バッグインボックス用袋体事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2013.02.07
事件番号 H24(行ケ)10198
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 バッグインボックス用袋体およびバッグインボックス
キーワード 進歩性 一致点および相違点の認定
事案の内容 特許無効審判での特許有効審決に対して審判請求人である原告が審決の取り消しを求めたが、原告の請求が棄却された事案。
紛争の蒸し返しを予防するために審決に記載された進歩性に関する余事記載に関し、当事者が申し立てない理由であるとして当事者に意見を申し立てる機会が与えられていなくても、手続違背の違法があるとまではいえないと判断された点、並びに、相違点が技術的にまとまりのある一体不可分の事項である場合、対比すべき構成に結果として一致点が含まれること自体、誤りとはいえないと判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成13年 8月13日 特許出願

平成17年 8月12日 設定登録(本件特許:特許第3709155号)

平成20年 6月10日 特許無効審判(第1次無効審判)請求

(無効2008-800104号事件)

平成20年11月20日 訂正請求

平成23年 2月 8日 審決(訂正容認、請求不成立)→確定

平成23年10月 4日 特許無効審判請求

(無効2011-800194号事件)

平成24年 4月24日 本件審決(請求不成立)→本件訴訟

【特許請求の範囲の記載】

 文中の括弧内の数字は本件明細書の符合を示す。

【請求項1】接着されない状態で重ね合わされた少なくとも2枚の合成樹脂製フィルムによって形成された対向する一対の平面部(2,3)および谷折り線(6)を備える2つの側面部(5)を有する4方シールの袋本体(1)の各隅部(4)に,袋本体(1)を一対の平面部(5)が重なり合い且つ重なり合った平面部(5)の間に前記谷折り線(6)を備えた2つの側面部(5)が介在するように折り畳んだ状態下で対向する袋本体(1)の内面同士を,頂部および底部の各シール部(7,8)と側面シール部(9)とを前記各隅部(4)を斜めに切り取るような直線帯状に接着して形成された閉鎖シール部(10)を有する,内容物である液体の充填時には直方体又は立方体に近い形状となるバッグインボックス用袋体(102)であって,

前記側面シール部(9)は,平面部(2,3)と側面部(5)の側縁部同士がシールされ,少なくとも4枚のフィルムが重なり合った柱構造をとり,内容物である液体の充填時には前記袋体(102)は直方体又は立方体に近い形状になり,自立性に優れる袋体(102)となり

その頂部側と底部側に関し,頂部シール部(7),側面シール部(9)及び閉鎖シール部(10),又は底部シール部(8),側面シール部(9)及び閉鎖シール部(10)にて,その両側部分に三角形状のフィン部(11)が形成され,

これらフィン部(11)は,2枚の前記平面部(2,3)が前記側面部(5)と別々にシールされて,それぞれ独立して形成され,

各フィン部(11)のうち,少なくとも頂部側のフィン部(11)には,前記平面部(2,3)と前記側面部(5)の内面同士が部分的乃至断続的に接着され,

 さらに,部分的乃至断続的に接着されたフィン部(11)は,このバッグインボックス用袋体(101)の前後に対向する頂部シール部(7)及び底部シール部(8)双方が,隅部の頂点(R)の位置で接着され,かつ,頂部シール部(7)上,または,頂部シール部(7)上及び底部シール部(8)上で少なくとも一箇所,頂点の位置と不連続的に接着されることによって,袋体(102)の頂部側,または,頂部側及び底部側に左右一対の吊り下げ部(14)を形成することを特徴とするバッグインボックス用袋体(102)。

【本件審決】

 本件発明は、引用例1-4に記載された発明および周知例1-7に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

