タッチスクリーンディスプレイ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2013.06.21
事件番号 H23(ワ)27781
担当部 東京地裁 民事第29部
発明の名称 タッチスクリーンディスプレイにおけるリストのスクローリング,ドキュメントの並進移動,スケーリング及び回転
キーワード 技術的意義

事案の内容

原告:アップル インコーポレイテッド
被告:日本サムスン株式会社,サムスン電子ジャパン株式会社
原告の特許:特許第4743919号(いわゆる、バウンスバック特許)

【主な争点】
(1)被告製品の本件発明の技術的範囲への属否
(1.1)「インストラクション」、「電子ドキュメント」、「リストの末端」、「末端を越えるエリア」、「到達するのに応答して…表示」等の意義
(1.2)各構成要件の充足性

~被告製品の本件発明の従属項の技術的範囲への属否については省略~

(2)本件特許の無効理由の有無
(2.1)記載要件違反
(2.2)新規性・進歩性欠如
(2.2.1)公然実施に基づく新規性の欠如
(2.2.2)特許文献(乙11号証、乙13号証、乙25号証)に基づく新規性・進歩性の欠如
(2.2.3)その他進歩性欠如

~本件発明の従属項に係る特許の無効理由の有無は省略~

【本件発明の構成要件】(各構成要件の符号は判決文において付されたものである。下線は争点のポイントとなる箇所に本紙において付したものである。)
(1)本件発明1:
A1:タッチスクリーンディスプレイと,
B1:1つ以上のプロセッサと,
C1:メモリと,
D1:1つ以上のプログラムと,を備え,
E1:前記1つ以上のプログラムは,前記メモリに記憶されて,前記1つ以上のプロセッサにより実行されるように構成され,前記プログラムは,
F1:電子ドキュメントの第1部分を表示するためのインストラクションと,
G1:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近でオブジェクトの移動を検出するためのインストラクションと,
H1:前記移動を検出するのに応答して,前記タッチスクリーンディスプレイに表示された前記電子ドキュメントを第1方向に徐々に移動して,前記電子ドキュメントの前記第1部分とは異なる第2部分を表示するためのインストラクションと,
I1:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近でオブジェクトがまだ検出されている間に前記電子ドキュメントを前記第1方向に移動する間に前記電子ドキュメントの縁に到達するのに応答して,前記電子ドキュメントの縁を越えるエリアを表示し,且つ前記電子ドキュメントの前記第1部分より小さい第3部分を表示するためのインストラクションと,
J1:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近にオブジェクトがもはやないことを検出するのに応答して,前記電子ドキュメントの縁を越えるエリアがもはや表示されなくなるまで前記電子ドキュメントを第2方向に徐々に移動して,前記電子ドキュメントの第1部分とは異なる第4部分を表示するためのインストラクションと,
K1:を含む,装置。

(2)本件発明2:
~構成要件A2~G2は上記の構成要件A1~G1と実質的に同じであるため省略~
H2:前記移動の検出に応答して,前記タッチスクリーンディスプレイ上に表示された電子ドキュメントを第1方向に徐々に移動するためのインストラクションと,
I2:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近において前記オブジェクトがまだ検出されている間に前記電子ドキュメントを第1方向に移動する間に前記電子ドキュメントの縁に到達するのに応答して,前記電子ドキュメントの縁を越えるエリアを表示するためのインストラクションと,
J2:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近にオブジェクトがもはやないことを検出するのに応答して,前記電子ドキュメントの縁を越えるエリアがもはや表示されなくなるまで,前記ドキュメントを第2方向に徐々に移動するためのインストラクションと,
K2:を含む,装置。

(3)本件発明3:
~構成要件A3~G3は上記の構成要件A1~G1と実質的に同じであるため省略~
H3:前記移動の検出に応答して,前記タッチスクリーンディスプレイ上に表示されたアイテムのリストを第1方向にスクロールするためのインストラクションと,
I3:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近においてオブジェクトがまだ検出されている間に前記リストを第1方向に移動する間に前記リストの末端に到達した場合には前記リストの末端を越えるエリアを表示するためのインストラクションと,
J3:前記タッチスクリーンディスプレイ上又はその付近にオブジェクトがもはやないことを検出するのに応答して,前記リストの末端を越えるエリアがもはや表示されなくなるまで,前記第1方向とは逆の第2方向に前記リストをスクロールするためのインストラクションと,
K3:を含む,装置。

