ソフトビニル製大型可動人形の骨格構造事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2012.8.30
事件番号 H23(行ケ)10317
発明の名称 ソフトビニル製大型可動人形の骨格構造および該骨格構造を有するソフトビニル製大型可動人形
キーワード 訂正要件
事案の内容 本件は、原告が、被告の特許に対する特許無効審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求め、その請求が棄却された事案。
明細書に直接的な記述がなくても、図面や明細書の内容から本件発明の構成を導き出している点がポイント。

事案の内容

(2)訂正前の請求項1の内容

 ソフトビニル製の外皮と、該外皮とは別体で、かつ該外皮によって覆われてソフトビニル製大型人形を構成する骨格構造であって、

 左右の脚部骨格と、該左右の脚部骨格に連結される腰部骨格と、該腰部骨格に連結される胴部骨格と、該胴部骨格と連結される左右の腕部骨格で一連の人形骨格群を構成し、

 前記胴部骨格は、腰部骨格と連結される腹骨格部と、該腹骨格部と連結される胸骨格部からなる複数骨格によって駆動可能に構成されており、

 腹骨格部は、その一端側に腰部骨格連結部を備えるとともに、他端側に胸部骨格連結部を備え、

 前記腰部骨格連結部は、腹骨格部との連結部において揺動可能に連結されるとともに、腰部骨格に備えた胴部下端骨格連結部の嵌合穴に回動可能に嵌合される第一嵌入杆を備え、

 前記胸部骨格連結部は、腹骨格部との連結部において揺動可能に連結されるとともに、胸骨格部に備えた嵌合穴に回動可能に嵌合される第二嵌入杆を備えたことを特徴とするソフトビニル製大型可動人形の骨格構造。

(3)訂正請求2の内容

<訂正事項1-ア>~<訂正事項1-キ>

・・・省略・・・

<訂正事項1-ク>

「腹骨格部は,その一端側に腰部骨格連結部を備えるとともに,他端側に胸部骨格連結部を備え,」を「前記腹骨格部は,前後・左右に揺動可能で,かつ所望位置で所望状態を維持し得るように連結される腰部骨格連結部を一端側に備え,かつ前後・左右に揺動可能で,かつ所望位置で所望状態を維持し得るように連結される胸部骨格連結部を他端側に備えており,」とすること

<訂正事項1-ケ>

「前記腰部骨格連結部は,腹骨格部との連結部において揺動可能に連結されるとともに,」を,「前記腰部骨格連結部は,分割して形成され,腹骨格部の一端側を嵌め込むとともにネジを介して一体に連結され,かつ,」とすること

<訂正事項1-コ>

「前記胸部骨格連結部は,腹骨格部との連結部において揺動可能に連結されるとともに,」を,「前記胸部骨格連結部は,分割して形成され,腹骨格部の他端側を嵌め込むとともにネジを介して一体に連結され,かつ,」とすること

<訂正事項1-サ>

・・・省略・・・

(4)訂正後の請求項1の内容

 分割して形成され、それれが着脱可能なソフトビニル製の外皮と、該それれの外皮とは別体で、かつ該外皮によって覆われてソフトビニル製大型人形を構成する骨格構造であって、

 前記骨格構造は、

左右それれの足底部を有し、左右の外皮によって覆われて、外皮との隙間を有する左右の脚部骨格と、

外皮によって覆われて、外皮との隙間を有し、該左右の脚部骨格に連結される腰部骨格と、

外皮によって覆われて、外皮との隙間を有し、該腰部骨格に連結される胴部骨格と、

左右それれの手部を有し、左右の外皮によって覆われて、外皮との隙間を有し、該胴部骨格と連結される左右の腕部骨格で一連の人形骨格群を構成し、

 前記胴部骨格は、腰部骨格と連結される腹骨格部と、

該腹骨格部と連結される胸骨格部からなる複数骨格によって駆動可能に構成され

前記腹骨格部と前記胸骨格部は、双方分割されたそれれの外皮で覆われており、

 前記腹骨格部は、

前後左右に揺動可能で、かつ所望位置で所望状態維持るように連結される腰部骨格連結部を一端側に備え、かつ前後左右に揺動可能で、かつ所望位置で所望状態維持るように連結される胸部骨格連結部を他端側に備えており、

 前記腰部骨格連結部は、

分割して形成され、腹骨格部の一端側を嵌め込むとともにネジして一体に連結され、かつ、腰部骨格に備えた胴部下端骨格連結部の嵌合穴に回動可能に嵌合される第一嵌入杆を備え、

