プラバスタチンラクトン事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2010.03.31
事件番号 H19(ワ)35324
発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物
キーワード 発明の技術的範囲(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、構成要件充足性、無効理由(新規性、進歩性、記載要件)、訂正の可否
事案の内容 この判決のポイントは、プロダクト・バイ。プロセスクレームでは、原則としてクレームの技術的範囲はクレームに記載された製造方法に限定される限定説が原則であり、製造方法に限定されない同一性説が例外であることが示された。
この事件では、同一プロダクト・バイ・プロセス・クレームで記載されたクレームの技術的範囲を定めるのに、製造方法を考慮すべきか、否かが争われた。
査定系では、同一性説(クレームの技術的範囲はクレームに記載された製造方法に限定されない)を採用する運用が確立している。これに対し、侵害系では、同一性説が採用される例が多いが、少数で限定説(クレームの技術的範囲はクレームに記載された製造方法に限定される)もある。

事案の内容

【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

 

【争点】

(1) 被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか。
ア 本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。
イ 被告製品の構成要件充足性(省略)
(2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(省略)。
(3) 本件訂正の可否(省略)。

 

【裁判所の判断】
1 争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか)について
(1) 本件特許の特許請求の範囲の各請求項は,物の発明について,当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。
ところで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許請求の範囲に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で,一定の化学物質等のように,物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技術上否定できず,そのような場合には,当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。
原則:限定説、例外:同一性説を採用(従来の裁判例では、原則が同一性説で、例外が限定説であったのに対し、逆である。)

 

⑵ そこで,本件において,前記(1)の「特段の事情」があるか否かについて,検討する。
ア 物の特定のための要否
証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,本件各発明に開示されているプラバスタチンナトリウム自体は,当業者にとって公知の物質であったと認められる。そして,本件特許の請求項1に記載された「物」である「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,その記載自体によって物質的に特定されており,物としての特定をするために,その製造方法を記載せざるを得ないとは認められない。
すなわち,本件特許の請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」という「物」は,当該物の特定のために,その製造方法を記載する必要がないものと認められる(なお,当該物の特定のために,その製造方法を考慮する必要がないことは,当事者間に争いがない。)。
イ 出願経過
証拠(甲1,2,乙3(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願の経緯及びその過程において原告が行った説明等は,次のとおりであると認められる。
(ア) 原告は,平成13年10月5日に本件特許の国際出願をし,平成14年11月27日付けで,願書に添付して提出した明細書とみなされる翻訳文を提出した。当該翻訳文中の特許請求の範囲には,次のとおり,製造方法の記載を含まない請求項が含まれていた(乙3の1)。
「【請求項1】実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.5%未満のプラバスタチンラクトンを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項3】0.2%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項4】0.5%未満のプラバスタチンラクトン及び0.2%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項5】0.2%未満のプラバスタチンラクトンを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項6】0.1%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項7】0.2%未満のプラバスタチンラクトン及び0.1%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項8】次の段階:

)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンラクトン及びエピプラバを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
(以下省略)」
(イ) 原告は,平成16年1月29日に特許庁に提出した早期審査に関する事情説明書(乙3の5)において,特許協力条約に基づく国際調査報告において引用された3つの文献(引用文献1:米国特許No.4346227明細書,引用文献2:米国特許No.5202029明細書,引用文献3:WO 00/17182)との対比説明として,次のように記載した。
a 前記引用文献1
「引用文献1に開示されているのは,スタチン類の新規な化合物であって,それらを高純度に精製する方法については記載されていません。」
b 前記引用文献2
「引用文献2には,HMG-CoAレダクターゼ阻害剤の高純度精製方法が記載されていますが,この方法はシリカゲルクロマトグラフィーを使用することを特徴としており,本願発明の方法とは異なります。
また,この引用文献に具体的に記載されているのはロバスタチンの精製であり,プラバスタチンナトリウムの精製については記載されていません。」
c 前記引用文献3
「引用文献3には,プラバスタチンなどの精製方法が記載されていますが,高性能液体クロマトグラフィーを用いる方法であり,本願発明の方法とは異なります。」
(ウ) 本件特許の出願に対して,平成16年3月17日付けで,出願に係る発明は,刊行物等に記載された発明又はこれに基づき容易に発明をすることができたものであって新規性・進歩性を欠く等の理由で,拒絶理由通知がされた(乙3の8)。
これに対し,出願人である原告は,平成16年9月24日付けで意見書及び手続補正書(乙3の10及び11)を提出した。当該意見書及び手続補正書には,次のような記載がある。
a 意見書の記載(乙3の10の3頁以下)。