【裁判所の判断】(下線は全て本紙において付したものである)
(1)被告製品の本件発明の技術的範囲への属否
(1.1)「インストラクション」、「電子ドキュメント」、「リストの末端」、「末端を越えるエリア」、「到達するのに応答して…表示」等の意義
(a)「インストラクション」の意義について(判決文P154-P157)
…(被告らの)主張の趣旨は,インストラクションは,各構成要件のそれぞれについて,その構成要件全体の動作を指示するひとまとまりの命令でなければならないとするものであると解される。本件発明の特許請求の範囲には,インストラクションの意義あるいはその単位について,これを明確にする記載はない。そこで,本件明細書の記載について検討する。
(主に本件明細書の段落0082,0188等を参照)
…インストラクションは,「セット」として所定の機能(ディスプレイの作動等)を実現するものであり,必ずしも1つのインストラクションによって所定の機能(被告らの主張する1つの構成要件全体の機能又は機能的な関連性を有する全体の機能)を実現する必要は…なく,複数の「インストラクション」によって,所定の機能(ディスプレイの作動等)を実現するものであれば足りると解するのが相当である。
(b)「電子ドキュメント」の意義について(判決文P157-P158)
(主に本件明細書の段落0004,0130を参照)
…以上の記載に照らすと,「電子ドキュメント」は,電子ファイル化されたデータがディスプレイ上に表示されたものであり,表示される内容は,文章,メールのほか,静止画,動画,その他のデジタル画像等のコンテンツであると解される。被告らは「電子ドキュメント」の意味内容が明らかでないと主張するが,「電子ドキュメント」については,上記のとおり当業者において理解可能であり,被告らの主張は採用できない。
(c)「電子ドキュメントの縁」、「縁を越えるエリア」、「リストの末端」、「末端を越えるエリア」の意義について(判決文P158-P162)
…これらの意義も,本件発明の特許請求の範囲から直ちに明らかになるものではないため,本件明細書の記載について検討する。
(主に本件明細書の段落0005,0100,0116を参照)
以上のとおり,「電子ドキュメントの縁」は,ユーザのフラストレーションを招かないように,…,それ以上,同一方向にスクロールする意味がないことを知らせるための「縁を越えるエリア」を表示するに当たって,…想定されるものであると解される。しかし,実施例において縁を越えるエリアが背景と視覚上差がないものでもよいとされているように(【0116】),装置が仮想的に縁と理解できるものであれば足りるのであって,必ずしも装置を操作する人間の視覚的なものに完全に一致させる必要はないと解される。そして,「縁を越えるエリア」は,仮想的な縁の外のエリアであると解される。もっとも,本件発明は,「…スクロール又は並進移動がユーザの意図を反映しない場合には,ユーザにフラストレーションを招く。…」(【0005】)との課題を解決するための発明であるから,仮想的な縁の位置の決定は装置を操作する人間の感覚に違和感のない範囲で調整される必要があるものと解される。上記【0005】において「並進移動がユーザの意図を反映しない場合」とは,ユーザが並進移動をするように操作したにもかかわらず,画面に表示されている電子ドキュメントが並進移動しないことを意味することは明らかである。したがって,電子ドキュメントの縁を越えるエリアは,ユーザが並進移動をする操作を長い時間にわたって続ける必要がないように,電子ドキュメントの始端又は終端に近接した範囲で設定される必要がある。そして,ユーザがフラストレーションを抱かないようにするためには,たとえ縁を越えるエリアが背景と視覚上差がないとしても,それが電子ドキュメントの縁を越えるエリアであると観念できることが必要である。ユーザがそれを観念でき,スクロール動作を止める理由は,電子ドキュメントの縁を越えるエリアには,電子ドキュメントを表示するためのデータが存在せず,データの表示がないからである。したがって,「縁を越えるエリア」には,電子ドキュメントを表示するためのデータは存在せず,データの表示がないものと解するのが相当である。したがって,「縁を越えるエリア」とは,仮想的に設定された「電子ドキュメントの縁」の外のエリアであって,電子ドキュメントを表示するためのデータが存在せず,データの表示がない領域と解するのが相当である。…「リストの末端」「リストの末端を越えるエリア」についても同様である。
(d)「到達するのに応答して…表示」の意義について(判決文P163-P167)
…画面に表示されている電子ドキュメントがスクロール又は並進移動しないことがユーザにフラストレーションを招く…(との)課題の解決として,本件発明1及び2においては,電子ドキュメントの縁に到達すると,…,「縁を越えるエリア」を表示し,それによって,ユーザにそれ以上,同一方向に進めてもデータが存在しないことを知らせることとしたものと解される。…そうすると,構成要件I1及びI2の「電子ドキュメントの縁に到達するのに応答して」とは,電子ドキュメントの縁に到達すると,到達したことの判定が行われ,その判定に基づいて電子ドキュメントの縁を越えるエリアを表示する指示が出されることを示すものと解するのが相当である。
…被告らの主張は,…,構成要件I1では,縁に到達するまではオブジェクトで操作されているが,縁に到達した後にはオブジェクトで操作することが記載されていないことを主張するものである。しかしながら,構成要件J1には,「…オブジェクトがもはやないことを検出するのに応答して,…前記電子ドキュメントを第2の方向に徐々に移動して,…」との記載があり,この構成要件J1の記載は,縁を越えるエリアが表示された後にも,オブジェクトが検出されており,その後オブジェクトがないことが検出されると第2方向への移動が開始される態様を含むことを記載しているものと解される。…
以上のとおり,「到達するのに応答して…表示」は,オブジェクトを電子ドキュメントの縁を越えるエリアが表示された後も検出している態様を含むものと解するのが相当であり,また,「到達するのに応答して…表示」とは,電子ドキュメントの縁に到達することにより,電子ドキュメントの縁を越えるエリアには電子ドキュメントを表示するためのデータは存在しないから,それに応じた処理をするため,電子ドキュメントの縁に到達したことを判定し,縁を越えるエリアを表示する指示をすることを意味すると解するのが相当である。

