パンチプレス機における成形金型の制御装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.09.08
事件番号 H22(行ケ)10404
担当部 第4部
発明の名称 パンチプレス機における成形金型の制御装置
キーワード 容易想到性、取消判決の拘束力
事案の内容 無効審判の請求成立が取り消された事案。
容易想到性の判断に関して、特許庁と知財高裁との間でキャッチボールが行われた事案。

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【1.本件発明】

・本件訂正審決によって確定した請求項1の発明(下線部は、本件訂正審決による訂正個所)

【請求項1】

パンチおよびダイを備え,ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに,打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型の制御装置であって,

(a)加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部,

(b)加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部,

(c)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって,前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部,

(d)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚により,前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部,

(e)前記加工プログラムによる加工時に,前記金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し,

このプレスモーション番号毎に,前記共通データメモリ部から被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって,前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに,

前記変更データメモリ部から転送された,参照されたプレスモーション番号毎の材質・板厚の補正データに基づく被加工物の材質および板厚に該当する設定値データにより,前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を補正し,補正された成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成するプレス駆動データ生成部および

(f)このプレス駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいてプレスの駆動制御を行うプレス駆動制御部

を備えることを特徴とするパンチプレス機における成形金型の制御装置。

 

【2.相違点】

相違点の認定については争いがない。

<相違点2>

本件発明(プリアンブル)

パンチおよびダイを備え,

ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに,

打抜加工も可能な

パンチプレス機における成形金型

引用発明

プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具

 

<相違点1>

引用発明は、

(a)材質メモリ部及び板厚メモリ部を備えているか否かは不明

(b)金型情報メモリ部を備えていない

(c)(d)加工条件データとして共通データと変更データとに分けて記憶していない

(e)加工時にプレスモーション番号を参照し共通データと変更データとから駆動データを生成しない

 

【3.容易想到性に関する裁判所の判断】

<相違点2>

周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも,■Aパンチのみの成形位置を変更,補正するものが開示され,ダイの成形位置を補正することや,パンチとダイの双方の成形位置を変更,補正することについての記載はない。

よって,まず,本件審決が,被加工物の材質及び板厚に応じて■Aパンチ及びダイのいずれかの成形位置を変更,補正することを,上記証拠によって,従来周知の技術であると認定したことは,誤りである。

そして,そもそも,引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり,「穴明機」の制御装置である引用発明に,上記周知技術を適用したとしても,その結果が相違点2に係る本件発明の構成になるものではなく,引用発明から本件発明を想到することは容易とはいえない。

しかも,引用発明は,ドリルを用いて上下に移動して被加工物に穴を明けるといった,単純な加工を行う穴明機の制御装置であるのに対し,本件発明においては,異なる成形金型を使用することを前提にして,種々の加工ができる,パンチプレス機の制御装置である。

そして,広義の工作機械の中でも,穴明機は除去加工用機械に属するもので,パンチプレス機は塑性加工用工作機械に属するものである。

引用発明に係る穴明機は,ドリルという一つの工具の上下移動のみを制御するものであり,穴明機の加工条件は,例えば工具回転数や穴明速度等のデータである(甲1,25,26)。

他方,本件発明においては,パンチとダイといった成形金型をともに制御することをその本質としており,成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え,パンチ,ダイのそれぞれについて,他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要がある。

そうすると,制御の対象がドリルのみである引用発明に基づいて,パンチとダイといった成形金型を制御の対象とし,■Bパンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明の構成に,容易に想到することはできないものといわざるを得ない。

 

<相違点1>

引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり,周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも,本件発明に開示された,被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更,補正するパンチプレス機の制御装置に関連する周知技術が開示されていないことは,前記のとおりであるから,穴明機の制御装置に係る引用発明に,上記周知例等を適用しても,パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし,パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明に想到することは容易とはいえない。

しかも,当業者が,ドリルしかなく制御パラメータが極めて少ない引用発明の穴明機を出発点として,わざわざ,パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし,パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定するパンチプレス機における成形金型に置き換える動機付けはないから,引用発明をパンチプレス機に適用することが困難でないとはいえない。

