レベル・センサ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.01.31
事件番号 H22(ネ)10009
発明の名称 レベル・センサ
キーワード 技術的範囲の属否、104条の3
事案の内容 原告が、被告に対し、被告製品の差止請求等を行い、原告(控訴人)の請求が棄却された事案。
明細書の記載に基づき「自由懸垂状態」を実施例に限定して解釈した点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3117169号(登録日:2000年10月6日)

(2)出願番号:特願平5-101428(出願日:1993年6月17日)

(3)特許請求の範囲(構成要件の分説)

A ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するような電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,

B-1 中空本体内に配置したマイクロスイッチ(15)に接続された電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取り付けられた中空本体を含み,

B-2 前記スイッチは前記中空本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離位置へ作動され,

C 平衡重り(9)として設計された当該可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され,

D 前記平衡重りの表面の一つがマイクロスイッチ(15)を直接的に又は間接的に作動するように配置され,

前記平衡重りの重量は,前記中空本体(1),前記マイクロスイッチ(15),平衡重り(9),及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持する手段(5,6,7,8)から成るセンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくとも30%であり,

F 前記平衡重り(9)は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり,

G かつ前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり,

H 液体中に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾きなお電気ケーブル(2)から自由懸垂状態にある

ことを特徴とするレベル・センサ。

 

【被告製品の構成】

判決文の別紙参照

 

【争点】

1 被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)

2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)

ア 補正要件違反による出願日繰下げを前提とする新規性の欠如(争点2-1)

イ 補正要件違反による出願日繰下げを前提とする進歩性の欠如(争点2-2)

(中略)

オ サポート要件違反(争点2-5)

3 原告フリクト日本は本件特許権の独占的通常実施権者であるか(争点3)

4 原告らの損害等(争点4)

 

【原審】

平成20年(ワ)第10854号 特許権侵害差止請求事件

平成21年12月24日判決言渡日

 

原判決は,本件特許は,旧特許法36条5項1号の規定に違反してなされたものであり,特許無効審判により無効とされるべきものと認められるとして,特許法104条の3第1項により,原告らの請求をいずれも棄却した。

→詳細は、以下の通り。

(原審から抜粋)

これらモーメントの総和が0となってモーメントのつり合いを実現するためには,

M=Mt-Mw+Mf

=T×0-W×Lw+F×Lf=0

すなわち,

F×Lf=W×Lw

∴ Lw/Lf=F/W

となる必要があること,そして,F/Wの値は一定であるのに対し,Lw/Lfの値は中空本体の傾斜角度に応じて変化し,上記等式を満たす傾斜角度で平衡することが認められる。

これを液体中のレベル・センサについてみると,その中空本体の鉛直上下方向には,吊点(電気ケーブルの接続点)に電気ケーブルによる鉛直上向きの張力が, 浮点(浮力の合力が働く点)に鉛直上向きの浮力(中空本体の体積に相当する液体の重量と同じ大きさ)が,重心に鉛直下向きのレベル・センサ全体の重力がそれぞれ働き,これらが釣り合う傾斜角度でレベル・センサが平衡するのであるから,液中のレベル・センサの傾斜角度を所望のもの(上記実施例では主水平位置)として,「Lw/Lf=F/W」を満たす角度で平衡状態を保つためには,平衡重りとセンサ全体の重量比はその要素とならないことが明らかであり,かえって,液体の密度を考慮した上で,平衡重りを含めたレベル・センサ全体の重量,中空本体の形状・容積等を適切に設定することが必要になるものと考えられる。

以上によれば,「レベル・センサを液中において概ね主水平位置に安定的に維持する」という効果との関係において,平衡重りとセンサ全体の重量比が影響を及ぼすとの技術常識を認めることはできない。

 

【裁判所(知財高裁)の判断】

当裁判所は,被告製品は,本件特許発明の構成要件B-1,CないしHを充足しないから,本件各控訴はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 

1 構成要件B-1の充足性について

(1) 「電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取り付けられた中空本体」の意義

構成要件B-1は,「中空本体内に配置したマイクロスイッチ(15)に接続された電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取り付けられた中空本体を含み,」である。同構成要件中の「電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取り付けられた中空本体」の意義について,以下検討する。

