ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2014.12.24
事件番号 H25(ワ)4040
担当部 東京地裁民事第29部
発明の名称 ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法
キーワード 均等論
事案の内容 本件特許:特許第3310301号
被告の輸入・販売に係るマキサカルシトール原薬および被告の販売に係るマキサカルシトール製薬の製造方法が、本件特許の請求項13に係る発明(以下、「本件発明」と呼ぶ。)の技術的範囲への属否が争われ、均等侵害が成立することが認められた点がポイント。

事案の内容

【主な争点】

均等の五要件の充足性

 

本件では、その他に、進歩性欠如を理由とする無効理由、実施可能要件違反およびサポート要件違反を理由とする無効理由、差止の必要性についても争われているが、本紙では割愛する。

 

【本件発明の概略】

本件発明は、マキサカルシトールの製造方法に係る発明。

本件発明では、ステロイド環構造、または、ビタミンD構造を有する出発物質と、本件試薬(4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン)と、を反応させて、エポキシ化合物中間体を生成し、その中間体を還元剤で処理することによって、マキサカルシトールが生成される。

なお、請求項13では、ビタミンD構造を有する出発物質として、シス体のビタミンD構造が図示されている。

本件発明は、訂正により減縮されたものである。判決では、本件発明を「訂正発明」と呼び、訂正後の訂正明細書を参酌している。

 

【被告の製造方法】

被告の製造方法では、トランス体のビタミンD構造を有する出発物質と、本件試薬と、を反応させて、中間体を生成し、トランス体をシス体に変換する処理をおこなった後、還元剤の処理によって、マキサカルシトールが生成されている。

 

【裁判所の判断】

…被告方法における出発物質及び中間体が,シス体のビタミンD構造の化合物ではなく,その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造の化合物であるという点で,被告方法が訂正発明の構成要件を文言上充足しないことは,いずれも争いがない。そこで,以下,出発物質及び中間体にトランス体のビタミンD構造の化合物を用いる被告方法が,訂正発明においてシス体のビタミンD構造の化合物を用いる場合と均等なものといえるか,順次,均等の要件を判断する。

<均等の第1要件について>

…特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきである。

…訂正明細書の「発明の背景」の記載(訂正明細書15~16頁)や実施例の記載(訂正明細書49~57頁)を総合すると,訂正発明は,従来技術に比して,マキサカルシトールを含む訂正発明の目的物質を製造する工程を短縮できるという効果を奏するものと認められる。

ここで,訂正発明が工程を短縮できるという効果を奏するために採用した課題解決手段を基礎付ける重要な部分(訂正発明の本質的部分)は,ビタミンD構造又はステロイド環構造を有する目的物質を得るために,かかる構造を有する出発物質に対して,構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を塩基の存在下で反応させてエポキシド化合物を製造し(第1段階の反応),同エポキシド化合物を還元剤で処理する(エポキシ環を開環する)(第2段階の反応)という2段階の反応を利用することにより,所望の側鎖(マキサカルシトールの側鎖)を導入するところにあると認めるのが相当である。」

 

被告らは,出発物質がビタミンD構造の場合,シス体を用いることと構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を用いることの組合せが訂正発明の特徴であり,出発物質がシス体であることも,訂正発明の本質的部分である旨主張する。

被告方法は,ビタミンD構造の出発物質に本件試薬を使用し,第1段階の反応と第2段階の反応という2段階の反応を利用している点において,訂正発明と課題解決手段の重要部分を共通にするものであり,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,課題解決手段において重要な意味を持つものではない。…以上によれば,目的物質がビタミンD構造の場合において,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,訂正発明の本質的部分

でないというべきである。したがって,被告方法は,均等の第1要件を充足する。

 

<均等の第2要件について>

…被告方法は,ビタミンD構造の出発物質に本件試薬を使用し,第1段階の反応と第2段階の反応という2段階の反応を利用している点において,出発物質及び中間体をシス体からトランス体に置き換えても,従来技術に比して工程を短縮できるという訂正発明の目的を達することができ,訂正発明と同一の作用効果を奏するものと認められる。

被告らは,出発物質がトランス体である被告方法では,トランス体の物質Dをシス体に転換する工程III が不可欠であり,その分だけ,シス体から出発する訂正発明の場合より工程数が多く,また,その結果,収率が低下することが不可避であるので,被告方法は,製造工程の短縮という訂正発明の効果を奏しない,と主張する。

しかし,被告方法の工程III においてトランス体をシス体に転換する工程を加味しても,最終的な工程数は従来方法よりも改善されていると認められるから,被告方法が訂正発明と同一の作用効果を奏しないとはいえない。

…以上によれば,被告方法は,訂正発明と同一の作用効果を奏する。したがって,被告方法は,均等の第2要件を充足する。

 

<均等の第3要件について>

…所望のビタミンD誘導体を製造するに際し,トランス体の化合物を出発物質として,適宜側鎖を導入し,シス体のビタミンD誘導体を得る方法は,本件優先日当時,既に当業者の知るところであった(甲14,乙1,2)。そうすると,訂正発明を知る当業者は,被告方法実施時点において,訂正発明におけるビタミンD構造の出発物質をシス体からトランス体に置き換え,最終的にトランス体の物質Dをシス体に転換するという被告方法を容易に想到することができたものと認められる。

…被告らは,物性や化学的性質が異なるトランス体でも訂正発明と同様に側鎖が導入できるかは不明であり,ましてその収率は不明であるから,当業者は置換を容易に想到できないと主張する。

