データベースシステム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2014.2.20
事件番号 H25(ワ)1723
担当部 東京地方裁判所民事第26部
発明の名称 データベースシステム
キーワード 技術的範囲、構成要件充足性、禁反言
事案の内容  本件は,データベースシステムに関する特許権(特許第4738704号)を有する原告が,被告の製造販売しているソフトウェア(「ひびきSm@rtDB」)について損害賠償等を求め、原告の請求が斥けられた事案である。
 本件特許発明の技術的範囲を定める際に、出願手続きの経過での原告の主張が参酌された点がポイント。

事案の内容

【本件発明1】

通信ネットワークを介してユーザ用コンピュータに接続される,複数のデータベース(検索可能に配列されたデータの集合)を記憶した記憶装置と,サーバと,を備えたデータベースシステムであって,

上記複数のデータベースを記憶した記憶装置は,任意の情報処理ソフトウェアでそれに格納されたデータを用いることができるものであり,

上記各データベースは各種データをデータ項目毎に区分して配列するものであり,

上記サーバは,上記ユーザ用コンピュータからの指示により,上記複数のデータベースで共用することができるデータ項目を定義する項目定義手段と,

上記ユーザ用コンピュータからの指示により,上記複数のデータベースの各々と上記データ項目とを関連付けるデータベース・項目関連付け手段と,を有し,

上記ユーザ用コンピュータから,ユーザがウェブブラウザを用いて上記通信ネットワークを介して上記ユーザ用コンピュータの入力画面を参照しつつ操作することにより,

上記項目定義手段及び上記データベース・項目関連付け手段によって上記データ項目を上記各データベースに対して任意に追加,削除又は変更することができるようになっていることを特徴とする

データベースシステム。

   ※本件発明2~6は省略

 

【争点】

(争点1)被告システムは本件各特許発明の技術的範囲に属するか

   ※争点2,3については省略

 

【当事者の主張】

[原告の主張]

(構成要件A~C,F,Hの充足性についての主張は省略。)

(1)構成要件D

…被告システムの他バインダ参照機能…、…サブフォーム機能は,…データ項目をその項目が属するバインダとそれ以外のバインダにおいて関連づけることにより,共同で利用することができるようにするものである。

したがって,被告システムは構成要件Dを充足する。

(2)構成要件E,G

…被告システムのアプリケーションサーバは,上記クライアントPCのブラウザ上のGUIにより,上記複数のデータベースの各々と上記データ項目とを関連付けるデータベース・項目関連付け手段,具体的には他バインダ参照機能及びサブフォーム機能とを備え…構成要件Eを充足する。

…被告システムは,項目定義手段及びデータベース・項目関連付け手段…によってデータ項目を各データベースに対して任意に追加,削除又は変更することができ…構成要件Gを充足する。

 

[被告の主張]

(被告は、構成要件A,F及びHが充足される点は認め、他の構成要件B~E,Gについては充足されない旨を主張し、包袋禁反言についての主張を展開した。なお、構成要件B,C,Gについての主張は省略。)

(1)構成要件D

…被告システムは,バインダ(データベース)ごとに当該バインダで必要となる項目(データ項目)を定義(作成)するものである。そのため,項目(データ項目)よりバインダ(データベース)が必ず先に作成される。項目(データ項目)はバインダ(データベース)に専属する構成要素として作成されるものであり,複数のバインダで共用できるものではない。

被告システムの他バインダ参照機能は,あるバインダにおけるデータ入力時に,①バインダ参照ボタンにより,他のバインダに属する文書の一覧を表示し,②その中からある文書を選択することにより,③当該文書に属する特定の項目に属するデータを,元のバインダの自動更新部品のデータとしてコピーする,という機能にすぎない。また,被告システムのサブフォーム機能は,あるバインダの,データを入力するための画面であるフォームに,他のバインダのフォームを組み合わせることによって,2つのバインダの各々に属する項目に係るデータを同一の画面で入力し,2つのバインダの各々に属する文書を同一の画面で表示することを可能にする機能であり,本件特許出願前によく見られた公知技術にすぎない。

いずれの機能もデータベースと独立に定義されたデータ項目とデータベースを関連づけるものではなく,データ項目を共用するものではない。

したがって,被告システムは構成要件Dを充足しない。

(2)構成要件E

…本件特許発明1は,複数のデータベースで共用することができるように,データベースとは独立した存在として,データ項目を定義することを前提としている。

…被告システムでは,項目(データ項目)はいずれかのバインダ(データベース)に専属しており,複数のバインダ(データベース)と関連付けるという過程がなく,そのための手段も有しない。

また,他バインダ参照機能及びサブフォーム機能は,「データベース・項目関連付け手段」に当たらない。

(3)包袋禁反言

…原告は,本件特許出願の手続において,①あるデータベースに含まれるデータを他のデータベースにおいて参照して表示すること,又は②あるデータベースに含まれるデータを他のデータベースにコピーすることについて,「データ項目を複数のデータベースで共用」するものではないと明確に主張した。

前記[原告の主張]は,これに反するものであり,包袋禁反言の法理により許されない。

 

