下肢用衣料事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2018.03.12
事件番号 H26(ワ)7604
担当部 大阪地方裁判所第26民事部
発明の名称 下肢用衣料
キーワード 共有に係る特許権の侵害に対する損害額の推定
事案の内容 本件は、特許権(特許4213194号)を有する原告が、被告らが製造販売する各製品が当該発明の技術的範囲に属すると主張して、被告らに対し、損害賠償請求をした事案である。共有に係る特許権について、損害額が一部控除して算定された点がポイント。

事案の内容

【争点】
(争点1)被告製品は、本件発明の構成要件を文言上充足するか。
(争点2)無効理由(明確性要件違反)の有無
(争点3)無効理由(サポート要件違反)の有無
(争点4)無効理由(新規性欠如)の有無
(争点5)無効理由(進歩性欠如)の有無
(争点6)特許法102条2項の適用可否
(争点7)原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲
(争点8)被告らが得た利益額
(争点9)推定覆滅事由の存否
(争点10)原告に生じた損害額
 
【下肢用衣料】(特許4213194号)
【請求項1】
 大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた前身頃と、
 この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と、
 前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有し、
 前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し、
 前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し、
 前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし、
 前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し、
 取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する形状となることを特徴とする、下肢用衣料。
 
【発明の効果】
【0011】
本発明の下肢用衣料は、大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ、股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく、生地にかかる張力が小さい状態で運動を行うことができる。これにより、屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく、体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる。
 
争点7(原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲)
(原告の主張)
 平成22年4月28日知財高裁判決は,①特許権が共有に係る場合は,特許権侵害行為による損害額は実施割合に応じて算定されるべきであり,この理は特許法102条2項による場合も同様であること,②一方の共有特許権者が不実施で他方の共有特許権者のみが実施している場合には,不実施の共有特許権者は特許法102条3項の損害賠償請求権を有しているが,同人が同損害賠償請求権を他方の共有特許権者に譲渡し,その旨の対抗要件が具備されたときは,上記他方の共有特許権者が特許権侵害に基づき請求し得る損害額は,侵害者が侵害行為によって得た利益の全額となること,を判示している。
 
(裁判所の判断)
原告は,本件特許をゴールドウインテクニカルセンターと共有しているところ,ゴールドウインテクニカルセンターが本件発明の実施をしておらず,また,被告製品の競合品の販売もしていないことにつき当事者間に争いはない。
 
本件特許の共有特許権者である原告は,持分権に基づいて本件発明の全部を実施することができる(特許法73条2項)ところ,共有者の一部のみが実施品又は競合品の販売をしている場合には,侵害行為による販売利益の減少という損害は当該特許権者のみに生じるから,本件において原告に生じた損害の額についても特許法102条2項が適用されると解される。
 
しかし,その原告も本件発明の価値全体を単独で支配し得るものではなく,被告らが本件特許権の侵害行為によって得た利益は,原告の持分権だけでなく,共有特許権者であるゴールドウインテクニカルセンターの持分権を侵害することによっても得られたものであり,ゴールドウインテクニカルセンターは,被告らに対して,特許法102条3項による損害の賠償をその持分割合の限度で請求することができるものである。
 
そうすると,特許法102条2項による原告の損害額の推定は,ゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額(実施料相当額の逸失利益)の限度で一部覆滅されると解するのが相当であるから,原告の損害額は,特許法102条2項によって推定される損害額から,同条3項によりゴールドウインテクニカルセンターに生じたと認められる損害額を控除して算定することとするのが相当である。
 
そして,本件において原告は,原告固有の損害賠償請求権のみを行使し,ゴールドウインテクニカルセンターから譲り受けた損害賠償請求権(甲24及び25)を行使するものではないから,原告が被告らに対して行使可能な損害賠償請求権の範囲も,特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額にとどまるというべきである。
 
この点について,原告は,ゴールドウインテクニカルセンターから,その有する被告に対する本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けたことを理由に,原告が有する固有の損害賠償請求権に基づき,特許法102条2項の推定額の全額を請求することができると主張する。
 
しかし,上記のとおり,そもそも原告の固有の損害賠償請求権は,特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額についてしか発生していないと解されるから,ゴールドウインテクニカルセンターからその固有の損害賠償請求権の譲渡を受けたからといって,自己固有の損害賠償請求権が拡張される理由にはならず,原告の上記主張は採用できない。
 
争点10(原告に生じた損害額)について
(1) ゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害
弁論の全趣旨によれば,本件発明の技術分野における標準的な実施料率を考慮して,本件特許の実施料率は6%と認めるのが相当である。
したがって,被告らによる特許権侵害行為によりゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害は,被告製品の売上金額に6%を乗じた金額の2分の1となり,別紙10の「イ号ないしヘ号製品」欄,別紙11の「イ号及びロ号製品」欄の各「実施料相当額」欄記載のとおり認められる。
(2) 原告の請求可能額
原告が被告らに請求することのできる損害額は,被告らが得た利益合計額を10%覆滅させた額から,(1)のゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害分を控除した金額となり,別紙10,別紙11の各「原告請求可能額」欄記載のとおり,被告タカギに対して合計401万5963円,被告名古屋タカギに対して合計309万7077円と認められる。
 
【所感】
 本判決は不当である。ゴールドウインテクニカルセンター(以下、ゴールド)がトラタニに対して損害賠償請求権を譲渡している時点で、トラタニは、102条2項の推定額の全額が請求できると考える方が道理に適っていると考えるからである。本件において、ゴールドは、もはやトラタニに損害賠償請求権を譲渡していることから、ゴールド自身が102条3項に基づく損害賠償(ゴールド請求分)を請求する手段はなく、トラタニ自身もゴールド請求分を請求できない。このように、被告からゴールド請求分を請求する権利が、ゴールドおよびトラタニの両者から失われることになるため、本判決は不合理である。