スプレー缶製品事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2018.03.20
事件番号 H26(ワ)6361
担当部 大阪地裁
発明の名称 スプレー缶製品
キーワード 測定方法、プロダクトバイプロセスクレーム
事案の内容 特許第5396136号の侵害訴訟の第1審であり、侵害が認められたが、侵害品の占める割合で減額された。なお、この判決がされるよりも前の2017.12.25に審決がなされた無効審判(無効2016-800058)では、本裁判で主張されなかった進歩性欠如、サポート要件違反を理由として請求項1,6,8に無効審決がされた(未確定)。

事案の内容

【ポイント】
 灰分(かいぶん)の測定方法について、被告製品の灰分の測定方法としては,被告製品の内容物をそのまま試料として用いるべきであって,不純物が含まれるとして,その一部を除去した対象を試料として測定した被告の測定結果(乙6)は採用できない、とされた。PBP最高裁判決(2015.6.15)前の2013.10.25に登録され、クレームの特徴(C)は、PBP風の記載だが、明確性違反は否定された。
 
【請求項1】
A 噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
B 上記吸収体が,灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され,
C 上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,
D かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体,または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層である
E ことを特徴とするスプレー缶製品。
 
【争点】
(1) 特定被告製品が本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)(争点1)
ア 構成要件B及びFの充足性(争点1-1)
イ 構成要件Cの充足性(争点1-2)
ウ 構成要件G,H及びIの充足性(争点1-3)
Fは、灰分を1重量%以上12重量%未満という限定(請求項2)、Hは、ガスが噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガス(請求項6)、G、Iは、Eと同じ
(2) 特定被告製品が本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否)(争点2) 文言侵害とされたので、判断されていません。
(3) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点3)
ア 実施可能要件違反(争点3-1)
イ 明確性要件違反(争点3-2)
(4) 特定被告製品の製造,販売等の差止め及び特定被告製品等の廃棄の必要性(争点4)
(5) 原告が受けた損害の額(争点5)
 
