

前記一対の継手部はそれぞれの外周に設けられた取付片を有し,互いに摺動且つ密封可能に支持され,前記両継手部間にはタイロッドが周方向に前記取付片を介して複数架橋され,両取付片のそれぞれ内外に配設した一対の係合部材により前記タイロッドが取付片間に固定されるものであって,
前記取付片の外側に配設した一方の係合部材は前記タイロッド端部のネジ部に螺着され,六角ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナットで構成され,前記球面ナットと前記取付片との間に球面座金を介在させ,互いの凹凸球面部で摺動させると共に,前記取付片の内側に配設した他方の係合部材は前記タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナットで構成され,前記流体輸送管に対して圧縮方向に,かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収することを特徴とする伸縮可撓管の移動規制装置。

 

【審決概要】
(相違点1)略
(相違点2)取付片の内側に配設した他方の係合部材が,本願補正発明では,『前記流体輸送管に対して圧縮方向に,かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する』ものであるのに対して,引用発明では,(通常の)ナットである点。
→当該技術分野において,管に圧縮力が作用する問題があることは周知の課題である。圧縮力に関する問題を解決するため従来から種々の手段が施されてきたところ,圧縮力がタイロッドを変形させるような異常過重として作用する問題があることは予測されることである。刊行物1には,「脆弱部(実施例ではタイロッドの切欠部)は,阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成しても良い」と記載されている(*)ことを考慮すれば,(通常の)ナットに代えて,刊行物2記載の合成樹脂製の締結ナットを適用して本願補正発明と同様の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものである。

 

【原告主張取消事由概要】

(取消事由1)本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過

(取消事由2)相違点1に係る容易想到性の判断の誤り
(取消事由3)相違点2に係る容易想到性の判断の誤り

 

【裁判所の判断】(取消事由3(相違点2)についてのみ判断)

ア:引用発明は,…,配管施工後に補強状態を解除した場合には,切欠部16を有するロッド13自体が容易に破壊されるようにして,ケーシング管が自由に相対移動できるようにした発明であるといえる。引用発明では,ロッド13の破損を防止するという点,及び,ロッド13の破壊によって配管が突き破られることを防止するという点は,解決課題としていない。これに対して,本願補正発明は,圧縮方向の異常荷重を受けたときに,内側の係合部材のみを変形又は破損させることによってその異常荷重を吸収して,タイロッド自体が変形又は破損しないようにすることを目的とする発明である。本願補正発明は,引用発明と異なり,タイロッドに脆弱部を設けた上,脆弱部について,補強状態から補強解除状態への切換操作を可能とするとの構成を前提としていない。

イ:引用発明と本願補正発明とは,発明の技術的思想,すなわち発明における解決課題及び課題解決手段を異にする。そうすると,たとえ地中に埋設する流体輸送管や管継手等には地震や地盤沈下などによって変形や破損を引き起こすような大きな圧縮力に対する対応を図ることが課題として周知であり,かつ,低強度ナットに係る技術的事項が周知の技術であったとしても,引用例(刊行物1)に,審決が引用した先行技術である引用発明から出発して相違点2に係る本願補正発明の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が記載されていたと解することはできない。

(被告の主張について)
 ア:(上記(*)について)両者(引用発明と本願補正発明)は,発明の解決課題の設定及び解決手段において,技術思想を異にすることにする。…ロッド自体を破壊させる技術的思想と相反する目的で脆弱部を設ける技術的事項の開示はないと解するのが合理的である。…刊行物1に開示された全体の趣旨と離れて,ロッド以外の部分に脆弱部を設ける技術を示唆しているものではない。特許法29条2項への該当性を肯定するためには,先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の相違点に係る構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきところ,刊行物1の段落【0040】の記載(上記(*))は,刊行物2に記載された技術を適用することについて,「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。
イ:被告は,…当該脆弱部が低強度ナットである場合には,運搬途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する必要があれば低強度ナットをナット一般の補強手段又は保護手段で一時的に補強し,その必要がなければ補強手段を省く程度のことは当業者が適宜推考できると主張する。しかし,…仮に上記補強手段の省略が当業者において容易であったとしても,引用発明が配管施工後のタイロッドの破壊を前提としているのに対し,本願補正発明は,配管施工後も一定範囲内の異常荷重である限りタイロッド自体が破損等しないことを目的としているという点で,その技術的思想を異にするものである以上,補強手段を省略することが容易であるとの上記主張は,結論に影響する反論とはいえない。

 

【解説】

本願発明の技術的思想・解決課題が引用文献と異なる場合には,「そもそも技術的思想・解決課題が異なるので,当業者が引用発明から出発して本願発明の構成に到達できる試みをしたはずであるという程度の示唆は存在しない」との主張が功を奏すると思われる。