ラック搬送装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.01.28
事件番号 H26(行ケ)10087
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 ラック搬送装置
キーワード 訂正要件
事案の内容 「懸下」を、懸下の上位概念である「保持」に訂正したことが、新たな技術的事項を導入するものではなく,本件明細書に記載された事項から自明のものであると認められた点がポイント。

事案の内容

平成14年 3月29日 特許出願(特願2002-94306号)

平成16年10月 8日 設定登録

平成23年 9月 2日 無効審判請求(請求項2,4,5,7,8)

訂正請求

平成24年 3月27日 訂正認容、特許を有効とする旨の審決

平成25年 3月14日 審決取消訴訟において、「訂正請求は不適法であるとして、同審決を取り消す旨の判決」

平成25年 7月11日 判決確定

平成25年 9月18日 再度の審理において訂正請求

平成26年 3月 4日 訂正は認められないとした上で、「本件特許の請求項2,4,5に係る発明についての特許を無効とする。本件特許の請求項7,8に係る審判請求は、成り立たない。」との審決

平成26年 4月 9日 本件特許の請求項2,4,5に係る発明についての特許を無効とするとの部分の取り消しを求めて本件訴訟を提起(無効審判における訂正が要件を満たすかが争われた。ここでいう要件は、旧特許法134条の2第5項で準用する同法126条3項の規定。

 

「懸下」を、懸下の上位概念である「保持」に訂正したことが、新たな技術的事項を導入するものではなく,本件明細書に記載された事項から自明のものであると認められた点がポイント。

 

第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第二号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。(旧特許法126条3項)

 

ラック搬送装置とは、容器(200)を並べた容器ラック(202)を搬送経路(212)に沿って配置されたベルトコンベヤ等の搬送機構により、搬送する機構である。搬送経路に沿って、容器(200)に貼り付けられたラベルを読み取るラベル読取器(242)が配置され、容器の識別コードが読み取られる。読み取られたデータは、例えば容器ラックに並べられた容器から検体を別容器に分注することに利用される(段落【0002】参照)。

<本件訂正前の発明>

【請求項2】(本件発明2)

検体を収納する複数の容器を保持する容器ラックを搬送するラック搬送装置であって,

前記容器ラックを搬送経路に沿って搬送する搬送機構と,

前記容器ラックに保持される各容器についての測定を行う測定ユニットと,

前記搬送経路上の前記容器ラックの長手方向に沿って,前記各容器ごとに前記測定を順次行わせつつ前記測定ユニットを移動させる移動機構と,

を備え,

前記容器ラックは,前記搬送経路の所定の測定位置に位置決めされ,

前記測定ユニットは,前記各容器が前記容器ラックに保持される保持ピッチと同じピッチで設けられた各停止位置でそれぞれ一旦停止し,各停止位置の間の移動のときに前記各容器の測定を行うことを特徴とするラック搬送装置。

【請求項7】(本件発明7)

請求項1,請求項2,請求項3のいずれか1の請求項に記載のラック搬送装置において,

前記移動機構は,

前記搬送経路の一方側近傍に,前記搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,

前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動する可動アームと,

を含み,

前記可動アームは,前記他方側において前記測定ユニットを懸下することを特徴とするラック搬送装置。

 

<本件訂正後の発明>

【請求項2】 (本件訂正発明2)

検体を収納する複数の容器を保持する容器ラックを搬送するラック搬送装置であって,

前記容器ラックを搬送経路に沿って搬送する搬送機構と,

前記容器ラックに保持される各容器についての測定を行う測定ユニットと,

前記搬送経路上の前記容器ラックの長手方向に沿って,前記各容器ごとに前記測定を順次行わせつつ前記測定ユニットを移動させる移動機構と,

を備え,

前記移動機構は,

前記搬送経路の一方側近傍に,前記搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,

前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動するアームであって,前記他方側において前記測定ユニットを保持する可動アームと,

を含み,

前記容器ラックは,前記搬送経路の所定の測定位置に位置決めされ,

前記測定ユニットは,前記各容器が前記容器ラックに保持される保持ピッチと同じピッチで設けられた各停止位置でそれぞれ一旦停止し,各停止位置の間の移動のときに前記各容器の測定を行うことを特徴とするラック搬送装置。

 

【裁判所の判断】

○取消事由1(本件訂正に関する判断の誤り)について

本件訂正発明2は,本件発明2の「前記搬送経路上の前記容器ラックの長手方向に沿って,前記各容器ごとに前記測定を順次行わせつつ前記測定ユニットを移動させる移動機構」に関し,「前記移動機構は,前記搬送経路の一方側近傍に,前記搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動するアームであって,前記他方側において前記測定ユニットを保持する可動アームと,を含み,」との構成を追加するものである。

