ヒートポンプ式冷暖房機事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.09.29
事件番号 H23(行ケ)10010
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 ヒートポンプ式冷暖房機
キーワード サポート要件、実施可能要件
事案の内容 無効審判で特許維持の審決を受けた無効審判請求人が取り消しを求め、請求が棄却された事案。
サポート要件の判断において、数値範囲に関するサポートの有無については一切議論されず、2つの実施例(具体的な運転例)があるのでサポート要件を満たす、という判断がなされている点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成20年10月31日       特許第4208982号 設定登録 (以下、本件特許)

平成22年 3月 2日       原告が無効審判請求

平成22年12月 7日       無効審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)

 

【特許請求の範囲】(符号と下線は参考のために追加した)

【請求項1】コンプレッサー(1)と既設コンデンサー(2)を四方弁(10)を介したガスパイプで結び、既設コンデンサー(2)の冷媒ガス出口に設置したキャピラリチューブ(4)と、内部のガスパイプ回路の管を前記既設コンデンサー(2)内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下と細くした追設コンデンサー(9)とをガスパイプで結び、追設コンデンサー(9)と蒸発器(3)のキャピラリチューブ(5)をガスパイプで結び、蒸発器(3)の冷媒ガス出口とコンプレッサー(1)とを四方弁(10)を介したガスパイプで結び、

ガスパイプ側にコンプレッサー(1)より冷媒ガスを吐出して既設コンデンサー(2)に送り、既設コンデンサー(2)で大気又は冷却水と熱交換して凝縮させ、ガスパイプを通って追設コンデンサー(9)に送って放熱してさらに凝縮させ、ガスパイプを通って蒸発器(3)に設置したキャピラリチューブ(5)で減圧し、蒸発器(3)に送って蒸発させたのち、ガスパイプで冷媒ガスをコンプレッサー(1)に戻す冷房運転と、

コンプレッサー(1)よりガスパイプに冷媒ガスを吐出し、蒸発器(3)をコンデンサーとして作動させて冷媒ガスを凝縮させ、ガスパイプを通って追設コンデンサー(9)に送って放熱してさらに凝縮させ、ガスパイプで冷媒ガスを既設コンデンサー(2)に設置したキャピラリチューブ(4)に送って減圧し、既設コンデンサー(2)に送って既設コンデンサー(2)を蒸発器として作動させて冷媒ガスを蒸発させたのち、ガスパイプを通ってコンプレッサー(1)に戻す暖房運転とを、

四方弁(10)で切替え運転を可能とし、冷房運転、暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサー(9)で冷媒ガスを放熱して、凝縮を進めることを特徴とするヒートポンプ式冷暖房機。

 

【当裁判所の判断】

(1)サポート要件について

『特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決されるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。…

本件発明は,冷房運転時,暖房運転時のいずれも冷媒ガスの凝縮能力だけが増大するように工夫したものであって,冷房運転では,冷媒ガスの凝縮をよくして飽和を,暖房運転では,追設,増大した凝縮器より出る温風を蒸発器となるコンデンサーに送り,コンデンサーで熱交換する大気温度を高くして,コンデンサーに霜が付着するのを防ぐとともに,冷房運転でも,暖房運転でも,追設,増大した凝縮器よりの放熱カロリー分,ヒートポンプ式冷暖房機の性能を向上させるという技術課題について,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも,追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮を進めることにより解決することを特徴とするものであるところ,発明の詳細な説明には,冷房運転,暖房運転のいずれも場合でも追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることが,具体例とともに記載されている。したがって,発明の詳細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の技術課題が解決されるものと認識し得る程度の記載があるということができる。

…原告は,冷房運転と暖房運転の両方の場合に追設コンデンサーで凝縮を進めるためには,いずれの運転条件においても,《1》追設コンデンサー入口の段階で冷媒が完全には液化しておらず,なお飽和状態にあること,《2》追設コンデンサー内の冷媒温度が外気又は冷却水の温度よりも高いことの2点が必要となるところ,本件発明では,上記条件《2》を満たさない場合が存在すると主張する。この点については,…ヒートポンプ式冷暖房機について,冷房運転を実施する際の条件としては,実施例1や本件意見書の例5のように既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度の差が大きな場合だけでなく,本件意見書の他の例のようにその温度差が小さな場合もあるのであって,かかる場合には,本件発明の上記効果を奏することができない可能性があるといえる。しかしながら,一般に,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された実施例とは異なる条件で実施された場合にあっては,発明の詳細な説明に記載された効果を奏しないことがあることは想定されるのであって,全ての設計条件,環境条件の下で常にその効果が奏するものでないからといって,発明の詳細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載がないとして,サポート要件が否定されるべきものとはいえない。

(2)実施可能要件について

『実施可能要件は,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時の技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができる程度に発明の詳細な説明を記載することを求めるものであるところ,前記(1)のとおり,発明の詳細な説明には,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサーで,冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が開示されているのであり,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時の技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができる程度の記載がされているといえる。

…原告は,発明の詳細な説明には,減圧問題を克服して追設コンデンサーで凝縮を進める原理を正しく明らかにした記載がないと主張する。しかしながら,発明の詳細な説明には,各実施例により,追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が開示されている。

…また、…本件発明では,冷房運転,暖房運転のいずれの場合においても,冷媒が追設コンデンサー手前のキャピラリチューブを通過することは必須の構成とされていない。そして,四方弁により冷房運転と暖房運転を切り替えられるヒートポンプ式冷暖房機において,その熱交換能力を向上させるために室外に追設コンデンサーを設置する発想は,本件特許出願前から存在し(甲1~5),そのような先行技術では,既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度との差が小さい冷房運転時に二段階で凝縮を進めるために,追設コンデンサー入口側のバイパスする逆止弁付き回路が設けられていたものである(原告準備書面(2)9頁等)。このように,本件特許出願当時において,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける技術は周知のものであったところ,本件明細書には,バイパス回路を付加した構成を排除する旨の記載はないから,本件発明は,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける構成を含むものであるということができる。したがって,当業者は,発明の詳細な説明に記載された事項に当時の周知技術であるバイパス回路を付加することによっても,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができるものといえる。

 

【感想】

(1)サポート要件について

本件発明のポイントは、追設コンデンサー(9)について、その「内部のガスパイプ回路の管を前記既設コンデンサー(2)内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下と細くした」点にある(追設コンデンサー自体は周知)。本裁判例では、サポート要件の判断において、数値範囲に関するサポートの有無については一切議論されておらず、2つの実施例(具体的な運転例)があるのでサポート要件を満たす、という判断がなされている点が注目される。

(2)実施可能要件について

追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける技術は周知であり、本件発明は追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける構成を排除していないので、当業者は周知のバイパス回路を付加することによって特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができる、と判断されている点がおもしろい(裁判官の勇み足か?)。