スパークプラグ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.10.20
事件番号 H23(行ケ)10059
担当部 第4部
発明の名称 スパークプラグ
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は、原告が、拒絶査定不服審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求めたが、請求が棄却された事案。
引用例に記載された形状に関するパラメータの技術的意義を認定し、これらを組み合わせたうえで、パラメータの範囲を適宜設定すれば本件発明を容易に想到することができると判示した点がポイント。

事案の内容

(1)本件補正発明の要旨

 略筒状に形成され、軸線方向に貫通孔を有する絶縁体と、

 当該絶縁体の前記貫通孔の先端側に挿設される棒状の中心電極と、

 前記絶縁体の軸線方向の先端側を内挿して保持する略筒状の主体金具と、

 一端部が当該主体金具の先端に接合され、当該一端部とは反対の他端部が前記中心電極に対向し、前記他端部と前記中心電極との間に火花放電ギャップを形成する接地電極と を備え、

 前記絶縁体は、前記絶縁体の後端側に設けられた絶縁体後端部と、前記絶縁体の先端側に設けられ、当該絶縁体後端部の外径よりも縮径された絶縁体先端部と、前記絶縁体後端部と前記絶縁体先端部とを連結する第1絶縁体段部と、軸線を含む断面を見たときに、前記絶縁体先端部外周面において、軸線と第1挟角をなし、前記絶縁体の先端側に向かって縮径する第2絶縁体段部とから構成され、

 前記主体金具は、前記主体金具の後端側に設けられた主体金具後端部と、前記主体金具の先端側に設けられ、内径が当該主体金具後端部の内径よりも縮径された部分を少なくとも後端側に有する主体金具先端部と、前記主体金具後端部と前記主体金具先端部とを連結する第1主体金具段部とから構成され、

 前記第1絶縁体段部は、パツキンを介して前記第1主体金具段部に係合し、

 軸線を含む断面を見たときに、前記絶縁体先端部の外径をd1、前記主体金具先端部の内径をD1として、(D1-d1)/2<0.45㎜となる隙間の、前記絶縁体の軸線方向に平行な長さが、前記パツキンと前記主体金具段部との係合位置のうち、軸線方向の最先端側の位置を起点として前記絶縁体の先端側を+としたとき、1.2㎜以上、5㎜以下であって、

 軸線を含む断面を見たときに、前記主体金具内周面において、軸線と第2挟角をなし、前記絶縁体の先端側に向かって拡径する第2主体金具段部と、前記第1主体金具段部と前記第2主体金具段部とを連結する主体金具基部とを有し、

 軸線を含む断面を見たときに、前記第1絶縁体段部と前記第2絶縁体段部とを連結する絶縁体基部と前記第2絶縁体段部との交点の軸線方向の位置が、前記主体金具基部と前記第2主体金具段部との交点を起点として前記絶縁体の先端側に向かう方向を+としたとき、-0.5㎜以上、3㎜以下であり、

 前記第1挟角が10°以上であることを特徴とするスパークプラグ

(2)審決では、本件補正発明は、引用例1~3に基づいて容易に発明することができるため、本件補正は却下すべきものであり、本願発明も引用例1~3に基づいて容易に発明することができるため特許を受けることができないと判断された。審決が認定した本件補正発明と引用発明との相違点は以下のとおりである。

 相違点1:本件補正発明では「(D1-d1)/2<0.45㎜となる隙間の、前記絶縁体の軸線方向に平行な長さが、前記パツキンと前記主体金具段部との係合位置のうち、軸線方向の最先端側の位置を起点として前記絶縁体の先端側を+としたとき、1.2㎜以上、5㎜以下」であるのに対し、引用発明では、(D1-d1)/2の係合位置隙間量(β)を0.4㎜以下としており、該隙間の絶縁体の軸線方向に平行な長さで、係合位置隙間量βを確保する長さ(βL)が0.5~2.5㎜である点