審決は,本件訂正が,旧特許法134条の2第5項で準用する同法126条3項の規定に反すると判断したため,本件訂正が「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」か否か検討する(本件訂正発明2と本件発明2とを対比すると,本件訂正が特許請求の範囲の減縮に当たることは明らかである。)。

まず,本件発明7は,本件発明2の構成に「前記移動機構は,前記搬送経路の一方側近傍に,前記搬送経路に沿って設けられたガイドレールと,前記搬送経路の一方側から他方側へ前記搬送経路をまたいで伸長し,前記ガイドレールに沿って移動する可動アームと,を含み,前記可動アームは,前記他方側において前記測定ユニットを懸下する」という構成を追加するものであり,本件発明7が本件明細書に記載された事項の範囲内のものであることは明らかである。本件訂正発明2と本件発明7とを比較すると,両者の相違点は,「可動アーム」への「測定ユニット」の取付態様として,本件訂正発明2では「保持」とされているのに対して,本件発明7では「懸下」とされている点のみである。そして,ここでいう「保持」は,「懸下」や「埋設」等を含むものであるから,「懸下」の上位概念であると認められる(この点の審決の判断に誤りはない。)。

上記1によれば,本件発明7において,移動機構(ガイドレール)(224)及び測定ユニット(222)を取り付けた可動アーム(246)を用いる構成とした趣旨は,従来のラック搬送装置の課題の一つとして,装置の設計上の制約等がある場合には,搬送経路の手前側近傍に測定ユニットを移動させる移動機構を固定して設けることができないという課題があったため,移動機構(ガイドレール)(224)を,設置が不可能な搬送経路の手前側近傍ではなく,向こう側近傍に設置し,測定ユニット(222)を手前側に配置し,両者を可動アーム(246)でつなぐことによって解決したものであって,この点に技術的意義があるものと認められる。したがって,本件発明7については,測定ユニットを可動アームに取り付ける態様について意味があるものではないと認められる。本件明細書においても「可動アーム246は,メイン搬送経路214の第2ガイドレール248が設けられた側から他方側へ,メイン搬送経路214をまたいで伸長して設けられる。可動アーム246は,メイン搬送経路214の他方側において測定ユニット222を懸下して保持する。」(【0027】)として,「保持」の態様として「懸下」が記載されている一方で,「懸下」の態様や効果については全く記載されていない。

また,本件特許の出願前に刊行された特開2001-176768号公報(甲21),特開平7-234914号公報(甲22),特開平6-274675号公報(甲42。以下「甲42文献」という。),特開2000-168918号公報(甲43。以下「甲43文献」という。),特開平6-295355号公報(甲44。以下「甲44文献」という。),平本純也「知っておきたいバーコード・二次元コードの知識」(第5版。日本工業出版株式会社。甲45。以下「甲45文献」という。),特開平7-89059号公報(甲48),特開2001-116525号公報(甲49),特開平8-210975号公報(甲50)によれば,本件特許の出願当時,①測定ユニットをアームに「保持」する態様は様々であって,「懸下」に限られないこと(甲21,22,44,48ないし50),②バーコードラベルを斜め方向から読み取ったり,撮像素子で読み取ったりすること(甲42ないし45)は技術常識であったと認められる。

以上のような本件明細書の記載,特に本件発明7に関する記載とその技術的意義からすれば,本件明細書の記載を見た当業者であれば,可動アームに測定ユニットをどのように取り付けるかは本件発明における本質的な事項ではなく,測定ユニットは,その機能を発揮できるような態様で可動アームに保持されていれば十分であると理解するものであり,そして,本件特許の出願時における上記技術常識を考慮すれば,可動アームに測定ユニットを取り付ける態様を,「懸下」以外の「埋設」等の態様とすることについても,本件明細書から自明のものであったと認められる。

したがって,本件明細書の記載を総合すれば,測定ユニットを「保持」する可動アームを含む本件訂正は新たな技術的事項を導入するものではなく,本件明細書に記載された事項から自明のものであると認められる。

○審決の判断及び被告の主張について

省略(判決文P19~23)

○結論

以上によれば,原告主張の取消事由は理由があり,審決のうち本件特許の請求項2,4及び5に関する部分は取消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。

【所感】

本判決の判断は妥当と考えられる。本件発明の技術的異議と出願時における技術的常識から、「懸下」から「保持」への訂正は自明であると判断されたが、これは文言の判断ではなく、当初明細書等に記載した事項から新たな技術的事項を導入するものではないとの判断によるものである。自分が今後補正や訂正を行う場面では、文言にとらわれ過ぎることなく(もちろん文言も大事であるが)、「当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」に基づいて、これらの対応を行うようにすべきだと感じた。