乾麺およびその製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.04.27
事件番号 平成29(行ケ)第10013号
担当部 知的財産高等裁判所第4部
発明の名称 乾麺およびその製造方法
キーワード 動機付け、阻害要因
事案の内容 無効審判請求の棄却審決の取り消しを求める訴訟であり、原告の請求が棄却された事案。
引例に開示された構成の組み合わせに関する判断の典型例が示された点がポイント。

事案の内容

1 手続きの経緯等
 原告請求の無効審判の審決では、請求項1の物のクレームについて無効審決がなされ、請求項2~10の製造方法のクレームについては請求棄却審決がなされた。
 
2 特許請求の範囲の記載
【請求項2】(本件発明2)
 主原料と,前記主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の粉末油脂とを含む麺生地から形成した生麺体を90℃~150℃で発泡化および乾燥することを具備し,最終糊化度が30%~75%の糊化度を有する乾麺の製造方法。
 
3 審決の理由の要旨
①本件発明2-6及び8-10は、引用例1,2,3のそれぞれに対して進歩性あり。
②本件発明7は、引用例1,4に対して進歩性あり。
③本件発明2-10は、サポート要件を満たす。
 
・引用例1:特公昭54-44731号公報(甲1);引用例1記載の方法の発明→引用発明1A
                              引用例1記載の物の発明→引用発明1B
・引用例2:特開昭59-63152号公報(甲4);引用例2記載の発明→引用発明2
・引用例3:特開2006-122020号公報(甲19);引用例3記載の発明→引用発明3
・引用例4:特公昭48-5027号公報(甲2);引用例4記載の発明→引用発明4
 
・引用発明1Aとの相違点
 相違点1-1:油を全く使用しないものである点。
 相違点1-2:高温気流の条件が190℃6m/秒
 相違点1-3:糊化度が不明
 
・引用発明2との相違点
 相違点2-1:本件発明2のパラメータを満たす油脂を含むものではない点。
 相違点2-2:生麺体を発泡化しているか否か不明。
 相違点2-3:糊化度が不明
 
・引用発明3との相違点
生麺体を、蒸煮した上で、乾燥する「即席麺」である点。
 
※ 審決で認定された引用発明1Bおよび引用発明4の説明については本レジュメでは省略。
 
4 取消事由
(1)引用発明1Aに基づく進歩性判断の誤り
(2)引用発明2に基づく進歩性判断の誤り
(3)引用発明3に基づく進歩性判断の誤り
 
※ 取消事由4,5については本レジュメでは省略。
 
【裁判所の判断】
・・・
2 取消事由1(引用発明1Aに基づく進歩性判断の誤り)について
(1) 引用例1には,おおむね,次の記載がある。
・・・
エ・・・本発明の構成の骨子とするところを述べると常法により製造した麺線の水分に約120℃~250℃,約3~15m/秒の高温気流を約5秒~90秒接触させて均質多孔性の乾燥麺を製造することを特徴とする高温気流乾燥麺の製造法である。(3欄13~28行)
オ 上記のように短時間で高温気流処理された麺線は通常の乾燥麺に比し麺線の表面に光沢を生じ,かつ麺線内部は微細な均一多孔質体の組織となっている。・・・これは均一に水分調整された麺線が120℃~250℃に加熱された気流に急激に接触すると,麺線内部の水分が瞬間的に加熱され,外部へ放出される際に麺表面のでん粉が糊化し,ただちに麺線表面において乾燥されるためにオブラート状の非常に薄いつやのある被膜を形成する。一方麺線内部にはグルテンの急激な変性をともなった均一微細な多孔質体からなる麺線組織を形成するものと考えられる。・・・
カ また保存面においても油を全く使用しないので酸化のおそれがなく長期保存に耐えられ,かつ工業的にも生産し易くコスト的にも安くできあがる等の利点がある。(5欄6~9行)
・・・
(4) 相違点1-1に係る容易想到性
ア ・・・引用発明1Aは,・・・乾燥工程の短縮や,復元性の高い麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で,本件発明2と課題を共通にするものである。そして,本件発明2と引用発明1Aは,多孔質構造の麺を製造する点においても共通する。
イ 引用例2(甲4)には,麺生地に常温で固型状をなしている食品用油脂類などを添加して,多孔質構造を有する乾麺を製造するとの記載があり,多孔質化を目的として油脂を添加することが開示されている。
 しかし,引用発明1Aは,既に多孔質構造を実現しているのであるから,課題達成のため,油脂を添加する方法により多孔質構造を形成する動機付けがあるとはいえない。
 また,・・・引用発明1Aにおいては,乾燥麺が油を含んでいることによる酸化や劣化を課題の1つとし,その解決手段として,油を全く使用しないことにより保存性を改良することができるようにしたものと認められる。
 そうすると,引用発明1Aにおいて,「麺生地に主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の粉末油脂を含む」ようにすることは,上記のとおり,油を含んでいることによる酸化や劣化を課題の1つとし,その解決手段として,「油を全く使用しない」ことにより保存性を改良することができるようにしたことに相反するから,油脂を添加することには阻害事由があるというべきである。
 よって,当業者は,多孔質化の実現のために粉末油脂を麺に添加するとの技術事項を引用発明1Aに適用することは考えないから,引用発明1Aに基づき,相違点1-1に係る構成を当業者が想到することが容易とはいえない。
・・・
 
