スロットマシン事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.12.26
事件番号 H23(行ケ)10030
発明の名称 スロットマシン
キーワード 訂正の適否
事案の内容 本件は、原告が、被告の特許に対する特許無効審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求め、その請求が認められた事案。
「フラグ」は、一般的には1ビットのデータを表しているため、本件明細書に「フラグ」が複数ビットのデータであることを示唆する記載はない場合には、1ビットのデータであると判示した点がポイント。

事案の内容

(1)本件訂正発明1の要旨

 1ゲームに対して所定数の賭数を設定することによりゲームを開始させることが可能となり、各々が識別可能な複数種類の識別情報を変動表示させる可変表示装置に表示結果が導出されることにより1ゲームが終了し、該可変表示装置に導出された表示結果に応じて入賞が発生可能であるとともに、遊技の進行を制御する遊技制御用マイクロコンピュータを備えるスロットマシンにおいて、

 前記遊技制御用マイクロコンピュータは、

 前記可変表示装置に表示結果が導出される以前に、前記可変表示装置の表示結果として予め定められた複数種類の入賞表示結果をそれぞれ導出させることを許容するか否かを、入賞表示結果の種類毎に決定する事前決定手段と、

 前記事前決定手段が入賞表示結果を導出させることを許容する旨を決定する割合が異なる複数種類の許容段階のうちから、いずれかの許容段階を選択して設定する手段であって、前記スロットマシンの内部に設けられた許容段階設定操作手段を操作することにより、いずれかの許容段階を選択して設定する許容段階設定手段と、

前記事前決定手段により決定を行う前に、所定のタイミングで所定の範囲内において更新される数値データを、ゲーム毎に判定用数値データとして前記遊技制御用マイクロコンピュータが備える判定領域に入力する数値データ入力手段と、

 前記判定領域に入力された判定用数値データに対して前記事前決定手段が導出を許容する旨を決定することとなる判定値の数を示す判定値データを記憶する手段であって、

 前記事前決定手段により導出の許容が決定される確率の調整を行う際に該調整を前記許容段階の種類毎に行うことが不要とされたいずれか1種類以上の入賞表示結果について、該調整の結果により確定された判定値の数を示す判定値データを、前記複数種類の許容段階に共通して記憶するとともに、

 前記許容段階に共通して判定値データが記憶されていない2種類以上の入賞表示結果について、前記調整の結果により確定された判定値の数を示す判定値データを、前記許容段階の種類に応じて個別に記憶し、

 さらに、前記複数種類の許容段階に共通して判定値データが記憶されているか該許容段階の種類に応じて個別に判定値データが記憶されているかを区別するための区別データを、前記許容段階の種類に応じて区分することなく、入賞表示結果の種類毎に記憶する判定値データ記憶手段とを備え、

 前記事前決定手段は、前記許容段階設定手段により設定された許容段階に対応して前記判定値データ記憶手段に記憶された判定値データを入賞表示結果の種類毎に前記区別データに従って読み出し、該読み出した判定値データに応じて、前記判定領域に入力された判定用数値データが前記入賞表示結果の種類毎に導出を許容する旨を示しているか否かを判定する判定手段を備え、該判定手段により導出を許容する旨を示していると判定された種類の入賞表示結果の導出を許容する旨を決定し、

 前記判定値データ記憶手段は、前記許容段階の種類に応じて個別に記憶する判定値データとして異なる判定値の数を示す異数判定値データと、前記許容段階の種類に応じて個別に記憶する判定値データとして同一の判定値の数を示す同数判定値データとを、前記入賞表示結果の種類を単位として記憶する

 ことを特徴とするスロットマシン。

(2)審決では、本件訂正は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、または明瞭でない記載の釈明を目的とし、特許請求の範囲の減縮または明瞭でない記載の釈明については明細書等に記載されている事項の範囲内のものであり、誤記の訂正については明細書等に記載されている事項の範囲内であり、実質上特許請求の範囲を拡張しまたは変更するものではないと判断された。また、本件訂正発明1は、特許第3474804号公報(甲1)に記載された発明および甲2ないし甲14に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に想到できたものではないと判断された。

