プラバスタチンラクトン事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2012.01.27 
事件番号 H22(ネ)10043
発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物
キーワード 発明の技術的範囲(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、構成要件充足性、無効理由(新規性、進歩性、記載要件)、訂正の可否
事案の内容 テバ社が,協和発酵キリン社に対して起こした特許侵害訴訟事件の控訴審であり、原審同様に原告敗訴であった。
判決のポイントは、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈において、従来では、同一説が多数説で、限定説が少数説であったところ、知財高裁では限定説を採用した点にあります。

事案の内容

原審では、プロダクト・バイ・プロセス・クレームで記載されたクレームの技術的範囲を定めるのに、製造方法を考慮すべきか、否かが争われ、以下のように判断された。

物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当であると限定説を採用し、物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされていること,そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。

 

【請求項1】

次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

 

【争点】

(1) 被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか。

ア 本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。

イ 被告製品の構成要件充足性(略)

(2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。

(3) 本件訂正の可否(省略)。

 

【知財高等裁判所の判断】

当裁判所は,本件特許の請求項1はそこに記載されているとおりの製造方法に限定して技術的範囲を理解すべきであり,被告製品は同請求項に記載された要件(工程a))を充足せず,かつ,本件特許の請求項1は当審で新たに提出された乙30発明から容易想到であって,特許法(以下「法」という。)29条2項,123条により特許無効審判により無効にされるべきものと認められる(法104条の3)から,原判決と同じく,控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断する。

1 本件各発明の技術的範囲について

(2) 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について

ア 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,法70条は,その第1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。

したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。

そうすると,本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。

もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,法36条6項2号にも反しないと解される。

そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。

イ ところで,物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合,このような形式のクレームは,広く「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されることもある。前記アで述べた観点に照らすならば,上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)と,「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)の2種類があることになるから,これを区別して検討を加えることとする。

そして,前記アによれば,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。

また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。

ウ そこで,本件発明1において,上記「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するか否かについて検討する。

(ア) 本件製法要件による物の特定の必要性

証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)当時,本件発明1に記載されたプラバスタチンナトリウムは,当業者にとって公知の物質であること,また,プラバスタチンラクトン及びエピプラバは,プラバスタチンナトリウムに含まれる不純物であることが認められる。

したがって,特許請求の範囲請求項1の記載における「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバが公知の物質であるプラバスタチンナトリウムに含まれる量を数値限定したものであるから,その構造によって,客観的かつ明確に記載されていると解される。

すなわち,特許請求の範囲請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には,その製造方法によらない限り,物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しないと認められる。なお,当該物の特定のために,その製造方法までを記載する必要がなかったことについては,控訴人も認めるところである。

(イ) したがって,本件発明1は,上記不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであると理解すべきであるから,その技術的範囲は,本件製法要件によって製造された物に限定され,その技術的範囲は,次のとおりとなる。

「次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

(3) 被告製品の構成要件充足性について

ア 物としての同一性の有無

(ア) 前記のとおり,被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウムであるから,本件発明1の構成要件中,後段の「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を充足する。

(イ) この点に関し,被控訴人は,前記第3,2(2)アにおいて,被告製法がプラバスタチンナトリウムのほかプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の多様な不純物をも含めた組成物の構成内容が本件製法要件により製造された物と同一であることの証明がない限り,本件特許の技術的範囲に属するものということはできないと主張する。

しかし,そもそも本件発明1はプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の不純物については規定しておらず,物の特定及び権利範囲が不明確であるとはいえない。したがって,被控訴人の上記主張は,本件特許の請求項の記載に基づかない主張であり,採用することができない。

イ 本件製法要件の充足性の有無

(ア) 被告製法の内容

(被告製造方法が黒塗りのため結論のみ)

d したがって,被告製法は,本件発明1の工程a)の要件を充足しないことになる。

ウ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件発明1の技術的範囲には属さないと認められる。

エ 被告製品の本件発明2~9の充足性の有無

被告製品は,前同様の理由により,本件発明1を直接又は間接に引用する本件発明2ないし9の技術的範囲にも属さない。

 

2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて

前記1で述べたことによると,一審被告たる被控訴人の製造販売する被告製品は本件発明1の技術的範囲に属しないことになるが,以下,念のため,一審被告たる被控訴人が抗弁として主張する「本件特許が特許無効審判により無効にされるべき」かについての判断も示すこととする。

(1) 発明の要旨の認定について

法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,法104条の3に係る抗弁の成否を判断する前提となる発明の要旨は,上記特許無効審判請求手続において特許庁(審判体)が把握すべき請求項の具体的内容と同様に認定されるべきである。

すなわち,本件のように,「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により,《1》 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム),《2》 上記《1》のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。

この場合において,上記《1》のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記《2》の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。

上記の観点から本件を検討するに,本件特許には,上記《1》にいう不可能又は困難であるとの事情の存在が認められないことは前述のとおりであるから,特許無効審判請求における発明の要旨の認定に際しても,特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として,その手続を進めるべきものと解され,法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきである。

(2) 本件についての検討

本件発明1は,乙30発明並びに乙1文献及び技術常識から本件優先日当時当業者が容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条2項に違反してなされたものであり,特許無効審判において無効にされるべきものである。

乙30文献(出願日平成12年〔2000年〕2月3日,国際公開日2000年〔平成12年〕8月10日,PCT/US00/02993,WO00/46175,名称「MICROBIAL PROCESS FOR PREPARINGPRAVASTATIN」〔訳文 プラバスタチンの微生物学的製法〕,公表特許公報 特表2002-535977号)

乙1文献・医薬品インタビューフォーム「メバロチン錠等」(無効審判甲1)

 

【所感】

本件については、知財高裁でも結論が変わらないだろうと推測されていましたが、果たして推測通りの結論となりました。プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈において、従来では、同一説が多数説で、限定説が少数説であったところ、知財高裁では限定説を採用しました。

 

真性プロダクト・バイ・プロセスクレーム

(1)定義:物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき

(2)発明の技術的範囲:特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,当該製造方法とは異なる製造方法により製造された物も含まれる

(3)無効審判:製造方法が考慮されないので、無効にされ易い

不真性プロダクト・バイ・プロセスクレーム

(1)定義:物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき

(2)発明の技術的範囲:特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定する(製造方法も考慮に入れる)。

(3)無効審判:製造方法が考慮されるので、無効にされ難い

 

『真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。』と判示されているが、構造で物を特定することは、構造が分かればそれを示せば良いのに対し、物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であることの立証は、どれだけ立証しても十分とは言えず、悪魔の証明であり、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものは、あり得ないように感じる。

また、その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であり、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであると立証できた場合であっても、侵害の立証はどうなるか、という問題がある。すなわち、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであれば、侵害時の立証においても、その構造又は特性により直接的に特定することが不可能又は困難であると思われるので、結局、製造方法により特定せざるを得ない。とすれば、真正であろうと不真正であろうと、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合、製造方法が同じでなければ、権利行使できないことになるのではないかと思われる。