(1.2)各構成要件の充足性
~構成要件F1,G1の充足性につういての判断(判決文P167-P169)は省略~
(a)構成要件H1の充足性について(判決文P169)
…被告製品は,写真6のデジタル画像が表示されている状態において,タッチスクリーンディスプレイに指を触れて左方向に移動させると,デジタル画像が左方向に移動し,写真7のデジタル画像の表示になることが認められる。
構成要件H1の…「前記第1部分とは異なる第2部分」(とは)…,電子ドキュメントのうち,オブジェクトの移動がある前にディスプレイに表示された部分とは異なる部分と解される。写真7のデジタル画像の表示は,写真6のデジタル画像の表示とは異なるから,被告製品は,「前記電子ドキュメントの前記第1部分とは異なる第2部分を表示する」と認められる。…したがって,被告製品は,構成要件H1を充足する。
(b)構成要件I1の充足性について(判決文P170-P172)
…被告製品は,写真7のデジタル画像が表示された状態において,更に指を左方向に移動させると,写真8のようにデジタル画像とは異なる黒色のエリアが表示されることが認められる。
…構成要件I1の「電子ドキュメントの縁」は,装置が仮想的に縁と理解できるものであれば足り…,写真8のデジタル画像と黒色のエリアの境界が「電子ドキュメントの縁」であると認めるのが相当であって,黒色のエリアが構成要件I1の「縁を越えるエリア」であると認められる。
構成要件I1の文言に照らすと,「前記電子ドキュメントの前記第1部分より小さい第3部分」…は,「縁を越えるエリア」が表示される結果,「電子ドキュメント」の「第1部分」より小さい部分が表示されることを意味すると解される(本件明細書【0144】【図8B】【図8C】も参照)。…,黒色のエリアである「縁を越えるエリア」が表示される結果,デジタル画像は写真7と比較して小さく表示されているから,被告製品は,「電子ドキュメント」の「第3部分」を表示していると認められる。
…したがって,被告製品は,構成要件I1を充足する。
(c)構成要件J1の充足性について(判決文P172-P172)
…被告製品は,…指をタッチスクリーンディスプレイから離すと,デジタル画像が逆の右方向に移動して,黒色のエリアが画面上から消えていき,最終的に黒色のエリアが表示されなくなって,…デジタル画像だけが表示されることが認められる。
…構成要件J1の「電子ドキュメント」の「第4部分」とは,第1部分と異なるとされているから,(被告製品において指をタッチスクリーンから離す前後の)デジタル画像を比較すると,両者が異なることは明らかであり,被告製品は「第4部分」を表示することが認められる。
…したがって,被告製品は,構成要件J1を充足する。
(d)小括
以上のとおり,被告製品は,構成要件F1~J1を充足し,構成要件A1~E1及び…構成要件K1の「を含む」も充足する(から)…,本件発明1の技術的範囲に属する。

