ステージの背景で動く映像を表示する装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2015.8.25
事件番号 H26(ワ)25858
担当部 東京地裁民事第46部
発明の名称 ステージの背景で動く映像を表示する装置
キーワード 均等侵害(第1要件)
事案の内容 本件は,発明の名称を「ステージの背景で動く映像を表示する装置」とする特許権(第2930219号)の専用実施権等を有する原告が,被告による被告装置1及び2の製造等が専用実施権等の侵害に当たると主張して,被告に対し,被告装置1及び2の製造等の差止め等を請求し、被告製品2については均等侵害の第1要件を満たさないとして、均等侵害が否定された事案である。

事案の内容

【原告の専用実施権】

原告は,以下の特許権について,地域を日本全国,期間を平成26年7月1日から平成28年8月31日まで,内容を全部とする専用実施権の設定を受け,平成26年8月25日付けでその登録を受けた。

特許番号 第2930219号

出願年月日 平成8年8月31日(特願平9-512350)

登録年月日 平成11年5月21日

発明の名称 ステージの背景で動く映像を表示する装置

 

【本件発明】分説は判決文による

A 画像源を使用してステージ等の背景の中で動く映像を表示する装置において,

B 反射面(18)をステージ(28)の床(30)の中央領域に配置し,

C 透明で滑らかなフィルム(20)の下端を反射面(18)と背景の間の一定の個所に,

D また上端を天井(32)のもっと前方の個所に保持するように,

E このフィルム(20)がステージ(28)の床(30)と天井(32)の間にその幅全体にわたり延びていて,

F 画像源を天井(32)のところでそこに保持されているフィルム(20)の上端の前に配置し,

G 反射面(18)の方に向けてあること

H を特徴とする装置。

 

【被告装置1,2】

被告装置1及び2は,いずれも画像源を使用してステージ等の背景の中で動く映像を表示する装置である。両者は画像源(プロジェクター)からの光を反射する面(パネル又はスクリーン)が床に設けられているか(被告製品1),天井に設けられているか(被告製品2)の点で異なり,これに応じてフィルムの保持・配置位置等が異なっている。

*被告装置1が本件発明の技術的範囲に属することは、認められている。

<被告装置2>

a プロジェクターから投影される映像を使用してステージ等の背景の中で動く映像を表示する装置において,

b スクリーンをステージの天井の中央領域に配置し,

c 透明で滑らかなフィルムの上端をスクリーンの背景側端先に,

d また下端を床の観客席側寄りに保持するように,

e フィルムが幕で仕切られたステージの床と天井の間にその幅にわたり延びていて,

f プロジェクターから投影された映像を反射するミラーを床のところでそこに保持されているフィルムの下端の前に配置し,

g スクリーンの方に向けてある

h 装置。

 

【争点】

(1)被告装置1の製造等の有無(省略)

(2)被告装置2に係る文言侵害の成否

(3)被告装置2に係る均等侵害の成否

(4)本件特許の無効理由の有無(省略)

(5)差止めの必要性(省略)

(6)損害の有無及びその額(省略)

 

【裁判所の判断】

<争点(2) (被告装置2に係る文言侵害の成否)について>

(1)原告は,被告装置2における天井が本件発明の「床」(構成要件B)に,床が「天井」(同D,F)に,上端が「下端」(同C)に,下端が「上端」(同D,F)にそれぞれ相当する旨主張する。

(2)そこで判断するに,特許請求の範囲に記載された上記各語の文言上,「床」とはある空間の下部を構成する面を,「天井」とはその上部を構成する面をいうものであり,「上端」とは上部にある端を,「下端」とは下部にある端をいうものであって,その意義はいずれも明確である。また,本件明細書(甲1の2)の【発明の詳細な説明】欄を見ても,これらを上記と異なる意味で用いている記載は見当たらない。そうすると,構成要件Bの「床」,構成要件Cの「下端」,構成要件D,Fの「天井」及び「上端」は,それぞれ上記の意味として解するのが相当であって,「床」を「天井」と,あるいは「上端」を「下端」とみることはできない。

