モータ制御装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.06.09
事件番号 H22(行ケ)10272
発明の名称 モータ制御装置
キーワード 明確性等
事案の内容 本件は、原告が、被告の特許に対する特許無効審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求め、その請求が棄却された事案。
本件発明を明確に特定するために構成の追加が必要であるという原告の主張に対して、出願人による特許請求の範囲の記載は、それが明確であれば、特許法36条6項2号に違反することはないと判示した点がポイント。

事案の内容

(1)本件発明(本願発明1)の要旨

 (A)複数のパルス列入力型モータを駆動するため、各パルス列入力型モータ用の駆動パルスを出力するモータ制御装置であって、

 (B)速度指令パルスに基づいて補間処理を行い、前記駆動パルスを生成する補間制御部と、

 (C)補間開始位置から補間終了位置まで、前記速度指令パルスのパルス数をカウントする総パルス数カウント部と、

 (D)前記補間制御部によって生成された前記駆動パルスをモータ制御装置の外部へ出力するか否かを制御するパルス出力制御部と、

 (E)前記総パルス数カウント部のカウント値をモータ制御装置の外部から読み出すためのインターフェース部と

 を備えると共に、

 (F)動作モードとして、総パルス数を求めるためのトレースモードと実動作のための通常動作モードとを有し、

 (G)前記パルス出力制御部は、前記トレースモード時には、前記補間制御部によって生成された前記駆動パルスをモータ制御装置の外部へ出力せず、前記通常動作モード時には、前記補間制御部によって生成された前記駆動パルスをモータ制御装置の外部へ出力する

ことを特徴とする(H)モータ制御装置。

(2)審決では、本件発明1~7は、明確性(特許法36条6項2号)、実施可能要件(特許法36条4項1号)、および進歩性(特許法29条2項)のいずれにも違反していないと判断された。

(3)これに対して、原告は、明確性の要件についての判断の誤り(取消事由1)実施可能要件についての判断の誤り(取り消し事由2)、容易想到性についての判断の誤り(取消事由3)があるとしてその取り消しを求めた。

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(明確性の要件についての判断の誤り)について

 (1) 本件発明1の要旨は、前記第2の2の請求項1に記載のとおりであるところ、本件明細書には、本件発明について概要次の記載がある。

・・・省略・・・

 (2) 以上を踏まえて、本件発明1の特許請求の範囲の記載の明確性について検討すると、本件発明1は、「パルス列入力型モータ用の駆動パルスを出力するモータ制御装置」である旨が明記されているから、パルスを発生させる構成(パルス発生部)を具備していることが自明である。

 次に、本件発明1の特許請求の範囲には、本件発明1が「補間開始位置から補間終了位置まで、前記速度指令パルスのパルス数をカウントする総パルス数カウント部」及び「動作モードとして、総パルス数を求めるためのトレースモード」を備えている旨の記載があるものの、当該記載によっては、トレースモードにおいて補間終了位置までのパルス数をカウントするための具体的な手段については一義的に明確ではない。

 そこで、本件明細書の記載を参酌すると、トレースモードとは、移動対象物の移動開始位置から移動終了位置までの移動量に相当する総パルス数のカウントを行うための動作モードであって(【0036】)、終点検出部が終点検出信号を出力することによって総パルス数をカウントし、そのカウント値を総パルス数カウント値レジスタに設定する構成を有することについて具体的な記載がある(【0032】【0033】【0045】【0046】)。

 そして、本件発明1の特許請求の範囲には、本件発明1が「動作モードとして…実動作のための通常動作モードとを有し」ている旨の記載があり、かつ、トレースモードの場合と異なり、パルス列入力型モータが通常動作を行う際に総パルス数カウント値レジスタに総パルス数を格納する必然性がないことは、技術常識に照らしても自明である。したがって、本件発明1は、総パルス数をカウントするために終点検出信号を出力する構成(終点検出部)及び当該カウント値を格納する構成(総パルス数カウント値レジスタ)を備えていることが明らかであり、通常モードの場合には、カウント値の格納について特定する必然性がない。

 また、本件発明1の特許請求の範囲の「前記総パルス数カウント部のカウント値をモータ制御装置の外部から読み出すためのインターフェース部とを備える」との記載から、本件発明1の外部に上位制御装置が接続されることは、明らかであり、当該特許請求の範囲には、本件発明1が「動作モードとして総パルス数を求めるためのトレースモードと実動作のための通常動作モードとを有し」ており、両モードが駆動パルスを外部へ出力するか否かで相違する旨の記載もあるところ、このようなモードの切換えについては、上記上位制御装置を利用することを含めて各種の技術的手段が存在することは、技術常識に属する。

 以上のとおり、本件明細書の記載も参酌すれば、本件発明1の特許請求の範囲の記載は、所期の課題を解決して本件明細書記載の作用効果を得られることが理解可能なものであるほか、本件明細書に記載の実施例(【0018】~【0059】【0064】~【0107】)の構成とも矛盾するところは見当たらない。したがって、上記特許請求の範囲は、本件発明1を明確に記載しており、特許法36条6項2号に違反するところはないから、これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

 (3) これに対して、原告は、本件発明1を明確に特定するためには、「パルス発生部」、総パルス数カウント部に終点検出信号を出力するための「終点検出部」、当該信号入力時点のカウント値を取り扱う「総パルス数カウント部」及び当該カウント値をセットする「総パルス数カウント値レジスタ」にそれぞれ対応する構成が必要であるのに、本件発明1の特許請求の範囲には、これらが記載されていない旨を主張するほか、本件発明1の特許請求の範囲の記載では、トレースモードと通常動作モードとを切り換えるための契機及び具体的な機能手段について理解できない旨を主張する。

 しかしながら、特許請求の範囲には、出願人が特許を受けようとする発明を特定するための事項のすべてを記載することとされており(特許法36条5項)、出願人による特許請求の範囲の記載は、それが明確であれば、特許法36条6項2号に違反することはないところ、前記のとおり、本件明細書の記載も参酌すれば、本件発明1の特許請求の範囲の記載は、明確であるといえるから、原告主張に係る構成が特許請求の範囲に具体的に記載されていないからといって、同号に違反するというものではない。

 

【所感】

 本件発明1を明確に特定するために「パルス発生部」「終点検出部」「総パルス数カウント値レジスタ」等の構成が必要であるという原告の主張に対して、出願人による特許請求の範囲の記載は、それが明確であれば、特許法36条6項2号に違反することはないとした判断は妥当であると思われます。

 本件発明1は、総パルスカウント部およびインターフェース部と、それ以外の構成についての関係性が明確ではありませんが、判示内容からすると、明細書を参酌してその内容を理解することができれば、この点についても、特許法36条6項2号に違反しないと判断される可能性があると思われます。

 しかし、原告が、明細書に記載された課題の解決手段が反映されていないために明細書に記載された範囲を超えて特許を請求することになるとして、サポート要件違反を主張していたら異なる結果となる可能性があったのではないかと思われます。