(2)本件特許の無効理由
(2.1)記載要件違反
被告は「インストラクション」、「電子ドキュメント」、「リストの末端」、「末端を越えるエリア」、「到達するのに応答して…表示」等の意義について不明瞭であると指摘したが、裁判所は、上述したように、それらに不明瞭な点はなく、本願に記載要件違反はないものと判示した。

(2.2)新規性・進歩性欠如
(2.2.1)公然実施に基づく新規性の欠如
証拠(乙7,8)によれば,LaunchTileを搭載したPDA(HP iPAQhx2490 Pocket PC)は,平成17年(2005年)12月には販売されていたものと認められるから,本件発明に係る特許の最先の優先日である平成19年(2007年)1月7日より前に販売されていたことが認められる。
(a)公然実施発明1(LaunchTileのメールリスト表示)に基づく新規性の欠如について(判決文P193-P194)
…乙7号証の図1-3及び図1-4の動作は,メールのリストと青色のバーとが重なっている部分があると,自動的にリストがスクロール(スナップバック)するという動作にすぎないと解されるから,公然実施発明1について,本件発明3のI3・J3に相当する構成を開示しているとは認められない。同様に,本件発明1の構成要件I1・J1,本件発明2の構成要件I2・J2に相当する構成を開示しているとは認められない。
(b)公然実施発明2(LaunchTileのZone表示)に基づく新規性の欠如について(判決文P194-P196)
…被告らは,LaunchTileの「Zone」が本件発明1及び2の「電子ドキュメント」と本件発明3の「アイテムのリスト」に相当することを前提として,公然実施発明2が本件発明と同一である旨主張する。
…「Zone」の同じ階層には,他の「Zone」あるいは「Tile」が隣接して存在するのであるから,個別の「Zone」が「電子ドキュメント」に相当するとはいい難い。…仮に,「Zone」が1つの「電子ドキュメント」に相当するとしても,…乙7号証の図2-3では,当初の「Zone」の終端に到達した際に,隣接する「Zone」が表示されているから,構成要件I1及びI2の「縁」に到達したものとみることができないし,「縁を越えるエリア」が表示されているともいえない。これは,本件発明3の「末端」及び「末端を越えるエリア」についても同様である。
…以上のとおり,公然実施発明2は,本件発明と同一ではない。

(2.2.2)特許文献に基づく新規性・進歩性の欠如
(a)乙11号証(特開2003-345491)に基づく新規性・進歩性の欠如について(判決文P196-P211)
…乙11号証の記載によれば,スタイラスのストローク操作中,表示入力装置のタッチパネルに表示される画像は,【図4】(b)~【図4】(d)の符号22で示される部分である…そして,【図4】(d)から(e)への移行の際に,(d)で示された1/2縮尺画像24を越える領域である縁を越えるエリアが,画像の拡大により図(e)では消失しているから,このような画像の拡大による縁を越えるエリアの消失が,本件発明1の構成要件J1に相当するかが問題となる。
この点について,被告らは,本件発明1の「移動」にスケーリング(拡大又は縮小)が含まれる場合がある旨主張する。…構成要件H1の…移動を「拡大」と解釈すると,第1部分を拡大することを意味することになると解されるが,「第1部分とは異なる第2部分」との関係で矛盾が生じる。構成要件I1…についても,拡大する間に「電子ドキュメントの縁に到達」することはあり得ず,また,縮小することによって電子ドキュメントの縁が表示されるに到ったとしても,「縁に到達する」という文言とは合致しない。
このように,構成要件J1の「移動」を「拡大又は縮小」による態様のものを含むものと解釈すると,本件発明1の他の構成要件の記載と整合しないし,本件明細書中にも,構成要件J1について,そこにいう「移動」が「拡大又は縮小」による態様を含むような記載は見当たらない。
そうすると,本件発明1の構成要件J1の「移動」に「拡大又は縮小」の態様によるものを含むものと解することはできない。
以上に照らすと,本件発明1と引用発明1の一致点・相違点は次のとおりである。
~一致点は省略~
[相違点1]
電子ドキュメントの第1方向の移動(構成要件H1)について,本件発明1では電子ドキュメントが「徐々に」移動するのに対し,引用発明1にはそのような構成が記載されていない点。
[相違点2]
本件発明1では,「…(構成要件J1)…」を含むのに対し,引用発明1にはそのような構成が記載されていない点。
…相違点1については,…,単なる文言上の差異にすぎないものであるから,…,実質的な相違点ではない。
…相違点2について検討するに,…本件発明1の課題は,スクロール又は並進移動がユーザの意図を反映しない場合には,ユーザにフラストレーションを招くことから,使用,構成及び/又は適応が容易な,より透過的で且つ直感的なユーザインターフェイスを設けること(甲の【0005】【0006】)である。これに対し,乙11発明の課題は,パニング操作をするに当たって,スタイラスのストローク回数が増加することや拡大,縮小の切換えのために煩雑な操作を要するというパニング操作上の難点を解消することにある(乙11の【0006】~【0008】)。そうすると,両者はその課題を異にするものであって,当業者が乙11発明から本件発明1に想到することが容易であるとはいえない。
~本件発明2,3との対比については省略~

