ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備事件

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判決日 2014.03.18
事件番号 H24(ワ)28201
担当部 東京地裁民事第46部
発明の名称 ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備
キーワード 構成要件充足性、用語の意義の解釈
事案の内容  特許権侵害訴訟において、特許権者(原告)が敗訴した事案。
 明細書および辞典から、用語の意義が解釈された点がポイント。

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<請求項1の分説>

(下線部は審査時における補正箇所。符合及び括弧内の記載は発表者が付けた。)

      鋳物::加熱して溶かした金属を型に流し込み、冷えて固まった後、型から取り出して作った金属製品。鉄製品の場合は、鋳鉄とも呼ばれる。

      (※c) ダクタイル鋳物:組織中の黒鉛の形を球状にして強度や延性を改良した鋳物。球状黒鉛鋳鉄、ダクタイル鋳鉄とも。「ダクタイル(ductile)」とは「強靭な」という意味の形容詞。

      (※a) 黒鉛球状化剤:純Mg、Fe-Si-Mg合金、Ni-Mg合金、Cu-Mg合金、希土類金属等の添加物。

      (※b) ワイヤーフィーダー法:添加物をワイヤー状にして元湯に添加する方法。

A:溶解炉(図示なし)で溶解された元湯を貯留する保持炉1と,保持炉1に貯留されていた元湯を受ける取鍋7と,取鍋7内の元湯に黒鉛球状化剤(※a)を添加する,ワイヤーフィーダー法(※b)による黒鉛球状化処理装置8と,を備えたダクタイル鋳物(※c)用溶融鋳鉄の溶製設備であって,

B:前記保持炉1と前記黒鉛球状化処理装置8との間には,取鍋7を搭載して自走すると共に搭載した取鍋7をその上で移動させるための取鍋移動手段5を有する搬送台車4と,取鍋を移動させる取鍋移送手段2,3と,が設置されており,

C:前記取鍋7は,前記搬送台車4と前記取鍋移送手段2,3との間を行き来し,吊り上げられることなく,前記搬送台車4,前記取鍋移動手段5及び前記取鍋移送手段2,3によって保持炉1から黒鉛球状化処理装置8へ移動させられる

D:ことを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。

 

<被告製品>

      (※d) 高周波誘導炉:高周波誘導加熱を利用した電気炉の一形式。使用目的によって加熱炉と溶解炉に分けられる。

      (※e) 接種:溶湯にある物質を少量添加し、その合金効果以上の物理化学的変化を与えること。

      (※f) ノロ:溶解に際して生じるかす。

      (※g) ねずみ鋳鉄、CV鋳鉄:鋳鉄の一種。

 それぞれ材料投入フィーダーを備え,溶解材料を溶解する3基の高周波誘導炉(※d)と,

 高周波誘導炉から溶解された元浜を受ける蓋付の取鍋と,

 取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤及び/又は接種(※e)剤をワイヤーインジェクションによって添加すると共に,ノロ(※f)取りを行う球状化・接種及びノロ取り装置と,

 空になった取鍋を交換するための空取鍋交換装置と,

 取鍋搬入・搬出装置を備えた注湯装置と,

 を備えたねずみ鋳鉄,CV鋳鉄(※g)及びダクタイル鋳鉄の製造設備。

<構成要件Aの充足性について>

(1) 構成要件Aの充足性

ア 原告は,被告製品の高周波誘導炉が,鉄源原料の溶解と共に,貯留した元湯の成分調整を行う炉であることを前提に,構成要件Aの「保持炉」は元湯を貯留して成分調整を行う炉であれば足り,溶解を行う炉と別に設けられたものであることを要しないとして,被告製品の高周波誘導炉が「保持炉」に当たると主張する。

これに対し,被告は,「保持炉」は溶解を行う溶解炉と別に設けられた炉であることを要すると主張するので,「保持炉」の解釈がまず問題となる。

 

イ そこで検討するに,本件特許の特許請求の範囲には「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」と記載されており,その文言上,溶解炉と保持炉は別のものとされている。

これに加え,次の事実が認められる。

 

