ディジタルPID制御装置の適応型チュ-ニング法 出願却下処分取消請求事件
判決日 | 2025.04.18 |
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事件番号 | R6(行ウ)5001 |
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担当部 | 東京地方裁判所民事第29部 |
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発明の名称 | ディジタルPID制御装置の適応型チュ-ニング法 |
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キーワード | PCTの手続き |
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事案の内容 | 特許協力条約に基づく国際出願であって、その国際出願日にされた特許出願とみなされた国際特許出願について、出願人は、翻訳文が提出される前に出願審査の請求を行った。このため、出願審査請求に係る手続は、却下処分された。本件処分が違法であるとして、その取消しを求め訴えたが、訴えは却下された。 |
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事案の内容
【手続の経緯】
(1)令和元年12月27日(国際出願日)、ドイツ特許商標庁を受理官庁とし、特許協力条約に基づき国際出願をした。指定国に日本を含む。
(2)特許法184条の3第1項に基づき、国際出願日にされた特許出願(本件国際特許出願)とみなされた。
(3)優先日から2年6月(以下「国内書面提出期間」という。)以内の日である令和4年6月24日付けで、「国内書面」を提出した上で、出願審査の請求をしたが、本件出願審査請求より前に、同法184条の4第1項の規定する翻訳文は提出されていなかった。
(4)特許法184条の4第1項ただし書の規定する翻訳文提出特例期間内の日である令和4年8月24日付けで、本件特許出願に係る同法184条の4第1項の規定する翻訳文(以下「本件翻訳文」という。)を提出した。
(5)特許庁長官は、令和4年11月2日付けで、原告に対し、本件出願審査請求に係る請求書については、特願2022-539391として処理した旨の出願番号特定通知(以下「本件出願番号特定通知」という。)をした(甲1)。
(6)令和4年12月27日の経過をもって、本件国際特許出願に係る特許法48条の3第4項の規定する出願審査の請求をすることができる期間(以下「本件出願審査請求期間」という。)は満了した。
(7)特許庁長官は、令和5年4月4日付けで、原告に対し、本件出願審査請求は、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされたものである点で、同法184条の17の要件を満たさない不適法な手続であり、同法18条の2第1項の規定により却下すべきものである旨の通知(以下「本件却下理由通知」という。)をした(甲2)。
(8)原告は、本件却下理由通知を受けて、令和5年6月9日付けで、特許庁長官に対し、弁明書を提出した(甲3)。
(9)特許庁長官は、令和5年10月20日付けで本件処分をし、その通知は、同月25日、原告に到達した(甲4)。
(10)原告は、令和6年4月25日、本件訴訟を提起した。
<時系列>
【争点】
⑴ 訴えの利益の有無(本案前の争点。争点1)
⑵ 本件処分の違法性(本案の争点。争点2)
※以下、下線は筆者が付した。
【当事者の主張】
1 争点1(訴えの利益の有無)について
(原告の主張)
仮に本件処分が違法であると判断され、本件処分が取り消された場合、本件出願審査請求は有効となるから、その限度において、原告には回復されるべき法的利益が存在するといえる。
したがって、原告は、本件処分の取消しを求める訴えの利益を有する。
(被告の主張)
⑴ 特許法184条の17は、「国際特許出願の出願人は、…外国語特許出願にあつては第184条の4第1項又は第4項及び第184条の5第1項の規定による手続をし、かつ、第195条第2項の規定により納付すべき手数料を納付した後、…でなければ、国際特許出願についての出願審査の請求をすることができない。」と規定している。
このように、国際特許出願について出願審査の請求をするためには、その前提として特許法の規定する国内移行手続を行うことで、当該国際特許出願を我が国に有効に係属させるための手続を確定させる必要があり、外国語でされた特許出願(以下「外国語特許出願」という。)においては、①国内書面の提出(特許法184条の5第1項)、②国内手数料の納付(同法195条2項、別表4の項)に加え、③翻訳文の提出(同法184条の4第1項及び4項)という手続を終えた後でなければ、国際出願日から3年以内の期間であっても、出願審査の請求をすることはできない。
それにもかかわらず、原告は、令和4年6月24日付けで本件出願審査請求をし、その後、同年8月24日付けで本件翻訳文を提出したのであって、本件出願審査請求が、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされたものである点で、同法184条の17の要件を満たさない不適法なものであることは明らかである。