 前記胸部骨格連結部は、

分割して形成され、腹骨格部の他端側を嵌め込むとともにネジして一体に連結され、かつ、胸骨格部に備えた嵌合穴に回動可能に嵌合される第二嵌入杆を備え、

 前記腰部骨格連結部における腹骨格部と揺動可能に連結される部と、第一嵌入杆と嵌合穴とが回動可能に連結される部は、それれ腹骨格部と腰部骨格を覆う外皮によって外部から直視されないように覆われており、

 前記胸部骨格連結部における腹骨格部と揺動可能に連結される部と、第二嵌入杆と嵌合穴とが回動可能に連結される部は、それれ腹骨格部と胸骨格部を覆う外皮によって外部から直視されないように覆われており、

 前記腕部骨格は肩部の骨格を有し、少なくとも前記肩部の骨格に、腕部骨格を覆う外皮の一端が嵌着されており、

 前記一連の人形骨格群を構成する前記各骨格が着脱可能であることを特徴とするソフトビニル製大型可動人形の骨格構造。

(5)争点

 ・訂正請求2の適法性の判断の誤り(取消事由1)

 ・第1商品発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)

 ・甲3発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由3)

 ・第2商品発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由4)

 

 

【裁判所の判断】

 1 訂正請求2の適法性の判断の誤り(取消事由1)について

(1) 訂正事項1-クにつき

 原告は、願書に添付した明細書及び図面には「揺動」という文言に関する説明が一切なく、本件発明において「揺動」という動きの意味が確定しない以上、訂正事項1-クが新たな技術的事項を導入するものであるのか否か自体の判断ができないし、被告自身が「回動」と「揺動」を異なる概念として用いていると説明している以上、訂正事項1-クは、回動を根拠としての訂正では別の技術的事項を導入することになるのは明らかであって、特許法134条の2第5項において準用する同法126条3項の規定に違反すると主張する。

 しかしながら、「揺動」とは、文字どおり「揺れ動こと。揺り動かすこと。」(「広辞苑」第五版)を意味する。そして、本件訂正にして基準とすき本件特許の願書に付した明書、特許請求の範囲図面(以下「本件特許明」という。)の段落【0019】の「……図8(a)(b)に示す腹骨格部C1は、両端に設けた夫々の第一玉部(図面上で下側)52と第二玉部(図面上で上側)53を、夫々回動可能に嵌め込んだ断面視略U字状の腰部骨格連結部51と胸部骨格連結部56からなり……本実施形態では、胴部骨格Cを、腹骨格部C1と胸骨格部C2の二部構成とし、かつ腰部骨格Bと腹骨格部C1との連結部およびこの腹骨格部C1と胸骨格部C2との連結部を夫々玉52、53を介して回動可能な構造とした……本実施形態において、第一玉部52と第二玉部53を嵌め込む夫々の嵌め込み部51a・51aと56a・56aは、各第一玉部52と第二玉部53を嵌め込んだ時に、腰部骨格連結部51および胸部骨格連結部56が所望位置でその状態(例えば、左右いずれかの方向に所望角度をもって傾斜している状態)を維持できるように、各第一玉部52と第二玉部53が夫々緊密に摺接するよう構成するのが好ましい。このとき、嵌め込み部51a・51aと56a・56aは、夫々の曲面の曲率が各第一玉部52と第二玉部53の曲率と同一若しくは近似するものとする。……腰部骨格連結部51と胸部骨格連結部56は、夫々が前後左右に回動可能(図8中、矢印Y1乃至Y4 で示す前後方向、矢印Y5 乃至Y8 で示す左右方向)……」との記載、及び【2】、【8】(本件特許の願書に添付した図面については、別紙参照)に記載されている「腰部骨格連結部51」、「胸部骨格連結部56」の構造からすると、それれの連結部が、前後にも左右にも揺れ動ことが可能であること、すなわ、前後左右に揺動可能であることは明らかである。

