シートカッター事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2014.10.30
事件番号 H25(ワ)32665
担当部 東京地方裁判所民事第46部
発明の名称 シートカッター
キーワード 技術的範囲(機能的クレームの解釈)
事案の内容 本件は,発明の名称を「シートカッター」とする特許権(特許第5374419号)を有する原告が,被告によるシートカッターの製造等が原告特許権の侵害に当たるとして、その差止め等を請求し、侵害が認められた事案である。
機能的クレームの用語の意義の解釈において、明細書の記載を参酌しそこに開示された具体的な構成によって示されている技術思想に基づいて技術的範囲を確定した点がポイント。

事案の内容

【争点】

(1)被告製品の構成要件D及びEの充足性(構成要件A~C,Fの充足性については争いがない。)

(2)本件特許の無効理由の存否

(3)損害の額(省略)

【本件発明/被告製品】

(1)本件特許発明(下線は争点に関連する箇所)

A 第1の刃と,

B 第2の刃と,

C 前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と,

D 前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し,

E 前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が出る

F ことを特徴とするカッター。

(2)被告製品

a~c 刃1及び刃2が留め具4及び留め具5によって本体3(回転板)に固定されている。

d 本体3は3か所の接続部7を介してガイド板6(固定板)に接続されている。接続部7は,本体3に設けた円弧状の溝に,ガイド板6に設けた突起部を摺動可能に嵌合したものであり,本体3に対してガイド板6は上記溝の範囲で左右に円弧状に動くことができる。

e ガイド板6をシートに当接して固定し,本体3をガイド板6に対し左又は右に円弧状に動かすと,ガイド板6によって刃先が隠されていた刃1又は刃2がガイド板6から外へ出てくる。この状態で被告製品をガイド板6に沿って左右に動かすと,シートを切断することができる。

f シートカッターである。

【裁判所の判断】

<争点(1)(被告製品の構成要件D及びEの充足性)について>

(1)構成要件Eの解釈

本件特許の特許請求の範囲には,構成要件Dとして「前記本体と可動的に接続されたガイド板」と,構成要件Eとして「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または第2の刃が出る」と記載されており,その文言上は,本体がガイド板に対して動くとガイド板から刃が出てくるものであれば足り,本体とガイド板の接続態様や本体の動き方についての限定はないということができる。しかし,構成要件Eの上記文言は,発明の構成をそれが果たすべき機能によって特定したものであり,いわゆる機能的クレームに当たるから,上記の機能を有するものであればすべてこれを充足するとみるのは必ずしも相当でなく,本件明細書に開示された具体的構成を参酌しながらその意義を解釈するのが相当である。そして,構成要件Dの「可動的に接続された」との構成についても,構成要件Eと整合するように解釈すべきものと解される。

本件明細書の記載によれば,「前記ガイド板から前記第1の刃または第2の刃が出る(構成要件E)」との機能を果たすための本体のガイド板に対する動き方として本件明細書に開示されているのは,本体をガイド板に対して傾けること(段落0006,0008)及びスイングするガイド板を設けること(段落0008)であり,要するに本体をガイド板に対して傾け,又は回転運動させるということである。そして,本体をガイド板に対して左右に傾け,又は回転運動させた場合には,本体の左下又は右下の端部がガイド板から外に出るから,本体の左下及び右下の端部に第1及び第2の刃の各先端を位置させておけば,本体を傾けるだけで刃が出てきて,あとはノンスリップシート等の凹凸に沿わせて滑らせるだけで簡単,きれいかつ迅速に切断できるという本件特許発明の効果(段落0006)を奏すると認められる。そうすると,構成要件Eの「動く」には少なくとも回転運動が含まれるとみることができる。

 

(2)構成要件Dの解釈

 本体がガイド板に対して回転運動するように「可動的に接続」すること(構成要件D)についてみるに,2枚の板状の部材を回転可能に接続する態様としては,① それぞれの中心部分をシャフト等により軸着する構成のほか,② 一方の周辺部に円弧状の溝等を設け,この溝等に他方を摺動可能に取り付けるといった構成を採用し得る。このうち本件明細書に明示されているのは①の構成のみであるが(段落0005,0006,0008),いずれの構成であっても特許請求の範囲にいう「可動的に接続」に該当し,かつ,本件特許発明に係る課題を解決して上記の効果を奏すると考えられる。したがって,②の構成も構成要件Dの「可動的に接続」に含まれると解すべきものである。

 

(3)被告製品の構成要件充足性

被告製品は,本体3(回転板)とガイド板6(固定板)が円弧状の溝を有する接続部7を介して接続され,本体を左右に傾けてこの溝に沿って円周方向に動かすと,刃1又は刃2がガイド板から外に出るように構成されている。したがって,被告製品は,構成要件D及びEを充足し,本件特許発明の技術的範囲に属すると認められる。

これに対し,被告は,① 本件特許発明の技術的範囲は本件明細書に開示された構成(本体とガイド板がシャフトにより接続され,本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して回転する構成)に限定して解釈されるべきであるから,本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張する。

そこで判断するに,本体とガイド板を回転可能に接続するに当たり,シャフトにより軸着するか,円弧状の溝に摺動可能に嵌合するかは,当業者が適宜選択し得る実施の形態にすぎないということができる。

 

<争点(2)(本件特許の無効理由の存否)について>

本件特許の特許出願時における特許請求の範囲の記載は,「カッターナイフの刃の横に,ガイド板(4)を設けたシートの切断道具であるシートカッター。」というものであった。拒絶理由に対する応答時に補正した結果、特許査定されるに至ったものである。

○補正によって追加された構成要件D及びEが新規事項であるという被告の主張について

本件明細書(なお,発明の詳細な説明の記載は出願当初から変わっていない。)には,前記のとおり解釈される構成要件D及びEが記載されているということができる。したがって,本件補正が特許法17条の2第3項に違反するものとは認められない。

○特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載されていない,特許請求の範囲の文言が明確でないとの被告の主張について

上記で判断したところによれば,本件明細書に接した当業者は,その記載から本件特許発明における課題及びその解決手段を認識することができると認められる。したがって,本件特許が同法36条6項1号に違反するとも同項2号に違反するともいうことはできない。

 

【所感】

本判決の判断は妥当であると考える。裁判所は、本件特許の特許請求の範囲を、いわゆる、機能的クレームと認定して、明細書の記載を参酌してその意義を解釈するのが相当であるとした上で、実施例に限定して解釈するのではなく、当業者が適宜選択し得る実施の形態を基準として解釈している。特許請求の範囲の用語を、当業者の技術常識,明細書,および図面を参酌して定めるのが特許請求の範囲の解釈の基本であることに照らせば、この解釈は妥当であると考える。