しかし,マキサカルシトールの側鎖の導入に際して反応する第22位のOH基は,トランス体とシス体とで構造が異なる二重結合の位置から遠く,これら二重結合の位置によってマキサカルシトールの側鎖の導入過程の反応が異なるとは考え難いから,当業者は,シス体のビタミンD構造の化合物を出発物質とした場合であっても,訂正発明と同様に,マキサカルシトールの側鎖の導入が可能であると認識し,トランス体とシス体の置換を容易に想到できるものと認めるのが相当である。以上によれば,当業者は,被告方法の実施時点において,訂正発明の出発物質及び中間体をトランス体からシス体に置き換えることを容易に想到できたものというべきである。したがって,被告方法は,均等の第3要件を充足する。

 

<均等の第4要件について>

被告らは,被告方法は,乙4発明を中心とする本件優先日時点における公知技術に基づいて,容易に推考できたものであると主張する。

…乙4発明の目的物質はマキサカルシトールではないから,乙4発明から被告方法を推考するには,まず,乙4発明をマキサカルシトールの製造に応用する動機付けが必要である。この点,乙4の2・6頁右上欄10行以下には,「化合物3…は,例えば既知の22-オキサ-1,25-(OH)2D3の中間体でもある。…」との記載がある。…「22-オキサ-1,25-(OH)2D3」はマキサカルシトールであるから,当業者は,上記示唆に基づき,…乙4発明の目的物質に代えてマキサカルシトールを目的物質とすることを容易に推考できると認めるのが相当である。

目的物質をマキサカルシトールとした場合,乙4発明の試薬で導入される側鎖はマキサカルシトールの側鎖ではないのであるから,マキサカルシトールの側鎖を導入するには,別の試薬による別の反応が必要となる。乙4の2と同一の出願人による乙3の2には,乙4発明の出発物質を出発物質とし,(本件試薬とは異なる)乙4発明と同じ試薬で…マキサカルシトールの側鎖を有するトランス体の化合物…が得られたことが開示されている。

…これらの公知文献に接した当業者は,乙4発明の出発物質を出発物質とし,乙3の2の製造例11と同様の方法により…側鎖をマキサカルシトールの側鎖に置換し,最後にトランス体からシス体に転換する方法によりマキサカルシトールを製造する方法を,容易に推考できるといえる。

しかし,…本件試薬を用いて…マキサカルシトールを製造するという方法については,乙4の2,乙3の2には何らの記載も示唆もない。この点,本件試薬自体は公知であった(乙9)が,乙9記載の試薬をマキサカルシトールの製造に使用することは,乙4の2にも,乙9にも,本件訴訟に書証として提出された他の公知文献にも,記載されておらず,その示唆もない。

そうすると,上記のとおり,乙4発明をマキサカルシトールの製造に応用することを想到した当業者においても,乙9記載の試薬を乙4発明と組み合わせて被告方法を推考する動機付けがあるとはいえない。相違点1は,当業者において容易に推考できるものとはいえない。

 

<均等の第5要件について>

被告らは,訂正発明のうち,出発物質がビタミンD構造の場合は,出発物質がシス体に意識的に限定されたものとみるべきである旨主張する。

訂正明細書には,…シス体とトランス体の区別を明示する用語は使用されておらず,トランス体を用いる先行技術との相違によって,本件特許が登録されるに至ったような事情も見当たらない。そうすると,訂正発明において,出発物質及び中間体がビタミンD構造の場合に,シス体に意識的に限定したとか,トランス体を意識的に除外したとまでは認められない。

被告らは,明細書に他の構成の候補が開示され,出願人においてその構成を記載することが容易にできたにもかかわらず,あえて特許請求の範囲に特定の構成のみを記載した場合には,当該他の構成に均等論を適用することは,均等論の第5要件を欠くこととなり,許されないと解するべきである…(知財高裁平成24年9月26日判決・判時2172号106頁[医療用可視画像の生成方法事件])…旨主張する。

しかし,…訂正明細書に引用された文献の内容においてトランス体とシス体を区別していたとしても,訂正明細書の本文においてトランス体とシス体を明確に区別した記載がないことは上記のとおりであり,出願人らが出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。

次に,…目的物質がシス体であるからといって,出発物質もシス体でなければならないわけではなく,出願人らが出発物質を意識的に限定した根拠となるものではない。トランス体の出発物質からシス体の目的物質を得る方法は公知であったが…,訂正明細書にそのような他の構成の候補が開示されていたわけではないから,出願人らにおいて出発物質にトランス体を記載しなかったからといって,出発物質をシス体に意識的に限定したとまではいえない。

対象製品等に係る構成が,特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには,出願人又は特許権者が,出願手続等において,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し,あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど,対象製品等に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり,特許出願当時の公知技術等に照らし,対象製品等に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは,対象製品等に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである(知財高裁平成17年第10047号同18年9月25日判決[椅子式エアーマッサージ機事件]参照)。

…以上によれば,本件において,出発物質をトランス体とする被告方法が本件特許の出願手続等において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はない。

 

【所感】

判決は妥当であると考える。本件発明の特徴は、本件試薬を用いて、中間体にマキサカルシトールの側鎖を導入する点にあり、その中間体がシス体であるかトランス体であるかは、本質的な部分であるとは言いがたいと思う。本件判決は、均等の五要件について丁寧な検討がされており、均等の判断手法を学ぶ上で参考になると思う。特に、第五要件の判断においては、本件明細書に、シス体であることを特定する記載がないことが根拠とされており、明細書作成実務において参考になる興味深い事例であるとも言える。