・引用例1:実願平4-12078号(実開平5-72740号)のCD-ROM

・引用例2:実願平2-12663号(実開平2-120342号)のマイクロフィルム

・引用例3:実願平4-64558号(実開平6-27624号)のCD-ROM

・引用例4:実願昭63-85694号(実開平2-8763号)のマイクロフィルム

・周知例1:実願昭62-100994号(実開昭64-9174号)のマイクロフィルム

・周知例2:実願昭55-71309号(実開昭56-172568号)のマイクロフィルム

・周知例3:特開昭49-110469号公報

【裁判所の判断】

1 取消事由1(手続違背)について

(1) 本件審決の判断

ア 本件審決は,引用例1を主引用例とする容易想到性の有無の判断をした上で,「8 補足」と題し,「(2) 議論の蒸し返しについて」として,本件無効審判で提出された引用例1等は,第1次審決で触れられた証拠方法とは異なっているから,議論の蒸し返しであるとはいえないものの,「被告が主張するとおり,第1次無効審判では,20件を越える証拠方法について検討した上で,審決をしており,本件無効審判で新規な証拠として提出されたものは,実質的に周知例1のみである。そして,その周知例1には,上記審決及びその取消訴訟の判決で指摘された特徴点は,記載も示唆もされていない。そうすると,第1次無効審判とは無関係な第三者が本件無効審判を請求したのであればともかく,第1次無効審判の請求人であり,第1次無効審判の審理経過を熟知している原告が,改めて本件無効審判を請求しているのであるから,被告から議論の蒸し返しであると非難されても止むを得ないというべきである。」と判断した。

イ 本件審決は,続けて「(3) その他の無効理由について」と題し,以下のとおり判断した。

すなわち,本件審決は,被告が,本件特許に係る審査,審判及び裁判において,多くの証拠が検討されてきたことに触れ,それら証拠の一覧を参考資料として答弁書に添付しており,その参考資料に記載された文献は,引用例1ないし4及び周知例1ないし7を含む36件の文献であるとして,それを摘示した上,「念のため,上記文献の記載内容を検討したが,いずれの文献にも,相違点1に係る構成も,相違点2に係る構成も,記載も示唆もされていない。また,いずれの文献にも,相違点1に係る構成,又は,相違点2に係る構成を採用する動機付けについて,記載も示唆もされていない。したがって,上記文献に記載された発明をどのように組み合わせても,換言すれば,上記文献のどれを主引用例とした場合であっても,相違点1に係る本件発明1の構成を得ることが,当業者にとって容易に想到できたとは認められない。同様に,上記文献に記載された発明をどのように組み合わせても,換言すれば,上記文献のどれを主引用例とした場合であっても,相違点2に係る本件発明1の構成を得ることが,当業者にとって容易に想到できたとは認められない」と判断した。

なお,本件審決は,上記36件の文献のうち,引用例1以外の文献に記載された発明を具体的に認定することなく,また,当該発明と本件発明との対比をすることもなく,したがって,当該発明と本件発明との一致点や相違点を認定することもなく,相違点についての具体的な判断も行っていない

(2) 手続違背の有無

前記のとおり,本件審決には,概括的に,36件の文献のいずれを主引用例とした場合であっても,本件発明1の構成を得ることが当業者にとって容易に想到できたとは認められないとの記載がされているものの,引用例1以外の文献に記載された発明を具体的に認定することなく,また,当該発明と本件発明との対比をすることもなく,したがって,当該発明と本件発明との一致点や相違点を認定することもなく,相違点についての具体的な判断も行っていないものである。そうすると,本件審決の前記記載は,実質的にみて具体的な容易想到性の判断を行ったものと評価することはできず,紛争の蒸し返しを予防したいという余り,余事記載をしたものというほかない

(3) 小括

よって,本件審決に手続違背の違法があるとまではいえず,取消事由1は理由がない。

 

2 本件発明について

(2) 本件発明の意義

本件発明は,「側面シール部は,平面部と側面部の側縁部同士がシールされ,少なくとも4枚のフィルムが重なり合った柱構造をとり」という構成を備えており,そのことにより,耐衝撃性,内容物の使いきり性及び内容物の充填時や外箱からの取り出し後における自立性に優れたバッグインボックス用の内袋を提供することなどを可能にするものである。