【裁判所の判断】
1 争点1-1(特定被告製品が本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件B及びFの充足性)
(1) 原告は,入手した被告製品の灰分量を測定し,その測定結果(甲7,甲14,甲15,甲22(枝番号を含む。以下同じ。))に基づき,被告製品のほぼ全量が灰分含有量を特定した特定被告製品であり,構成要件B及びFを充足する旨主張するところ,被告は,原告の用いた灰分量の測定方法そのものから争い,被告の測定方法及び測定結果(乙6)によれば,被告製品は構成要件B及びFを充足しないと主張する。
(3) 原告と被告が実施した測定方法の違いは,
①原告は,試料となるセルロース繊維集合体をガス充填後のものを用い,被告は前のものを用いていること,
②原告は,二つ以上の試料を用い,灰分量の計算の前提となる絶乾質量を2回の絶乾率測定の平均値を用いて算出しているが,被告はそうではないこと,
③原告は,被告製品の内容物をそのまま試料としているが,被告は,これから不純物を除去している
という3点にある。
 ①の点については,本件発明の構成要件AとBの関係から,灰分の含有量は,ガス充填後の試料を対象として測定すべきことは明らかであるが,他方で,被告が自らした測定結果(乙5)によれば,ガスの充填の有無は灰分量に影響しないと認められるから,この点で原告と被告の測定方法の優劣が決せられるとはいえない。
次いで②の点については,被告が主張するように,被告製品における灰分量の測定については,JIS P8251は参考にとどまるから,二つ以上の試料からの測定が必須とならないという考えもあり得るが,被告自身の測定結果からも明らかなように,被告製品は,製品ごとの灰分量にばらつきがあるから,このように均一さが明らかでない試料を対象とする場合には,測定誤差をなくすため,少なくとも二つ以上の試料を対象に測定を行う方が相当といえ,したがって,これをしたことが明らかではない,被告の測定結果の信頼性はやや劣るものということができるが,被告製品では,個々の製品ごとの灰分量のばらつきが相当あることから,この点をもって,当該測定結果を,直ちに排除すべきほどの瑕疵とはいえない。
 最後の③の点については,被告のした測定結果(乙6)から明らかなように,灰分量の測定結果に直接影響を及ぼすものであるところ,以下に検討するとおり,本件発明にいう「セルロース繊維集合体」は,被告製品の内容物をいい,不純物が混入することも予め想定されているから,灰分量の測定は,被告製品の内容物をそのまま試料とすべきであり,これと異なり,これから不純物を除去したものを試料に用いた被告の測定結果(乙6)は採用できないということになる。
 すなわち,本件明細書の記載によれば,本件発明にいう「セルロース繊維集合体」は,古紙等の原料を粉砕,解繊し,微細化したものの集合体を指すものであって,セルロース繊維のみではなく,製紙工程で古紙原料に添加される炭酸カルシウムやタルク等の無機物質が含まれることが想定されているというのであり(本件明細書の段落【0027】,【0028】,【0039】,【0049】),また原料が古紙等に由来するものも含むということに加え,構成要件A及びBからすると,「セルロース繊維集合体」は,スプレー缶の内容物を指すと解されるから,その収容に至るまでの一連の製造工程において塵や埃状の物質が混入することも避けられないと考えられるが,本件明細書に記載された灰分の測定方法(段落【0087】)には,混入物を除去することを示唆する記載は一切ない。
 また,実際問題として,被告が主張するように,被告製品に塵や埃状の物質,あるいは製造過程で意図せず混入した錆や塗料等に由来するものがあるとしても,除去すべきではないセルロース繊維は完全に残し,他方で,それ以外の不純物のみを完全に除去し切れるとはおよそ考えられないから,そのような作業は灰分量を測定する上で想定されているとは考えられない(被告の測定方法を説明した陳述書(2)(乙7)をみても,被告のいう不純物が,古紙由来の物質であるのか否かを的確に識別できるとは考えられない。)。したがって,被告製品の灰分の測定方法としては,被告製品の内容物をそのまま試料として用いるべきであって,不純物が含まれるとして,その一部を除去した対象を試料として測定した被告の測定結果(乙6)は採用できない。
(4) 被告製品の構成
 上記(3)で検討したところによれば,被告製品の灰分量の測定は,原告がしたように,①被告製品のガス充填後であって,②スプレー缶の内容物から不純物を取り除かないそのままを試料として,③灰分量の計算の前提となる絶乾質量を2回の絶乾率測定の平均値を用いて算出するという方法によるべきであるところ,これによって原告のした測定結果(甲7,甲14,甲15,甲22)によれば,第2世代製品について1本(甲14の4)が,吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%未満であることが認められるが,それ以外は,すべて吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%以上12重量%未満の範囲に属するものと認められる。
 他方,被告においても,上記①ないし③の条件を満たす測定方法に従い,検査機関に被告製品の灰分量の測定検査を委託しているが,その結果(乙23)では,吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%以上12重量%未満の範囲に属するものが,第1世代製品につき10本中5本,第2世代製品につき90本中56本であったことが認められており,不純物を除去しない測定方法によったとしても,なお原告と被告のそれぞれの測定結果に相当の乖離がある。このように測定方法を統一しても,被告製品の灰分量の測定結果についての原告と被告との対立は解消していないが,被告が上記条件を満たす測定方法を用いた測定の委託先は第三者機関であって,その測定結果の信頼性を疑わせる事情は認められないし,その測定は同一機会に同一条件下で100本の検体の測定を実施したものであることに照らせば,本件においては,被告製品の灰分量の測定結果について,上記被告が委託した検査機関の測定結果(乙23)によることが相当である。
 そして,その測定結果では,第1世代製品と第2世代製品では,検体の数に差があり,また被告製品中,構成要件B及びFを充足する灰分量を有する製品の割合に差異があるが,その差異は50%と約62%にとどまっていて,灰分含有率の分布にもそれほど変わりはないことからすると,第1世代製品と第2世代製品を区別せずに,被告製品のうち本件発明1,2及び6の技術的範囲に属する特定被告製品の割合を認定するのが相当である。
 そうすると,被告製品のうち特定被告製品に該当する割合は61%であると認められる。
(5) 以上より,被告製品のうち61%は,灰分含有量を特定した特定被告製品であるものと認められ,この特定被告製品は,構成要件B及びFを充足していると認められる。
 