一方,被告装置2は,スクリーン(「反射面」に対応する。)をステージの天井(上部)に,プロジェクター及びミラー(「画像源」に対応する。)をステージの床(下部)にそれぞれ配置し,フィルムの上端(上部)をスクリーンと背景の間の一定の個所(観客席から見て奥)に,フィルムの下端(下部)を床の前方(観客席から見て手前)にそれぞれ保持するものであり(本件発明の「画像源」,「反射面」及び「フィルム」の保持・配置位置の天地を逆にしたものであるから,本件発明と被告装置2とは,反射面と画像源の配置位置(床又は天井)及びフィルムの上下端の保持位置(前方又は後方)の点で相違することになる。

したがって,被告装置2は,構成要件B,C,D及びFを充足しないから,特許請求の範囲の文言上,本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。

 

<争点(3)(被告装置2に係る均等侵害の成否)について>

(1)原告は,上記2のとおり本件発明と被告装置2に異なる部分があるとしても,均等による専用実施権等の侵害が成立すると主張する。

(2)第1要件(対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと)について

本件明細書の記載によれば,本件発明は,講演者の立ち位置によってはスクリーンに投影される画像に干渉するという従来技術の問題点を解決するために,自動車のフロントガラスの前に置かれた物(これがフロントガラスの下にあることは明らかである。)がフロントガラス(観測者である運転者から見て上端が手前に,下端が奥にあることは明らかである。)に映り,フロントガラスの背景に存在するように見えるという物理原理をステージ等の背景に映像を表示することに利用したものであって,ステージの床に反射面(上記フロントガラスの例において背景に存在するように見える物が置かれる場所に相当する。)を配置し,フィルム(フロントガラスに相当する。)の上端を観客席側から見て手前に,その下端を奥に保持するとともに,表示される物を反射面に直接置くのではなく,これに対面する天井に画像源を配置するとの構成を採用した点に,本件発明の本質的部分があるものと解される。

これに対し,原告は,フィルムを反射面に向かい合うように傾斜させて配置したこと及び反射面の反対側に画像源を配置したことが本件発明の本質的部分であり,画像源と反射面の上下その他具体的な保持・配置関係は本質的部分でないと主張する。

そこで判断するに,本件明細書においては,自動車のフロントガラスの手前にある「保管場所」と本件発明の「反射面」をそのままの位置関係で対応させており,図面を含め全て画像源が天井(上),反射面が床(下)にあるものとして記載されているのであって(第1図についても,支持部材22の形の下部保持部と巻取パイプ24の形の上部保持部とを伴うフィルム20(5欄35~37行),第1図の左にいる観客(同41行)との記載によれば,観客から見た上下及び前後を踏まえた上で作図されたものであると解される。),画像源と反射面の位置関係が任意に変更可能であることを示唆する記載はない。かえって,反射面を床に設けることによる効果(反射面はステージの床に置く白いスクリーンであっても,単純なカラー塗装であってもよい。本件発明の装置は上下移動する床のあるステージで効果的に使用される。(4欄45行~5欄3行))に触れられていることによれば、本件明細書の記載上,特許請求の範囲に規定された画像源と反射面の上下関係等が本件発明の本質的部分に当たらないとみることはできないと考えられる。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。 そうすると,本件発明と被告装置2の相違点は,本件発明の本質的部分についてのものというべきであるから,被告装置2は均等侵害の第1要件を充足しないものと解するのが相当である。

したがって,他の均等侵害の要件を検討するまでもなく,被告装置2が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。

 

【所感】

本判決の判断には、疑問が残る。「発明の本質的部分」の把握において、課題を解決する「原理」を重視した場合には、原告が主張する「フィルムを反射面に向かい合うように傾斜させて配置したこと及び反射面の反対側に画像源を配置したこと」が本質的部分と言えると考える。但し、課題を解決する「構成」を重視した場合には、本判決の判断になるのだろう。今後の判決における「発明の本質的部分」の把握について注意したい。

 

【参考】

均等侵害が認められるための5要件(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。

特許請求の範囲に記載された構成中に特許権侵害訴訟の対象とされた製品と異なる部分が存する場合であっても,① 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),② 上記部分を当該製品におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),③ そのように置き換えることに特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が当該製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),④ 当該製品が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,⑤ 当該製品が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない(第5要件)ときは,当該製品は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属すると解すべきである。