データストリームフィルタリング装置事件
判決日 | 2012.11.27 |
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事件番号 | H23(行ケ)10211 |
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担当部 | 知財高裁第3部 |
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発明の名称 | データストリームフィルタリング装置及び方法 |
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キーワード | 進歩性 |
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事案の内容 | 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。 本願発明における「前記フィルタタグフィールドの値は,前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ」を、本願明細書を参酌して解釈し、かかる解釈によると引用発明と異なると判断した点がポイント。 |
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事案の内容
【出訴時クレーム】(審判請求後補正クレーム)
[請求項1] 各々がアドレスフィールドとフィルタタグフィールドからなるパケットであって,フィルタリングノードを有するPON(Passive Optical Network)を介し送信されるパケットのフィルタリング方法であって,前記PONのフィルタリングノードにおいて:
フィルタタグフィールドの値を保存するステップ;及び
前記フィルタリングノード宛て以外の以降に受信したパケットを,それら各自のアドレスフィールドの値に関係なく,それら各自のフィルタタグフィールドの値と前記保存されているフィルタタグフィールドの値との比較に応じて転送するステップ;
からなり,
前記フィルタタグフィールドの値は,前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ,かつ前記フィルタタグフィールドの値に設定されるフィルタタグフィールドを有する第1パケットの受信に応答して保存されることを特徴とする方法。
【審決の判断】
(1)本願発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである(特許法第29条第2項)。
(2)引用発明1の概要(担当がまとめた)
(課題)ATM-PONを含むATM網においてセキュリティ上問題を生じさせることなく、かつ、トラヒックの増大、各ONUへの割り当て帯域の減少といった不具合を招くことなくユニキャスト、ブロードキャストおよびマルチキャストを適切に行う。
(内容)ATM-PONを構成するOSU(光加入者装置)と、ONU(光回線終端装置)との間において、ATMセルにONU_IDを付加したATMPONフレームを送受信する。ONU_IDは、各ONUの識別子のほか、マルチキャストである旨およびブロードキャストである旨を示す役割を果たす。マルチキャストまたはユニキャストの場合には、OSU側で暗号化して出力し、ONU側で予め設定されている暗号キーで復号する。
(3)引用発明2の概要(担当がまとめた)
(課題)複数グループ(複数のVLAN)に対して効率的なデータ転送によりネットワークや中継装置の負荷を軽減する。
(内容)各局(端末)から出力されるフレームには、宛先MACアドレスおよび送信元MACアドレスに加えて、VLAN情報が含まれる。VLAN情報は、複数のVLANを指定するか否かを特定可能なグループビットと、宛先となる1つ又は複数のVLANを特定可能なVLAN識別子とからなる。各局から出力されたフレームは中継装置において受信され、宛先MACアドレスおよびVLAN情報に基づき適切なポートから出力される。
(4)本願発明と引用発明1との相違点(裁判所の判断に関連する相違点のみ抜粋)
・相違点4:「受信したデータ」に関し,本願発明は,「前記フィルタリングノード宛て以外の以降に」受信したものであるのに対し,引用発明1は,「前記フィルタリングノード宛て以外の以降に」受信したものか不明な点。
・相違点6:「フィールドの値」の保存方法に関し,本願発明は,「前記フィルタタグフィールドの値は,前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ,かつ前記フィルタタグフィールドの値に設定されるフィルタタグフィールドを有する第1パケットの受信に応答して保存される」のに対し,引用発明1は,そのような構成を備えていない点。
(5)審判における引用発明2の認定
バーチャルLANシステムに適用される複数グループ一括中継方法において,バーチャルLAN情報は,宛先MACアドレスフィールドを用いて,中継装置(1)に伝送され,かつ前記バーチャルLAN情報に設定されるバーチャルLAN情報フィールドを有する最初のフレームの受信に応答して登録される方法。
【取消事由】(裁判所が判断した取消事由のみ抜粋)
(取消事由2)審決の引用発明2の認定は誤りであり,この誤った認定を前提とする相違点4及び6に係る判断は誤りである。
(原告の主な主張)
・ 引用例2の「宛先MACアドレス」とは,フレームを中継装置1に伝送する(宛てる)ための中継装置1のMACアドレスではなく,通信先の装置のMACアドレスである。(したがって)引用例2には,「バーチャルLAN情報は,宛先MACアドレスフィールドを用いて,中継装置(1)に伝送され」ることは記載されていない。
・ 「前記フィルタリングノード宛て以外の以降…転送するステップ」における「前記フィルタリングノード宛て」とは,「前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ」たものといえるところ,引用例2には,本願発明の「前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ」ることに相当する記載がないから,引用発明2は,本願発明の「前記フィルタリングノード宛て以外の以降に受信…」を示唆していない。
【被告の主張】(抜粋)
(主張1)引用例2の「宛先MACアドレス」が中継装置(1)のMACアドレスでなく,通信先の装置のアドレスであったとしても,「宛先MACアドレスフィールド」を「用いて」いることに変わりはなく,引用例2の【0056】~【0060】の記載から,「宛先MACアドレスフィールド」を含むフレームは中継装置(1)に伝送され,中継装置(1)が受信することは明らかであるから,該フレームは「中継装置(1)に宛てられ」たものと言っても誤りではない。