(b)乙13号証(国際公開公報WO03/081458)に基づく新規性・進歩性の欠如について(判決文P211-P219)
…図6,図14によると,デバイスは移動をトラッキングするのに応答して,タッチスクリーンディスプレイに表示された電子ドキュメントを第1の方向に移動して,電子ドキュメントの第1の部分とは異なる第2の部分を表示する機能を有する。
…図14等によると,図14Bにおいて,黒色の矢印線は,ユーザがペン1200を使って操作する軌跡であって,垂直方向にスクロールさせようとしたときの水平方向のふらつき(ウォブリング)を示しており,ユーザがペンを垂直方向に操作したとき,動作のふらつきの幅が所定値(しきい値)より小さければ,ディスプレイ1205がふらつくことはあっても,ペンを持ち上げると画像がディスプレイ1205に表示され,他方,所定値(しきい値)を超えるとテキストコラム1215又は1225を表示するようにディスプレイ1205がジャンプするものと解される。
…本件発明1と引用発明2の一致点・相違点は次のとおりである。
~一致点は省略~
[相違点1]
本件発明1では,デバイスが「…(構成要件I1)…」を有するのに対し,引用発明2では,そのような構
成は記載されていない点。
[相違点2]
本件発明1では,デバイスが「…(構成要件J1)…」を有するのに対し,引用発明2では,そのような構成は記載されていない点。
…被告らは,引用発明2の「コラム」が本件発明1の「電子ドキュメント」に相当し,引用発明2においては,「表示部分がコラムの境界を越えて移動するようにドラッグするとコラムの境界を越えた部分を表示する」ことが本件発明1の構成要件I1に相当し,「ディスプレイからペンを持ちあげるとコラムがディスプレイウィンドウにはめ込まれるように位置が調整され,コラムの境界を越えた部分が表示されないようになり,この移動の様子は表示される」ことが構成要件J1に相当する旨主張する。
…しかしながら,…引用発明2の「コラム」は,本来の画像の一部と解するのが相当であるから,図14B等を根拠として,「コラム」が本件発明1の「電子ドキュメント」に相当し,引用発明2において,電子ドキュメントの縁が表示され,電子ドキュメントの縁を越えるエリアがもはや表示されなくなるまで徐々に移動することが開示されていると解することはできない。
そうすると,引用発明2は,本件発明1と同一ではない。また,乙11号証(引用発明1)には,相違点2の構成についての記載も示唆もないから,引用発明2に引用発明1を適用して,当業者が本件発明1を容易に想到し得たとは認められない。
~本件発明2,3との対比については省略~