このように,本件発明は,上記構成により,バッグインボックスに用いる袋体として求められる,自立性,柔軟性,耐久性という,相反する要望に応えることができるという意義を有するものである。また,ほかに,その頂部側と底部側の両側部分に三角形状のフィン部が形成され,フィン部同士を隅部の頂点の位置と他の位置とを頂点の位置と不連続的に接着されることによって,袋体の頂部側等に左右一対の吊り下げ部を形成することにより,内容物が充填された状態での袋体の取り出しなどを容易にできるという意義も有するものである。

 

4 取消事由2(本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 相違点1の認定について

ア 本件審決の認定した相違点1のうち,「合成樹脂製フィルムによって形成された対向する一対の平面部及び谷折り線を備える2つの側面部を有する」,「側面シール部は,平面部と側面部の側縁部同士がシールされ」,「柱構造をとり,内容物である液体の充填時には前記袋体は直方体又は立方体に近い形状になり」の部分は,本件審決の認定した一致点と文言上重複している。

イ しかし,一致点と重複する上記記載は,それぞれ「4方シール」,「柱構造」及び「袋体」の各構成を修飾する字句の一部に含まれるものであって,それぞれ,本件発明の課題との関係において,「4方シール」,「柱構造」及び「袋体」の構成を特定する技術的にまとまりのある一体不可分の事項である。

このように,技術的にまとまりのある一体不可分の事項である以上,対比すべき構成に,結果として,一致点が含まれること自体,誤りとはいえない。そして,認定された相違点1について,引き続いて行われる相違点の判断が適切に行われている限り,審決の結論に影響を与えるものとはいえない

(2) 相違点1の判断について

ア 合成樹脂性フィルムの枚数及び側面シール部の柱構造について

(ア) 引用例3及び周知例1の従来技術の記載によれば,バッグインボックス用袋体において,接着されない状態で重ね合わされた少なくとも2枚の合成樹脂製フィルムによって袋体を形成し,内容物の劣化,漏洩の防止,耐圧性及び耐薬品性を高めることは,周知技術と認められる。

そして,引用発明も,同様の一般的な課題を有し,また,ガスバリヤー性を求めるものであるから,引用発明における1枚の合成樹脂製フィルムからなる袋体の平面部及び側面部について,上記周知技術を参酌して,2枚以上のフィルムを重ね合わせた多重袋とすること自体は,容易に想到し得る。

(イ) しかしながら,引用発明は,側面部が,重ね合わされていない2枚のフィルムとはされていないから(【0008】),谷折り線で折る等の折りたたみ構造を採る際には,そのことによる2枚のフィルムの引張りや,ずれをも考慮して設計することが必要である。よって,接着されない状態で重ね合わされた2枚以上のフィルムを重ね合わせた多重袋とすること自体は容易に想到し得たとしても,直ちに4枚重ねの柱構造を容易に想到し得るということはできない

他方,本件発明1は,前記2のとおり,「側面シール部は,平面部と側面部の側

縁部同士がシールされ,少なくとも4枚のフィルムが重なり合った柱構造」をとるという構成を備えていることにより,耐衝撃性,内容物の使いきり性及び内容物の充填時や外箱からの取り出し後における自立性に優れたバッグインボックス用の内袋を提供することなどの作用効果を奏するものである

そうすると,たとえ,前記周知技術を参酌して,2枚以上のフィルムを重ね合わせた多重袋とすることができたとしても,それだけで,4枚のフィルムが重なり合った柱構造にすることができるものではない。よって,相違点1のうち,少なくとも,2枚以上の合成樹脂フィルム及び側面シール部の柱構造に係る本件発明1の構成は,引用発明及び上記周知技術から容易に想到し得るものとはいえない。