そして、本件出願審査請求が、同法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされたものであることは補正することのできないものであるから、仮に本件処分が取り消されたとしても、本件出願審査請求が却下されるべきものであることに変わりはなく、原告には、本件出願審査請求に基づく本件国際特許出願の審査を受ける余地が存在しない。
⑵ また、原告が本件出願審査請求期間の末日である令和4年12月27日までに適法な出願審査の請求がなされなかったことにより、本件国際特許出願は、特許法48条の3第4項に基づき、取り下げたものとみなされるから、仮に原告が再度の出願審査の請求を行ったとしても、その出願審査の請求は、対象となる客体(本件国際特許出願)が存在しない不適法なものであって、かつ、その補正ができないものとして却下されることとなる。
この点に関連して、原告は、特許庁長官に対し、同法184条の4第1項ただし書の規定する翻訳文提出特例期間内の日である令和4年8月24日付けで、本件翻訳文を提出しているが、このような翻訳文の提出によって、本件出願審査請求の瑕疵が治癒されると解されることもできないから、原告において、本件出願審査請求に基づく本件国際特許出願の審査を受ける余地が存在しないことには変わりない。
⑶ 以上のとおり、原告において、本件出願審査請求に基づく本件国際特許出願の審査を受ける余地は存在しないのであるから、原告が本件処分の取消しを求める訴えの利益を有するとはいえない。
2 争点2(本件処分の違法性)について
(原告の主張)
⑴ 特許庁長官が特許出願請求人に送付する出願番号特定通知は、特許出願請求人が行った出願審査の請求の内容を審査し、その請求が適法であることを確認した上で行われるものであるから、原告に対して本件出願番号特定通知が行われたことは、特許庁の当初の審査において本件出願審査請求が適法な手続であると判断されたことを意味するものにほかならない。このことは、公表特許公報において、「審査請求 有」と記載されていることからも明らかである。
本件出願審査請求は、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされたものであるから、特許庁の当初の審査においてはそれを見逃した過誤があったことになり、特許庁審査業務部の担当者も、原告の問合せに対し、そのことを認めている。
⑵ また、本件却下理由通知を受けた時点で、本件国際特許出願に係る特許法48条の3第4項の規定する出願審査の請求をすることができる期間(本件出願審査請求期間)が経過していたため、原告は、本件却下理由通知を受けてから、再度の出願審査の請求を行うことは不可能であった。この点に関連して、他の特許出願請求においては、同法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出が行われていない場合、出願審査請求を返戻して翻訳文の提出を促すといった行政指導が行われているが、本件出願審査請求では、そのような行政指導は行われていない。
⑶ このように、本件処分は、特許庁の当初の審査において適法と判断された本件出願審査請求をその11か月後に却下するものであって、審査手続の安定性や原告の利益を大きく害するものである上、特許協力条約の基本理念である「ユーザーフレンドリー」の概念にも大きく反するものである。
したがって、本件処分は違法である。
(被告の主張)
⑴ 前記1(被告の主張)⑴のとおり、本件出願審査請求が、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされたものである点で、同法184条の17の要件を満たさない不適法なものであり、その補正をすることができないものであることは明らかである。
したがって、同法18条の2第1項に基づき却本件出願審査請求を却下した本件処分は適法である。
⑵ 原告は、①原告に対し本件出願番号特定通知が送付されたことや公表特許公報において、「審査請求 有」と記載されていることから、特許庁の当初の審査においては、本件出願審査請求が適法であると判断されていたこと、②本件却下理由通知の時点で、本件出願審査請求期間が経過していたため、原告は、再度の出願審査請求を行うことは不可能であったことなどを指摘して、本件処分が違法であると主張する。
しかしながら、上記①については、出願番号特定通知はどの特許出願に係る出願審査請求として処理したかを通知するものを、公表特許公報の「審査請求 有」との記載は出願審査の請求が行われたことを意味するものにすぎないから、これらの通知や記載をもって、特許庁において、本件出願審査請求が適法と判断されたとはいえない。
また、上記②については、却下理由通知を再度の出願審査の請求が可能となる期間内に行うべき法令上の根拠はない。さらに、出願審査の請求は、特許出願の出願審査の請求ができる期間内であればいつでもすることができることからすれば、特許庁において、再度の出願審査の請求をすることができる時期を個別に確認し、これに間に合うよう審査を進めるべき義務もない。
したがって、原告の主張はいずれも本件処分の違法性を基礎づけるものではない。
【当裁判所の判断】
1 争点1(訴えの利益の有無)について
⑴ 特許法は、外国語特許出願の出願人は、国内書面提出期間以内に、同法184の4第1項の規定する翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならないとした上で(同項本文)、上記翻訳文の提出等の手続をした後でなければ、国際特許出願についての出願審査の請求をすることができないと規定している(同法184条の17)。
