ワイヤレススカッフプレート審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.12.21
事件番号 R5(行ケ)10016
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 ワイヤレススカッフプレート
キーワード 図面に基づく訂正と進歩性
事案の内容 本件は、特許無効審判の請求不成立の審決の取り消しを求める訴訟であり、原告の請求は棄却された。

事案の内容

【手続の経緯】
平成29年10月20日 特許出願 特願2017-203553号
(実用新案登録第3195493号(出願日 平成26年11月6日・パリ優先権を伴う)に基づく特許出願)
平成30年 1月26日 設定登録(特許第6279803号)
令和 3年11月25日 無効審判請求
令和 4年 4月 5日 本件訂正の請求
令和 5年 1月10日 本件訂正を認めた上で、本件審決(請求は成り立たない)
令和 5年 2月17日 本件訴訟を提起
 
2 本件特許発明の内容
(1) 本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項12の記載は、以下のとおりである。なお、請求項2~12は、いずれも請求項1を引用するものであり、請求項13は請求項1~12を引用するものである。
【請求項1】
 ワイヤレススカッフプレートであって、
 上表面と下表面を有し、前記上表面は、少なくとも一つの凹槽を有し、且つ、前記凹槽の少なくとも一側は、電源収容孔を有し、及び、定位部が、少なくとも一側上に定義される底板と、
前記凹槽に収容され、且つ、少なくとも一つの回路板を有するバックライトモジュールと、
 少なくとも一つのバッテリーと少なくとも一つの導電ストリップを有し、前記バッテリーが、前記電源収容孔に設置され、前記導電ストリップが、前記バッテリーと前記回路板を電気的に接続する電源モジュールと、
 前記回路板上に設置されると共に、感応信号を感知する近接センサーモジュールと、
 前記回路板上に設置されると共に、前記バックライトモジュール及び前記近接センサーモジュールと電気的に接続し、前記感応信号に従って前記バックライトモジュールをそのオンとオフ状態の時間間隔を調整可能に開閉する制御モジュールと、
 取り外し可能な方式で、前記底板の前記下表面から、前記電源収容孔を覆う少なくとも一つの底カバーと、
 前記底板の前記上表面に設置されると共に、少なくとも前記バックライトモジュールと前記電源モジュールを被覆し、前記バックライトモジュール上に、少なくとも一つの光透過領域を有する上カバーと、
 を含むことを特徴とする、前記ワイヤレススカッフプレート。
【請求項12】(本件審決による訂正前のもの)
 前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載のワイヤレススカッフプレート。
【請求項12】(本件訂正後のもの。下線部は訂正箇所を示す。)
 前記凹槽の下表面は、前記底板本体の下表面よりも下方に突出しており、
前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載のワイヤレススカッフプレート。
 
【当裁判所の判断】
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
(1) 本件訂正は、訂正前の請求項12の「前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする」との事項に「前記凹槽の下表面は、前記底板本体の下表面よりも下方に突出しており」との事項を追加して特定することにより、「底板本体の下表面」と「凹槽の下表面」の位置(上下)関係を明瞭にするものである。
そして、本件図5(別紙2「本件明細書等の記載事項(抜粋)」参照)から、凹槽211の下表面2111は底板2の本体の下表面22よりも下方に突出していることが見て取れるから、上記訂正は、本件図5に記載した事項の範囲内においてしたものである。
 したがって、本件訂正は、明瞭でない記載の釈明(特許法134条の2第1項3号)を目的とするものであり、同条9項、同法126条5項及び6項の規定に適合するものであって、審決の判断に誤りはない。
(2) これに対し、原告は、特許出願の願書に添付された図面は正確とは限らないから、図面に基づく訂正を認めるべきではない、本件図5は不明瞭であるから、これに基づく本件訂正の結果も不明瞭である旨主張する。
ア しかし、まず、特許請求の範囲の訂正は、願書に添付した図面の範囲内においてすることが明文上認められている(特許法134条の2第1項、9項、126条5項)。そして、本件図5は、「底板本体の下表面」と「凹槽の下表面」の位置関係を理解するために必要な程度の正確さを備え、本件訂正の根拠として十分な内容が図示されているものである。
「底部」(【0022】)がどの部分を指すのか不明との点に関しては、訂正後の請求項12の「前記底板本体の下表面」と「前記凹槽の下表面」について、本件明細書【0017】の記載から、それぞれ本件図5の「底板2の本体の下表面22」と「凹槽211の下表面2111」を指していることが明らかである。【符号の説明】【0022】では「2111」を「底部の下表面」と記載されているが、「底部」が「凹槽211」の底部を指すことは、本件図5から明らかである。
ウ また、「高低差x」の存在に疑義を述べる点に関しても、以下のとおり採用できない。
 すなわち、請求項12の「前記凹槽」は、「少なくとも一側は、電源収容孔を有」するとともに「バックライトモジュール」を「収容」するものであるところ(請求項1)、「前記凹槽の下表面」は凹槽のバックライトモジュールが収容される箇所の下表面を指すものと解される。この解釈は、本件明細書【0017】に「一実施態様において、図5に示されるように、…底板2の本体の下表面22と凹槽211の下表面2111間に、高低差xがあり、凹槽211は、回路板31、導光板32を含むバックライトモジュール3を収容する。」、「高低差xは、電源モジュール4を被覆する底カバー7(図5では一側だけが示されている)の厚さを許容するのに十分である。」と記載されていること、本件図5においてバックライトモジュールの構成要素である導光板32が位置する箇所が「2111」と示され、高低差の「x」も示されていることとも整合する。
(3) したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。
 