3 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性判断の誤り)について
(1) 引用例2には,おおむね,次の記載がある・・・
・・・
エ・・・即ち,本発明は上記知見にもとづくものであり,製めん原料に常温で固型状をなしている食品用乳化剤および/または常温で固型状をなしている油脂類を添加,混合して製めんし,その後の工程で無数の微小孔を有し,かつ,ほぐれのよいめんの製造方法であり,従来の食味を改善すると共に復元性の極めて早いめんを消費者に提供しようとするものである。(2頁右上欄10行~左下欄16行)
オ 常温で固型状をなす食品用乳化剤および/または油脂は製めん工程でめんの表面及び内部に無数に点在するが,続く蒸煮工程に於てその部分が蒸気温度により溶融,液化し,めんの表面及び内部に無数の微小孔を生じ乾燥工程後もこれが残り多孔質のめんとなる。このようにして得ためんにお湯を注ぐと,多孔質のため復元性は極めて早い。・・・本発明によるめんの多孔質は従来からある膨化処理によるものではなく,又,混合工程を少なくしグルテン形成をおさえた形の多孔質ではなく,充分練り上げてあるため,めんの組織がしつかり形成されたものであり,めん本来の弾力性を主とする食味を保つたものである。(3頁左上欄17行~右上欄14行)
・・・
(4) 相違点2-2に係る容易想到性
ア 引用発明2は,・・・復元性の高い麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で,本件発明2と課題を共通にするものである。
イ ①引用例1(甲1)には,麺線が120℃~250℃に加熱された気流に急激に接触すると,麺線内部の水分が瞬間的に加熱されて外部へ放出され,麺線内部に均一微細な多孔質体からなる麺線組織が形成されるとの記載,②特公昭48-5027号公報(甲2)には,生麺が約60~120℃低湿度の熱風に暴露されたときに,生麺内部の水分が急激に加熱されて気泡となって外部に放出され,麺体が強靱かつ多孔質に近い状態となるとの記載(3欄39~44行),③特開昭52-12
8251号公報(甲3)には,生麺に120~300℃の高温熱風を2.5~10m/secの流速で供給し,10~60秒の間高温熱風に連続的又は断続的にさらして膨化させるとの記載(1頁右欄12行~2頁右上欄7行)があり,いずれも,生麺体を高温熱風乾燥して多孔質化することを開示している。よって,かかる技術事項(甲1~3技術事項)は,本件優先日当時,周知技術であったことが認められる。
 しかしながら,・・・引用発明2は,乾燥工程において,実施例1,2に開示された蒸煮工程と同様に熱を加えることによって,麺線の表面及び内部に無数に点在する固型状の食品用乳化剤や油脂が溶融,液化し,麺線の表面及び内部に無数の微小孔を生じ,乾燥工程後もこれが残ることにより乾麺を多孔質化するものである。
 したがって,引用発明2については,既に多孔質化を実現しているのであるから,課題達成のため,生麺体を高温熱風乾燥する方法により多孔質化を実現する甲1~3技術事項を適用する動機付けはない。
 また,従来の気泡や膨化により乾麺を多孔質化することによっては,滑らかで弾力性のある食味の麺を作るとの課題を達成できなかったのが,引用発明2の製造方法により製造される乾麺については,「復元性」などが「非常によい」と評価されていることからすると,   引用発明2においては,気泡や膨化とは異なる多孔質化技術を利用することに,格別な技術的意義があるといえる。そうすると,引用発明2において,乾麺を多孔質化する手段として気泡や膨化によることは,引用発明2の課題解決に反することになるから,当業者は,多孔質化の手段として,気泡や膨化によることは考えないものというべきである。
引用例1及び甲2文献に記載の多孔質化は,生麺体の水分が急激に気化して気泡となることを利用するものであり,甲3文献に記載の多孔質化は,生麺体の膨化を利用するものであるから,甲1~3技術事項を引用発明2に適用することには阻害事由がある。
よって,当業者は,引用発明2に甲1~3技術事項を組み合わせて用いることは考えないから,引用発明2に基づき,相違点2-2に係る構成を当業者が想到することが容易とはいえない。
・・・
 