 
「7.理由6及び7(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)について
(1) 本願発明について
既に御説明致した通り,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るのは極めて困難であり,従来技術においては,例えば99.5%以上という高純度のプラバスタチン又はプラバスタチンナトリウムを得ることは不可能でありました。その主な理由は,プラバスタチンの生成の過程で必然的に生成するプラバスタチンラクトン及びエピプラバはその理化学的性質がプラバスタチンに非常によく似ているためです。
本発明は,(1)精製の前段階として,酢酸ブチル類又は酢酸プロピル類を用いて,発酵液からプラバスタチンを抽出すること,及び(2)(a)酸処理及び/又は塩基処理によりプラバスタチンラクトン及びエピプラバを破壊するか,又は(b)プラバスタチンのアンモニウム塩の結晶化を反復してプラバスタチンラクトン及びエピプラバを除去することです。」
b 手続補正書の記載(乙3の11)
「【請求項1】0.5重量%未満のプラバスタチンラクトンが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.2重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項3】0.5重量%未満のプラバスタチンラクトン及び0.2重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項4】0.2重量%未満のプラバスタチンラクトンが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項5】0.1重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項6】0.2重量%未満のプラバスタチンラクトン及び0.1重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。
【請求項7】次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,
そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
(以下省略)」
(エ) 本件特許の出願は,平成17年4月22日付けで,「引用例2には,99.7~99.8%のHPLC純度を有するプラバスタチンのナトリウム塩が記載されている(実施例1~3)。引用例2には,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量についての記載はないが,医薬として使用される化合物はより純度の高い方が好ましいことは技術常識であるところ,プラバスタチンのナトリウム塩の精製を繰り返すことにより,より純度の高い,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量の少ない本発明のプラバスタチンナトリウム等を得ることは当業者が容易になし得ることである。」等の理由で,拒絶査定を受けた(乙3の13)。なお,この拒絶査定においては,製造方法の記載がされていた前記(ウ)bの請求項7(本件発明1と同一の内容)については,拒絶理由がある請求項としては挙げられていない。
(オ) これに対し,出願人である原告は,平成17年7月25日,拒絶査定不服審判の請求をするとともに(乙3の14),同日付けで手続補正書を提出して,製造方法の記載がなく,プラバスタチンラクトンやエピプラバの含有量を示すことのみで特定したプラバスタチンナトリウムに関する請求項(すなわち,物のみを記載した請求項)をすべて削除し,前記争いがない事実等に記載した特許請求の範囲の記載と同一とする補正を行い(乙3の15),前置審査の結果,同年9月16日付けで特許査定を受けた(乙3の18)。
(3)ア以上述べたように,本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されており,物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされていること,そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。
したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであるから,次のとおりと解される。
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 

【所感】
本件については、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には、新規性、進歩性がありません(審査での拒絶理由)。そして、この物の発明に、拒絶理由の発せられていない製造方法を加えた物の発明が特許された、という審査経過を考慮すれば、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈の原則がどちら(同一性説、限定説)であれ、結果的に限定説が採用されるのは妥当であると思いました。すなわち審査過程で拒絶された物に製造方法を加えて特許されたプロダクト・バイ・プロセスクレームに係るものである場合、同一性説を取ると、拒絶された物が実質的に復活してしまいます。
本件は、控訴審(知財高裁)において、大合議の対象となっています(2012年1月27日判決)。プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈において、原則をどちら(限定説または同一性説)にするか、判示されるかもしれません。