プラバスタチンナトリウム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2012.08.09
事件番号 H23(ネ)10057
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物
キーワード 発明の要旨認定、プロダクトバイプロセスクレーム
事案の内容 特許権侵害差止等請求事件において、原告の請求が棄却された事案。
プロダクトバイプロセスクレームは、原則として、その製法により製造された物に限定されると判断された点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】
(1)特許番号:第3737801号
(2)出願日:平成13年10月5日
(3)優先日:平成12年10月5日
(3)登録日:平成17年11月4日
(4)特許請求の範囲(本件訂正発明)(訂正後の請求項1)
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウムを単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

 

【争点】
本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(特許法104条の3の抗弁の成否)
(1) 本件発明は,新規性を欠くか(争点1)
(2) 本件発明は,進歩性を欠くか(争点2)
(3) 本件特許の無効理由は,本件訂正により解消されるか(争点3)
ア 本件訂正発明は,新規性を欠くか(争点3-1)
イ 本件訂正発明は,進歩性を欠くか(争点3-2)←この争点のみ判断
(被告製品が本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属することについては争いなし)

 

【知財高裁の判断】
1 事案に鑑み,争点3-2(本件訂正発明は,進歩性を欠くか)のうち無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)から検討する。当裁判所は,本件発明及び本件訂正発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識から,当業者が容易に発明することができたと認められるから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができないと判断する(同法104条の3第1項)。その理由は次のとおりである。

 

2 無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)について
(1) 発明の要旨の認定について
ア 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,特許法70条1項は「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と,同条2項は「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と,規定する。
特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画していると解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。
本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法に限定されることなく,他の製造方法をも含むものとして解釈・確定されることは許されない。
もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした特許法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,同法36条6項2号にも反しないと解される場合もある。そして,上記のような事情が存在することが立証された場合にあっては,発明の技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されると解すべきである。
そして,これを,特許権侵害訴訟における立証責任の分配の観点から整理すると,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,特許請求の範囲は,その記載文言どおりに解釈するのが原則であるから,「発明の技術的範囲が特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されない」旨を主張する者において,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,その旨の立証を尽くすことができないときは,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定すべきことになる。

イ 特許法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,同条に係る抗弁の成否を判断する前提になる発明の要旨は,特許無効審判請求手続において,特許庁(審判体)が,無効の有無を判断する前提とする発明の要旨と同様に認定されるべきである。
そして,本件のように,「物の発明」であり,かつ,その特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合における「発明の要旨」についても,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定と同様に認定されるべきである。すなわち,① 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが,② 上記①のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである。
この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記②の「特許請求の範囲に記載された方法により製造された物」に限定したものとして,当該発明の要旨を認定するのが相当である。

ウ そこで,本件発明において,上記「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するか否かについて検討する。
(ア) 製法要件による物の特定の必要性
証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)当時,本件発明に記載されたプラバスタチンナトリウムは,当業者にとって公知の物質であること,また,プラバスタチンラクトン及びエピプラバは,プラバスタチンナトリウムに含まれる不純物であることが認められる。
特許請求の範囲(請求項1)の記載における「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバが公知の物質であるプラバスタチンナトリウムに含まれる量を数値限定したものであるから,その構造によって,客観的かつ明確に記載されていると解される。
したがって,特許請求の範囲請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には,その製造方法によらない限り,物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しないと認められる。

(イ) 以上のとおりであるから,本件発明の要旨は,特許請求の範囲の記載どおり,製法により製造された物に限定され,次のとおりとなる。
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

(2) 乙13発明に基づく容易想到性の有無について
~(略)~

(3) 乙13公報に基づく無効の抗弁が時機に後れた攻撃方法か
乙13公報を主引例とする無効の抗弁は,重大な過失による時機に後れた攻撃防御方法であるとする原告の主張について,判断する。
ア 審理の経緯
(ア) 本件は,被告製品が本件特許の技術的範囲に属することについては当事者間に争いがなく,本件特許の無効事由の存否が主たる争点である。原審において,被告は,乙1資料及び乙5公報を主引例とする進歩性欠如等の主張をした(乙5公報には純度99.8パーセントのプラバスタチンナトリウムを得たとの実施例が記載されていたものの,本件特許に記載の製造方法については何らの言及がされていないものである。)。原審は,平成23年7月28日に,被告の主張を採用して,原告の請求を棄却した。
(イ) 原告は,本件控訴を提起した。ところで,原告は,訴外協和発酵キリン株式会社に対して,本件特許権に基づき,特許権侵害訴訟を提起し,同事件の控訴審が大合議事件となった。当審では,大合議事件の審理等を優先することとし,当審での第1回口頭弁論期日を平成24年4月12日と指定した(その間,被告は,平成23年12月9日に,控訴状に対する答弁書を提出したが,答弁書においては,乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由の主張はされていない。)。
(ウ) 平成24年1月27日,大合議事件において判決の言渡しがされた。
その後,当審において同年4月12日に実施した第1回口頭弁論期日において,被告は,本件特許には,乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由が存在する旨主張をした。
イ 判断
以上の経緯に照らし,時機に後れた攻撃防御方法に当たるか否かについて判断する。
「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合の発明の要旨認定に関し,原審では,「製造方法」に限定されないとの理解を前提とした審理がされていた。そのような原審の審理を前提として,被告は,より純度の高いプラバスタチンナトリウムについての記載がある乙5公報を主引例とする無効理由を挙げて無効の抗弁をした。しかし,大合議事件判決において,本件発明の要旨の認定について,「製造方法」に限定される旨の判断がされたことから,被告は,当審の第1 回弁論期日において,同一の製造方法が開示された乙13公報に基づく無効事由を主張した。このような経緯に照らすならば,被告が上記の主張をしたことに合理性を欠く点はなく,また時機に後れたと解することもできない。よって,被告の主張が時機に後れているとの原告の主張は採用できない。

 

3 結論
よって,原告の請求を棄却した原判決は,その余の点について検討するまでもなく,結論において正当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

【所感】
本裁判例では、H22(ネ)10043と同様に、プロダクトバイプロセスクレームは、原則として、その製法により製造された物に限定されると判断された。
さらに、プロダクトバイプロセスクレームの技術的範囲がその製造方法に限定されない旨を主張する場合には、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証をその主張する者が負担すべきことも明記された。
したがって、なるべく構造や特性によって物を特定するクレームを作成することが好ましいが、やむを得ずプロダクトバイプロセスクレームを作成する場合には、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことの立証に役立つ記載を明細書中に記載すべきであると考える。