ソレノイド駆動ポンプの制御回路事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2014.03.25
事件番号 H25(行ケ)10214
担当部 知財高裁 第3部
発明の名称 ソレノイド駆動ポンプの制御回路
キーワード 進歩性、技術分野
事案の内容 無効審判で進歩性違反として無効審決を受けた特許権者が審決の取り消しを求め、請求が容認されて無効審決が取り消された事案。
本件発明がポンプの技術分野に属し、刊行物発明が電子機器の技術分野に属することから、両者の技術分野は明らかに相違し、電気機器に関する刊行物発明をポンプに適用しようとする動機付けがないと判断した点がポイント。

事案の内容

<本件訂正発明(特許第4312941号)>

[請求項1]

ソレノイド駆動ポンプのポンプを駆動するソレノイド(8)に,時間が一定で且つ周期的に発生される駆動パルスに応じて駆動電圧を周期的に供給して,該ソレノイド(8)を駆動する駆動回路(7)と,

90~264Vの間で電圧が異なる複数の交流電圧の電源(1)のうちの任意の交流電圧の電源(1)から整流されて駆動回路(7)に提供される直流電圧を分圧して検出する検出手段(5)と,

該検出手段(5)で検出した直流電圧を一種の制御回路に対応した所望の直流電圧と比較し,且つ駆動回路(7)に提供された直流電圧を所望の直流電圧に変換すべく該駆動回路(7)に制御信号を供給する演算処理部(6)とを具備し,

電源(1)の電圧に関わりなく前記所望の直流電圧を駆動電圧としてソレノイド(8)に供給するソレノイド駆動ポンプの制御回路であって,

前記制御信号は,駆動回路(7)に提供される直流電圧をスイッチングし,前記駆動パルス内におけるオン・オフのデューティを制御する信号であることを特徴とするソレノイド駆動ポンプの制御回路。

<審決の理由>

本件訂正発明は、特開平7-46838号公報(刊行物1)記載の発明、および特開平5-170038号公報記載の発明等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反する。

・相違点1:コイルに関し,本件訂正発明は,コイルはソレノイド駆動ポンプのポンプを駆動するソレノイドであるから,ソレノイド駆動ポンプが制御対象であって,更に,時間が一定で且つ周期的に発生される駆動パルスに応じて駆動電圧を周期的に供給して,ソレノイドを駆動するのに対し,刊行物1発明は,コイルはトランスの一次コイルであるから,トランスが制御対象である点。

【裁判所の判断】

(3) 相違点1の判断について

審決は,「ソレノイド駆動ポンプを含む電気機器や電気システムにおいて,設計上その使用に適した電圧が設定されていることは電気機器・システムにおける技術常識である。」,(中略),「自動車用の燃料ポンプとしてポンプ動作体…を往復動作するためにソレノイドが用いられるものは,…常套手段である」とし,「入力電圧の異なる複数の電源に対応することを課題とする刊行物1発明を,刊行物2記載の事項,上記技術常識,上記周知の課題,上記周知の技術及び上記常套手段の下,適用対象を本件訂正発明のソレノイド駆動ポンプとし,本件訂正発明の上記相違点1に係る構成とすることは当業者であれば容易に想到し得ることと認められる。」(審決書17~19頁)と判断した。

しかしながら,審決の上記判断は,次に述べるとおり誤りである。

本件訂正発明は,前記(1)のとおり,ソレノイド駆動ポンプの制御回路に関する発明であり,ポンプの技術分野に属するものであってその課題は,ユーザーが電源電圧の選択を必要とせず,かつ,種類が低減され,したがって,管理が容易なソレノイド駆動ポンプの制御回路を提供することである

これに対し,刊行物1発明は,前記(2)のとおり,パソコン等の電子機器に内蔵されたDC/DCコンバータの制御回路に関する発明であり,電子機器の技術分野に属する発明であってその課題は,利用者の経済的負担を軽減でき,設置面積が少なくて済み,かつ様々な電源に対応可能な電源供給手段を備えた電子機器を提供することにある

このように,刊行物1発明は,電子機器の技術分野に属するものであるのに対し,本件訂正発明はポンプの技術分野に属するものであるから,両者の技術分野は明らかに相違する。しかるに,審決は,上記のとおり,交流電源を用いる電気機器において,電源電圧が異なっていても同じ機器を使用できるようにするとの課題は周知の課題であることを理由として,ソレノイド駆動ポンプにも上記課題があるとする。しかし,これは技術分野を特定しない交流電源を用いる電気機器における課題であって,ポンプの技術分野における課題ではないし,ポンプの技術分野において当然に要求される課題であることを示す証拠もない

そもそも,本件訂正発明が属するポンプの技術分野における当業者が,ポンプとは明らかに技術分野が異なる電子機器に関する刊行物1に接するかどうかも疑問であり,また,仮に,ポンプの技術分野における当業者が刊行物1に接したとしても,刊行物1発明は,携帯型パーソナルコンピュータ等の電子機器に関するものであり,刊行物1には,ポンプについての記載はなく,刊行物1発明が技術分野の異なるポンプに対しても適用可能であることについてはその記載もなければ示唆もない。したがって,携帯型パーソナルコンピュータ等の電子機器に関する刊行物1発明をポンプに適用しようとする動機付けもないといわざるを得ない

以上によれば,刊行物1発明を本件訂正発明の相違点1に係る構成とすることが容易想到であるとした審決の前記判断は誤りである。

【所感】

一見近そうにもみえる技術分野同士の相違に基づいて進歩性を認めた裁判所の判断は興味深いが、本件では論点がずれているようにも感じた。そもそも刊行物1の技術は、DC-DCコンバータとして定電圧出力を実現するために、トランスに供給される直流電圧を全期間にわたって連続的にスイッチングしている。そのため、刊行物1には、本件発明の「時間が一定で且つ周期的に発生される駆動パルス」やその「駆動パルス内におけるオン・オフのデューティを制御する」構成について何ら記載されていない。したがって、このような構成の相違に基づいて本件発明の進歩性を認めた方がより説得力があったのではないかと考える。

また、本判決における裁判所の判断からすると、進歩性を否定する場合には、主引用発明には対象発明と同じ技術分野の発明を選定すべきである。本件発明についても、主引用発明としてソレノイド駆動ポンプに関するものを選定し、直流電圧の変換に関する副引用発明として刊行物1を選定した場合には、本件発明の進歩性が否定される可能性もあったのではないかと考える。