ペレット状生分解性樹脂組成物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.05.23
事件番号 H22(行ケ)10325
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 ペレット状生分解性樹脂組成物およびその製造方法
キーワード クレーム補正の制限、新規事項の削除
事案の内容 拒絶査定不服審判で進歩性なしとする拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が棄却された事案。
新規事項の追加状態を解消する目的の補正に、特許法第17条の2第4項4号を適用する余地はない、と判断した点がポイント。

事案の内容

【出願の経緯】

ア.平成13年12月27日 出願

「【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。」

イ.平成18年02月24日 拒絶理由通知(新規性、進歩性)

平成18年05月01日 第1次補正(原審補正)

「【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。(下線は補正箇所)」

ウ.平成19年01月16日 拒絶理由通知(新規事項の追加、発明の明確性)

《1》補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない

《2》発明の詳細な説明には,「溶融」,「加熱溶融」,「加熱溶解」なる用語が混在しており,不明りょうである

《3》請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである

平成19年03月26日 第2次補正

平成19年08月21日 補正却下、拒絶査定

エ.平成19年10月11日 拒絶査定不服審判請求

平成19年11月02日 第3次補正(本件補正)

「【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。(下線は原審補正時からの補正箇所)」

オ.平成22年08月23日 審決

「本件補正は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである。」

【審決の取消事由】

ア.取消事由1(本件補正の却下に関する判断の誤り)

本件補正は概ね原審補正の請求項1のうち「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」を削除することを内容とするもの(以下「補正事項1」という。)であるが,この削除部分である「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という新規事項は,前述した平成19年1月16日付け拒絶理由通知(甲2の4。以下「最後の拒絶理由通知」という。)の〔理由1〕の記(1)に記載されているように,当初明細書等(公開特許公報,甲1)の記載から自明な事項とはいえない事項である。

したがって,補正事項1は,もともと当初明細書等に記載されていない事項を削除する補正というべきであるから,法17条の2第4項4号に掲げる特許請求の範囲についての「明りょうでない記載の釈明」に該当する。(後略)

イ.取消事由2(原審補正における新規事項の有無に関する判断の誤り)(略)

 

 

【裁判所の判断】

4 取消事由1(本件補正の却下に関する判断の誤り)について

審決は,本件補正のうち補正事項1は法17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。

(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか

ア 法17条の2第4項4号につき

(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。

ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。

したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する

しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。

したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。

(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性

法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される

前記3の本件出願の手続の経緯のとおり,最後の拒絶理由通知(甲2の4)においては,まず,[理由1]において,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」混練する旨は当初明細書等(甲1)に明示的に記載されていないし,自明でもないと指摘して,法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとし,さらに,[理由3]において,「(2) 請求項1における『僅かに』なる記載は多義的に解され不明瞭である」として,「僅かに」という記載に限って法36条6項2号に規定する要件を満たしてない旨指摘していることが認められる。

以上によれば,最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である

したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。

イ 法17条の2第4項1ないし3号につき(略)

(2) 原告の主張に対する補足説明

ア 原告の主張(ア) につき

(ア) 原告は,補正事項1は,もともと当初明細書等に記載されていない事項を削除する補正であるから,法17条の2第4項4号に掲げる特許請求の範囲についての「明りょうでない記載の釈明」に該当すると主張するが,原告の上記主張に理由がないことは,前記(1)ア(ア)のとおりである。

(イ) また,原告は,「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには結果として指摘された特定箇所の記載不備を解消する補正であればよいというべきところ,平成19年1月16日付けでなされた最後の拒絶理由通知(甲2の4)は,新規事項を含む記載において明りょうでない記載があるというものであり,これを明りょうにして拒絶理由を解消するために結果として新規事項の削除の補正となったにすぎないから,補正事項1は「明りょうでない記載の釈明」に該当するとか,最後の拒絶理由通知は,請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうであること等に該当するとするものであるから,補正事項1により請求項に記載した発明が明りょうになることは明白である旨主張する。

しかし,前記(1)ア(イ)のとおり,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項についてその記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,審査官が指摘した事項を含んでさえいれば補正する範囲は問わないというものではなく,その補正の範囲は,その補正によって新たな拒絶理由が生じない程度の範囲に限られるというべきであるから,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないというべきである

そして,前記(1)ア(イ)のとおり,補正事項1のうち「僅かに」を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との部分は,最後の拒絶理由通知において「明りょうでない」と指摘された部分ではなく,また,それ自体「明りょうでない」とはいえないから,上記部分の削除を含む補正事項1は,最後の拒絶理由通知において審査官が指摘した事項の範囲を超えて補正しようとするものであって妥当でない。原告の主張に従えば,「明りょうでない記載の釈明」との名の下に,明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにすることを超えて補正できることになり,法17条の2第4項4号の趣旨を没却することになる。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告の主張(イ) につき

原告は,本件補正において削除した新規事項は本願発明の新規性や進歩性に何ら関与しないから,本件補正を却下すべき理由はない旨主張する。しかし,補正事項1において削除される事項が本願発明の新規性や進歩性に関係しないか否かは,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正であるか否かを判断するに当たって何ら関わりのないことであるから,原告の上記主張は理由がない。

ウ 原告の主張(ウ) につき

原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。

しかし,前記ア(イ) のとおり,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。

その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。

 

 

【所感】

本件では、最後の拒絶理由通知に対する応答時や審判請求時に許される特許請求の範囲についてする補正(平成18年改正前の特許法第17条の2第4項、現行特許法第17条の2第5項)には、新規事項の追加状態を削除により解消する補正を適用する余地がないことが確認された。本件における法解釈上の判断は妥当であると考える。実務上、特許請求の範囲の補正時には新規事項の追加に該当しないように細心の注意を払うことは勿論であるが、新規事項の追加状態を解消する目的の補正を裁量で許容するような特許庁側の柔軟な運用が望まれる。