【裁判所の判断】

以下のとおり,被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するとは認めることができない。

(1)データベースに関する技術常識(甲21~23)

(広辞苑に基づくデータベースの定義が参酌されたが省略)

データベースには,大きく分けて「階層型」「ネットワーク型」「リレーショナル型」がある。

…リレーショナルデータベースは,1件のデータ(レコード)を複数の項目(フィールド)の集合として表現し,データ(レコード)の集合を表(テーブル)で表して管理し,複数のテーブルを結合(リレーション)して利用することができるものである。

(2)本件特許発明の技術的範囲の解釈について

ア 【特許請求の範囲】の記載に基づく検討

…構成要件B及びCの文言についてみると,…本件明細書等の記載に照らせば,「データベース」はテーブルを,「データ項目」はフィールドを意味するものである(この点について他の解釈を取り得るとする主張立証もない。)。

そうすると,構成要件Dの「項目定義手段」は,データ項目(フィールド)を定義(作成)するものであること,データ項目(フィールド)は複数のデータベース(テーブル)で共用することができるものであることが読み取れる。一般に,「共用」とは「共同して使用すること」を意味するから,データ項目(フィールド)は「複数のデータベース(テーブル)で共同して使用すること」ができるものを意味することになるが,その具体的な意義は【特許請求の範囲】の記載の文言自体からは明らかでない。

また,構成要件E及び構成要件Gの文言からすれば,「データベース項目関連付け手段」は,データ項目定義手段によって定義された「データ項目」(フィールド)を「データベース」(テーブル)に対して「任意に追加,削除又は変更する」(関連付ける)ことができるものであることが読み取れる

イ 本件明細書等の記載に基づく検討

…段落【0004】及び【0011】の記載によれば,本件特許発明1の「データ項目」はフィールドを,「データベース」はテーブルをいうものであると認められる。

また,段落【0010】及び【0011】の記載によれば,「項目定義手段」は,複数のデータベース(テーブル)で用いることのできるデータ項目(フィールド)を定義(作成)するための構成であり,「データベース・項目関連付け手段」は,項目定義手段によってデータベース(テーブル)の作成とは独立して定義されたデータ項目(フィールド)を各データベース(テーブル)に,「追加,削除又は変更する」,すなわち割り当てるための構成であることが読み取れる。

このような構成を採用すると,データ項目定義手段によって,データ項目(フィールド)の定義を変更すると,それが全てのデータベース(テーブル)に反映されることになる。そして,本件特許発明1の構成要件Dにいう「複数のデータベースで共用することができるデータ項目」とは,このような構成を指すものと解される。この点について別異に解すべき記載は見当たらないし,後記ウのとおり,原告も,本件特許出願の手続において,このことを前提とした主張をしている。

ウ 本件特許出願の手続における経過

…原告は,特許庁審査官に対し,同年7月28日,意見書(乙2の8)及び手続補正書(乙2の9)を提出した。上記意見書には以下の記載がある。…

「引用文献1に記載された発明に係るファイルメーカーは,最初に何らかのデータベース(例えば,顧客データベース)を作成し,次にこのデータベースを構成するフィールドを作成していきます。これに対し,本願基本発明に係る汎用データベースシステムは,顧客データベースや住所録データベースのようなデータベース(名)を登録(作成)するステップと,データ項目(フィールド)を作成するステップとは別々であり,作成時点では互いに全く関連がなく,どちらのステップを先に行ってもかまいません。そして,次のステップで,各データベース名とデータ項目とを関連付けてゆき,データベースの項目を構成してゆきます。このような手法を用いることにより,例えば,「氏名」(属性:全角30文字以内のキャラクター)というようなデータ項目として作成したものを,顧客データベースと住所録データベースの両方に関連づけることにより,両方に利用することができるといった利点があります。また,例えば属性を45文字以内に変更すれば,両方のデータベースにこれが反映されます。」

(※本件特許は、拒絶査定不服審判において権利化に至っているが、原告は拒絶査定不服審判においても上記と同じ主張をしている。)

原告は,本件特許の出願経過において,本件特許発明が,①データベース(テーブル)の作成とデータ項目(フィールド)の作成とは互いに全く関連がなく,順不同で行うものであること,②両方を作成した後でデータベース(テーブル)とデータ項目(フィールド)とを関連付けていき,データベース(テーブル)の項目を構成するものであることについて,意見書で述べたことが認められる。また,最初に何らかのデータベース(テーブル)を作成し,次にこのデータベース(テーブル)を構成するデータ項目(フィールド)を作成する構成とは異なることについても明確に述べたことが認められる

エ 小括

…上記ウによれば,最初に何らかのデータベース(テーブル)を作成し,次にこのデータベース(テーブル)を構成するデータ項目(フィールド)を作成する構成は,本件特許発明1の技術的範囲から除外されるものと解される。これに反する主張は包袋禁反言の原則により許されないものというべきである。

