プラスチック中空標示器事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.07.20
事件番号 H22(行ケ)10372
発明の名称 プラスチック中空標示器
キーワード 記載要件
事案の内容 無効審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟。原告の請求は棄却され、特許庁の審決が維持された。
改正前の法36条5項1号の規定について、発明の詳細な説明に記載された全ての目的及び効果について記載しなければならないと規定したものではない、その請求項の記載が発明として完結している限り同号違反になるものではない、と判示された点がポイント。

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【請求項1】(本件発明1)

脚部12において起立可能なるごとく中空に一体成形されたプラスチック板体1であって、この板体1の頭部11には引掛バー31が形成された第1係合部3が設けられ、この引掛バー31にブリッジ部材5が自在クランプ7を介して連結されると共に、前記第1係合部3の下方にはステー部材6を連結すべき第2係合部4が設けられたことを特徴とするプラスチック中空標示器。

 

【審決の判断/争点】

審決の要点は、本件発明1につき、原告主張の無効理由1(法36条5項1号及び2号)、無効理由2(29条2項)、無効理由3(29条の2)を認めることはできない、というものである。このうち、原告は、無効理由1が成り立たないとした審決の判断を争う。

原告の主張:本件発明の目的及び解決すべき技術的課題からみて、本件発明1においては「中空に一体成形されたプラスチック板体1に流動体Wを給入および排出可能な給排口2を内空部に連通して形成する」ことが、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項であることが明らかであるが、請求項1にはこの記載がない。このため、本件発明1は、法36条5項1号及び2号の各規定に違反していることは明らかであって、その結果、特許法123条1項4号に該当し特許無効事由がある。

 

【裁判所の判断】

改正前の法36条5項1号は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」、2号は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(中略)に区分してあること」というものであるところ、審決は、本件発明1は法36条5項1号及び2号のいずれの要件も満たしているとし、一方、原告はこれを争うので、以下検討する。

 

(1)本件特許の意義

本件明細書の記載によると、本件特許は、道路に設置される通行止め標示器に関し、従来技術に鑑み、(1)中空の軽量部材を使用することにより現場作業者の負担が軽減できること、(2)内空部に水などの流動体を充填することにより安定設置が可能であること、及び(3)分離タイプの軽量部材を使用することにより保管スペースなどを大幅に削減することができ、かつ、必要な設置場所で簡単に組み立てることができること、以上の点を解決すべき技術的課題とし、上記(1)の課題については、中空に一体成形された一対のプラスチック板体1を使用することにより解決し、上記(2)の課題については、上記プラスチック板体1の側面に流動体Wを給入及び排出可能な給排口2を内空部に連通して形成することにより解決し、上記(3)の課題については、プラスチック板体1、自在クランプ7、ブリッジ部材5及びステー部材6に分離できる分離タイプの軽量部材を使用することにより解決するものであり、そのうち、本件発明1は、上記(1)及び(3)の技術的課題を解決するために、請求項1記載の構成を採用した発明であると認めることができる。

 

(2)取消事由の有無

(2-1)本件発明1に係る特許出願の法36条5項1号該当性について

(ア)本件明細書の段落【0012】の第1実施例の記載によれば、本件特許の請求項1の構成要件は全て上記第1実施例に記載されていると認められるから、本件発明1は「発明の詳細な説明に記載されたもの」であるということができる。したがって、本件発明1は法36条5項1号の要件を充足していると認められる。

(イ)原告の主張に対する判断

原告は、本件特許の請求項1には、発明の課題解決のために採用した手段である「中空に一体成形されたプラスチック板体1に流動体Wを給入および排出可能な給排口2を内空部に連通して形成する」という記載が存在せず、標示器の安定設置という発明の目的及び効果を達成することができないから、本件発明1は「発明の詳細な説明に記載したもの」とはいえない旨主張する。

しかし、法36条5項1号の規定は、特許を受けようとする発明が明細書の発明の詳細な説明に記載した発明を超えた部分について記載するものであってはならないという趣旨であって、発明の詳細な説明に記載された全ての目的及び効果について記載しなければならないと規定したものではなく、発明の詳細な説明に記載した発明の一部のみを特許請求の範囲に記載した場合であっても、その請求項の記載が発明として完結している限り、同号違反になるものではないと解するのが相当である。

そして、前記(1)のとおり、本件特許の請求項1には、本件特許の技術的課題のうち(1)及び(3)の課題を解決する構成が記載されていて、それによって、「極めて軽量になり、運搬時および設置時における現場作業者の負担が大幅に軽減される」こと、及び「保管スペースなどを大幅に削減することができ、その結果経済的負担が低減される」という段落【0016】に記載された効果を奏することができるのであって、本件特許の請求項1の記載は発明として完結しているものと認められるから、同号違反になるものではなく、この点に関する原告の上記主張は採用することができない。

 

(2-2)本件発明1に係る特許出願の法36条5項2号該当性について

(ア)前記のとおり、本件特許の請求項1には、本件特許の技術的課題のうち(1)及び(3)の課題を解決する構成が記載され、それによって、段落【0016】に記載された効果を奏することができるものである。そうすると、本件特許の請求項1には発明の詳細な説明に記載された(1)及び(3)の課題を解決するための構成に欠くことのできない事項が記載されているといえるから、同請求項1の記載は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した請求項」に該当すると認められる。

(イ)原告の主張に対する判断

原告は、法36条5項2号に基づけば、本来、特許請求の範囲には特許を受けるべき発明の構成に欠くことができない事項のすべてを記載すべきであるところ、本件発明1においては「中空に一体成形されたプラスチック板体1に流動体Wを給入および排出可能な給排口2を内空部に連通して形成する」ことが特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項であることが明らかであるのに、本件特許の請求項1には、発明の詳細な説明に繰り返し記載されている「流動体Wを給入および排出可能な給排口2」という最も重要な構成要件が欠けているから、法36条5項2号の要件を満たしていない旨主張する。

しかし、本件明細書の全体の記載を考慮すれば、本件特許における技術的課題である前記(1)ないし(3)の各課題は、それらの課題が発明の完成のために全て必須であるというものではなく、(1)ないし(3)の課題それぞれに対応した課題解決のための手段が記載され、それぞれの手段に対応した発明の効果が別個に記載されているから、そのうちの前記(2)の課題解決のための手段が記載されていないとしても、請求項の記載が他の課題を解決する手段とそれに対応する効果を奏するような構成になっている限り、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されているというべきであるから、原告の上記主張は採用することができない。

 

【所感】

裁判所が引用している「発明の効果」段落【0016】では、課題(1)、(3)を解決することによる効果と、課題(2)を解決することによる効果とが、それぞれ独立して記載されている。

段落【0002】~【0006】「従来の技術」の記載と、段落【0007】「解決すべき技術的課題」の記載(特に、下線部“かつ”の記載「本発明は、…略…中空の軽量部材を使用することにより、現場作業者の負担が軽減され、かつ、内空部に水などの流動体を充填することにより安定設置が可能である実用的なプラスチック中空標示器を提供することを技術的課題とするものである。」)を見ると、本件発明は、あくまで課題(1)~(3)を全て解決することを目的としているように読める。

一方で、段落【0008】には、「また、本発明の技術的課題は、分離タイプの軽量部材を使用することにより、保管スペースなどを大幅に削減することができ、かつ、必要な設置場所で簡単に組み立てることができるプラスチック中空標示器を提供することにある。」とも記載されている。段落0008の記載によれば、本件発明は、課題(1)、(3)を解決することを目的としているように読める。

裁判所の上記判断は、段落0008の課題に基づいてなされたものであろうと思われる。