 相違点2:軸線を含む断面を見たときに、前記第1絶縁体段部と前記第2絶縁体段部とを連結する絶縁体基部と前記第2絶縁体段部との交点の軸線方向の位置」に関し、本件補正発明では「主体金具基部と前記第2主体金具段部との交点を起点として前記絶縁体の先端側に向かう方向を+としたとき、-0.5㎜以上、3㎜以下」であるのに対し、引用発明では明確でない点

 相違点3:第1挟角に関し、本件補正発明では「10°以上」であるのに対し、引用発明では明確でない点

(3)これに対して、原告は、本件補正を却下した判断に誤りがあるとしてその取り消しを求めた。

 

【裁判所の判断】

 3 相違点2に係る容易想到性について

 (1) 前記2(1)のとおり、本件補正発明の相違点2に係る構成は、絶縁体基部から主体金具基部への熱放散量の確保、係合位置隙間への未燃ガスの侵入の防止及び絶縁体の先端側にカーボンが付着することによる奥飛火の発生防止に着目して、主体金具基部の内周面と第2主体金具段部の内周面との交点(交点E)と絶縁体基部の外周面と第2絶縁体段部の外周面との交点(交点F)の距離を特定したものである。

 (2) そこで、本件補正発明の相違点2に係る構成の容易想到性について検討する。

 ア 引用発明について

 引用例1(甲1)によると、引用発明は、係合位置隙間への未燃ガスの侵入の防止を課題としているところ(【0004】【0009】【0010】)、第二軸部の円筒状の基端部(本件補正発明の絶縁体基部に相当する。)と縮径部(本件補正発明の第2絶縁体段部に相当する。)の長さが未燃ガスの侵入に影響を及ぼすことは技術的に明らかであるから、未燃ガスの侵入防止の観点からその長さを調整することは、当事者が容易に想到し得るものである。また、主体金具の前端面位置に近い位置においては、横飛火の発生が懸念されるが(【0022】【0033】)、横飛火の発生を抑制するために第二軸部の円筒状の基端部と縮径部の長さを調整することも、その構造に照らし、当業者は容易に想到することができる。

 イ 引用例2について

 (ア) 引用例2には、以下の記載がある(甲2)。

 碍子は、下端部から段付部の位置まで上方に向かって、拡径するごとくテーパ状に形成されているとともに、段付部からパツキン受け部の位置までは外径が一定となっており、段付部からパツキン受け部までの部分で熱価を調整するように構成されている。また、碍子の段付部からパツキン受け部間の長さを変えることにより、受熱表面積を変えて、中心熱価を変えるようにしている。すなわち、碍子の段付部からパツキン受け部までの長さが長い場合には碍子の下端部から段付部までの表面積が小さくなり、受熱量が少なくなるため、中心熱価は高くなる。逆に、碍子の段付部からパツキン受け部までの長さが短い場合には碍子の下端部から段付部までの表面積が多くなり、これによって受熱量が多くなるため、中心熱価は低くなる。

 (イ) 以上のとおり、引用例2には、碍子の段付部からパツキン受け部までの長さを変えることにより、受熱量を調整することが記載されているところ、碍子の段付部からパツキン受け部までの長さが、ハウジング(主体金具)の胴部への熱放散量に影響を及ぼすことは技術的に明らかであるから、引用例2には、碍子からハウジングへの熱放散量に着目して、碍子の段付部からパツキン受け部までの長さを変える事項が示されている。

 (ウ) そうすると、引用例2に示された上記事項を引用発明に適用して、引用発明の第二軸部の円筒状の基端部と縮径部の長さを変えることにより、その熱放散量を調節することも、当業者にとって容易に想到し得るものであるということができる。

 ウ 本件補正発明の相違点2に係る構成は、主体金具基部の内周面と第2主体金具段部の内周面との交点(交点E)を起点として、同点と絶縁体基部の外周面と第2絶縁体段部の外周面の交点(交点F)との距離を特定したものであるが、交点Eを起点として距離を定めること自体に格別の意義を見いだすことはできないから、交点Eと交点Fとの距離を特定することは、実質的には、交点Eと交点Fの距離に対応する絶縁体基部の軸方向の長さを規定することと同様の技術的意義を有するものである(【0042】【0043】)。

