ナビゲーション装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2016.08.30
事件番号 H26(ワ)25928
担当部 東京地方裁判所民事第47部
発明の名称 ナビゲーション装置及び方法
キーワード 構成要件の充足、均等
事案の内容 侵害訴訟(権利満了のため損害賠償請求)であり、特許権者の主張が認められなかった。

事案の内容

【ポイント】
審査での意見書が参酌され「被告装置では,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎない」とされたことがポイントである。
【経緯】
出願:出願日:平成6年4月28日
登録日:平成15年6月20日(特許番号 特許第3442138号)
権利満了:平成26年4月28日
 
【請求項1】(訂正前)
A 移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と,
B 前記現在位置から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指令が入力される入力手段と,
C 前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と,
D 前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する経路データ設定手段と,
E 前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と,
F 前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備え,
G 前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する
H ことを特徴とするナビゲーション装置。
 
【争点】
(1) 被告装置は本件発明の構成要件Gを充足するか(なお,被告装置が本件発明の構成要件AないしF,Hを充足することは当事者間に争いがない。)
(2) 被告装置は本件発明と均等であるか
(3) 本件特許には無効理由があるか(抗弁) 判断されず
(4) 本件訂正により本件特許の無効理由が解消したか(再抗弁) 判断されず
(5) 原告の損害額 原告敗訴のため判断されず
 