ところで、出願審査の請求をすることができる期間内に出願審査の請求がなかったときは、その特許出願は、取り下げたものとみなされるが(同法48条の3第4項)、この規定により取り下げられたものとみなされた特許出願の出願人は、同条1項の定める期間内にその特許出願について出願審査の請求をすることができなかったことについて正当な理由があるときは、経済産業省令で定める期間内(その理由がなくなった日から2月以内かつ当該期間の経過後1年以内)に限り、出願審査の請求をすることができるものとされており(同法48条の3第5項。特許法施行規則(令和3年経済産業省令第72号改正前のもの。)31条の2第4項)、出願審査の請求がなかったときについての救済規定が定められている。
その一方で、出願審査の請求手続を不適法として却下する処分が取り消された場合には、改めて当初の出願審査の請求自体に対する審査を行うべきことになるから、上記救済規定の適用の余地はなく、そのほかにも、特許法において、出願審査の請求の際に、同法184の4第1項の規定する翻訳文の提出が行われていない場合の救済規定は設けられていない。
このことからすれば、特許法は、外国語特許出願についての出願審査の請求を行う前に、所定の翻訳文を特許庁長官に提出することをもって同出願審査の請求に係る手続要件とするものであり、この先後関係の瑕疵については治癒を許さない性質のものであると解することができる。また、上記のような先後関係を要件とすることが特許法の規定上明らかであることに加え、実質的にも、外国語特許出願の出願人が、出願審査の請求をする前に、翻訳文を特許庁長官に提出することに特段の支障があることは考え難く、上記要件の充足を求めることが出願人に酷ということはできない。
そうすると、外国語特許出願についての出願審査の請求を行う前に、同法184条の4第1項の規定する翻訳文を特許庁長官に提出していない場合には、同法184条の17所定の要件についての瑕疵が治癒される余地はなく、仮に出願審査の請求に係る手続を不適法として却下する処分が取り消されたとしても、同出願審査の請求に係る手続は不適法として却下を免れず、本件処分を取り消す実益はないといわざるを得ないから、処分を取り消すべき法律上の利益はないというべきである。
⑵ これを本件についてみると、前提事実(3)のとおり、本件出願審査請求よりも前に、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文が提出されていないことは当事者間に争いがなく、仮に本件出願審査請求に係る手続を不適法として却下する処分を取り消したとしても、本件出願審査請求に係る手続が同法184条の17に違反するものであることは明らかであり、却下を免れない。そうすると、このような本件における事情の下においては、本件処分を取り消す実益はないといわざるを得ない。
したがって、原告にはもはや本件処分の取消しを求める訴えの利益は存しないものというべきである。
2 争点2(本件処分の違法性)について
⑴ 上記1のとおり、本件訴えは訴えの利益がなく不適法であるが、念のため、本件処分の違法性についても検討する。
前提事実⑶のとおり、本件出願審査請求よりも前に、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文が提出されていないことは当事者間に争いがなく、本件出願審査請求に係る手続が同法184条の17に違反するものであることは明らかである。そして、上記1のとおり、この先後関係の瑕疵については治癒を許さない性質のものというべきであるから、本件出願審査請求に係る手続は不適法であって、その補正をすることができないものである。
以上によれば、本件出願審査請求に係る手続を却下した本件処分は適法である。
⑵ これに対し、原告は、処分の違法性に係る事情として、①特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前にされた本件出願審査請求であることを見逃して本件出願番号特定通知を行ったことは、特許庁の審査における過誤に当たること、②本件却下通知は本件出願審査請求期間後に送付されており、その時点で再度の出願審査の請求を行うことは不可能であったこと、③上記①及び②からすれば、本件処分は審査手続の安定性や原告の利益を大きく害するものである上、特許協力条約の基本理念である「ユーザーフレンドリー」の概念にも大きく反するものであることなどを主張する。
しかし、上記①ないし③の主張は、いずれも本件処分に係る特許庁の対応の不当をいうものにすぎず、本件処分の違法を基礎づける事由のものであるとは認められない。
したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
第5 結論
よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
【所感】
個人的には、PCTの国内移行以降の手続きについては、弁理士試験で頻出する題材なので、審査請求の要件について注意が向かないことは考えにくいです。ですが、18条の2第1項の規定による却下の通知は、迅速に来ると思っていたので、この点、認識を改めました。
却下の通知が出願審査請求期間の満了後に来た場合に、出願人には手立てがないため、この時期の却下の通知は、不親切に感じる。
いずれにしろ、弁理士としては、瑕疵のない手続きを行うことが最重要事項であると改めて思いました。