ネマチック液晶組成物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.07.26
事件番号 H28(行ケ)10038
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 ネマチック液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子
キーワード 新規性・進歩性(一致点の認定・相違点の看過)
事案の内容 無効審判(無効2014-800152号)の無効審決に対する取消訴訟であり、請求が認められて無効が取り消された。
引用文献において、本件特許に記載された一つの成分に対応する成分として、異なる特性を有する別成分が記載されている場合に、上記別成分の含有量の合計が、本件特許に係る上記一つの成分の含有量の範囲を含んでいても、当該範囲を容易に導くことができないとされた点がポイント。

事案の内容化学式

【特許請求の範囲】
[請求項1]
第一成分として,式(I)
【化1】・・・※添付PDFを参照ください。
で表される化合物を含有し,その含有量が5から25%であり,第二成分として,誘電率異方性(Δε)が負でその絶対値が3よりも大きい,一般式(II-1)及び(II-2)
【化2】・・・※添付PDFを参照ください。
で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し,その含有量が20から80質量%であり,該第二成分として一般式(II-1A),(II-1B)及び(II-2A)
【化3】・・・※添付PDFを参照ください。
で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し,25℃におけるΔεが-2.0から-6.0の範囲であり,25℃における屈折率異方性(Δn)が0.08から0.12の範囲であり,20℃における粘度(η)が10から30mPa・sの範囲であり,ネマチック相-等方性液体相転移温度(Tni)が60から120℃の範囲であることを特徴とする液晶組成物であって,
第三成分としてさらに,一般式(III-A),(III-D),(IIIF),(III-G)及び(III-H)
【化5】・・・※添付PDFを参照ください。
で表される化合物群から選ばれる化合物を1種又は2種以上含有し,塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない,液晶組成物。
 
【裁判所の判断】
3 本件発明1についての一致点の認定の誤り・相違点の看過について
(1) 本件審決は,甲1発明1における「第一成分として式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が,本件発明1における「第二成分として,…一般式(II-1)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」を包含すること,及び甲1発明1における「第二成分として式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が,本件発明1における「第二成分として,…一般式…(II-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」を包含することを前提として,甲1発明1において,液晶組成物の全重量に基づいて,第一成分の重量が「5重量%から60重量%」であり,第二成分の重量が「5重量%から40重量%」であることは,第一成分と第二成分の総和としての重量が「10重量%から100重量%」であることを意味するから,本件発明1と甲1発明1は,「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し,その含有量が20から80質量%であり」との点において一致する旨認定する(別紙審決書48,49頁)。
しかしながら,①甲1発明1における「式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物」と②本件発明1における「一般式(II-1)で表される化合物」とを対比すると,②のR1及びR2は,「それぞれ独立的に炭素原子数1から10のアルキル基,炭素原子数1から10のアルコキシル基,炭素原子数2から10のアルケニル基又は炭素原子数2から10のアルケニルオキシ基」であるのに対し,①のR6及びR5は,「R5は,炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数1から12を有する直鎖のアルコキシであり,R6は,炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数2から12を有する直鎖のアルケニルである」ことから明らかなとおり,両者の関係は,本件審決がいうように①の化合物が②の化合物を包含するという関係にあるものではなく,①の化合物の一部と②の化合物の一部が一致するという関係にあるものにすぎない(例えば,式(1-1)又は式(1-2)においてR6が炭素数11を有する直鎖のアルキルである①の化合物は,②の化合物には含まれないし,他方,一般式(II-1)においてR1がアルコキシル基である②の化合物は,①の化合物には含まれない。)。そして,このことは,甲1発明1における「式(2-1)で表される化合物」と,本件発明1における「一般式(II-2)で表される化合物」の関係にも同様に当てはまることである。
してみると,甲1発明1が,「式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」及び「式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」を含有することをもって,本件発明1における「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有」することと一致するということはできないのであって,この点について,本件審決が本件発明1と甲1発明1の一致点と認定したことは誤りである。
 