(ア) 図解鋳造用語辞典には次の記載がある。

a 保持炉は,溶解炉で溶解した溶湯を一定の温度に保持し,鋳造機又は鋳型に注湯するために設置される炉をいう。ときには合金成分の調整や不純物の除去などを行うこともある。

b 溶解炉は,固体金属を熱源で加熱して溶融金属に変える炉をいう。

 

ウ 以上に基づいて構成要件Aの「保持炉」の意義を検討する。

(ア) 本件特許の特許請求の範囲には,保持炉とは「溶解炉で溶解された元湯を貯留する」(構成要件A)ものであると記載されているところ,前記イ(ア)の文献の記載によれば,それぞれ別個の炉であると認識されていると認められる。

そうすると,特許請求の範囲の文言上,構成要件Aの「保持炉」は,鉄源原料を溶解して溶融金属に変える溶解炉とは別に設けられ,溶解炉で溶解された元湯を貯留する炉を意味すると解される。

さらに,本件明細書等(【0001】【0003】,【0004】【0009】,【0010】【0011】【0019】,【0027】,【0028】【0037】及び【図1】)を検討すると,

① 従来技術において,溶解炉で溶解された元湯をダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に溶製する際には,通常,溶解炉で溶解された元湯を一旦保持炉に装入し,保持炉で貯留,滞留させて温度や成分等を均質化させた後に保持炉から所定量の元湯を取鍋に装入し,取鍋は,クレーンやホイスト等によって吊り上げられて,保持炉と黒鉛球状化処理装置の間を搬送されていたこと,

② 本件発明は,従来技術における労働生産性を改善するために,溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受ける取鍋と,ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化装置とを備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備において,取鍋が,保持炉から黒鉛球状化処理装置へ吊り上げられることなく移動されることを特徴とする構成を採用したものであること,

③ 実施形態において,保持炉は,溶解炉で溶解された元湯(溶融鋳鉄)を一旦収容する容器で,低周波誘導等によって収容された元湯を加熱することが可能な炉であり,溶解炉で得られた元湯を一旦保持炉に収容するが,通常,溶解炉と保持炉との間には元湯の通過する湯道が設置され,元湯は連続的にあるいは間欠的に溶解炉から保持炉に供給されることが記載されている。

これらの各記載が保持炉と溶解炉が別の炉であることを示していることは明らかである。

したがって,構成要件Aの「保持炉」は,鉄源原料を溶解して溶融金属に変える溶解炉とは別に設けられた炉であることを要するものと解するのが相当である。

 

 

(イ) これに対し,原告は,取鍋に受ける元湯が成分調整されたものであるかが重要であり,「保持炉」は成分調整の機能を有する炉であれば足りると主張する。

しかし、このような解釈によれば,溶解と成分調整を行う一つの炉が「溶解炉」にも「保持炉」にも該当することになり,「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」との特許請求の範囲の記載と相いれない。

また,本件明細書を精査しても,一つの炉が「溶解炉」と「保持炉」を兼ねることを示唆する記載は見当たらない。

したがって,原告の主張は採用できない。
【所感】

結論は妥当であると考えられる。

溶解炉については、実施形態で詳しく説明していないし(図示すらしていない)、意見書における進歩性の主張にも用いていないのだから、請求項1に溶解炉を記さなくても問題なかったと考えられる。

なお、意見書における主張の要旨は次の通りである。

 「搬送台車と取鍋移送手段との2つの手段によって取鍋を搬送する」…構成によって「生産性を向上させることができる」という作用・効果を有し、…「取鍋に収容された溶湯に黒鉛球状化処理ができる」という作用・効果…進歩性を有していると判断します。

 

具体的には、「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉1と,」を削除し、「保持炉」を「炉」に変更すればよいと考えられる。

こうすれば、構成要件Aが充足された可能性はあると考えられる。

さらには、構成要件Aを全て削除しても良かったかも知れない。

実務においては、出願時に各請求項(特に請求項1)に余分な記載(新規性・進歩性や明確性に寄与しない記載)をしないことを心掛けるべきである。

以 上