シートカッター事件
事案の内容 |
特許無効審判の請求不成立審決に対する取消訴訟であり、審決が維持された事案。
当業者は,本件明細書において,「ガイド板から刃が出る」ようにする実施例として,本体をシャフトを軸にしてガイド板に対して傾ける実施例しか記載されていないとしても,本件明細書の記載から,本体がガイド板に対して動くことにより「ガイド板から刃が出る」ようにする構成を認識することができると認められると判示された点がポイント。 |
事案の内容
【経緯】
平成22年 2月15日 特許出願(特願2010-47083号)
平成25年 3月11日 特許請求の範囲補正(本件補正)
平成25年 9月27日 設定登録(特許第5374419号;本件特許)
平成25年 9月17日 本件分割出願(特願2013-208598号)
平成26年 1月 6日 特許無効審判請求(前件無効審判)
平成26年 7月15日 請求不成立審決(前件審決)
平成28年 1月 4日 前件審決確定
平成28年 1月 6日 本件特許の訂正審判請求(本件訂正)
平成28年10月 4日 本件訂正を認める審決(本件訂正審決)
平成28年10月18日 本件訂正審決確定
平成28年 2月 9日 本件特許の特許無効審判請求(本件無効審判)
平成29年 6日28年 本件審判の請求は、成り立たないとの審決
→審決取消訴訟提起
平成27年 5月15日 設定登録(特許第5745000号:分割特許)
平成27年10月 5日 分割特許1-4特許異議申立
平成29年 1月16日 訂正請求(別件訂正)
平成29年 6月19日 別件訂正を認め、特許維持決定
(1) 本件特許発明1(甲15。下線は,訂正箇所を示す。)
【請求項1】
第1の刃と,
第2の刃と,
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と,
前記本体と可動的に接続され,該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し,
前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で,前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
ことを特徴とするカッター。
(4) 分割特許発明(甲16)
ア 分割特許発明2
【請求項2】
第1の刃と,
第2の刃と,
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と,
前記本体と略平行に接続され,前記第1の刃または前記第2の刃と略平行であり,
前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している平板状のガイド板とを有し,
前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃
または
前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
ことを特徴とするカッター。
【争点】
1 取消事由1(特許法39条2項の発明の同一性判断の誤り)
(1)本件特許発明1の認定の誤り
(2)本件特許発明1と分割特許発明2の同一性判断の誤り
(3)本件特許発明1と分割特許発明3の同一性判断の誤り
(4)本件特許発明1と分割特許発明4の同一性判断の誤り
2 取消事由2(一事不再理効の判断の誤り)
3 取消事由3-1(サポート要件の判断の誤り)
4 取消事由3-2(明確性要件の判断の誤り)
5 取消事由4(実施可能要件の判断の誤り)
【審決の概要】
1.取消事由3-1
すなわち,「第1の刃」,「第2の刃」,「ガイド板」及び「本体」は,可動的接続により一体となっているから,この「本体」を持って,「本体」に可動的に接続された「ガイド板」の一辺を切断対象物の表面に接するようにした上で,「本体」を「ガイド板」に対して動かすように「本体」を操作することは可能であり,このような本件特許発明1の操作により,上記欠点は解消できるものといえる。
上記認定した本件特許発明1の技術的意義によると,本件特許発明1は,請求項に係る発明が,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえない。
【裁判所の判断】
・取消事由3-1
(2) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
(3) 前記(1)によると,本件明細書には,本件特許発明1の「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で,」「前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」(以下,「ガイド板から刃が出る」という。)ための具体的構成としては,本体とガイド板とをシャフトにより軸支し,本体がガイド板に対して傾くようにする実施例が記載されているに止まる。