(3)被告製品の構成及び構成要件充足性

ア 被告製品の構成

(ア) バインダ

被告システムにおけるデータベースの最小単位。

(イ) フォーム

データを入力するための画面。バインダを作成した後に各バインダに1つずつ作成される。

(ウ) 部品

文字入力ボックス,数値入力ボックス等,フォーム内に配置されるパーツ。フォーム内にデータを入力するための部品を配置し,当該部品に項目名を付すことによって,フィールド(データ項目)を作成することができる。

(エ) 文書

フォームに一通りデータを入力した組合せ(レコード)。

(オ) 他バインダ参照機能

他バインダ参照機能は,以下の手順で行うことができる。①バインダ参照ボタン部品によって他のバインダに属する文書を表示する。②表示した他のバインダに属する文書(レコード)のうち,文書の特定の項目(データ項目)に属するデータを選択する。③自動更新部品を用いて当該データを元のバインダの文書(レコード)にコピー(ルックアップ)するという関数を与える。これにより,他バインダのデータを元のバインダの文書(レコード)に自動的にコピーすることができる。

(カ) サブフォーム機能

サブフォーム機能は,あるバインダのデータを入力するための画面であるフォームに,他のバインダのフォームを組み合わせることにより,2つのバインダの各々に属する項目に係るデータを同一の画面で入力し,2つのバインダの各々に属する文書を同一の画面で表示することを可能にする機能である。

イ 構成要件D,E及びGの非充足

…被告システムの「バインダ」は本件特許発明1の「データベース」(テーブル)に相当し,被告システムの「部品」のうち「文字入力ボックス」や「数値入力ボックス」等を用いて作成したフィールドは本件特許発明1の「データ項目」に相当するものであることが認められる。

原告は,…被告システムでは,「部品」を任意に追加,削除又は変更することができるから構成要件Gを充足する旨の主張をしている。これは被告システムの「部品」が「データ項目」に相当するものであることを前提とする主張である…しかし,上記のとおり,被告システムの「部品」のうち「文字入力ボックス」や「数値入力ボックス」等を用いて作成したフィールドが,本件特許発明1の「データ項目」に相当するものであり,「部品」自体は「データ項目」ではない。上記原告の主張は前提を誤るものである。

被告システムの他バインダ参照機能は,…バインダ(データベース)の文書(レコード)を他のバインダの文書(レコード)にコピーするものにすぎない。また,被告システムのサブフォーム機能も,2つのバインダの各々に属する文書(レコード)を同一の画面で表示することを可能にする機能にすぎない。いずれの機能も,データ項目(フィールド)に格納される個々のデータ(レコード)を関連づけ(他バインダ参照機能)又は複数のバインダ(データベース)間でデータ項目(フィールド)を連携・関連づけて「表示」することができる機能(サブフォーム機能)にすぎず,データ項目(フィールド)の定義に関するものではないし,構成要件Gが規定するようなデータ項目(フィールド)をバインダ(データベース)に任意に追加,削除又は変更することができるものではない。個々のバインダ(データベース)において作成されたデータ項目(フィールド)には何らの影響を及ぼすものでもない。

そもそも,被告システムは,最初に「バインダ」(データベース)を作成し,次に「文字入力ボックス」や「数値入力ボックス」等の「部品」を用いてバインダを構成するフィールド(データ項目)を作成する構成のものである。このようにして作成されたフィールド(データ項目)は,個々のバインダ(データベース)に専属するものである。…本件特許発明1の「データ項目を共用する」とは,項目定義手段によってデータ項目(フィールド)の定義を変更すると,それが全てのデータベース(テーブル)に反映されることをいうものであるところ,…,このような本件特許発明1の作用効果を奏するものとは認められない。

原告は,本件特許出願の手続において,最初に何らかのデータベース(テーブル)を作成し,次にこのデータベース(テーブル)を構成するデータ項目(フィールド)を作成する構成は,本件特許発明1の構成と異なることを明確に述べており,このことからすると,被告システムが本件特許発明1の技術的範囲に属する旨の原告の主張は包袋禁反言の原則により許されないものというべきである。

以上によれば,被告システムは,本件特許発明1の「複数のデータベースで共用することができるデータ項目を定義する項目定義手段」及び「複数のデータベースの各々と上記データ項目とを関連付けるデータベース・項目関連付け手段」を備えるものと認めることはできない。

したがって,被告システムは,少なくとも本件特許発明1の構成要件D,E及びGを充足するとはいえないし,本件特許発明1の作用効果を奏するともいえない。また,被告システムが本件特許発明1の技術的範囲に属する旨の主張は包袋禁反言の原則により許されないものでもある。

よって,その余の構成要件の充足性について検討するまでもなく,被告システムが本件各特許発明の技術的範囲に属するものとはいえない。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると考える。

本件では、出願経過における原告の主張は本願発明の特徴的構成を明らかにするためのものであり、その主張によって権利範囲が狭く解釈されたわけではない。そのため、出願手続きの経過における原告の主張が本件判決の判断の決め手になったとは言えない。それでも、本件は特許発明の技術的範囲を定める際に出願手続きの経過が参酌された事案のひとつとして興味深いと思う。

以上