なお,本件審決は,相違点1の検討において,甲5及び6を挙げて「打抜加工も可能なパンチプレス機」の制御装置と,「穴明機」の制御装置は,工作機械の数値制御装置である点で共通し,同じような制御方法であれば相互に適用可能であることは技術常識であったと判断し,被告も,穴明機の制御装置とパンチプレス機の制御装置とが本質的に異ならないものとして,乙2ないし7を提出する。

しかし,甲5及び6,乙2ないし7のいずれにも,被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更,補正することは記載されていないし,穴明機から出発して,パンチプレス機の制御装置に想到することには,■C阻害要因があるといわざるを得ない。

 

<顕著な作用効果の看過>

審決で看過された次の効果によって、進歩性が推認される。

①加工対象としての被加工物の材質や板厚に変更が生じても,金型の調整や交換等の段取り作業を不要にし,1つの金型で所望の成形加工を行うことが可能となり,こうして,被加工物の材質・板厚が変わる生産であっても,金型の調整と試し打ち確認が不要になり,生産性を向上させることができること,

②材料供給装置等を連動させた自動運転・連続運転で材質・板厚の変更が生じた場合でも,オペレータによる手動のプレスモーション変更作業が不要になるので無人化・省人化運転が可能となり,生産性の向上を図ることができること,

③従来のような同一の成形加工を行う金型を各々の材質・板厚毎に調整しておき,パンチプレス機に装着して運転する方法と異なり,金型をパンチプレス機に実装するタレットステーションが1ステーションになり,余ったステーションに他の金型が実装できるので,段取り回数の削減につながり,より生産性の向上が期待できること,

④同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせるのでランニングコストの低減が期待できること,以上の作用効果を奏する(【0008】)。

 

【4.取消判決の拘束力】

審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶ。

もっとも,取消判決の確定後,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加され発明の要旨が変更されるのであるから(最高裁平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日第三小法廷判決・民集53巻3号303頁参照),当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても,訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした取消判決の拘束力は遮断され,再度の審決に当然に及ぶということはできない。

 

被告は,訂正前の相違点と訂正後の相違点とが同一であるか否かは,形式的に判断するのではなく,実質的に判断されるべきであるとして,第1次判決の認定判断には,拘束力又は拘束力に準ずる効力があり,又は紛争の一回的解決に資するために決着済みとするべきであると主張する。

しかし,そもそも,発明がいくつかの構成要件が有機的かつ不可分に結合して構成されるものであることに照らすと,相違点のうちのさらに細かい要素ごとに検討することが相当であるとはいえない。

したがって,第1次訂正前の発明を対象とした第1次判決の拘束力ないしこれに準ずる効力が,本件審決(本件判決?)に及ぶことはない。

 

【所感】

訂正発明および本件発明は、進歩性判断の観点においては、差異がないものとして扱われている。

よって、進歩性の観点において同一の発明について、進歩性が無(第2次審決)→有(訂正審決)→無(本件審決)→有(本件判決)と揺れに揺れたことになる。

このような状況なので、進歩性判断の当否を検討することは容易ではない。

ただし、本件判決は、結論を導く論理にいくつか問題点があると考えられる。

 

<相違点2>

■A「パンチのみの成形位置を変更,補正するものが開示され…パンチとダイの双方の成形位置を変更,補正することについての記載はない。」→「パンチ及びダイのいずれかの成形位置を変更,補正することを,上記証拠によって,従来周知の技術であると認定したことは,誤りである。」は論理が破綻している。

■B「パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,…本件発明の構成」はクレームに基づかない。

 

<相違点1>

■C「阻害要因があるといわざるを得ない。」と論じているが、根拠を示していない。

 

<顕著な効果>

この効果は、出願時の発明のものであり、査定発明にも該当する。この効果による進歩性の肯定を、査定発明が第1次判決で蹴られているにも関わらず、本件判決で認めるのは、判決の拘束力を無視したものとも考えられる。ただし、第1次判決においては、容易想到性と効果との関係は論じられていない。

 

なお、平成23年度法改正によって、審決取消訴訟提起後の訂正審判の請求が禁止されるので、改正法施行(平成24年4月1日)以後に請求された無効審判においては、本事案のように訂正審判を含めたキャッチボール現象は無くなる。