フラッシュメモリ装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2010.8.31
事件番号 H21(ワ)1986
発明の名称 フラッシュメモリ装置
キーワード 限定解釈
事案の内容 本件は、原告が、被告製品の譲渡、輸入、譲渡の申出、製造の差止め、廃棄を求めた事案である。原告の請求はいずれも棄却された。
特許請求の範囲に記載された用語が一般的な技術用語ではなく、詳細な定義なしに用いられていたため、唯一の実施例中の記載が参酌され、その用語が解釈された点がポイント。

事案の内容

【本件特許権】

特許第3834189号(優先日:平成11年7月13日、登録日:平成18年7月28日)

 

 

【請求項1の分節】(下線が問題になった部分)

(1-A) 階層的なワードライン構造を有する不揮発性半導体メモリ装置において,

(1-B) 各々がローカルワードラインに連結されたメモリセルを有する複数個のセクターと,

(1-C) 各々対応する前記セクターを通して配置された複数個のグローバルワードラインと,

(1-D-1) 奇数番グローバルワードラインの中の一つのワードラインを選択する第1グローバルデコーダと,

(1-D-2) 偶数番グローバルワードラインの中の一つのワードラインを選択する第2グローバルデコーダと

(1-D-3) を有するグローバルワードライン選択回路と,

(1-E-1) 前記奇数番グローバルワードラインに各々対応し,各々が,対応する奇数番グローバルワードラインが選択される時に,対応するローカルワードラインの中の一つのワードラインをワードライン電圧に駆動する第1ローカルデコーダと,

(1-E-2) 前記偶数番グローバルワードラインに各々対応し,各々が,対応する偶数番グローバルワードラインが選択される時に,対応するローカルワードラインの中の一つのワードラインを前記ワードライン電圧に駆動する第2ローカルデコーダとを含み,

(1-F-1) 前記第1及び第2ローカルデコーダの各々は,対応するローカルワードラインに各々連結された複数個のドライバを有し,各ドライバは,

(1-F-2) 対応するグローバルワードラインの信号に対応するローカルワードラインを行パーシャルデコーダに連結するプルアップトランジスターと,

(1-F-3) 前記対応するグローバルワードラインの信号に従って前記対応するローカルワードラインをブロックデコーダに連結するプルダウントランジスターで構成し,

(1-G) 前記選択された奇数番/偶数番グローバルワードラインに対応するローカルワードラインの中の二つのローカルワードラインが連続的に選択される時,以前に選択されたローカルワードラインの電圧が,放電信号に応答して対応するドライバのプルダウントランジスターを通じて放電される

(1-H) ことを特徴とするメモリ装置。

 

 

【被告製品】

1 型式番号が,S29WS128N,S29WS256Nで特定される半導体IC製品

2 上記1の半導体IC製品のチップが作り込まれた半導体ウェーハ

 

 

【問題になった争点】

(争点1) 被告製品は,本件発明の技術的範囲に属するか

 

【裁判所の判断】

以下、判決の抜粋。

1 争点1(被告製品は,本件発明の技術的範囲に属するか)について

(4) 構成要件1-D-1,1-E-1,1-G(奇数番グローバルワードライン)及び構成要件1-D-2,1-E-2,1-G(偶数番グローバルワードライン)について

ア 原告は,「奇数番」,「偶数番」が問題となるのは,「グローバルワードライン」についてであって,「ローカルワードライン」の並び順は問わないと主張する(前記第2の3(1)(原告の主張)ア(エ)a(a))。これに対し,被告は,「奇数番グローバルワードライン」は,奇数番のローカルワードラインとのみ対応するグローバルワードラインであり,「偶数番グローバルワードライン」は,偶数番のローカルワードラインとのみ対応するグローバルワードラインである旨主張する(前記第2の3(1)(被告の主張)ア(エ)a(b))。

本件発明の特許請求の範囲に記載された「奇数番グローバルワードライン」,「偶数番グローバルワードライン」の各用語は,一般的な技術用語ではなく,その意義は,本件発明の特許請求の範囲の記載から一義的に明らかであるとはいえないから,これらの用語は,本件明細書の記載及び図面を考慮して解釈されなければならない(特許法70条2項)。

そこで,以下,本件明細書の記載及び図面を参酌し,上記各用語の意義について検討することとする。

イ 本件明細書中には,「奇数番グローバルワードライン」,「偶数番グローバルワードライン」のいずれの用語についても,その意義を直接的に定義付ける記載はなく,また,各用語の意義について直接説明する記載もない。

ウ 本件明細書には,本件発明の唯一の実施例として,図3(「本発明の好適な実施の形態による行デコーダ回路を示す回路図」)と共に次の各記載がある。

(以下、明細書の段落0020~0025,0029~0033のコピー)

 

