スーパーオキサイドアニオン分解剤事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.03.23
事件番号 H22(行ケ)10256
発明の名称 スーパーオキサイドアニオン分解剤
キーワード 用途発明
事案の内容 無効審判請求の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
本事案は、白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術が新規な方法(用途)と言えるか否かの判断において用途発明の認定要件が示された点がポイントである。

事案の内容

本件は、特許第4058072号に対する無効審判請求について、請求不成立の審決がなされたことに対し、これを不服とする原告が、その取消を求めた事案である。

 

1.審決の概要:

審決では、甲1,2及び甲3の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮した上で、本件特許発明の進歩性が認められた。

甲1:特開2002-212102号公報/甲2:特開2001-122723号公報

甲3:論文集(詳細は省略)

 

2.本件特許発明

本件特許発明は、生体内で生成される活性酸素のうちO(スーパーオキサイドアニオン)及び一酸化窒素を効率よく消失させ、生体内における活性酸素の過剰状態を解消する手段を提供することを課題とする(段落0009)。

[請求項1]

ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で

金属塩還元反応法により調整され,

顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm 以下の白金の微粉末からなる

スーパーオキサイドアニオン分解剤。

(なお,構成の各分説及びその符号は,審判におけるものである。)

 

3.各引例の内容

(1)甲1の記載内容:

金属塩還元法により製造された、単一粒子径が10nm以下の白金が分散した白金コロイド溶液が記載されている。また、(i)白金微粉末の性質ないし用途に関して、過酸化水素水の分解反応を触媒すること、(ii)各種病気の症状改善に効果があること、が記載されている。

(2)甲2の記載内容:

還元処理と、ろ過処理とを順に行うことによって製造されたナノサイズの白金コロイドを分散させた化粧品が記載されている。また、上記白金コロイドが過酸化水素の分解作用を有すること、及び、上記化粧品が各種症状を改善したことが記載されている。

 

4.審決の理由

審決では、本件特許発明と甲1との相違点を構成Dとし、本件特許発明と甲2との相違点を構成A-Dと認定した。特に、甲1との相違点の認定については、以下のように説明している。

甲1に記載されている白金粉末を飲料水として使用した場合の効果と,本件特許発明に記載されている白金粉末を飲料水として使用した場合の効果とは,一部共通するが,本件特許発明の白金粉末は「スーパーオキサイドアニオン分解剤」として規定されているところ,スーパーオキサイドアニオン分解剤としては甲1記載以外の効果も奏するものであり,また,本件優先日当時,甲1記載の飲料水として使用した場合の効果がスーパーオキサイドアニオン分解剤としての効果であるとの知見はなかったから,構成D(スーパーオキサイドアニオン分解剤)の点は相違点である。

 

5.裁判所の判断

(1)結論:

本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであり,新規性を欠くことになるから,これと異なる認定,判断をした審決には誤りがある。

(2)理由:

一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,

《1》その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,

《2》その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,

《3》その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価される

ような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある。

もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,…「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。

本件特許発明の構成A-C記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる。そして,本件補正明細書の記載によれば,《1》スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病が存在すること,《2》構成A-Cに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,本件特許発明は,構成A-Cに該当する白金微粉末を,…「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。

他方,甲1には,構成A-Cに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される。

以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,…新規な方法(用途)とはいえないのであって,…構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。…一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎない…

 

【解説】

本件は、新規性違反の例外としての用途発明が認められるための要件があらためて確認された判決である。特に、本件では、その用途が明示的に開示されていない場合であっても、実質的に開示されていると認められるならば、用途発明として認定されないことが判示された。

以上

 

 

【参考】審査基準より抜粋(第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性P7-8)

《2》 用途限定が付された物の発明を用途発明と解すべき場合の考え方

一般に、用途発明は、ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明と解される。

参考判決: 東京高判平 13.4.25(平成 10(行ケ)401)、東京地判平 4.10.23(平成 2(ワ)12094)、東京高判平 12.7.13(平成 10(行ケ)308)、東京高判平 12.2.10(平成 10(行ケ)364)