【裁判所の判断】
争点(1)(被告装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について
(1)ア 本件発明の構成要件Gは,「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから,上記構成要件の文言によれば,本件発明は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行うものであることが明らかというべきである。
イ 前記1認定の本件明細書の記載をみても,【作用】欄には,「本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置または方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(段落【0018】)との記載があり,【発明の効果】欄にも,「本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(段落【0038】)との記載があり,これらの記載は,「本件発明は探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するものである」という構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。
ウ さらに,本件特許の出願経過からも上記解釈は裏付けられる。すなわち,原告は,本件特許の審査段階において,特許庁から平成15年1月21日発送の拒絶理由通知(乙8)を受けたところ,そこには「…請求項1の記載では本願発明の目的である通過すべき経由地点の設定中にすでにそれらの経由地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行うための構成である『設定指令が入力された時点での車両現在位置を探索開始地点として記憶し,この記憶された探索開始地点と,経路データが設定され移動体の経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する』点が明確に記載されていない。…よって,請求項1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない。」とされていた。原告は,上記拒絶理由通知に対応して,同年2月5日受付の意見書(乙9)を提出し,そこにおいて「審査官殿のご指摘の通り,本願発明における探索開始地点と経路誘導地点に関する上述の点が不明瞭であると考えますので,『設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段』と構成要件を加えることにより,探索開始地点が記憶されることを明確にするとともに,経路データ設定手段が『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にし,制御手段おける記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。」(1頁下9行~2行)と記載し,併せて,同日受付の手続補正書(乙10)を提出して上記記載に沿った補正を行い,探索開始地点と誘導開始地点とを比較することを明確にしたものである。以上の出願経過も,構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。
(2) しかるところ,被告装置において,「探索開始地点」と「誘導開始地点」を比較して両地点が異なるかどうかを判断しているものと認めるに足りる証拠はない。
かえって,証拠(乙16の1)によれば,被告装置においては,①経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P0から目的地Pnまでの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され,②他方で,上記①の経路誘導とは独立して,継続的に,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し,③上記②のマップマッチングで特定されたリンクが上記①の経路リンクの一つと直接対応すると,道路境界領域の処理は行われず,その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ,他方で,現在位置Cが,マップマッチングによって特定された経路リンクに載っていない場合,所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。
なお,乙16の1は,補助参加人の関連会社所属のエンジニアが作成した宣誓書であるが,同記載内容は,被告装置の制御に関する他の証拠とも矛盾がなく,これを特段疑う理由もないから,信用できるものといえる。
以上からすれば,被告装置では,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないから,被告装置は本件発明の構成要件Gを充足しないものというべきである。
(3)ア これに対し,原告は,本件発明の構成要件Gは,「移動体の移動の結果,誘導開始地点(探索終了地点)が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合において,当該移動体の誘導開始地点を基準とした経由予定地点についての経路誘導を行う」ことを意味するものであり,移動体が設定された経路上の経由予定地点を超えた位置にあるかを判断していれば構成要件Gを充足する旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,結局,構成要件Gが,探索開始地点と誘導開始時点とを比較するのではなく,経由予定地点と誘導開始地点とを比較するものである旨の主張であり,同構成要件に定められた「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に」という文言に明らかに反するものであるし,上記(1)説示の本件明細書の記載や本件特許に係る出願経過にも反するものであるから,到底採用することができない。
なお,被告が行った被告装置に係る走行実験の結果(乙3,4)によれば,被告装置が一定期間衛星信号を受信できない状態を作出し,その間に車両が経由予定地点を通過した後,再度,衛星信号を受信可能な状態としてもなお,同装置が,既に通過した経由予定地点への案内をせず,直近の経由予定地点への誘導情報を出力することが示されており,被告装置においては,経由予定地点の通過情報を利用していないものと認められるから,この点からも,原告の上記主張は採用できない。
イ また,原告は,本件特許出願当時の技術常識に照らせば,被告装置は,①探索開始地点を,当該地点を含むリンクに置き換える,②誘導開始地点を,当該地点を含むリンクに置き換える,③それぞれの地点を含むリンクを比較する,という方法により,探索開始地点と誘導開始地点が異なることを認識している旨主張する。
しかし,被告装置において,原告の上記主張に係る方法が実施されていることを認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記(2)認定のとおり,被告装置では,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないと認められるから,原告の上記主張も採用できない。
(4) 以上からすれば,その余について判断するまでもなく,被告装置が本件発明の構成要件Gを実施しているものとは認められない。
3 争点(2)(被告装置は本件発明と均等であるか)について
原告は,仮に被告装置が本件発明の構成要件Gを文言上充足しないとしても,誘導開始地点と探索開始地点との対比を,誘導開始地点が含まれるリンクと,探索開始地点が含まれるリンクとの対比に置換した被告装置は,本件発明と均等である旨主張するので,以下この点につき検討する。
特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,①同部分が特許発明の本質的部分ではなく,②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,同対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(以下,上記①ないし⑤の要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
(1) 第1要件について
原告は,本件発明において,探索開始地点と誘導開始地点とを直接比較することは本質的部分ではないと主張する。
しかし,均等の第1要件における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術にみられない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであるところ,本件発明は,従来技術では経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合であっても,最初に通過すべき経由予定地点を目標経由地点としてメッセージが出力されること(段落【0008】参照)を問題とし,このような事態を解決するために,通過すべき経由予定地点の設定中に既に経由予定地点のいずれかを通過した場合でも,正しい経路誘導を行えるようなナビゲーション装置や方法を提供することを目的としており(段落【0011】参照),具体的には,車両が動くことにより,探索開始地点と誘導開始地点のずれが生じ,車両が,設定された経路上にあるものの,経由予定地点を超えた地点にある場合に,正しく次の経由予定地点を表示する方法を提供するものである(段落【0018】【0038】等参照)。
このように,本件発明が,車両が動くことにより探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」が生じ,車両等が経由予定地点を通過してしまうことを従来技術における問題とし,これを解決することを目的として,上記「ずれ」の有無を判断するために,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断することを定めており,この点は,従来技術にはみられない特有の技術的思想を有する本件特許の特徴的部分であるといえる。
そして,本件明細書(甲2)において,上記「ずれ」を判断する方法として,上記両地点を直接比較する方法以外の方法は何ら記載されておらず,それ以外の方法が想定されていたとは認められない。
また,前記2(1)ウ認定の本件特許に係る出願経過からも,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断することが本件発明の本質的部分であることは明らかである。なお,原告自身も,本件発明においては「探索開始地点に関する情報」と「誘導開始地点」とを比較する旨主張している(原告第9準備書面9頁参照)ところ,上記「探索開始地点に関する情報」の中核は「探索開始地点」自体であるから,原告の上記主張を前提としても,本件特許において,探索開始地点と誘導開始地点との比較が本質的部分であるといえる。
以上からすれば,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断することが本件発明の本質的部分というべきであり,かつその比較方法としては,両地点を直接比較することが当然に予定されているものであって,これに反する原告の主張は採用できない。
なお,原告は,従来技術において,経由予定地点を超えた地点となったことを判断する必要性すら認識されていなかった以上,この点に関する下位概念的な具体的な手段まで本質的部分であるとはいえないとも主張する。しかし,前述のとおり,本件発明において探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」を問題とし,その有無を判断するために,上記両地点を比較することが必須であり,この点が本件発明を特徴付けているといえるものであって,その比較の具体的手段が単なる下位概念であるとはいえないから,原告の上記主張も採用できない。
(2) 第2要件について
原告は,本件発明における誘導開始地点と探索開始地点との対比を,誘導開始地点が含まれるリンクと,探索開始地点が含まれるリンクとの対比に置換しても,本件発明と同一の作用効果を奏することができる旨主張する。
しかし,そもそも,前記2(2)認定のとおり,被告装置では,本件発明のように探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないと認められるから,本件発明における探索開始地点と誘導開始地点とをそれぞれリンクに置換したとしても,被告装置で行っているリンク同士の比較とは異なるものとなる。つまり,原告が主張する上記置換によっても被告装置の構成に至ることはできない。
また,本件発明において,探索開始地点と誘導開始地点との比較をリンクとリンクとの比較に置き換えたとしても,同一のリンク上に探索開始地点と誘導開始地点とがいずれも存在する場合には,その地点同士の異同を判別できないため,この観点からも,上記置換によって本件発明と同じ効果を奏するものとはいえない。
なお,原告は,経由予定地点を超えていないリンクにおいて,地点の判別ができなくても,本件発明の目的及び作用効果に関係しないとも主張するが,前記(1)のとおり,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断することが本件発明の本質的部分であることに照らせば,原告の上記主張は採用できない。
以上からすれば,本件発明における探索開始地点と誘導開始地点との比較をリンクとリンクとの比較に置換しても,それによって被告装置の構成にはならない上,本件発明と同じ目的を達することはできず,また同一の作用効果を奏するものともいえない。
(3) このように,本件発明の構成要件Gを被告装置の構成に置換することは少なくとも均等の第1及び第2要件を充足しないため,被告装置が本件発明と均等であるとはいえない。
4 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
審査における意見書の内容(「制御手段おける記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。」)が参酌されて、非侵害とされた。後発的に見れば、明細書中には、「探索開始地点と誘導開始地点を比較する」ことは直接的には記載されていないため、意見書で「探索開始地点と誘導開始地点を比較する」ことを記載せずに、「『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にしました」程度にとどめておけば異なった判断になったかもしれない。