2 取消事由2(甲1発明に基づく進歩性の判断〔相違点1についての判断〕の誤り)について
(1) 原告は、スカッフプレートにおいて電池の交換は必要不可欠であるから、電池交換のための電池カバーを設ける動機がある、電池カバーを表示部の表側に設けることはさまざまな事情から好ましなく、甲8公報の技術常識等を適用して、裏側に電池カバーを設ける動機がある、本件審決指摘の(a)~(d)の変更は、電池交換のため必要であれば当業者は容易に想到し得る旨主張する。
 しかし、甲1公報によれば、甲1公報の「実用新案登録請求の範囲」に記載された考案は、外部電源が完全に不要な自動車スカッフプレートに適用される発光モジュールを提供することを課題とし(【0004】)、この課題を解決するための発光モジュールは、発光素子及びリードスイッチが設けられた「ランプ板」、及び電線を介してランプ板に接続される「電池」が、いずれも「導光板」に埋設される構成を有し(【0005】、【0015】~【0017】)、この構成により「導光板10の内部に発光素子20に必要な電力を供給することができる電池40を設置するため、完全に外部電源が不要となる」(【0019】)ことで、上記の課題を解決するものと認められる。
 甲1公報には、上記課題の解決の手段として、上記以外の構成は記載されていない。
 そして、本件審決が認定した甲1発明の構成は、外部電源が完全に不要な発光モジュールである上記「導光板10」に、これに埋設された「ランプ板50」、「電池40」等を密封するための「収容溝カバー70」を設け、本件発明1の「底板」に相当する「スカッフプレート80」の上面には「凹部」を設け、この「凹部」に発光モジュールである上記「導光板10」を収容するものである。
 そうすると、甲1発明においては、電池40が導光板10内に埋設されることを含め、「導光板10」に係る上記構成は課題解決に直結した構成であると理解するのが自然であり、本件審決のいう「甲1電池収容構成」もこれと同趣旨と認められる。加えて、甲1公報には、電池の交換についての記載はなく、甲1発明に接した当業者が仮に電池の交換という課題を着想したとしても、相違点1に係る構成とするためには、(a)収納溝カバー70を除いた上で、(b)導光板10に代えてスカッフプレート80に電池40を収容する収容孔を設け、当該電池収容孔を底面側から開口するものとし、(c)該収容孔を覆うカバーを設け、該カバーを取り外すことで電池40を交換可能とし、(d)スカッフプレート80に収容することになった電池と、導光板10内に埋設されているランプ板50等との電気接続を行うという変更が必要になることは、本件審決が認定するとおりである。
 甲1発明をこのように変更することは、課題解決に直結した構成である「甲1電池収容構成」を変更するものであることと併せると、動機付けはないといわざるを得ず、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
また、甲8公報からは、表示部を有し電池を電源とする電子機器において、表示部とは反対の裏側に電池交換のための取り外し可能なカバーを設けることは技術常識であるといえるが、甲1発明のように独立したモジュールが設けられ、底板(スカッフプレート80)の凹部にモジュールを収容する電子機器において、裏側からモジュール内部の電池を交換することまでが技術常識であったとは認めるに足りない。
 甲2公報については、甲1発明のスカッフプレート80、すなわち底板に相当する部材がないから、下側から電池カバーを設けるという抽象的な点をもって「甲1電池収容構成」と置換可能ということはできない。
(2) 原告は、甲1発明において収容溝カバー70の取外しは想定されており、外部から電池40を交換することは当業者が想起し得る旨主張するが、甲1発明において収容溝カバー70の取外しが可能か否かは不明であるし、仮に取外しが可能であれば、取り外すことにより電池交換が可能と考えられるから、むしろ、電池交換のため底板(スカッフプレート80)に電池収容孔と電池カバーを設ける構成に変更する必要性は乏しいといえる。
 そうすると、原告の上記主張を考慮しても、上記の構成変更に係る動機付けは否定せざるを得ない。
(3) 原告は、甲1発明における必須の構成は電池40をスカッフプレート80内に収容することであって、電池40を導光板10内に埋設させた構成は単なる一実施例にすぎない旨主張するが、そもそも原告が認める甲1発明の構成に反する主張である上、甲1公報には「完全に外部電源を不要」とするための具体的態様として電池を導光板内に埋設する態様しか開示されておらず、これが課題解決に直結した構成であることは上記(1)のとおりであり、原告の主張はできない。
(4) したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
 
【所感】
 訂正については、図面を根拠とする訂正や補正は認められない場合もあるが、本件では、図5が明瞭であり、明細書の記載との整合も取れることから、訂正を認めた審決の判断に誤りはないと判断された。この判断は妥当であると考えます。出願当初から、請求項について訂正後と同程度の明確な規定をするのが好ましいのは当然ですが、補正または訂正ができるように、明細書中で言及しておくことも重要であると再認識しました。
 進歩性については、本発明は、電池モジュール4を収納する電源収容孔23を、バックライトモジュール3を収容する凹槽211とは別に設け、電源収容孔23に電池を交換するための底カバーを設けたことに着想の新しさがあると考えられます。引例に対してこの構成変更に係る動機付けがないとした裁判所の判断は妥当であると考えます。