しかし,上記実施例に接した当業者は,上記実施例において本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して傾くことにより「ガイド板から刃が出る」のは,本体のうち刃が設けられた部分が切断対象物の表面に接したガイド板の一辺に向かって移動するからであり,特許請求の範囲に記載された「ガイド板から刃が出る」ようにするためには,本体のうち刃が設けられた部分が切断対象物の表面に接したガイド板の一辺に向かって移動することが可能となるように,本体をガイド板に対して動くようにすればよいことを,容易に認識することができる。
また,前記(1)によると,本件特許発明1の課題は,「直定規とカッターナイフでノンスリップシートなどの凹凸に沿って,真っすぐ切断する際,光の向きや照度により見づらく,きれいに切断しにくかった」という問題を解決することである。そして,本件明細書には,発明の効果として,①「このシートカッターはノンスリップシートなどの表面の凹凸に,ガイド板(4)を合わせ,シャフト(3)を軸に本体を傾けるだけで,設けてあるカッターナイフの刃(2)が出てくる」,②「後はノンスリップシートなどの凹凸に沿わせ滑らせるだけで,光の向きや照度に左右される事なく,簡単できれい,かつ迅速にノンスリップシートなどを切断できる」(【0006】)と記載されているところ,当業者は,前記課題に直接対応するのは②であり,本件特許発明1の課題の解決には,②において利用される①により達成される状態,すなわち「ガイド板から刃が出る」ように構成すれば十分であり,本体をガイド板に対して「傾ける」構成は上記課題の解決に必須の構成ではないことを,容易に理解することができる。
そうすると,当業者は,本件明細書において,「ガイド板から刃が出る」ようにする実施例として,本体をシャフトを軸にしてガイド板に対して傾ける実施例しか記載されていないとしても,本件明細書の記載から,本体がガイド板に対して動くことにより「ガイド板から刃が出る」ようにする構成を認識することができると認められる。
したがって,「前記本体が前記ガイド板に対して動く」ことにより「ガイド板から刃が出る」という発明特定事項を備えた本件特許発明1は,「本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して傾く」以外の動きをする発明も含めて,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。
(5) 原告は,審決は,論理的飛躍を重ねて,「動く」の意味を,確定した前件審決の認定範囲を超えて,際限なく拡大認定したものであって,確定審決の既判力を無視したものであるなどと主張するが,確定判決の既判力(民訴法114条1項)は,確定判決の主文に包含するものに限り生じるものであって,確定した審決の理由中の特許請求の範囲の記載の解釈に他の事件の審決等に対する何らかの拘束力が生じる根拠はないから,本件特許発明1の「動く」の意味について,前件審決の理由中の解釈と異なる解釈を採用したことが違法となるものではない。
*前件審決の概要
前件審決は,②「前記本体が前記ガイド板に対して動く」における「動く」についても,「機能的に表現された『本体がガイド板に対して動く』の意味を考察すれば,本体をガイド板に対して傾け,カッターナイフの刃を出し得る構成,即ちシャフトを中心にガイド板に対して本体の傾斜角度を変更し得る手段であるものと解する事ができ,それ以外のものは含まれないものとみられる。」と認定した
3 結論
以上によると,原告の請求は,理由がないから,これを棄却することとして,主
文のとおり判決する。
【感想】
本判決は、課題を解決する構成は、「ガイド板から刃が出る」ように構成すれば足りるため、「傾ける」以外の構成も発明の詳細な説明に記載された発明であると認定した。
発明が実施形態の記載された内容に限定されないように、課題、解決手段、効果の記載について、対応付けた記載が必要であると感じた。
例えば、本件であれば、以下のような対応関係を明確に記載しておくことが発明を限定されないようにするために必要であると感じた(刃の動き方は課題1に関係ないことがわかるように記載する)。
課題1:きれいに切断しにくい。
手段1:ガイド板をノンスリップシートの凹凸に合わせるガイド板を有する。
効果1:ガイド板を凹凸に合わせることできれいに切断できる。
手段2:シャフトを軸に本体を傾ける。
効果2:刃を簡単に本体から出すことができる。