(2) また,仮に,甲1発明1における「式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」(以下「化合物(1-1,2)」という。)が,本件発明1における「一般式(II-1)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」に対応し,甲1発明1における「式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」(以下「化合物(2-1)」という。)が,本件発明1における「一般式(II-2)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」に対応するものであることを前提としても,甲1の記載からは,甲1発明1における化合物(1-1,2)及び化合物(2-1)の総和としての重量が「10重量%から100重量%」であることが理解できるものとはいえないから,「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し,その含有量が20から80質量%であり」との点を本件発明1と甲1発明1の一致点とすることはできないというべきである。
すなわち,甲1の[請求項1]では,式(1-1)及び式(1-2)の上位概念である「式(1)」で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物(以下「化合物(1)」という。)は「第一成分」とされ,また,式(2-1)の上位概念である「式(2)」で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物(以下「化合物(2)」という。)は「第二成分」とされており,両者は別々の成分であることが規定されている。そして,甲1の[請求項2]では,両者が別々の成分であることを前提に,液晶組成物の全重量に基づく,それぞれの含有割合が個別に規定されている。
また,甲1の段落[0038]の表2(化合物の特性)の記載によれば,化合物(1)と化合物(2)とは,成分化合物としての主要な特性のうち,上限温度,光学異方性及び誘電率異方性において差異があるものとされ,更に,段落[0039]には,成分化合物を組成物に混合したときに,当該成分化合物が組成物の特性に及ぼす影響についても,「化合物(1)は誘電率異方性の絶対値を上げる。化合物(2)は光学異方性を上げ,そして誘電率異方性の絶対値を上げる。」として,やはり両者に差異がある旨が記載されているのであるから,以上のような甲1の記載に接した当業者は,甲1記載の発明において,化合物(1)と化合物(2)とは,それぞれ異なる特性を有する別成分であると認識するものといえる。
してみると,甲1発明1においては,式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物は,「第一成分」に係る一群のものとして,また,式(2-1)で表される化合物は,「第一成分」とは別の「第二成分」に係る一群のものとして,それぞれ当業者に認識されるものといえるのであり,これを前提とすれば,当業者は,甲1発明1の液晶組成物において,化合物(1-1,2)を,液晶組成物の全重量に基づいて「5重量%から60重量%」の範囲で含有されるべき一つの成分として認識し,また,化合物(2-1)を,液晶組成物の全重量に基づいて「5重量%から40重量%」の範囲で含有されるべき別の成分として認識するのであって,これらの各成分を合わせた含有量を特定の範囲のものとすることを認識するとはいえない
したがって,甲1の記載からは,甲1発明1における化合物(1-1,2)及び化合物(2-1)の総和としての重量が,上記「5重量%から60重量%」及び「5重量%から40重量%」の上限と下限を単純に加算した「10重量%から100重量%」であることが理解できるものではないから,このような理解が可能であることを前提として,「成分として,一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し,その含有量が20から80質量%であり」との点を本件発明1と甲1発明1の一致点であるとした本件審決の認定は誤りというべきである。
 
(3) さらに,甲1発明1の液晶組成物は,全体として,「周波数1kHzにおける誘電率異方性(25℃)が-2以下である負の誘電率異方性を有する」とされており,また,甲1の[0038]には,化合物(1)及び化合物(2)の誘電率異方性の概略が,それぞれ「L」及び「M~L」であること(誘電率異方性の値は負であり,記号は絶対値の大小を示す。)が記載されているものの,甲1発明1の第一成分である式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物自体,並びに第二成分である式(2-1)で表される化合物自体の誘電率異方性の数値が記載されているわけではないから,甲1の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識を参酌しても,上記各化合物の誘電率異方性を具体的に把握することはできない。そうすると,甲1発明1の液晶組成物において,第一成分である式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物,並びに第二成分である式(2-1)で表される化合物の誘電率異方性が,本件発明1の第二成分の誘電率異方性に相当する「負でその絶対値が3よりも大きい」ものであることを当業者が把握できるとはいえないのであって,甲1発明1と本件発明1とでは,この点においても実質的な相違があるものといわなければならない。
 
【解説・感想】
 結論としては、裁判所の判断は、妥当と考える。
 [裁判所の判断3(3)]に記載されたように、甲1発明1の第一成分(1-1,2)および第二成分(2-1)について、その誘電率異方性が負でその絶対値が3よりも大きいとは言い難いと思われる。
 ただし、[裁判所の判断3(2)]に記載された判断に基づく主張(発明特定事項としての一成分が、引用文献において、異なる特性を有する2つの別成分として認識されている場合に、引用文献に開示された各成分の上限と下限とを単純に加算した範囲を、上記発明特定事項としての一成分の含有量と認識することができない(引用文献には開示されていない)という主張)が、当然に認められてよいのか、という点は疑問に感じる。