ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2014.10.30
事件番号 H25(行ケ)10244
担当部 知財高裁 第1部
発明の名称 ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備
キーワード 容易想到性
事案の内容 無効審判での特許維持審決に対して審判請求人が審決の取り消しを求め、請求が容認されて特許維持審決が取り消された事案。
当業者であれば甲2発明により解決される課題をより広く認識できると認め、甲1発明において取鍋の搬送手段として甲2発明を適用することは容易想到であると判断した点がポイント。

事案の内容

・甲1:FOUNDRY TRADE JOURNAL,FEBRUARY 1997,p56-58」

・甲2:特開平9-182958号公報

<本件発明(特許第3685781号)>

[請求項1](下線は甲1発明との相違点)

溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備であって,前記保持炉と前記黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,前記搬送台車,前記取鍋移動手段及び前記取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられることを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。

[請求項2](略、請求項1に「排滓処理装置」を付加した構成)

【裁判所の判断】

2 取消事由1(甲1発明との相違点の判断の誤り)について

(1) 上記認定事実によれば,本件発明1と甲1発明は,審決の認定(事案の概要3(2)ア)するとおりの一致点及び相違点を有するものである。

そして,前記1(3)で認定したとおり,甲2発明は,取鍋を保持炉から注湯機上に搬送するために,ホイストとモノレールに換え,台車と2台のローラコンベアからなる取鍋移送機構を用いるものであるところ,甲1発明と甲2発明は,いずれも,鋳鉄の鋳造設備に関するものであり,保持炉に保持されていた鋳鉄溶湯を取鍋に装入し,その鋳鉄溶湯が装入された取鍋を,保持炉から次の所定の処理を行う装置まで搬送する工程を有する点で共通するものである。

また,平成7年3月発行された財団法人素形材センターの「鋳造工場の自動化・省力化マニュアル」(甲8。以下「本件マニュアル」という。)によれば,鋳造設備における通常の取鍋の搬送手段については,空間搬送が主流であったものの,地上方式のものも少なくなかったこと(99頁),溶湯が高温であるから,その安全性を確保しながら,工場の環境整備,省力化のために搬送手段の自動化が進められてきたこと(97頁)などが認められ,当業者であれば,取鍋を搬送するにあたっては,取鍋の搬送作業を自動化することによって危険作業を回避するとともに,取鍋搬送を安定化し,さらに時間短縮等,作業の効率化を図る必要があるという甲2発明の課題を認識すると認められる

そうすると,甲1発明及び甲2発明に接した当業者であれば,甲1発明において,前炉に保持されていた溶鉄が充填された取鍋を,前炉から処理ステーションに搬送するにあたり,取鍋の搬送作業を自動化することにより,危険作業を回避するとともに,取鍋搬送を安定化し,さらに時間短縮等,作業の効率化を図るために,取鍋の搬送手段として甲2発明を適用して,前炉と処理ステーションの間にレールを敷設し,取鍋を載置した台車を走行機構により電動走行させ,台車上に設けたローラコンベアと,処理ステーションに設けたローラコンベアにより,取鍋を,台車から処理ステーションにおける適宜定められた位置へ移送するという相違点に係る構成を容易に想到することができるというべきである。

(2) 審決について

審決は,甲1文献には,甲1発明の取鍋内の溶鉄が,コアードワイヤ処理の後に,別の取鍋に移し替えられて鋳造工程へ進むことが記載されており,この鋳造工程では,移し替えられた取鍋を注湯機上に載置するものと認められるから,甲1発明の取鍋は,注湯用の取鍋ではなく,甲2発明の取鍋に相当するものではないと判断した。

しかし,甲2発明によって搬送される取鍋が注湯用取鍋であるのに対して,甲1発明において搬送される取鍋が注湯用取鍋でないとしても,前記(1)で判示したとおり,これらは保持炉に保持されていた鋳鉄溶湯を装入する取鍋であり,保持炉から次の所定の処理を行う装置まで搬送される点で共通するものである上,本件特許の出願前に刊行された「GieβereiーPraxis,1983,No21,313-320頁」(甲31)によれば,ワイヤーフィーダー法においてもマグネシウム処理及び鉄の注湯が同じ取鍋で実施されることがあると認められ,甲1発明における取鍋が注湯用であるか否かは搬送手段の選択に大きな影響を及ぼすものではない。また,甲2発明は,単に取鍋を自動搬送するだけであるから,注湯用取鍋しか搬送できない特殊なものではなく,当業者であれば,注湯用ではない取鍋であっても搬送が可能であると認識できると認められる。

したがって,甲1発明の取鍋が,甲2記載の取鍋に相当するものではないからといって,甲1発明において,取鍋の搬送手段として甲2発明を適用することは当業者にとって容易になし得たことではないということはできない。

また,審決は,甲1発明の処理ステーションでは,取鍋が,注湯機のように載置されるのではなく,吊り上げられることが記載されているから,甲1発明の処理ステーションには,むしろホイストが必要であって,取鍋移送機構を設ける必要がないことなどから,甲1発明に甲2発明を適用することは当業者が容易になし得たことではないと判断した。

確かに,甲1発明では,処理ステーションにおける黒鉛球状化処理の際,フックで取鍋を吊り上げており(別紙甲1発明図面目録の図2参照),そのためにホイストが必要であることは認められる。

しかし,処理ステーション内において取鍋を吊り上げるからといって,溶湯が装入された取鍋をホイストで吊って前炉から処理ステーション内の所定の位置まで搬送することによって生じる危険性がなくなるわけではなく,その危険性を避けるため,取鍋を前炉から処理ステーション内の所定の位置に設置するまでの搬送手段として甲2発明を利用する意義は存在するから,甲1発明に甲2発明を適用する動機付けは依然として存在するというべきである。

したがって,甲1発明に甲2発明を適用することは当業者が容易になし得たことではないとした審決の判断には誤りがある。

【所感】

甲1発明および甲2発明は、鋳鉄の鋳造処理において保持炉から溶湯を取鍋で搬送する搬送先の処置装置がそれぞれ異なるものであるが、技術的には共通する点も多いことから、本判決の結論に至るのも理解できなくもない。ただし、普段、特許の取得を主な仕事としている身としては、本判決は厳しいとも感じる。

本件発明は、特許査定を受けた上で、無効審判で2回の特許維持審決を受けながら、本判決では特許性が否定されている。近年、特許の安定性が崩れ、権利が不安定化したとの声もあるが、その一面を見たような気もする。