ア 事実認定

イ 判断

前記本件明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【発明の詳細な説明】の段落【0010】,【0011】,【0012】,【0014】の記載及び図1,2(別紙4図面1,2)によれば,本件特許発明において,レベル・センサを構成している中空本体は,電気ケーブル(2)に取り付けられていること,そして,中空本体と電気ケーブルとの取り付け状態は,自由な姿勢を保つことができ,かつ懸垂されていることを要件としている。このような構成を採用した趣旨は,《1》中空本体が空気中にある場合には,電気ケーブルとの取付部を中心として,自由な姿勢を保つことができるものの,電気ケーブルにより吊られるために,自重により,先端底部を下にして,垂れ下がる状態(懸垂される状態)を維持することができ,また,《2》中空本体が液体中にある場合であっても,同様に,電気ケーブルとの取付部を中心として,自由な姿勢を保つことができる点,及び電気ケーブルにより吊られる点では同様であるが,液体との比重との関係から,別紙4図面2のように,電気ケーブルの取付部を中心として,方向を自由に変えることによって,水平状態を維持することができるようにしたことにあると推認される。

以上のとおり,構成要件B-1の「電気ケーブルに自由懸垂状態に取り付けられた」とは,レベル・センサを構成する中空本体が,空気中にある場合においても,液体中にある場合においても,電気ケーブルにより垂れ下がる状態を保つことができ,かつ,電気ケーブルの取付部を中心に自由な方向に姿勢を変えることができることを意味するものと解するのが相当である。

 

(2) 被告製品との対比

甲4の1,乙26の1及び2,別紙3被告製品説明書【被告の主張】第1’図-《2》,第2’図-《2》及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の本体ケース(イ)は,中空であり,内部に,可動する重り(ハ),マイクロスイッチ(ヘ)を配置し,マイクロスイッチ(ヘ)へは電気ケーブル(ロ)の三本の芯線が接続されていること,電気ケーブル(ロ)は本体ケース(イ)頂部の開口部(ホ)を通して本体ケース(イ)内部に引き込まれており,電気ケーブル(ロ)と開口部(ホ)は,シール部材(ト)により密封されていること,電気ケーブル(ロ)の途中にクランプ(ヌ)が設けられ,本体ケース(イ)の頭部側方から樹設したクサリ係止支柱(カ)とクランプ(ヌ)とは,クサリ(ル)の両方に取り付けられていることが認められる。

また,上記各証拠によれば,《1》本体ケースが,空気中にある場合には,別紙3被告製品説明書【被告の主張】第1’図-《2》のとおり,クサリ(ル)の方が電気ケーブルより短いため,専らクサリ(ル)によって吊された状態となり,電気ケーブル(ロ)が弛んだ状態となり,電気ケーブルとの取付部を中心として下方に自由に垂れ下がる状態(懸垂される状態)を維持することはなく,《2》本体ケースが,液体中にある場合には,別紙3被告製品説明書【被告の主張】第2’図-《2》のとおり,本体ケースが,大きく傾いて,本体ケースの底部を上に,ケーブルの取付部を下にした反転状態に姿勢を変えるものの,空気中にある場合と同様に,専ら,クサリ(ル)によって吊された状態であって,電気ケーブル(ロ)が弛んだ状態であることにおいては,空気中にある場合と変化はないことが認められる。

以上の事実を前提とすれば,空気中及び液体中のいずれの場合においても,被告製品の本体ケース(イ)は,クサリ(ル)との間で懸垂状態に取り付けられ,電気ケーブル(ロ)とは,弛んだ状態で取り付けられているため,電気ケーブルに自由懸垂状態に取り付けられていない。また,被告製品の本体ケース(イ)の取付部は,クサリ(ル)の長さに制約され,これを超える範囲に動くことはできないため,自由懸垂状態を確保することはできない。

(3) 小括

以上のとおり,被告製品の本体ケース(イ)は,「電気ケーブルに自由懸垂状態に取り付けられた中空本体」に当たらないので,構成要件B-1を充足しない。

 

2 構成要件Cの充足性について

(1) 「平衡重りとして設計された当該可動重り」の意義

構成要件Cは,「平衡重り(9)として設計された当該可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され,」である。同構成要件中の「平衡重り(9)として設計された当該可動重り」の意義について,以下検討する。