(3)これに対して、原告は、本件訂正の適否に関する判断の誤り(取消事由1)、本件訂正発明1の構成についての容易相当性判断の誤り(取消事由2、3)があるとして審決の取り消しを求めた。

 

 

【裁判所の判断】

 1 取消事由1(本件訂正の適否に関する判断の誤り)について

 訂正が、願書に添付された本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたというためには、当該訂正が、当業者によって、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであることを要すると解すべきである。

 そこで、本件訂正における「区別データ」が、本件訂正前の本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるかを検討する。

 (1) 認定事実

 ・・・(省略)・・・

 (2) 判断

 上記(1) の認定に基づいて判断する。

 ア 上記(1) 認定のとおり、本件明細書の段落【0009】、【0021】、【0025】、【0091】、【0126】、【0127】、【0147】、【0153】、【0161】に「共通フラグ」の記載があるが、「区別データ」の記載はない。また、本件明細書の上記各段落及び段落【0013】、【0090】、【0125】、図3、図8によれば、「共通フラグ」は、判定値データ(判定値数)が、設定値にかかわらず共通である場合に設定されること、全ての許容段階の種類に共通して判定値データを記憶するのでなければ、判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する(設定値についての共通フラグは未設定)こと、判定値数が賭け数(BET数)にかかわらず共通である場合に設定される(判定値数が設定値数、賭け数の両方にかかわらず共通であれば両方のフラグが設定される)としてもよいこと、実施例においては、抽選処理の過程で、現在の遊技状態に応じた遊技状態別テーブルに登録された役について順番の処理対象として「共通フラグ」の設定状態が参照され、設定値と賭け数のいずれについても「共通フラグ」が設定されているか否かが判定されることが、それぞれ開示されている。すなわち、これらの記載から、「共通フラグ」は、全ての許容段階の種類に共通して判定値データを記憶するか、そうでない(判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する)かという2つの記憶形態を表すものであることがわかる。

 そして、「フラグ」という語の技術的意味を検討すると、「ある条件が成立していることを示す変数」(甲21)、「ある条件やイベントの発生を知らせるための表示。例えばプログラムにおいてオーバフローやけた上げが生じたことを、それ以後のプログラム部分に知らせるために用いられるシンボルやディジットのこと。」(甲28)、「実行中のプログラムの状態を表すレジスタや変数のこと。プログラム実行中に特定の条件が成立したかどうかを表す値を持つことが多い。『フラグを立てる』などという表現を使う。一般的には、ON/OFFや0、1などでフラグの状態を表す。」(甲29)、「スイッチ点の設定状態を決定したり示したりする標識」(乙1)などの説明がされている。

 そうすると、「フラグ」は、ある条件が成立しているか否かという、2者のうちのいずれの状態であるかを知らせるために用いられる標識であるから、当業者にとって、「フラグ」は、1ビットのデータであると理解される。そして、本件明細書において、「共通フラグ」の「フラグ」の語が、上記と異なる意味を指すものとして用いられている事情はないから、当業者は、「共通フラグ」は1ビットのデータと認識すると考えられる。

 また、本件明細書の上記各記載及びその他の記載によっても、判定値データを詳細に区分し、その区分毎に判定値データを共通して記憶するか否かを判定するなど、「共通フラグ」のビット数を、2進法に基づく1ビットのデータだけでなく、多ビットのデータとしたり、8進法、16進法等のデータとするような例は開示されていない。段落【0013】、【0147】の記載によれば、判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する(設定値についての共通フラグが未設定)とは、全ての許容段階の種類に共通して判定値データを記憶する場合でない限りは、これに該当するとされるが、これは、判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する形態として、許容段階と判定値データとを1対1で記憶する形態以外の記憶形態を採用してもよいことを示すにすぎず、判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する記憶形態そのものを複数種類にすることを示すものではないから、「共通フラグ」を1ビットのデータ以外のものとすることは、本件明細書において示唆もされていないと解すべきである。