2 争点1-2(特定被告製品が本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件Cの充足性)
(1) 構成要件Cの解釈について
ア 構成要件Cの「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」につき,原告は物の発明としてのスプレー缶製品の構成部材である吸収体の客観的な構成を特定するものでしかないと主張しているのに対し,被告はスプレー缶に収容される前の段階で予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し,次いで上記吸収体をスプレー缶に収容することを意味すると解すべきであると主張している。
 被告の主張は,構成要件中,「成形」,「収容」,「配設」という文言が工程を意味しており,その先後関係が問題となることから製造方法を特定しているというものであるが,構成要件中に明示的な形で吸収体のスプレー缶内への収容と吸収体の成形の時間的な先後関係が触れられているわけではないから, この部分は,スプレー缶製品が完成した段階で,吸収体が客観的な構成として,スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されているということを特定したと解することも可能である。
イ そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,「セルロース繊維集合体のスプレー缶1への充填方法は,任意に選択することができる。通常は,予め一定量を集積させ,スプレー缶の内径に応じた円柱ブロック状に圧縮した繊維集合体に形成し,スプレー缶1に直接充填する。」(段落【0054】)との記載,「図4(c)のモノブロック缶の場合は,…減容圧縮成形工程において圧縮容器5にて二軸圧縮される成形体の外径を,頭部15の開口内径と一致させて,加圧圧縮された円柱ブロック状圧縮成形体を,頭部15の開口から充填することを繰り返し,所定重量の吸収体2とすることができる。その後,図5(a),(b)に示すように,吸収体2の表面を略平面状に整え,蓋状部材4を構成する発泡性樹脂の原料を充填して,吸収体2表面を均一に覆って,発泡させる。これにより,図5(c)に示すように,吸収体2の表面を保護する蓋状部材4を配置して,その上方に形成される空間12と区画することができる。図4(a),(b)に示す缶構成において,この方法を採用して蓋状部材4を形成することもできる。」(段落【0080】)との記載があって,少なくとも被告の構成要件Cの解釈,すなわち予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し,次いで上記吸収体をスプレー缶に収容する製造方法とは明らかに異なる製造方法が記載されている。
ウ さらに本件発明には,従属項として請求項8があるが,請求項8は,「上記セルロース繊維集合体は,スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され,またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填される請求項1ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」というものであって,吸収体を構成するセルロース繊維集合体がスプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形されるなどした後,スプレー缶内に直接充填されるという経時的要素が構成要件として製造方法をもって技術的範囲を特定しているから,これとの対比において,請求項1に請求項8に特定された経時的要素を解釈で読み込んで製造方法が記載されていると解釈することは不合理である。
エ 以上のことを踏まえると,構成要件Cが,スプレー缶に収容される前の段階で予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し,次いで上記吸収体をスプレー缶に収容する構成に限られないことは明らかであり,構成要件Cの 「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」という文言は,スプレー缶製品が完成した段階で,吸収体が客観的な構成として,スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されているということを記載したものと解するのが相当である(なお,「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体」の意義については,その文言からして,吸収体がスプレー缶形状に対応する形になっていることを意味すると解すべきである。)。
(3) 特定被告製品の構成と構成要件Cとの対比について
 証拠(甲3)及び弁論の全趣旨(別紙「被告製品説明書」の吸収体の写真)によれば,被告製品から取り出した吸収体はいずれも,スプレー缶製品が完成した段階で,吸収体が客観的な構成として,スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められる。
 被告は,被告製品の製造方法では,スプレー缶に収容される前の段階で吸収体がスプレー缶形状に対応する形を維持する状態にはなっていない旨主張するところ,確かに証拠(乙2)によれば,被告製品1ないし3では,吸収体がスプレー缶内部に収容された時点で,缶上部から盛り上がってはみ出している状態であることが認められるが,それは天蓋を閉じていない未完成状態を指しているにすぎず,スプレー缶製品が完成した段階で,吸収体が客観的な構成として,スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められることに変わりはない。
 そうすると,被告製品の吸収体は,客観的な構成としてスプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められるから,特定被告製品は構成要件Cのうち「スプレー缶形状に対応する形状に成形された…吸収体を収容し」という部分を充足し,被告製品の構成cの「蓋」は「通気性蓋状部材」に相当し,その他の部分の充足性については当事者間に争いがないから,構成要件Cを充足するということができる。
 