(c)乙25号証(特開平3-271976)に基づく新規性・進歩性の欠如について(判決文P219-P229)
…「更にこの実施例では指定方向にそれ以上のスクロールが不可能な場合には,その方向へのスクロールが不可能であることを使用者に知らしめるような表示制御が行われる。この表示制御は,例えば第5図に示すように,スクロールの限界を示す為の境界線33や境界外領域34を表示することにより実現される。このような境界線33や境界外領域34を表示すれば,利用者に対してスクロール不可能な方向を容易に知らしめることが可能となる。」(6頁右上欄17行~同頁左下欄5行)
…そうすると,本件発明1と引用発明3の一致点・相違点は次のとおりである。
~一致点は省略~
[相違点1]
電子ドキュメントの縁を越えるエリアを表示するのは,本件発明1では「前記電子ドキュメントの縁に到達するのに応答」するときであるのに対し(構成要件I1),引用発明3では「それ以上のスクロールが不可能な場合」である点。
[相違点2]
本件発明1では装置に「…(構成要件J1)…」が含まれるのに対し,引用発明3にはそのような構成は記載されていない点。
…相違点1について検討するに,引用発明3において,スクロール指示があるときに,それ以上スクロールが不可能であるとの判定をする必要がある…,領域を越えたか否かを判定するための具体的な手法として,「縁」に到達したか否かを検知する構成とすることは当業者が適宜行うことができたものである。したがって,相違点1は,当業者が容易に構成し得たものである。
…相違点2について検討するに,この点について,被告らは,相違点2は,公然実施発明1(ないし公然実施発明2,引用発明1又は2)において開示されている位置合わせを適用することで直ちに解消すると主張する。
しかし,乙25号証には電子ドキュメントの縁を越えるエリアを表示した後のことについては何ら言及されていない。すなわち,乙25号証は,境界線や境界外領域を表示することによって,利用者に対しスクロール不可能な方向を容易に知らしめようとするものであって,オブジェクトが検出されなくなると電子ドキュメントが反対方向へ徐々に移動して縁を越えるエリアが消失する構成については,記載も示唆もない。したがって,そもそも上記公然実施発明1等を適用する動機付けがない。この点を措いて検討してみても,…,公然実施発明1(LaunchTileのメールリスト表示))について,…,その動作の目的も本件発明1とは明らかに異なると解される。そうすると,引用発明3に公然実施発明1を適用することによって相違点2に係る構成を容易に想到し得たとは認められない。また,公然実施発明2,引用発明1及び2には,相違点2に係る構成についての記載も示唆もない。したがって,当業者が容易に相違点2に係る構成に想到し得たとは認められない。
~本件発明2,3との対比については省略~

(2.2.3)その他進歩性欠如
…被告らは,公然実施発明2又は引用発明2を主引例として,引用発明3を適用することにより,本件発明の進歩性が欠如する旨主張する。
…公然実施発明2を主引例とする場合について検討するに,被告らは,LaunchTileの「Zone」が本件発明1及び2の「電子ドキュメント」に相当する旨主張する。しかしながら,…,LaunchTileの「Zone」は,本件発明1及び2の「電子ドキュメント」に相当するとはいい難いことは既に判断したとおりである。仮に,「Zone」が1つの「電子ドキュメント」に相当するとしても, 当初の「Zone」の終端に到達した際に,隣接する「Zone」が表示されているから,構成要件I1及びI2の「縁」に到達し
たものとみることができないし,「縁を越えるエリア」が表示されているともいえない。
以上に照らすと,公然実施発明2には,「縁を越えるエリア」を表示させる動機が存在しない。また,仮に公然実施発明2に引用発明3を適用したとしても,「Zone」の動作が特定されるにすぎない。したがって,公然実施発明2に引用発明3を適用して,本件発明1及び2を容易に想到し得たとは認められない。これは本件発明3についても同様である。
…引用発明2を主引例とする場合について検討するに,被告らは,引用発明2の「コラム」が本件発明1及び2の「電子ドキュメント」に相当する旨主張する。しかしながら,…,引用発明2の「コラム」は,画像の一部であると解するのが相当であるから,引用発明2には,「縁を越えるエリア」を表示させる動機が存在しない。また,仮に引用発明2に引用発明3を適用したとしても,Webページのような画面の中で「コラム」の動作が特定されるにすぎない。したがって,引用発明2に引用発明3を適用して,本件発明1及び2を容易に想到し得たとは認められない。これは本件発明3についても同様である。

【所感】
裁判所の判断はいずれも妥当であると考える。バウンスバック特許はアメリカにおいても一旦は無効・非侵害の判断がなされたものの、結局、その有効性が認められるとともに、サムスン電子による侵害が認定されており、日本においてもその流れにのった判断がなされたと言える。
ところで、本件では、各構成要件の意義について明細書の内容が参酌されているが、明細書に「縁を越えるエリアが背景と視覚上差がないものでもよい」との一文があったことは、本件発明の技術的範囲を定める上で非常に有効に働いたと思う。その一文が無ければ「縁を越えるエリア」について、「装置が仮想的に縁と理解できるものであれば足りる」との認定がされず、「データがなくデータが表示されない領域」以上に狭く解釈されていたのではないだろうか。この一文の有無に拘わらず、被告の製品が本件発明の技術的範囲に属していたことに変わりはないが、この一文によって、原告製品における実施態様が本件発明の技術的範囲に含まれることが明確になった。明細書の作成にあたって種々の実施態様を細かく記載しておくことは発明の保護の観点から非常に重要であるとあらためて感じた。
以上