 さらに、段落【0006】ないし【0008】、【0012】に、判定値データのデータ量を抑えると共に量産機種までの開発が容易なスロットマシンを提供することが発明の解決課題とされている旨記載されていることに照らすならば、「共通フラグ」は、判定値データを共通化して、開発用の機種における判定値データの記憶態様を量産用の機種にそのまま転用できるようにし、かつ、判定値データ記憶手段の記憶容量の低減を図る目的で採用されたことが理解される。判定値データを許容段階に関わらずに共通化して格納するか否かの判断を、スロットマシン開発のシミュレーションによる確率調整の前に行う場合(このような判断が行われることは、段落【0137】、【0140】、【0141】から示唆される。)、共通化して格納するものと判断された判定値データは、その記憶形態を事後的に変更しない限り、許容段階に応じて判定値データを個別に記憶することができなくなるが、このような制約を伴っても、上記の目的を達成することを意図して、許容段階に関わらず判定値データを共通化して格納するか否かの判断を確率調整の前に行うこととした以上、全ての許容段階の種類に共通して判定値データを記憶する記憶態様と、それ以外の記憶態様(判定値データを許容段階の種類に応じて個別に記憶する記憶態様)の2つが重要であって、スロットマシン開発における確率調整の前の段階で、より多くの種類の記憶態様を許容することは、上記の発明の解決課題に沿わないというべきである。

 以上によれば、当業者は、本件明細書の全ての記載を総合することにより、「共通フラグ」について、設定値についての1ビット(賭け数についての1ビットのフラグを設定する場合は併せて2ビット)のデータであるとの技術的事項を導くことが認められる。

 イ 他方、本件訂正に基づく「区別データ」は、「複数種類の許容段階に共通して判定値データが記憶されているか該許容段階の種類に応じて個別に判定値データが記憶されているかを区別する」ためのデータであって、「フラグ」であるとの限定や1ビットであるとの限定もないから、1ビットを超えるデータを含むと理解される。

 また、1ビットを超えてビット数を増大させることができるならば、判定値データの分類を限りなく細かく設定することができるので、上記解決課題に沿わないような記憶態様を作出することが可能となる。すなわち、本件訂正に基づき請求項1に「区別データ」を加入することは、単に、1ビットを超えるデータを含むことになるのみならず、願書に添付された本件明細書に開示された発明の技術思想、解決課題とは異質の技術的事項を導入するものというべきである。

 ウ そうすると、本件訂正に基づき請求項1に「区別データ」を加入することは、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入することになる。したがって、「前記複数種類の許容段階に共通して判定値データが記憶されているか該許容段階の種類に応じて個別に判定値データが記憶されているかを区別するための区別データ」が、「共通フラグ」について記載した段落【0091】から自明な事項であるとして、本件訂正が、本件訂正前の本件明細書に記載された事項の範囲内においてしたものとした審決の判断は誤りというべきである。

 エ これに対し、被告は、「フラグ」は「設定状態を示す標識」(乙1)であり、「データが記憶されているかを区別するための区別データ」を概念的に含む技術的事項である旨主張する。

 しかし、被告の主張は失当である。上記アのとおり、「フラグ」は、一般的には1ビットのデータを表し、例外的に複数ビットのデータを意味することがあり得るとしても、本件明細書の記載に照らすならば、本件で「共通フラグ」の「フラグ」が複数ビットのデータであることを示唆する記載はなく、被告の主張は採用できない。

 

 

【所感】

 裁判所は、「区別データ」は、1ビットを超えるデータを含むことから、判定値データの分類を限りなく細かく設定することができるので、本願の解決課題に沿わないような記憶態様を作出することが可能と指摘しています。

 しかし、「区分データ」は、「《1》前記複数種類の許容段階に共通して判定値データが記憶されているか」と「《2》該許容段階の種類に応じて個別に判定値データが記憶されているか」を区別するための区分データと具体的に記載されていることから、裁判所が指摘するような「判定値データの分類を限りなく細かく設定する」構成は含まれないと思われます。

 この《1》《2》を区別するための方法を1ビットのフラグに限定するのはやや特許権者に酷であると思われます。

 今後明細書に「フラグ」を記載するときは、その機能や役割、代替性、1ビットに限定されない旨などを記載すべきであると思います。