ポジトロンCT装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.2.28
事件番号 H24(行ケ)10216
担当部 知財高裁 第2部
発明の名称 ポジトロンCT装置
キーワード 新規性、進歩性
事案の内容 拒絶査定不服審判で新規性なしとして拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
審決において「実質的に同一である」と認定された本願発明と引用発明との相違点は、目的の違いに由来するものであり、実質的なものであると認定された点がポイント。

事案の内容

【出訴時クレーム】

入射した光子のエネルギに応じた光子検出信号をそれぞれ出力する複数個の光子検出器が測定空間を囲んで所定軸の周囲に配列されたリングと,

前記光子検出信号を入力し,前記測定空間における電子・陽電子対消滅によって発生する光子対をエネルギ弁別して同時計数し,前記光子対がどの直線上で発生したかを示す同時計数データを出力する同時計数手段と,

被検体の輪郭形状を光学的に計測して前記被検体の輪郭形状データを出力する被検体形状計測装置と,

前記同時計数データ及び前記輪郭形状データに基づいて吸収補正を行うことにより,吸収補正された投影データである補正投影データを生成する補正投影データ取得手段と,

を備えることを特徴とするポジトロンCT装置。

 

【審決の判断】(下線は担当が付与)

本願発明は、刊行物1(甲1)に記載された発明と実質的に同一であるから、新規性を欠く(特許法第29条第1項第3号)。

<相違点>

被検体形状測定利用手段について,本願発明では,「被検体の輪郭形状を光学的に計測して前記被検体の輪郭形状データを出力する被検体形状計測装置と,前記同時計数データ及び前記輪郭形状データに基づいて吸収補正を行うことにより,吸収補正された投影データである補正投影データを生成する補正投影データ取得手段」であるのに対して,

引用発明では,「前記測定空間に置かれた被写体10の輪郭を検出するためにトランスミッション計測で得られるトランスミッション・データまたは光学式3Dスキャナを利用する被写体の輪郭を検出する輪郭検出手段」である点

<実質的同一性の判断>

引用発明の『光学式3Dスキャナ』が,本願発明の『被検体の輪郭形状を光学的に計測して前記被検体の輪郭形状データを出力する被検体形状計測装置』に相当することは明らかである。

そして,『光学式3Dスキャナ』を利用した場合については,直接の記載はないものの・・・『トランスミッション・データ』についての『【0054】・・・トランスミッション・データとは,このトランスミッション計測によりt-θ メモリ60に蓄積された投影データを言い,被写体10における光子吸収を補正する際に用いられるデータである。』との記載より,引用発明の『光学式3Dスキャナ』も同様に,被写体10における光子吸収を補正する際に用いられているといえ,吸収補正された投影データである補正投影データを生成する補正投影データ取得手段を有しているといえる。

してみると,相違点は実質的な相違点ではない。

 

【「輪郭検出」に関する本願発明と引用発明との対比(担当がまとめた)】

■本願発明

(a)目的:吸収補正を行うため(同時計数ラインが被検体を通過する場合に、その通過する被検体における光子の吸収を考慮して正確な投影データを得るために、輪郭データから被検体を横切る長さを得るため)

(b)検出方法:光学的に検出(センサから可視域~近赤外域の波長の光を射出し、被検体からの反射光に基づき輪郭を検出)

(c)上記検出方法の採用理由:光学的に計測されるので、被検体が被爆することがない。→本願の課題。

■引用発明

(a)目的:サンプリング密度の粗密を判断する際の根拠とするため(被検体を通過しない同時計数ラインについての投影データのサンプリング密度は粗とする、との処理において、輪郭データから被検体を通過するか否かを判定する)

(b)検出方法:光学的3Dスキャナを利用する(←この程度の記載)、或いはトランスミッション・データを利用して検出する。

(c)上記検出方法の採用理由:明示無し。

 

【取消事由】

(取消事由1)手続違背。具体的には、審査経緯[拒絶理由通知において29①および29②を通知。→意見書&補正書による応答。→拒絶査定(29②)。→審判請求(29②について反論)→拒絶審決(29①)]において、審判合議体は、29①について反論の機会を与えなかった。→ <裁判所判断せず>

(取消事由2)本願発明と引用発明の実質的同一性の判断の誤り

 

【裁判所の判断】(下線は担当が付与)

刊行物1は,・・・輪郭検出手段を具備すること,輪郭検出手段が検出した輪郭形状に基づいて,座標変換手段が行う変換において用いる粗密分布を形成すること等が記載されているのみで,光子検出器が計測したデータを被検体が光子を吸収するという問題に対応して補正する(吸収補正)手段に関する記載はない