特許請求の範囲記載の「平衡重り(9)として設計された当該可動重り」の用語

の意義は,必ずしも明確ではない部分を含む。そこで,明細書の記載及び図面を考慮して解釈する。

前記本件明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0010】,【0011】,【0012】,【0014】,【0016】の記載及び図1,2(別紙4図面1,2)によれば,本件特許発明において,空気に囲まれているとき主として垂直位置をとるレベル・センサが,液体中に浸漬され,水位レベルが上昇し始めると,センサ本体は遂に傾き始め,最後には別紙4図面2のとおり水平位置に到達するが,容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサ本体より上に如何に上昇するかに関係なく,水平位置を取るように構成されているところ,センサ本体内に2つの異なる終端位置の間で重りを通る軸線を中心として回転可能に支持された平衡重り(可動重り)は,レベル・センサが液体中に浸漬されると,センサをその浮力の中心の周りに回転させ,センサを水平位置で平衡させる作用を有するとともに,自身の回転によりスイッチング作用を行うことが認められる。そうすると,本件特許発明における「平衡重りとして設計された当該可動重り」とは,レベル・センサが,液体中に浸漬されてセンサ本体が傾き始め,水平位置に到達した後に,水位レベルがセンサ本体よりさらに上昇しても,なおセンサ本体が水平位置を取るようにした重りをいうものと解される。

(2) 被告製品との対比

ア 甲4の1,乙26の1及び2,別紙3被告製品説明書【被告の主張】第1’図-《2》,第2’図-《2》及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の可動重り(ハ)は,軸(ニ)を中心として回転可能に支持され,別紙3被告製品説明書【被告の主張】第1’図-《2》における位置から第2’図-《2》における位置までの間,又は,第2’図-《2》における位置から第1’図-《2》における位置までの間で,回転することができること,本体ケースが液体中に浸漬された場合,本体ケースは液体中に沈み,本体ケースは空気中での別紙3被告製品説明書【被告の主張】第1’図-《2》の位置から,さらに大きく傾いて,本体ケースの底部を上方に,ケーブルの取付部を下方にした反転状態に姿勢を変えることが認められる。そうすると,被告製品の可動重り(ハ)は,本体ケース内に2つの異なる終端位置の間で重りを通る軸線を中心として回転可能に支持されているものの,本体ケースが液体中に浸漬された後,水位レベルが本体ケースより上昇した際に,本体ケースが水平位置を取るものではなく,「平衡重りとして設計された当該可動重り」には当たらない。

イ これに対し,原告は,本件特許発明における「平衡重り」とは,「中空本体の外形」を「回転体」と捉えた場合,レベル・センサが液体中に浸漬された状態において,上記「回転体」の回転軸を中心として回転する運動を防止することによって,平衡重りの表面の1つがマイクロスイッチを作動させている位置で釣合のとれた安定した状態を保たせるように設計された可動重りを意味すると主張する。

しかし,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,前記のとおり,本件特許発明における「平衡重りとして設計された当該可動重り」とは,その語義は明確ではないものの,明細書の記載等を考慮するならば,レベル・センサが,液体中に浸漬されてセンサ本体が傾き始め,水平位置に到達した後に,液体の密度と関連させたセンサの容積と重量の適切な選択によって,さらに水位レベルがセンサ本体より上昇しても,なおセンサ本体が水平位置を取るようにした重りのみが開示されていると解されること(本件明細書の段落【0014】,【0016】)に照らすならば,レベル・センサが,回転体の回転軸を中心として回転する運動を防止することに寄与する機能を有したものでありさえすれば,すべて,「平衡重りとして設計された当該可動重り」に該当するとの主張は採用の限りでない。

以上のとおり,被告製品は,構成要件Cを充足しない。

 

3 構成要件DないしHの充足性について

 

4 結論

以上のとおり,被告製品は,構成要件B-1,CないしHを充足せず,本件特許発明の技術的範囲に属さない。

したがって,原告らの請求をいずれも棄却した原判決は,結論において相当であって,本件控訴は,その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 構成要件B-1については、明細書の記載に基づき「自由懸垂状態」を実施例に限定して解釈を行った点で妥当であると考える。

 構成要件Cについて、明細書の記載に基づき「平衡重り」を実施例に限定して解釈を行った点で妥当であると考える。ただし、構成要件Cの「平衡重りとして設計された」の記載を省略しても請求項の記載内容は明確であり、この記載を省略した場合は、実施例に限定して解釈されなかった余地はあると考える。