プラスチック成形品の成形方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2010.12.28
事件番号 H22(行ケ)10229
担当部 第3部
発明の名称 プラスチック成形品の成形方法及び成形品
キーワード 理由不備(進歩性判断における論理づけの手法の誤り)
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
本事案は、主引例の構成を副引例に適用してなされた審決の判断に対して論理付けの手順が正しく適用されていないと指摘された点がポイントである。

事案の内容

本件は、特許出願(特願2000-280041号)の拒絶査定不服審判において、請求不成立の審決がなされたことに対し、これを不服とする原告が、その取消を求めた事案である。

 

(1)審決の概要:

審決では、刊行物1(甲1)記載の発明を主引用例として、刊行物1記載の発明と、本件発明との一致点及び相違点1及び2を認定し、甲2及び甲3を周知技術として用いるとともに、甲4及び甲5に記載の周知の課題を参酌して、本件発明の進歩性を否定した。

甲1:特開平10-100216号公報/甲2:特開平6-97695号公報/甲3:特開平5-60995号公報/
甲4:特開平11-198190号公報/甲5:実願平4-48898号(実開平6-11380号公報)のCD-ROM

 

(2)本件発明:[請求項1] 最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定され,それによりゲートマーク(注1)の発生が防止されることを特徴とする成形方法。

(注1)ゲートマークについては、本件出願の公報段落【0003】に記載されている。

 

(3)本件発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点

(イ)一致点:

「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された成形方法」である点。
(ロ)相違点:
[相違点1]本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲートは径が不明である点。
[相違点2]本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止されるか否かは不明である点。

 

(4)審決の理由

(相違点1について)

射出成形の技術分野において,径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(甲2,甲3)。刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドライン(注2)やジェッティング(注3)等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである。一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることは,従来周知の技術的課題である(甲4,甲5)。そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm~3mm』と特定した点については,…当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。
(注2)ウェルドライン…金型内において2つ以上の溶融樹脂の流動先端部が会合した場所に発生する細い線状痕。樹脂同士が完全に溶融する前に固化してしまうために発生する。
(注3)ジェッティング…溶融樹脂の流動した痕跡がムラとして成形品に残る成形不良。
(相違点2について)
『ゲートマークの発生が防止される』という発明特定事項は,上記相違点1に係る本願発明の構成を有するものであれば,当然に生じる事項(効果)であると認められる。そうすると,上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。…本願発明がゲートマークの発生防止という新たな技術課題や作用効果の認識に基づくものであるとしても(注4),本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であることは,上記で検討したとおりである。さらに,刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機付けとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められない。
(注4)原告は、出願手続き中の意見書において「ゲートマーク」が「ウェルドライン」や「ジェッティング」とは異なる旨を主張し、本件においても、「ゲートマークの発生」が本件発明の発明者により新たに発見された技術的課題であることを主張している(判決文9頁2行~6行)。

 

【裁判所の判断】

当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して),本願発明の上記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌して),本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示して…,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの説明をしていると理解される。そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべきことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この点において,理由不備の違法がある。これに対し,被告は,…刊行物1記載の発明を上記金型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。しかし,…金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとする被告の主張は,採用の限りでない。

 

【解説】

本件は、進歩性違反を理由とする審決が覆された事例ではあるが、判決において、本件発明の進歩性についての実質的な判断は示されていない。本件では、あくまで、本件発明の進歩性の有無は別にして、審決において、いわゆる論理付けの手順が正しく適用されずに、進歩性を否定する論理構成が破綻していたことを、審決取消の理由としている。この点において、本件は特徴的な事例であると言える。