 また、本件補正発明においては、スパークプラグの耐熱性の実験結果に基づき、交点Eと交点Fとの距離を具体的に「-0.5㎜以上、3㎜以下」と特定しているが(【0063】~【0066】)、最適、好適な寸法を実験的に求めることは、当業者が発明の具体化に際して通常行っているものであり、引用発明において、このような下限値及び上限値を設定することに、格別の阻害要因の存在も見当たらないから、上記特定に係る数値は、当業者において、適宜設計することができる事項であるということができる。

以上の検討によれば、当業者は、引用発明及び引用例2に基づき、熱放散量の確保、係合位置隙間への未燃ガスの侵入の防止及び絶縁体の先端側にカーボンが付着することによる奥飛火の発生防止の観点から、絶縁体基部の軸方向の長さ(交点Eと交点Fの距離に相当する。)を調整して、本件補正発明の相違点2に係る構成を容易に想到することができたものである。

 エ なお、本件審決は、引用例3の特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明の記載(【0014】~【0021】)から、絶縁体基部と第2絶縁体段部との交点の軸方向位置を定めることは周知の技術であると認定しているところ、引用例3(【0014】~【0017】)には、電気絶縁耐力の向上の観点から、絶縁碍子脚基部の下端部(本件補正発明の交点Fに相当する。)は、コロナが集中するハウジング段差部の角部(本件補正発明の交点Eに相当する。)に対向する位置から燃焼室側に+3.0㎜であることが望ましいことが記載されているが、他方、本件補正発明の相違点2に係る構成は、絶縁体基部から主体金具基部への熱放散量の確保、係合位置隙間への未燃ガスの侵入の防止及び絶縁体の先端側にカーボンが付着することによる奥飛火の発生防止の観点から、交点E及び交点Fを規定したものであり、その技術的意義は異なるから、引用例3の上記記載が、本件補正発明の相違点2に係る構成についての周知技術を明らかにしたものであるということはできない。したがって、本件審決の上記認定には誤りがあるといわなければならないが、上記ウのとおり、本件補正発明の相違点2に係る構成は、引用発明や引用例2に基づき、当業者が容易に想到することができるものであるから、本件審決の上記認定の誤りは、本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。

 オ 原告の主張について

 原告は、引用例2の図7及び8には、本件補正発明の主体金具基部や第2主体金具段部に相当する部分がないから、その交点を起点とする「絶縁体基部と第2絶縁体段部の交点」との距離は定まらないとか、引用例2の図1の碍子には、本件補正発明の絶縁体基部と第2絶縁体段部との交点に相当する部分がないなどとして、引用例2は、本件補正発明の相違点2に係る構成についての周知技術にはなり得ないと主張する。

 しかしながら、前記ウのとおり、本件補正発明の相違点2に係る構成は、実質的には、絶縁体基部の軸方向の長さを規定することと同様の技術的意義を有するものであって、碍子からハウジングへの熱放散量に着目して碍子の段付部からパツキン受け部までの長さを変えるという引用例2に示された事項を引用発明に適用すれば、本件補正発明の上記構成を想到することは容易なのであるから、原告の主張は、上記認定を左右するに足りるものではない。

 

 

【所感】

 引用例2の構成を引用発明に適用すると、本件補正発明に係るスパークプラグとは異なる構成のスパークプラグ、すなわち、主体金具基部や第2主体金具段部を備えないスパークプラグが構成されると思われます。

 また、引用例1、2のいずれにも、主体金具基部や第2主体金具段部を備えるスパークプラグにおいて、《1》絶縁体基部から主体金具基部への熱放散量の確保と、《2》係合位置隙間への未燃ガスの侵入の防止及び絶縁体の先端側にカーボンが付着することによる奥飛火の発生防止、の2つの課題を同時に満足させる技術については開示されていないと思われます。

 裁判所は、引用例1、2に記載されたスパークプラグの各部の形状に関するパラメータの技術的意義を認定し、これらを組み合わせたうえで、パラメータの範囲を適宜設定すれば本件補正発明を容易に想到することができるとしていますが、判決はやや厳しいのではないかと思われます。