(主張2)【請求項1】を引用する【請求項5】において,「アドレスフィールド」が「前記フィルタリングノードのアドレスを含む場合」及び「前記フィルタリングノードのアドレスを含まない場合」が存在することを特定している。したがって,【請求項1】に記載される本願発明の「アドレスフィールド」が【請求項1】に記載される「フィルタリングノードのアドレス」のみを特定するものではないことが明らかである。そうすると,本願発明の「前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ」る際の「アドレスフィールド」は「フィルタリングノードのアドレス」でないことも含まれることから,引用例2の「宛先MACアドレス」が,中継装置(1)のMACアドレスではなく,通信先の装置のMACアドレスであるとしても,中継装置(1)(フィルタリングノード)に「宛てられ」たという意味において,引用発明2と本願発明との間に差違はない。
【裁判所の判断】(下線は担当が付与)
当裁判所は,審決の引用発明2の認定は誤りであり,この誤った認定を前提とする相違点4及び6に係る判断は誤りであって,取消事由2は理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本願発明における「用いて,…宛てられ」の意義について
まず,本願発明の「前記フィルタリングフィールドの値は,前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ,」の意義について検討すると,本願の明細書(甲3)の【0054】には,次の記載がある。…そうすると,本願発明の「前記フィルタタグフィールドの値は,前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ,」とは,「パケット」の「アドレスフィールド」において「フィルタリングノード」を宛先に設定することにより,当該「パケット」の「フィルタタグフィールドの値」が,上記「フィルタリングノード」に宛てられることをいうものと認められる。
2 引用発明2の認定について
引用例2には,局から中継装置へのフレームの伝送に関して,次の記載がある。…上記認定事実によれば,引用例2に記載された発明においては,局から送信されたフレームは,局に接続されたネットワークと,このネットワークが接続されたポートとを介して中継装置で受信され,この中継装置で中継されて,上記フレームの「宛先MACアドレス」で指定された通信先の装置に送信されること,言い換えれば,局から送信されるフレーム中の「宛先MACアドレス」は,最終の宛先となる装置のMACアドレスであり,上記フレームを上記中継装置に伝送するために用いられる上記中継装置のMACアドレスではないことが明らかである。そうすると,引用例2に記載されている発明は,「バーチャルLAN情報(本願発明の「フィルタタグフィールドの値」に相当する。)は,宛先MACアドレスフィールド(本願発明の「アドレスフィールド」に相当する。)を用いて,中継装置(1)(本願発明の「フィルタリングノード」に相当する。)に伝送され(本願発明の「宛てられ」に相当。)」るものとは認められない。
3 相違点4及び6に係る判断について
引用発明2は,「バーチャルLAN情報は,宛先MACアドレスフィールドを用いて,中継装置(1)に伝送され」るものとは認められないから,…引用発明1に引用発明2を適用し,…相違点6に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
相違点4に係る審決の判断は,相違点6に係る判断を前提とするものであるから,その判断が誤りである以上,相違点4に係る判断も誤りである。
4 被告の主張について
(主張1)→引用発明2においては,「フレーム」(本願発明の「パケット」に相当する。)の「宛先MACアドレスフィールド」(本願発明の「アドレスフィールド」に相当する。)で宛先に設定されているのは,最終の宛先となる装置のMACアドレスであり,「中継装置(1)」(本願発明の「フィルタリングノード」に相当する。)のMACアドレスではない。
(主張2)→請求項1には,…と記載されている。このような記載ぶりからすると,「前記フィルタタグフィールドの値は,…第1パケットの受信に応答して保存される」とは,「フィルタタグフィールドの値を保存するステップ」の内容を特定したものであると解され,「前記フィルタリングノード宛て以外の以降に受信したパケットを,…転送するステップ」の内容を特定したものとは認められない。
そうすると,請求項5において,「アドレスフィールド」が「前記フィルタリングノードのアドレスを含む場合」及び「前記フィルタリングノードのアドレスを含まない場合」が存在することが特定されているのは,請求項1に記載されている「前記フィルタリングノード宛て以外の以降に受信したパケットを,…転送するステップ」において,「アドレスフィールド」が「前記フィルタリングノードのアドレスを含む場合」と「前記フィルタリングノードのアドレスを含まない場合」の二つの場合が存在することを特定したものであると解されるのであって,これを,請求項1に記載されている「フィルタタグフィールドの値を保存するステップ」において,上記二つの場合が存在することを特定したものと認めることはできない。以上のとおり,被告の上記主張は,特許請求の範囲の記載の意味を正解しないものであり,採用することができない。
5.結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2は理由がある。したがって,取消事由1について判断するまでもなく,審決は違法であり,取消しを免れない。
【所感】
本願明細書を参酌すれば、本願発明(補正後請求項1に係る発明)と、引用発明2との差異は明らかであり、裁判所の判断は妥当であると思われる。
但し、明細書の参酌によらずにクレームの文言から一義的に構成が導き出せ得るように補正することにより、審査・審判段階で(裁判を提起せずに)特許を得ることも、時間的および経済的観点から得策となり得る。
例えば、本願発明における「前記アドレスフィールドを用いて,前記フィルタリングノードに宛てられ,」との記載において、「用いて」は比較的広い意味を含むので、「前記アドレスフィールドに前記フィルタリングノードのアドレスが宛先アドレスとして設定され」ていることが明確になるような補正は、特許を得るという観点からは、検討に値すると思われる。