そして、請求項中に用途限定がある場合であって、請求項に係る発明が、ある物の未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途に適することを見いだしたことに基づく発明といえる場合には、当該用途限定が請求項に係る発明を特定するための事項という意味を有するものとして、請求項に係る発明を、用途限定の観点も含めて解することが適切である。したがって、この場合は、たとえその物自体が既知であったとしても、請求項に係る発明は、用途発明として新規性を有し得る(例 4)。

ただし、未知の属性を発見したとしても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮し、その物の用途として新たな用途を提供したといえなければ、請求項に係る発明の新規性は否定される。また、請求項に係る発明と引用発明とが、表現上の用途限定の点で相違する物の発明であっても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮して、両者の用途を区別することができない場合は、請求項に係る発明の新規性は否定される。(例 5、例 6)

 

例 4:「特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物」

「特定の4級アンモニウム塩を含有する電着下塗り用組成物」と、「特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物」とにおいて、両者の組成物がその用途限定以外の点で相違しないものであったとしても、「電着下塗り用」という用途が部材への電着塗装を可能にし、上塗り層の付着性をも改善するという属性に基づくものであるときに、「船底防汚用」という用途が、船底への貝類の付着を防止するという未知の属性を発見し、その属性により見いだされた従来知られている範囲とは異なる新たな用途である場合には、この用途限定が、「組成物」を特定するための意味を有することから、両者は別異の発明である。

 

例 5:「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」

「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が、骨におけるカルシウムの吸収を促進するという未知の属性の発見に基づく発明であるとしても、「成分Aを添加したヨーグルト」も「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」も食品として利用されるものであるので、成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が食品として新たな用途を提供するものであるとはいえない。したがって、「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」は、「成分Aを添加したヨーグルト」により新規性が否定される。なお、食品分野の技術常識を考慮すると、ヨーグルトに限らず食品として利用されるものについては、公知の食品の新たな属性を発見したとしても、通常、公知の食品と区別できるような新たな用途を提供することはない。

 

例 6:「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」

「成分Aを有効成分とする肌の保湿用化粧料」が、角質層を軟化させ肌への水分吸収を促進するとの整肌についての属性に基づくものであり、一方、「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」が、体内物質Xの生成を促進するとの肌の改善についての未知の属性に基づくものであって、両者が表現上の用途限定の点で相違するとしても、両者がともに皮膚に外用するスキンケア化粧料として用いられるものであり、また、保湿効果を有する化粧料は、保湿によって肌のシワ等を改善して肌状態を整えるものであって、肌のシワ防止のためにも使用されることが、当該分野における常識である場合には、両者の用途を区別することができるとはいえない。したがって、両者に用途限定以外の点で差異がなければ、後者は前者により新規性が否定される。

 

(注 1) 一般に、ある物の未知の属性の発見に基づき、その物の使用目的として従来知られていなかった一定の目的に使用する点に創作性が認められた発明は、用途発明として新規性を有し得るとされる。そして、この用途発明の考え方は、一般に、物の構造や名称からその物をどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野(例:化学物質を含む組成物の用途の技術分野)において適用される。他方、機械、器具、物品、装置等については、通常、その物と用途とが一体であるため用途発明の考え方が適用されることはない。

(注 2) 請求項に係る発明が、その物の属性に基づく新たな用途を提供したといえるものである場合であっても、既知の属性や物の構造等に基づいて、当業者が、当該用途を容易に想到することができたといえる場合は、当該請求項に係る発明の進歩性は否定される(東京高判平 15.8.27(平成 14(行ケ)376))。

(注 3) 記載表現の面から用途発明をみると、用途限定の表現形式を採るもののほか、いわゆる剤形式を採るものや使用方法の形式を採るものなどがある。上記の取扱いは、用途限定の表現形式でない表現形式の用途発明にも適用され得るが、1.5.1(4)に示した趣旨から、その適用範囲は、請求項中に用途を意味する用語がある場合(例えば、「~からなる触媒」、「~合金からなる装飾材料」、「~を用いた殺虫方法」等)に限られる。