ポリアルキルシルセスキオキサン粒子事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.12.21
事件番号 H29(行ケ)10072
担当部 知財高裁 第2部
発明の名称 ポリアルキルシルセスキオキサン粒子
キーワード 引用発明の認定の誤り
事案の内容 本件は、異議申立てに基づく特許取消決定に対する取消訴訟であり、請求が認められた事案。
実験成績証明書に記載の実験が甲1文献に記載の方法を再現したものとは認められなかった点がポイント。

事案の内容

【請求項1】
シラノール基を1.3%以下の量で有する球状粒子であり、水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において、粒子が分散しない程度の撥水性を備えることを特徴とするポリアルキルシルセスキオキサン粒子。
 
【審決の理由の要旨】
 本件発明1,2及び4は,本件優先日前の平成元年7月24日に頒布された特開平1-185367号公報(甲1。以下,「甲1文献」という。)に記載された発明(以下,「引用発明」という。)であるから,特許法29条1項3号に該当し,その特許は取り消すべきものである。
 
(ア) 本件発明1と引用発明との対比
(一致点)
「球状粒子であり,撥水性を備えるポリメチルシルセスキオキサン粒子。」
(相違点1)
本件発明1は,粒子が「シラノール基を1.3%以下の量で有する」のに対し,引用発明は,粒子が有するシラノール基の量が不明である点。
(相違点2)
粒子の撥水性について,本件発明1は「水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において,粒子が分散しない程度」であるのに対し,引用発明は粒子の撥水性が「メタノールを60重量%含むメタノール水における沈降重量百分率が3%である」点。
 
(イ) 判断
実験成績証明書(甲4。以下,「甲4証明書」といい,甲4証明書に記載されている実験を「甲4実験」という。)には,甲1文献に記載された実施例1を追試した結果,「引用発明のポリメチルシルセスキオキサン粒子は,シラノール基量が0.08%」であることが示されている。したがって,相違点1は,実質的な相違点ではない。
甲4証明書には,甲1文献に記載された実施例1を追試した結果,引用発明のポリメチルシルセスキオキサン粒子は,撥水性の程度が「水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において,粒子が分散しない程度」であることが示されている。したがって,相違点2は,実質的な相違点ではない。
以上より,本件発明1は,引用発明である。
 