3 争点1-3(特定被告製品が本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件G,H及びIの充足性)
 被告製品に充填されているジメチルエーテルが可燃性液化ガスであることは当事者間に争いがなく,また被告製品はエアダスターであり,この液化ガスは噴射剤として使用されるものと認められるから,本件発明6の構成要件Hを充足する。
 そして,上記第2の1(4)イのとおり,被告製品は本件発明1の構成要件A,D及びEを充足し,上記1及び2によれば,特定被告製品は本件発明1の構成要件B及びCを充足し,本件発明2の構成要件Fも充足するから,被告製品の一部である特定被告製品は本件発明2の構成要件G及び本件発明6の構成要件Iも充足する。
 
4 小括
 したがって,特定被告製品は,本件発明1,2及び6の技術的範囲に属するということができる。
 
5 争点3-1(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか-実施可能要件違反)
(1) 被告は,被告製品の灰分量の測定結果に大きなばらつきが生ずる原因は不明であり,測定結果を合わせるために必要な測定条件に関する事項が本件明細書に記載されていないとして,実施可能要件違反があると主張している。
 しかし,本件発明は,再生セルロース繊維を含むセルロース繊維集合体中の灰分量を調整することで,液化ガスの吸収性,保持力を良好に保つ発明である(本件明細書の段落【0028】)ところ,段落【0048】では,吸収体の原料について,「古紙原料を100%とすることが,コスト面や環境負荷を小さくするために望ましいが,古紙原料に限ら」れず,灰分含有量が調整されていれば足りると記載され,段落【0049】以下で原料の解繊,粉砕の方法が記載されているほか,「古紙原料を用いた場合には,古紙原料100%のもの以外に,差し支えない範囲で他の原料を一部添加したものを使用することもできる。使用可能なセルロース繊維としては,針葉樹,広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ,溶解パルプ,さらにはコットン等,任意のセルロース繊維が挙げられる。複数のセルロース繊維原料を適宜組み合わせて使用することもできる。この場合も,吸収体2となるセルロース繊維集合体の灰分含有量が,上記所定範囲となるように,原料を適宜組み合わせて調整する。」(段落【0048】)と記載されている。
 その上で,段落【0045】では,「古紙原料としては,新聞紙,広告紙,雑誌類をはじめ,段ボール,カタログ紙,コピー紙といった種々の古紙原料が,いずれも好適に使用できる。これら古紙原料の灰分含有量は,製紙工程にて添加される各種無機物質(炭酸カルシウム,タルクその他)によって決まり,通常,その種類によってほぼ一定している。例えば,新聞紙,雑誌類は,灰分含有量が比較的少なく,カラー印刷が増えると灰分含有量が多くなる傾向が見られるので,古紙原料を適宜組み合わせることで,所望の灰分含有量とすることができる。」と記載されており,実施例として,吸収体の原料を変えた場合の灰分含有量と液漏れ評価試験の結果が記載されている(段落【0088】の表1等)。
 以上のことに加え,新聞紙や広告紙等の古紙等の原料ごとに概ねの灰分含有量が定まっていること(甲16の1,2,乙39,乙40,乙43の3ないし9)を踏まえると,本件明細書には,当業者が原料を適宜組み合わせて灰分含有量を調整し,構成要件B及びFの条件に合致する吸収体を成形し,スプレー缶製品を生産して,使用することができる程度の記載がされていると認められる。
 (2) したがって,本件特許が実施可能要件違反を理由として特許無効審判により無効にされるべきとは認められない。
 
6 争点3-2(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか-明確性要件違反)
 被告は,本件発明1,2及び6が,物の発明についての特許に係る特許請求の範にその物の製造方法が記載されている場合に当たることを前提として,明確性要件違反があると主張している。
 しかし,上記2で認定説示のとおり,構成要件Cの「成形」や「収容」が製造方法に関する記載であるとは認められないから,被告の主張はその前提を欠き,採用することができない。
したがって,本件特許が明確性要件違反を理由として特許無効審判により無効にされるべきとは認められない。
 