イ 4方シールについて

(ア) 引用例1には,袋体の上縁の開口部分以外の部分をシールすることについては記載されておらず,引用例1の【0030】の記載からは,内容物を充填後に開口を閉じることが理解されるにとどまり,むしろ,その記載によれば,開口にバルブや筒体を設けた場合にあっては,開口そのものをシールすることを想定していない。

また,引用発明において内容物を充填した袋体は,「段ボール箱などの内部形状に適合する直方体状に膨らみ」(【0014】)とされているから,内容物の充填後に上縁における開口部分以外の部分が,容易にシールできるような態様のまま形状や位置が維持されるとは考え難い。

さらに,引用例1には,各シール部の外側のフィルム及びガセット折込体を切断除去するとよい等の記載があること(【0011】【0024】【0034】【0042】)に照らすと,袋体の上縁を構成する各シール部の外側のフィルム及びガセット折込体については,そもそも,不要の構成と理解される。そうすると,上記構成が不要であることを前提とした引用発明において,あえて袋体の上縁全体のシールを行う必然性はない

よって,相違点1の「4方シール」に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到し得ることではない。

ウ 開口等の位置について

(ア) 引用例4,周知例1及び2についての前記記載によれば,頂部にシール部

を設け,かつガセット袋の平面部に開口を設けることは,周知技術であると認められる。

他方,これらの技術は,筒状のもの又は平袋を素材とした袋であると認められ,引用発明の構成の前提である素材に関する構成を異にする。

さらに,引用発明は,「頂部全体をシールする」ことを示唆していない。

したがって,上記周知技術を引用発明に適用する動機付けがない。

エ まとめ

よって,前記の柱構造,4方シール等の構成を併せ持つ相違点1に係る構成を当業者が容易に想到し得ないことは明らかである。

(3) 手続違背について

(略)

(4) 相違点2の判断について

ア 本件発明1の「吊り下げ部」について

本件明細書の前記2(1)エの記載によれば,本件発明1においては,袋本体の前側と後ろ側の対向する頂部シール部同士又は底部シール部同士を,頂点の接着部分と連続的又は不連続的に接着することによって,袋体の頂部側又は底部側に左右一対の吊り下げ部を形成していることから,内容物を充填した袋体の重量を支えるために,接着される頂部シール又は底部シールを構成する三角形状のフィン部に強度が求められることは当然であって,その際,三角形状のフィン部において対向する袋本体の内面同士が,閉鎖シール部の接着部分と連続的に接着され,また,全面的にではなく,部分的ないし断続的に接着されている構成は,吊り下げ部の機能を向上させるために有用であることは,当業者にとって自明である。

したがって,本件発明1においては,吊り下げ部を形成するためにフィン部の内面同士を接着する構成が特定されているものである。

イ 引用発明の吊り下げ部について

他方,引用発明は,袋体の上縁を構成する各シール部の外側のフィルム及びガセット折込体については,開口以外の部分についてシールすることが記載されていないだけでなく,そもそも,不要の構成と理解される。また,仮にその不要の構成が残されているとしても,フィルム及びガセット折込体のコーナの部分は内袋の直方体の上面上に沿うとされているから,吊り下げのために,不要な構成をあえて残し,さらに直方体の上面に沿わない構成として,吊り下げ用の空間を形成することは,引用発明における阻害要因となる

また,引用発明では,内容物を注入した後に内袋のみを運搬するようなことが想定されておらず(【0014】【0026】),内袋を吊り下げて運ぶための構成を採用する動機付けがない

【所感】

本判決における手続違背および容易想到性についての判断はいずれも妥当である。

一体不可分の構成(「側面シール部は,平面部と側面部の側縁部同士がシールされ,少なくとも4枚のフィルムが重なり合った柱構造」)による本件発明の意義(「バッグインボックスに用いる袋体として求められる,自立性,柔軟性,耐久性という,相反する要望に応えることができる」)を認定した上で、本件発明の構成が部分的かつ個別に記載されている複数の文献の組み合わせに対する進歩性を判断する論理構成は、拒絶対応の実務においても参考になる。