【当裁判所の判断】
・・・
(2) 以上から,本件発明は,以下のとおりのものと認められる。
本件発明は,ポリアルキルシルセスキオキサン粒子に関する(【0001】)。従来の技術によって製造されたポリアルキルシルセスキオキサン粒子は,各種ゴム,プラスチックに配合されて使用される場合,ポリアルキルシルセスキオキサン粒子の表面に存在するシラノール基によって,撥水性が低く,含水率が高いので,保管中の吸湿性が高くなるという問題があった。本件発明は,保管中の吸湿性が改善されたポリアルキルシルセスキオキサン粒子の提供を目的とする。(【0010】,【0011】)
本件発明のポリアルキルシルセスキオキサン粒子は,球状のポリアルキルシルセスキオキサン粒子の表面に存在する少量のシラノール基(SiOH)をアルキル基でエンド-キャッピング(end-capping)することによって,撥水性が高く,含水率が低くて,保管中の吸湿性が低いものとなっている(【0011】)。本件発明によるポリアルキルシルセスキオキサン粒子は,含水率が低く,撥水性が高く,保管中の吸湿性が低くて,体積平均粒径が1~30μmであるので,ディスプレイ素材分野のバックライトユニット(BLU)の光拡散フィルム及び光拡散板の光拡散剤,コーティング素材分野の表面潤滑性,撥水性及び撥油性,プラスチックフィルムのブロッキング防止剤,塗料,並びに化粧品添加剤に使用するのに適している(【0039】)。
2 引用発明の認定
・・・
(2) 以上から,少なくとも,以下のとおりの引用発明を認定することができる。
「温度計,還流器及び攪拌機のついた四つ口フラスコに,ヘキサメチルジシラザン1000部と,特開昭60-13813号公報(甲5文献)に記載の方法により得た平均粒子径5μmのポリメチルシルセスキオキサン粉末1000部を仕込み,25℃で攪拌し,15時間保持した後,処理物をろ紙で吸引ろ過後,200℃の乾燥器で乾燥させ,表面処理がされた,ポリメチルシルセスキオキサン粉末」
3 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1) 甲5文献記載の発明
・・・
イ 以上より,甲5文献記載の発明は,ポリメチルシルセスキオキサンの製造方法に関するものであり(前記ア②),塩素原子の含有量が少なく,アルカリ土類金属やアルカリ金属を含有せず,自由流動性の優れた粉末状のポリメチルシルセスキオキサンの製造方法を提供することを目的とし(前記ア③),アンモニアまたはアミン類を,原料であるメチルトリアルコキシシラン中に残存する塩素原子の中和剤,並びに,メチルトリアルコキシシランの加水分解及び縮合反応の触媒として用いるという製造方法を採用したものである(前記ア④)と認められる。
(2) 引用発明の粉末のシラノール基量及び撥水性を甲4実験に基づき認定した点について
ア 甲1文献の実施例1において用いたポリメチルシルセスキオキサン粉末は,「甲5文献記載の方法により得た平均粒子径5μm」のものである。決定は,甲4実験は,甲1文献の実施例1を追試したものであり,甲4実験のポリメチルシルセスキオキサン粒子は,シラノール基量が0.08%であること,及び,撥水性の程度が「水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において,粒子が分散しない程度」であることを示していると認定した上で,引用発明のポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を認定した。
しかし,甲1文献の実施例1にいう,甲5文献記載の方法によることが,甲5文献の実施例1によることで足りるとしても,以下のとおり,甲4実験は甲1文献の実施例1を再現したものとは認められない。
イ 甲5文献の実施例1を含む甲1文献の実施例1の方法と,甲4実験とを比較すると,少なくとも,①攪拌条件,及び,②原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量において,甲4実験は,甲1文献の実施例1の方法を再現したとは認められない。
(ア) 攪拌条件について
真球状ポリメチルシルセスキオキサンの粒子径をコントロールするために,反応温度,攪拌速度,触媒量などの反応条件を選定すること(乙2 489頁左欄6行~11行),ポリアルキルシルセスキオキサン粒子の製造方法として,オルガノトリアルコキシシランを有機酸条件下で加水分解し,水/アルコール溶液,アルカリ性水溶液を添加した後,静止状態で縮合する方法において,弱攪拌又は攪拌せずに縮合反応させることによって,低濃度触媒量でも凝集物を生成しない粒子を得ることができるが,粒径が1μm以上の粒子を製造するのに不適切であることが本件発明の従来技術であったこと(本件明細書【0006】)からすると,ポリメチルシルセスキオキサン粒子の製造においては,攪拌条件により,粒子径の異なるものが得られるものといえる。
甲5文献の実施例1には,攪拌速度は記載されておらず,甲4実験においても, 攪拌速度が明らかにされていない。したがって,実験条件から,得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均粒径を推測することはできない。加えて,甲4実験においては,甲5文献の実施例1で追試して得られたとするポリメチルシルセスキオキサン粒子の粒径は計測されていない。したがって,甲4実験において甲5文献の実施例1を追試して得られたとするポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均粒子径が,甲1文献の実施例1で用いられたポリメチルシルセスキオキサン粉末と同じ5μmのものであると認めることはできない。
(イ) 原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量について
甲5文献記載の発明は,前記(1)イのとおり,塩素原子の含有量が少ないポリメチルシルセスキオキサンの製造方法を提供するものであり,塩素原子を中和するためにアンモニア又はアミン類を用いるものである。そして,アンモニア及びアミン類の使用量は,アルコキシシラン又はその部分加水分解縮合物中に存在する塩素原子を中和するのに十分な量に触媒量を加えた量であるが,除去等の点で必要最小限にとどめるべきであり,アンモニア及びアミン類の使用量が少なすぎると,アルコキシシラン類の加水分解,さらには縮合反応が進行せず,目的物が得られない(前記(1)ア④)。実施例1~5及び比較例1~3においては,原料に含まれる塩素原子濃度並びに使用したアンモニア水溶液の量及びアンモニア濃度が記載されている(前記(1)ア⑤⑥)。以上の点からすると,塩素原子の中和に必要な量でありかつ除去等の点で最小限である量のアンモニア及びアミン類を使用するために,塩素原子の量とアンモニア及びアミン類の量を確認する必要があり,そのために,甲5文献の実施例1においては,用いたメチルトリメトキシシランのメチルトリクロロシランの含有量が塩素原子換算で5ppmであることを示したものと理解される。
ところが,甲4実験で甲5文献の実施例1の追試のために原料として用いたメチルトリメトキシシランの塩素原子含有量は計測されていない。したがって,甲4実験で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量と甲5文献の実施例1で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量とが同一であると認めることはできない。そうすると,甲4実験において,甲5文献の実施例1と同様にアルコキシシラン類の加水分解,縮合反応が進行したと認めることはできず,その結果,得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子が,甲5文献の実施例1で得られたものと同一と認めることはできない。
ウ 以上より,甲4実験で用いたポリメチルシルセスキオキサン粒子は,甲1文献の実施例1で用いられたものと同一とはいえないから,甲4実験で得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を,甲1文献の実施例1のそれと同視して,引用発明の内容と認定することはできない。
 
【所感】
 判決は妥当であると感じた。
 また、一般に、特許文献の実施例において、十分な製造条件が記載されていない場合があるため、実験成績証明書を提出する際には、製造条件の開示がない部分をどのように行うかについて十分に留意する必要があると感じた。
 ただ、本件は、異議申立てに基づく特許取消決定に対する取消訴訟であるため、被告は、実験成績証明書を提出した者ではなく特許庁長官である。このため、特許取消決定に対する取消訴訟ではなく、無効審決に対する取消訴訟だった場合では、実験成績証明書を提出した者が被告となり得るため、実験の背景がより詳細に語られることによって、結論が変わっていたかもしれないとも思われた。