4 取消事由3(引用発明3に基づく進歩性判断の誤り)について
・・・
ア 引用発明3は,高温熱風乾燥の問題点であった「麺線の割れ」を解決すること,及び「生麺のごとき粘弾性」を容易に実現できる即席麺の製造方法を提供することを課題とするものであり(【0018】,【0019】),ひび割れや過発泡を解決するために乾燥工程を短縮し,良好に調理可能な麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で,本件発明2と課題を共通にするものである。
イ ・・・しかしながら,引用例3には,・・・麺線の蒸煮工程により,麺線内部の粉末粒状油脂が溶けることで麺線内部及び麺線表面に(適度なサイズの)穴が形成され,それに続く熱風による膨化乾燥工程により,麺線内部の水分をスムーズに蒸発させて,麺線を乾燥することができるため,麺線の急激な発泡を防止することが可能となり,その結果,麺線の割れ防止と,湯戻し後の良好な食感の両立(更には,生産性及び経済性の両立)が可能となると推定され,その結果,麺線の太さにかかわらず,従来の高温熱風乾燥の問題点であった「麺線の割れ」を効果的に防止しつつ,湯戻し後の食感を良好にすることができるとの効果が奏されること(【0023】)の記載がある。他方で,引用例3には,蒸煮工程を経ずに,熱風乾燥過程において油脂を溶解させることの記載はない。
 そうすると,引用発明3については,麺線内部及び麺線表面に(適度なサイズの)穴が形成され,既に多孔質化を実現しているのであるから,課題達成のため,生麺及び蒸し麺に高温熱風乾燥を行う周知技術を適用する動機付けはない。
 かえって,引用発明3においては,粉末粒状の油脂が添加された麺線に対し,蒸煮した上で熱風による膨化乾燥を行うとの工程により,所望の効果を実現することができるのであるから,課題達成のためには,熱風乾燥前に既に穴が開いている必要がある。したがって,引用発明3においては,麺線を蒸煮してから熱風により膨化乾燥するとの工程によることに,格別な技術的意義がある。そうすると,蒸煮工程を経ずに熱風による膨化乾燥を行うことは,その課題解決に反することになるから,蒸煮工程を経ないで高温熱風乾燥を行うことには,阻害事由がある。
 したがって,生麺及び蒸し麺に高温熱風乾燥を行うことが周知技術であるからといって,当業者が,蒸煮工程を経ない高温熱風乾燥を適用することを想到することはないというべきである。
 そして,引用例3には,「即席麺」を「乾麺」に置き換えることについて,記載も示唆もなく,当業者がかかる置換えを行うべき理由はない。
 よって,相違点3に係る本件発明2の構成は,当業者が容易に想到し得るものではないから,本件発明2は,引用発明3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
・・・
 
【所感】
 判決は妥当であると考える。
 判決において、本件特許に対し、肯定的な判断がなされた大きな要因のひとつは、本件特許の明細書に、発明の技術的意義が明確になるだけの比較例の記載が担保されていた点にあるのではないだろうか。例えば、本件発明2について、クレームに明示されていなくとも、蒸煮することなく、発泡化・乾燥する点が、引用発明2,3との相違点として認定された点などは、蒸煮をおこなった場合が比較例として記載されていたことが有利に働いたと考えられる。
 周知技術や副引例に開示された構成について、主引例において別の方法で課題が既に解決されているのであれば、それらを主引例に適用する動機付けがない、とする判断や、主引例に開示の構成の技術的意義に基づいて、その構成を置換/省略することには阻害事由がある、とする判断は、中間応答の実務に応用することができるだろう。