また,刊行物1の発明の詳細な説明では,主として光子の散乱補正の問題について記載されているところ,光子の吸収補正についての具体的な記載は,段落【0052】の「なお,再構成画像のS/N比を劣化させる要因として,上述した散乱同時計数の他に,被写体10における光子吸収や,リング20を構成する多数の光子検出器間の感度の不均一がある。したがって,散乱補正に加えて,トランスミッション計測やブランク測定を行って吸収補正および感度補正を行うのも好適である。」との記載,段落【0054】の「トランスミッション計測とは,エミッション計測(RI線源を投与された被写体10から発生する光子対の測定)時と同じ位置にRI線源が投与されていない被写体10を置き,リング20の中心軸を中心として被写体10の周囲で校正用RI線源12を回転させて行う計測を言う。また,トランスミッション・データとは,このトランスミッション計測によりt-θメモリ60に蓄積された投影データを言い,被写体10における光子吸収を補正する際に用いられるデータである。」との記載にとどまっている。そうすると,少なくとも刊行物1のポジトロンCT装置における光子の吸収補正として明示的に予定されているのは,いわゆるトランスミッション計測によるものだけであることが明らかである。

そして,刊行物1の段落【0053】には,「次に,被写体10の輪郭検出の方法について説明する。・・・トランスミッション・データを利用して被写体10の輪郭を検出する方法も好適である。・・・」との記載があるが,これは・・・散乱同時計数の問題にかんがみ(段落【0023】),かかる散乱同時計数に係るデータ(散乱データ)を控除して再構成画像のS/N比を向上させるため散乱補正を行う観点からなされた記載にすぎない。すなわち,かかる散乱補正を行う上で,散乱データを効率よく推定するため,測定空間のうち被検体が占めない空間の投影データのサンプリング密度を粗とするべく(逆に,被検体が占める空間の投影データのサンプリング密度は従来どおり密とする。),光学式3Dスキャナを利用して検出した輪郭形状を用いることや,トランスミッション計測の結果得られたトランスミッション・データ(被検体の当該部分の光子吸収の度合いに係るデータ)を用いることを意味するにすぎず(段落【0027】,【0029】,【0030】,【0031】),段落【0053】を含む発明の詳細な説明には,被検体の輪郭形状から吸収補正を行うことは記載も示唆もない。したがって,引用発明の光学式3Dスキャナもトランスミッション・データと同様に被検体(被写体10)による光子吸収を補正する際に用いられているとする審決の認定は誤りである

この点,被告は,刊行物1では光学式3Dスキャナの利用とトランスミッション・データの利用とが同等に取り扱われているとか,段落【0053】では,光学式3Dスキャナの利用法が輪郭形状検出用途に限定されていないと主張するが,上記のとおり,被検体の輪郭形状から吸収補正を行うことは記載も示唆もないし,上記段落の記載から,光子の吸収補正の点に関して,光学式3Dスキャナの利用とトランスミッション・データの利用とが同等に取り扱われているということもできない。

また,被検体内部の光子吸収率が一様であると仮定して,被検体の輪郭形状に基づいて吸収補正を行うことが,本件出願当時の当業者に広く知られた事柄であったとしても(乙2~5),被告が提出する乙第2ないし第5号証には,光学式3Dスキャナを用いて被検体の輪郭形状を検出することは記載も示唆もされていない。そうすると,刊行物1に接した当業者が,光学式3Dスキャナを利用して得られた被検体の輪郭形状データを吸収補正に利用する構成を読み取ることはできない

なお,刊行物1に記載の引用発明は,光子検出器を配して成る同時計数回路に,RI線源から放出された陽電子と近傍の電子が結合した結果,互いに正反対の方向に向けて生じる1対の光子が成す直線である同時計数ラインのうち,測定空間内の被検体が占める領域を通過する同時係数ラインに係るサンプリング密度と,被検体が占めない領域を通過する同時計数ラインに係るサンプリング密度との間に粗密の差を設けることや,かかるサンプリング密度の差を考慮した同時計数ラインの座標値の投影データへの変換手段を具備すること等により,データの量(メモリの容量)を増やすことなく高解像度の再構成画像を得るものであって(段落【0009】,【0021】~【0031】,【0104】,【0105】),本願発明とは異なり,RI線源を投与する前の被検体の被曝を避けるため,X線CT計測や校正用RI線源を用いたトランスミッション計測を省略すること(本願明細書(甲4)の段落【0005】,【0006】)を目的としていない審決が認定した本願発明と引用発明の相違点は,上記のとおりの目的の違いに由来するもので,上記相違点が実質的なものであることは,かかる観点からしても明らかである

以上のとおり,本願発明と引用発明の相違点は実質的なもので,両発明は実質的に同一ではないから,これに反して本願発明の新規性を否定した審決の認定・判断は誤りである。したがって,この旨をいう原告が主張する取消事由2は理由があり,取消事由1について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると思われる。

本願発明において、「被検体の輪郭形状を光学的に計測して・・・輪郭形状データに基づいて吸収補正を行う」点は、解決課題(吸収補正のためのデータを取得する際に被検体が被爆しない)の観点から肝に当たる。この点につき、輪郭検出に光学式3Dスキャナを用いることが好適である旨、トランスミッション計測を行って吸収補正を行うことが好適である旨が併記されているに過ぎない刊行物1に基づき新規性無し(実質的同一)とした審判の判断は、少々乱暴であると感じた。 以上