 したがって、本件発明の「揺動」の意味は明確であり、また、訂正事項1-クは、上記特許明細書等に記載した事項から自明な事項の範囲内において訂正したものと

認められるから、新たな技術事項を導入するものとはいえない。

 よって、訂正事項1-クは、特許法134条の2第5項において準用する同法126条3項の規定に違反するということはできず、原告の主張は採用できない。

(2) 訂正事項1-ケ及び同1-コにつき

 原告は、腰部骨格連結部51の正面図にはネジに該当する部材が表れておらず、本件特許明細書等の段落【0019】の記載や【図1】、【図2】、【図8】(a)(b)からは、分割して形成された腰部骨格連結部がネジを介して一体に連結されたものであることが開示されているとはいえず、また、胸部骨格連結部56の正面図にもネジに該当する部材が表れておらず、段落【0019】の記載や【図1】、【図2】、【図8】(a)(b)からは、分割して形成された胸部骨格連結部がネジを介して一体に連結されたものであることが開示されているとはいえないから、段落【0019】の記載や【図1】、【図2】、【図8】(a)(b)に基づいて、「腰部骨格連結部」が「分割して形成され、……ネジを介して一体に連結され」たものと減縮する訂正事項、及び「胸部骨格連結部」が「分割して形成され、……ネジを介して一体に連結され」たものと減縮する訂正事項は不適法であると主張する。

 確かに、腰部骨格連結部51の正面図(【図1】、【図8】(a))には、ネジに該当する部材は記載されていない。しかしながら、本件特許明の段落【0025】の「……そして、上記連結片81を、被連結部86の嵌入溝85に嵌入すると共に、ネジ87を介して回動可能に一体的に連結される。なお、本実施形態において、上記連結片81は略玉状の被連結部86の径と同径とし、連結時に両者81、86によって全体玉状を構成している。……」との記載、【12】()、()の図示、及び、図面み方として、に実かれている合、その部は実かれている所で2つに分割されているとするのが一般的であることからすると、腰部骨格連結部51は、【8】()にされるによって分割され、【8】()に「」記号でされるネジして一体に連結されているものと認められる。た、胸部骨格連結部も同に、【8】()にされるによって分割され、【8】()に「」記号でされるネジして一体に連結されているものと認められる。

 したがって、訂正事項1-ケ及び訂正事項1-コは、特許明細書等に記載した事項の範囲内において訂正したものと認められ、原告の主張は採用できない。

(3) 以上のとおり、本件審決の訂正請求2の適法性の判断には、原告主張の誤りはなく、取消事由1は理由がない。

 2 第1商品発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

・・・省略・・・

(イ) 原告は、「嵌着」なる用語には、「くぼみに入れて固定する」という意味以外にも「嵌める」という意味があり、また、本件発明は、「少なくとも肩部の骨格に、腕部骨格を覆う外皮の一端が嵌着されている」という構成を備えたものであり、段落【0033】に記載された構成に限定されたものではないから、本件発明における「嵌着」なる用語は「嵌める」という意味も持つと解釈され、そうすると、本件発明における「少なくとも肩部の骨格に、腕部骨格を覆う外皮の一端が嵌着されている」という構成は、甲13、甲17に開示されていると主張する。

 しかしながら、原告は、「嵌着」に「嵌める」という意味があるということを示す証拠を何ら提出しない。発明の容易想到性を判断する前提としての発明の要旨認定は、原則として特許請求の範囲の記載に基づいてされなければならないところ、その用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用しなければならない(特許法施行規則24条の4様式第29の2)。本件審決は、「嵌」の意味を、広辞苑に記載された「嵌める」の意味とともに、訂正請求2による訂正後の明書(以下、「訂正後明書」という。54の2)段落【0033】の記載を参酌して、「くぼみに入れて定しける」ことを意味すると解釈したものであるが、その解釈方法は、「嵌」の用が「嵌めてける」ことを意味することは文上明らかであるところ、同文上の意味が上記段落【0033】から取れる「嵌」の意味くぼみに入れて定しける」と合することを確認したものと理することができ、当なものというきである。そして、甲13の3、4及び甲17の3、4には、内部の骨格に外皮を単に被せる構成しか開示されていないから、原告の主張は理由がない。

 

【所感】

 構造の発明では、形状や機能についてできるだけたくさんの表現を記載しておくことが好ましいといえる。しかし、拒絶理由対応時などでは引用文献との関係で出願当初には請求項に入れる予定のなかった構成を必要に迫れて請求項に加える場合があり、このような構成についても多くの表現を予め用意しておくことは容易ではない。よって、構造の発明では、発明を表した図面の数を多くすることが好ましい。発明を様々な方向から見た図面や、発明の一部を拡大した図面等があれば、これから形状や機能、具体的な構成を導き出せる場合があるためである。