ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.04.28
事件番号 H25(行ケ)10250
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体
キーワード 実施可能要件
事案の内容 実施可能要件(36条4項1号)及びサポート要件(36条6項1号)を充足するとした審決の取り消しを求めた訴訟。
審決には、実施可能要件及びサポート要件の判断に誤りがあるとして、審決が取消された。

事案の内容

【手続の経緯】

平成17年3月25日   特許出願(特願2005-88334号:優先権主張日:平成16年3月30日)

平成22年8月11日   その一部につき分割出願(特願2010-180128)

平成23年7月8日    設定登録(特許第4777471号)

平成24年11月30日  特許無効審判請求

平成25年7月30日   「本件審判の請求は、成り立たない」との審決

 

 

【請求項9】

 パラフェニレンジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と、ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって、該ポリイミドフィルムが、粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み、島津製作所製TMA-50を使用し、測定温度範囲:50~200℃、昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり、前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり、前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム。

*1:本件特許の独立請求項は、請求項1、7、9であるが、請求項1、7は、請求項9に規定されたポリイミドフィルムの構成

*2:判決上、以下の略称が用いられる。

PPD:パラフェニレンジアミン

ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、および4,4’-ジアミノジフェニルエーテル

PMDA:ピロメリット酸二無水物

BPDA:3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物

*3:本発明のポリイミドフィルム:

PPDおよびODAからなる群より選ばれる1種以上の芳香族ジアミン成分と、PMDAおよびBPDAからなる群より選ばれる1種以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルム(以下、略)

 

【本件審決の理由の要旨】

本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,

① 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明についての技術的な意義,本件発明に係るポリイミドフィルムを得るための一般的手段,4成分系のポリイミドフィルムについて具体的な実施例が各々記載されていて,本件発明における複数の選択肢の一つである4成分系のポリイミドフィルムの発明に関しては,特許法36条4項1号に規定する要件(以下「実施可能要件」ということがある。)を満足していることは明らかである上,本件発明の2成分系のポリイミドフィルムについても,発明の詳細な説明の記載及び本件原出願時の技術常識に基づいても実施できないという具体的な理由があるとまではいえないから,発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が理解し,実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を満足しているといえる,

 

【裁判所の判断】

(5) ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムに

ついて

ア 甲8及び甲10によれば,4,4’-ODA/PMDA,4,4’-ODA/BPDAから製造される熱イミド化によるポリイミドフィルムは,熱膨張係数が小さくなるBifix の条件においても,熱膨張係数の数値は,それぞれ21.6ppm/℃,45.6ppm/℃であることが記載されている。

また,甲13には,4,4’-ODA/PMDAから化学イミド化によるポリイミドフィルムを製造した際に,延伸倍率やニップロール使用の有無等の条件を変えることにより,実施例1~3及び比較例1~3について,別紙甲13の表の表1のとおり,平均熱膨張係数として27.5~40.0ppm/℃であったことが記載されている(段落【0044】,【0047】~【0059】,【表1】)。

上記各文献に記載された熱膨張係数は,本件発明9の熱膨張係数の範囲と比べると相当程度大きい数値である。

イ そこで,特に熱膨張係数の数値の大きい4,4’-ODA/BPDA(前記アのとおり,甲8及び甲10によれば,Bifix の条件においても,熱膨張係数の数値は45.6ppm/℃である。)の2成分系ポリイミドフィルムについて検討する。

一般に,膜厚を薄くすると熱膨張係数が小さくなることが知られているから(甲9。訳文1頁),甲8及び甲10のような熱イミド化によるポリイミドフィルムにおいて,膜厚を薄くすることでさらに熱膨張係数を下げることが可能であるとはいえるものの,どの程度まで下げることができるのかについて,本件明細書には具体的な指摘がされていない。

また,熱イミド化によるポリイミドフィルムの場合には,固形分量が多くなり延伸することが困難とされている(甲13の段落【0018】)。そして,甲29の実施例5のように,約1.04倍程度の延伸が可能であるとしても,45.6ppm/℃の熱膨張係数を3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。

さらに,4,4’-ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを化学イミド化により製造して,膜厚や延伸倍率等を調節したとしても,3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。

被告は,この点について,ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多くの条件に影響され,またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されているから,ODA/BPDAの2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない旨主張する。しかし,本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製造が可能であることについて何ら具体的な主張立証をしない。

したがって,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識を考慮しても,4,4’-ODA/BPDAの2成分系フィルムについては,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることは,当業者が実施可能であったということはできない。

ウ 被告は,この点について,本件発明9の熱膨張係数とならない2成分系ポリイミドフィルムが存在しても,それは,本件発明9の範囲には含まれず,本件発明9の実施品ではないから,そのような2成分系ポリイミドフィルムが存在することは,本件発明9が実施可能要件に違反することを意味するものではなく,請求項9記載の芳香族ジアミン成分と酸無水物成分のすべての材料の範囲について,所定の熱膨張係数が達成できることを充足する立証が必要であるとすることは合理的でなく,本件発明9の構成において,実施可能要件に関し,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて本件発明9の範囲内の数値が得られる条件を解明し立証する必要はない旨主張する。

しかし,本件発明9の請求項9における発明特定事項として,ポリイミドフィルムの原料を特定の群から選ばれる「1以上の芳香族ジアミン成分」と「1以上の酸無水物成分」を用いることを特定している以上,この請求項9の範囲内に含まれることが明らかであるODA/BPDAについて,本件発明9の熱膨張係数とできることが,実施可能要件を充足するために必要であるというべきである。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

(6) 小括

以上によれば,2成分系ポリイミドフィルムのうち,少なくとも4,4’-ODA/BPDAについては,当業者が,本件明細書及び本件優先日当時の技術常識に基づいて製造することができるということはできないから,本件発明9のポリイミドフィルムは,実施が可能ではないものを含むことになる。そうすると,本件発明1~8,10,11についても,実施が可能ではないものを含むこととなるから,本件発明について,当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明が記載されているということはできない。

したがって,本件発明は実施可能要件を充足するとはいえないから,

本件審決の判断には誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。__

 

【所感】

判決は妥当であると感じた。

本願明細書に記載されている実施例は、いずれも、4成分系ポリイミドフィルムである。このため、2成分系ポリイミドフィルムを権利範囲とするためには、それに応じた実施例を事前に準備する必要があったのではないかと感じた。

また、特許請求の範囲にパラメータを含むため、明細書中に、そのパラメータを制御する指針の記載を行なっていないことについても、問題であったと感じた。