エ 上記の本件明細書の記載及び図3によれば,本件発明の唯一の実施例においては,(WL0)ないし(WL7)の番号が付された8本のローカルワードラインが番号順に配列されており,奇数番グローバルワードライン(※OGWLi)は,4個のドライバ(※PMOSトランジスターとNMOSトランジスター)を介して奇数番の付された(WL1),(WL3),(WL5)及び(WL7)の4本のローカルワードラインに連結され,偶数番グローバルワードライン(※EGWLi)は,4個のドライバを介して偶数番の付された(WL0),(WL2),(WL4)及び(WL6)の4本のローカルワードラインに連結された構成が開示されていることが認められる。そして,実施例においては,この構成を採用することにより,例えば偶数番グローバルワードラインに対応するローカルワードラインの一つ(WL2)が選択された場合に,選択されなかった同一のグローバルワードラインに対応する他のローカルワードライン(WL0,WL4及びWL6)はフローティング状態となるものの,交互に配置された接地電圧を有する奇数番グローバルワードラインに対応するローカルワードライン(WL1,WL3,WL5及びWL7)によって遮蔽されているため,選択されたローカルワードライン(WL2)がワードライン電圧に駆動されるときに,フローティング状態のローカルワードライン(WL0,WL4及びWL6)には電圧が誘起されず,いわゆるカップリングの発生が防止されている。

そうすると,上記実施例においては,「偶数番グローバルワードライン」とは,順に並んだローカルワードライン(順にWL0,WL1,WL2,WL3,WL4,WL5,WL6,WL7と番号が付されている。)のうち偶数番が付されたローカルワードライン(WL0,WL2,WL4,WL6)に対応するグローバルワードラインであり,「奇数番グローバルワードライン」とは,上記順に並んだローカルワードラインのうち奇数番が付されたローカルワードライン(WL1,WL3,WL5,WL7)に対応するグローバルワードラインであるということができる。

 

オ 原告は,本件発明は上記実施例に記載された構成に限定されるものではなく,偶数番グローバルワードライン及び奇数番グローバルワードラインに対応するローカルワードラインの並び順は問わないのであって,本件発明におけるグローバルワードラインの「奇数番」,「偶数番」とは,複数のグローバルワードラインの並び順をいう旨主張する。

本件発明の特許請求の範囲の記載中には,偶数番グローバルワードラインに対応する複数のローカルワードラインと奇数番グローバルワードラインに対応する複数のローカルワードラインとを交互に配置する旨の文言はなく,また,一般論として,特許発明の技術的範囲は,実施例に記載された構成に必ずしも限定されるものではない。

しかしながら,原告が主張するようにグローバルワードラインに対応するローカルワードラインの並び順は問わないと解すると,本件発明には,例えば,前記ウの本件発明の実施の形態において,偶数番グローバルワードライン(EGWLi)に,順に並んだローカルワードライン(WL0ないしWL7)のうちWL0,WL1,WL2,WL3を対応させる構成も含まれることになる。このような構成の下で,仮にWL2が選択される場合について考えると,前記ウ(コ)記載のとおり,選択されなかったローカルワードラインWL0,WL1及びWL3は,フローティング状態となるから,ローカルワードラインWL2の電位が選択電位に上昇すると,カップリング効果により,同じ偶数番グローバルワードラインに属する他のローカルワードラインWL0,WL1及びWL3の電位も一斉に上昇することになり,メモリ装置として正常に動作しない状態になってしまうことは明らかである。このような場合に生じるカップリングの問題を解決するための具体的な手段は,本件明細書中には一切開示されておらず,その解決手段が自明であると認めるに足りる証拠もない。

 

ク 上記キの「奇数番グローバルワードライン」,「偶数番グローバルワードライン」の文言の解釈に基づいて,被告製品が,構成要件1-D-1,1-E-1,1-Gの「奇数番グローバルワードライン」と構成要件1-D-2,1-E-2,1-Gの「偶数番グローバルワードライン」を充足するかについて,以下,検討する。

 

(ア) 原告は,被告製品のドライバ選択ライン(WLS[1],/WLS[1])が「奇数番グローバルワードライン」に,ドライバ選択ライン(WLS[0],/WLS[0])が「偶数番グローバルワードライン」に該当すると主張する(前記第2の3(1)(原告の主張)ア(エ)b,同(オ),(キ),(ク),(シ))。

被告製品においては,被告製品説明書1-a,b,c記載のとおり,各セクター内に64対のドライバ選択ライン(WLS[0]~[63],/WLS[0]~[63])と512本のワードライン(WL[0]~[511])があり,一対のドライバ選択ライン(WLS,/WLS)には8本のワードラインが対応している。

 

しかしながら,被告製品においては,一対のドライバ選択ラインと対応する8本のワードラインとの関係において,順に並んだワードラインのうち奇数番が付されたワードラインのみに対応するドライバ選択ライン,偶数番が付されたワードラインのみに対応するドライバ選択ラインといった構成は採用されていない。

 

(イ) よって,被告製品のドライバ選択ラインは,いずれも順に並んだワードラインのうち,奇数番が付されたワードラインのみに対応するものではなく,また,偶数番が付されたワードラインのみに対応するものでもないから,上記キの「奇数番グローバルワードライン」,「偶数番グローバルワードライン」のいずれにも該当しない。したがって,被告製品は,構成要件1-D-1,1-D-2,1-E-1,1-E-2,1-Gを充足しない(1-D-1及び1-D-2を前提とする1-D-3も充足せず,さらに,1-E-1及び1-E-2を前提とする1-F-1も充足しないこととなる。)。

 

以上のとおりであるから,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属しない。

 

 

【感想】

本件特許の特許請求の範囲では、「奇数番グローバルワードライン」、「偶数番グローバルワードライン」という用語が詳細な定義なしに用いられている。そのため、唯一の実施例中の記載が参酌され、これらの用語が解釈された。実施例中の記載によれば、原告の主張には無理があるように思われ、裁判所の判断は妥当であると考える。