ポンプ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.08.25
事件番号 H22(行ケ)10408
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 ポンプ
キーワード 進歩性、相違点の認定誤り
事案の内容 拒絶査定不服審判で進歩性なしとして拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
本願発明は、具体的構成、作用、目的の相違から、引用発明とは異なる技術思想を有すると、判断した点がポイント。

事案の内容

・本願(特願2004-190665)

[請求項1(本願発明)] 水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,

前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,

このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなり,

前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である

ことを特徴とするポンプ。

 

 

・審決の要旨

引用例1:実願昭52-140767号(実開昭54-67303号)(甲1)

引用例2:実願平5-61489号(実開平5-61489号)(甲2)

ア 引用発明1:汚水中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる汚水を吐出させる羽根車を有する汚水ポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記汚水ポンプのケーシング内部に設けられたケーシングライナーと,このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝とからなる汚水ポンプ

イ 一致点:水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなるポンプ

ウ 相違点:本願発明においては,「前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先

端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」のに対して,引用発明においては,異物捕捉体は溝である点

・取消事由:本件発明の進歩性に係る判断の誤り

(1)引用発明1の認定の誤り(→理由なし)

(2)一致点及び相違点の認定の誤り(→理由なし)

(3)相違点についての判断の誤り(→理由あり)

 

 

【裁判所の判断】

4 相違点についての判断の誤りについて

以上を前提に,相違点に係る容易想到性について判断する。

(1) 引用発明2について

ア 引用例2(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 引用例2の実用新案登録請求の範囲は,以下のとおりである。

駆動軸の先端に取り付けた円錐状のハブに,このハブの軸芯線方向に伸びる先細り状の捩り羽根の内縁を固定し,この捩り羽根の外縁が描く仮想円錐面に沿わせてケーシングを設けるとともに,このケーシングの内面には,上記捩り羽根の外縁に近接させて異物切断用のカッターを設けたことを特徴とする汚水ポンプにおける異物の切断装置

(イ) 引用発明2は,汚水ポンプにおける異物の切断装置に関する発明である

(【0001】)。

従来,下水には比較的大きな異物が含まれており,送水ポンプが詰まることがしばしば発生する。そのため,従来,ポンプ内の汚水の流入路中に異物を切断するためのカッターや破砕するための格子板を設けるなどしているが,通過する異物までも引っ掛けてしまい,ポンプが閉塞するという難点が生じるおそれがある(【0002】【0003】)。

(ウ) 引用発明2は,送水用の羽根が,回転軸芯線方向に伸びて吸込水路が広く,異物が詰まり難いポンプを用いた上,羽根とケーシングとの間に引っ掛かろうとする異物までも切断することができる無閉塞ポンプを実現するものである。引用発明2は,駆動軸の先端に取り付けた円錐状のハブに,ハブの軸芯線方向に伸びる先細り状の捩り羽根の内縁を固定し,この捩り羽根の外縁が描く仮想円錐面に沿わせてケーシングを設けるとともに,このケーシングの内面には,捩り羽根の外縁に近接させて異物切断用のカッターを設けるものである(【0004】【0005】)。

(エ) 捩り羽根の回転に伴って吸入された汚水は,捩り羽根の螺旋状の空隙に沿って吐出口へと流れる。夾雑物が唯一引っ掛かるおそれのある捩り羽根とケーシング内面との隙間には,ケーシング側にカッターが設けてあるので,空隙に入ろうとする夾雑物は,捩り羽根の回転によってカッターに押し付けられて切断吸引され,流路が閉塞されることはない(【0008】)。

イ 引用発明2の技術内容

以上の引用例2の記載によると,引用発明2は,汚水ポンプにおいて,駆動軸の先端に取り付けた円錐状のハブに,その軸芯線方向に伸びる先細り状の捩り羽根の内縁を固定し,この捩り羽根の外縁が描く仮想円錐面に沿わせてケーシングを設けるとともに,その内面に捩り羽根の外縁に近接させて異物切断用のカッターを配置することにより,流入した異物を捩り羽根の回転によってカッターに押し付けて切断し,異物がポンプを詰まらせることを防止することを技術内容とするものである。

(2) 相違点に係る容易想到性について

ア 本願発明は,前記認定のとおり,羽根車とケーシングライナーとの隙間を大きくすることなく,ポンプ効率を低下させないで羽根車に絡み付く異物を除去し,ポンプ内をスムーズに通過させるために,ケーシングライナーの内周に異物捕捉体としての凸部材を設け,捕捉された異物を羽根車の間を通過させることをその技術内容とするものである。

また,引用発明1は,前記認定のとおり,ポンプ性能を効率的に得るためには,羽根先端とケーシングあるいはケーシングライナーとの間の間隙を十分小さく設定する必要があることを前提として,そのような設定をした場合,間隙内に汚水中の塊状固体をかみ込み,ポンプ性能が減少することから,ケーシングライナーの内周に異物捕捉体としての溝を設け,汚水中の塊状固体を羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ場合,この塊状固体を,羽根先端によって溝内に押し込み,溝を経て吐出口側に吐出させることをその技術内容とするものである。

