ポリウレタンフォーム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.10.11
事件番号 H24(行ケ)10016
担当部 第3部
発明の名称 ポリウレタンフォームおよび発泡された熱可塑性プラスチックの製造
キーワード サポート要件
事案の内容 本件は,拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟であり,取消事由には理由があるとして審決が取り消された。
裁判所は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないという審決の判断は誤りであって,原告の取消事由には理由があるとした。

事案の内容

(1)前提事実

本願(特願2007-1387号。「本願」)は,平成11年5月15日にした特許出願(特願2000-550915号。パリ条約による優先権主張2件)の分割出願である。特許庁が通知した拒絶理由に対し,原告が追加実験データを資料として提出して反論したが,本願は拒絶審決となった。

(2)本願について

【請求項1】

発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームを製造する方法において,発泡剤として,

a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)および

b)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)

を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用することを特徴とする,ポリウレタン硬質フォームを製造する方法。

 

(3)裁判所の判断

本願明細書において,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり(【0004】),その課題解決手段として,発泡剤成分a)HFC-365mfcと組み合わせる発泡剤成分b)について,低沸点の脂肪族炭化水素等のうちでも,HFC-32,HFC-152a,HFC-134,HFC-134a,HFC-245fa,HFC―236ea,HFC-236fa,又はHFC―227eaがひとまとまりの一定の発泡剤として記載されていること(【0006】),本願発明の実施態様として,成分a)HFC-365mfc,及び成分b)HFC-134a,HFC-245fa,HFC-236fa,又はHFC-227eaを使用すること,特に,CO2を全く含有しない場合には,成分a)HFC-365mfcを50質量%未満,及び成分b)HFC-134a,HFC-245fa,HFC-236fa,又はHFC-227eaを50質量%超からなるものを使用すること(【0017】),本発明方法により得られるポリウレタン硬質発泡材料の特殊な利点は,低温,多くの場合に約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有すること,有利にHFC-365mfc及び上記の発泡剤の少なくとも1つの他のものを使用して得ることができるポリウレタン硬質発泡材料は,約15度を下回る温度範囲内での冷気に対して遮断するのに特に好適であること(【0027】),発泡剤として,HFC-365mfcとHFC-152a,HFC-365mfcとHFC-32,HFC-365mfc,HFC-152a及びCO2を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造した実施例(【0040】~【0046】)が記載されていると認められる。

すなわち,本願明細書には,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり,特定の発泡剤,すなわち,HFC-365mfcと一定の他の発泡剤との混合物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造するための方法により製造されたポリウレタン硬質フォームは,約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有するという効果を有することが判明したこと,この方法で用いる発泡剤組成物は,成分a)HFC-365mfcと成分b)低沸点の脂肪族炭化水素等とを含むものであるが,有利な組合せの一つとして,本願発明で用いる発泡剤組成物である,成分a)HFC-365mfc及び成分b)HFC-245faの組合せがあることが記載されているといえる。また,本願明細書には,本願発明で用いる発泡剤組成物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことを示す実施例は記載されていないものの,成分a)HFC-365mfcと組み合わせる成分b)として,HFC-152a(例1a),HFC-32(例1b),及びHFC-152aとCO2(例1c)を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことが,具体的に開示されているといえる。

そうすると,本願発明で用いる発泡剤の成分b)であるHFC-245faは,上記のとおり,ひとまとまりの一定の発泡剤のひとつとして記載されている上,本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC-152aやHFC-32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮すると,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解するのが相当である。

以上のとおり,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果が,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認めるべきである。

これに対し,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについて,その裏付けとなる実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合わせる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載がない旨主張する。しかし,上記のとおり,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であって,上記の説示に照らして,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解される。また,本願明細書に記載された発明は,発泡剤として成分a)HFC-365mfcを低沸点の脂肪族炭化水素等である成分b)と組み合わせて用いることを特徴とするポリウレタン硬質フォームを製造する方法で,そのような発泡剤を用いることにより,低温において熱伝導率が低く,熱遮断能を有するポリウレタン硬質フォームが得られるという効果を有することが判明したというものである。成分b)としては,低沸点の脂肪族炭化水素等である具体的化合物が多数列挙され,本願発明のHFC-245faは,ひとまとまりの一定の発泡剤の中で有利なものとして記載され,実施例においても,HFC-152aを用いた場合(例1a),HFC-32を用いた場合(例1b),及びHFC-152a及びCO2を用いた場合(例1c)が記載されており,それらを同等に扱うことができないとする事情は見いだせないから,HFC-245faを用いた実施例の記載がなくとも,これを成分b)として使用することができると解すべきである。

 したがって,本願発明が発明の詳細な説明に記載したものとは認められないとする事情は見いだせないから,本願が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないとの審決の判断は誤りであって,追加実験データの有無にかかわらず,原告主張の取消事由は理由がある。

 

2.結論

以上のとおり,原告の主張には理由があり,審決は,違法として取り消されるべきである。被告は,他にも縷々反論するが,いずれも採用の限りではない。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると考える。発泡剤成分a)HFC-365mfcと発泡剤成分b)HFC-245faと組み合わせることについては,本願明細書に記載されており,本組み合わせ以外の低沸点の脂肪族炭化水素について実施例とその効果が記載されていればサポート要件は具備していると考える。このように,明細書中に列挙されているが,実施例として記載されてない場合には,列挙される化合物が実施例として記載されている化合物と同様に,課題を解決する効果を有すること,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が似ていること,が必要であると考える。化学の分野において,サポート要件を満たすためには,ある程度の実施例の記載が必要となるが,少ない実施例であっても請求項に記載の成分の組み合わせが明細書中に具体的に列挙されているとして,サポート要件が認められる事例もある(平成18年(行ケ)10563号)。