7 争点4(特定被告製品の製造,販売等の差止め及び特定被告製品等の廃棄の必要性)
(1) 上記認定してきたところによれば,被告による特定被告製品の製造,販売行為は,本件特許権の侵害行為であるところ,被告は,エアゾール関連事業を第三者に譲渡して同事業から撤退したことから,差止請求は認められない旨争っている。
 確かに,証拠(乙24の1ないし乙25,乙34,乙35,乙37)によれば,上記事実関係は認められるが,被告は本件特許権の侵害の成否を争い,裁判所が侵害心証を示して損害論の審理に入った後もなお平成28年7月まで特定被告製品を含む被告製品を製造し続けていたというのであるから,このような経緯に照らすと,被告には,なお本件特許権を侵害するおそれがあると認めるのが相当である。
(2) 他方,特定被告製品,その半製品及び特定被告製品の金型の廃棄請求については,口頭弁論終結時において被告が,当該製品や金型を所持又は占有していることが要件となるところ,上記認定のとおり,被告はエアゾール関連事業を第三者に既に譲渡しており,被告が当該製品や金型を所持又は占有していることを認めるに足りる証拠はないから,原告による廃棄請求には理由がない。
 
8 争点5(原告が受けた損害の額)
(1) 本件における損害額の算定方法について
原告は,平成27年12月14日までは本件特許権を不実施の訴外会社らと共有していたが,上記第2の1(5)のとおり,不実施の訴外会社らが有していた損害賠償請求権を本件特許権の持分とともに譲り受け,本件においてその損害賠償請求権も併せて行使している(なお,この期間であっても,原告が本来有する特許法102条2項に基づく損害の上限額が持分割合に応じて減じられるわけではない。)。そうすると,本件特許権が共有されていた期間であっても,原告の特許法102条2項に基づく損害額を認定するに当たって不実施の共有者が同条3項に基づく損害賠償請求権を有することは考慮する必要がなくなるから,以下においては,損害賠償請求対象の全期間を区別することなく特許法102条2項の適用を前提として損害額を認定していくこととする。
(2) 被告が受けた利益の額について
計算鑑定の結果によれば,本件特許が登録された平成25年10月25日から平成28年2月29日までの期間の被告製品の売上額から被告製品の製造,販売のために要した追加経費を除いた利益の額は合計●(省略)●円であると認められる。
原告は,計算鑑定の結果は,利益額の算定に当たりパート従業員の労務費(人件費)を追加経費として控除しているが,これを控除せずに利益額を認定すべきである旨主張している。
 しかし,被告は取手工場において被告製品を製造しており,パート従業員が,その製造に携わっているが,パート従業員は生産計画に応じてその勤務シフトが調整されていたと認められる(乙33,計算鑑定の結果,弁論の全趣旨)から,このパート従業員の労務費(人件費)は,被告製品の生産に伴う変動経費であると認めてよく,計算鑑定の結果のとおり,これを控除して利益額を算定するのが相当である。
以上より,被告が上記期間に特定被告製品を含む被告製品の製造,販売により受けた利益の額は●(省略)●円と認められる。
 そして,特定被告製品が被告製品に占める割合は,上記1(4)で認定したとおり61%であるから,特許法102条2項の適用の前提となる被告が受けた利益の額は●(省略)●円であるということになる。
 
9 結語
 以上より,原告の請求は主文第1項及び第2項の限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条ただし書きを,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。なお,主文第1項については,仮執行の宣言を付すのは相当でないから,これを付さないこととする。
 
【所感】
 被告の主張についての判断や、被告の無効主張に対する判断は概ね妥当と考える。被告の測定方法(不純物の除去)や構成要件Cを満たさないとの主張、実施可能要件違反の主張、明確性違反の主張は、客観的に見れば無理があるように感じる。なお、被告は特許無効について、なぜ進歩性欠如、サポート要件違反を主張しなかったのか、疑問に感じる。無効審判では、数値パラメータの下限の臨界的意義が争われ、進歩性欠如(灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維は公知であり、組み合わせ容易)、サポート要件違反で無効審決がされており、審決の判断も納得できる。時機に遅れたのだろうか?