さらに,引用発明2は,ケーシングライナーの内周の捩り羽根の外縁に近接させて異物切断用のカッターを配置することにより,流入した異物を捩り羽根の回転によってカッターに押し付けて切断し,異物がポンプを詰まらせることを防止することをその技術内容とするものである。

イ そうすると,本願発明,引用発明1,引用発明2は,いずれもポンプの羽根に絡み付く異物を除去してポンプ内を通過させることをその技術内容とするものであるが,本願発明は,その手段として,ケーシングライナーの内周に凸部材を設けることにより,異物を引っ掛けて捕捉して羽根から取り除き,さらに異物を羽根と羽根の間を通過させてポンプ外に排出させる構成を有することをその技術的特徴とするものであるということができる。

これに対し,引用発明1は,溝に異物を押し込んで捕捉し,溝内を通過させる構成を有するものであり,本願発明1とは,異物捕捉体の具体的構成及び捕捉後の異物の排出方法が異なるものである。

さらに,引用発明2は,ケーシングライナーの内周にカッターを設けるものであり,当該カッターは突起形状を有するものの,あくまで異物を切断する目的で設けられた部材であって,異物を引っ掛けて捕捉することを目的として設けられた構成ではない

ウ したがって,本願発明は,異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する構成を有する点に,その技術的な特徴を有する発明であるというべきであって,引用発明1及び2とは,異なる技術思想を有するものということができる

また,引用発明1の「溝」に換えて,引用発明2のカッターから刃を除いた「凸部材」の構成を採用することは,動機付け欠くものというほかない。

よって,相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

エ この点について,被告は,引用発明1において,塊状固体は異物捕捉体としての溝に引っ掛かって捕捉されるものである,本願発明の凸部材と引用発明2のカ

ッターとは,異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通するから,引用発明2のカッターは,本願発明の凸部材に相当するなどと主張する。

しかしながら,先に指摘したとおり,本願発明は,引用発明1のような「溝」を設けて異物を排出するのではなく,「凸部材」を設けることによって異物を捕捉し,羽根と羽根との間を通過させて異物を排出することをその技術内容とするものであるから,引用発明1の溝が異物を引っ掛けて捕捉するか否かは,上記結論を左右するものではない

また,引用発明2のカッターは,異物を引っ掛けて捕捉するためのものではなく,切断するために設けられた構成であるから,異物を切断する前段階において異物が刃に引っ掛った状態となるとしても,本願発明の凸部材とは明らかにその機能が異なるものである

したがって,被告の主張はいずれも採用できない。

 

 

【所感】

(1)本判決における裁判所による本願発明の認定には納得できない。

(2)引用発明1に関し、裁判所は、「本願発明は,その手段として,ケーシングライナーの内周に凸部材を設けることにより,異物を引っ掛けて捕捉して羽根から取り除き,さらに異物を羽根と羽根の間を通過させてポンプ外に排出させる構成を有することをその技術的特徴とするもの」と認定した上で、「引用発明1は,溝に異物を押し込んで捕捉し,溝内を通過させる構成を有するものであり,本願発明1とは,異物捕捉体の具体的構成及び捕捉後の異物の排出方法が異なるものである。」と認定している。

しかしながら、本願の請求項1には、「異物を捕捉し前記ポンプ内を通過させる」と記載されているに過ぎず、どのように異物を通過させてポンプ外に排出させるのかについて特定されていない。その上、両者の異物捕捉体の具体的構成は、ライナー内周に設けた凹部と凸部との各領域の大小関係が異なるものの、ライナー内周に設けた凹部と凸部との段差で異物を捕捉する点で共通する。更に、本願発明でも異物捕捉体がケーシングライナーの内周と羽根との間を通過する場合が想定される一方、引用発明1では異物捕捉体が羽根と羽根との間を通過する場合も十分に想定されることから、両者の異物の排出方法が決定的に異なるとも言えない。

(3)引用発明2に関し、裁判所は、「引用発明2は,ケーシングライナーの内周にカッターを設けるものであり,当該カッターは突起形状を有するものの,あくまで異物を切断する目的で設けられた部材であって,異物を引っ掛けて捕捉することを目的として設けられた構成ではない。」と認定している。

しかしながら、異物を切断する前提として異物を引っ掛けて捕捉する必要があることから、引用発明2のカッターが異物を引っ掛けて捕捉することも目的としていると考えることができる。

また、本願の請求項1には、本願発明の異物捕捉体から「異物を切断可能なもの」を除外するような記載は見当たらない。更に、本願の段落【0012】および【0045】の記載からすると、本願発明においても凸部で異物を切断することが想定されていることから、「引用発明2のカッターは,異物を引っ掛けて捕捉するためのものではなく,切断するために設けられた構成であるから,異物を切断する前段階において異物が刃に引っ掛った状態となるとしても,本願発明の凸部材とは明らかにその機能が異なるものである。」との認定にも疑問が残る。