シートカッター事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2015.12.16
事件番号 平成26年(ネ)第10124号
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 シートカッター
キーワード 新規性
事案の内容 特許権(特許第5374419号)に基づく原告(特許権者)の差止・損害賠償の請求を一部認めた一審に対する控訴審であり、被告の控訴が認められた事案。
本件特許発明の「ガイド板」について、明細書の記載内容から「切断面に沿わせて」切断方向をガイドする構成のものに限定されるものではないというべきであるから,被控訴人の上記主張は,この点において採用することができないと判示した点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成22年 2月15日    特許出願(特願2010-47083)

平成25年 9月27日    設定登録(特許第5374419号)

平成26年10月30日    特許権者の請求を一部(差止めおよび損害賠償)

認める判決

(平成25年(ワ)第32665号)

→本件控訴

 

【本件の請求項1】

A 第1の刃と,

B 第2の刃と,

C 前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と,

D 前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し,

E 前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が出る

F ことを特徴とするカッター。

 

【争点】

ア 特許法17条の2第3項違反の無効理由の有無(争点2-(1))

イ 特許法36条6項1号違反の無効理由の有無(争点2-(2))

ウ 特許法29条1項3号違反の無効理由の有無(争点2-(3))

エ 特許法29条2項違反の無効理由の有無(争点2-(4))

 

【裁判所の判断】

本件の事案に鑑み,争点2-(3)(特許法29条1項3号違反の無効理由の有無)から判断する。

1 争点2-(3)(特許法29条1項3号違反の無効理由の有無)について控訴人は,本件特許発明は,乙13に記載された発明(乙13発明:米国公開特許公報2006/0201000号)と同一のものであり,本件特許には,特許法29条1項3号違反の無効理由(同法123条1項2号)がある旨主張するので,以下において判断する。

 

(2) 乙13の記載事項等について

イ 前記アの乙13の記載事項及び図面(別紙乙13図面参照)によれば,乙13には,次のような構成を有する壁板カッター(乙13発明)が記載されていることが認められる。「ロッカーハウジング1とベース10と刃17からなり,ベース10はT定規フェンス12のルーラーアーム11の上部に沿って選択的に摺動するためにT定規上に摺動自在に備え付けられ,ロッカーハウジング1とベース10とは,ブラケット9によりピボットピン4を軸に回動可能に接続され,刃17は刃キャリア26に備えられ,刃キャリア26はロッカーハウジ

ング1の内部に対置され,ロッカーハウジング内部のレール50と溝49により,摺動可能に嵌合され,ロッカーハウジング1を回動させることにより,回動させた方向のリンケージアーム18が刃キャリア26に備えられた垂直スロット28に沿って動き,回動させた方向の刃17がロッカーハウジング1の内部から出て,ベース10よりも下方に位置する壁板シートを切断することを特徴とする壁板カッター。

 

(3) 本件特許発明と乙13発明との同一性について

ア 構成要件AないしC及びFについて

乙13発明においては,別紙乙13図面の図11に示すように,ロッカーハウジング1の内部に対置された刃キャリア26に一対の切断刃部材である刃17が備え付けられ,刃17は,第1の刃部及び第2の刃部の二つの刃を有しており(前記(2)ア(オ)),それぞれが本件特許発明の「第1の刃」(構成要件A)及び「第2の刃」(構成要件B)に相当する。また,刃17とロッカーハウジング1との関係をみると,刃17はロッカーハウジング1に設けられているといえるから,ロッカーハウジング1は,本件特許発明の「前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体」(構成要件C)に相当するものと認められる。

そして,乙13発明は,「壁板カッター」であるから,本件特許発明の「カッター」(構成要件F)に相当するものと認められる。

したがって,乙13発明は,構成要件AないしC及びFの構成を備えているものと認められる。

 

イ 構成要件Dについて

(ア) 「ガイド板」の意義について

本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「ガイド板」に関し,「前記本体と可動的に接続されたガイド板」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が出る」との記載があるが,「ガイド板」の形状,大きさ,厚さ,材質などを特定のものに限定する記載はない。また,「カッター」は,一般に,「切る道具」,すなわち,切断道具を意味するものであり(広辞苑第六版),本件特許発明の「ガイド板」は,切断道具である「カッター」を構成する部材である。

加えて,一般に,「ガイド」とは「案内すること。手引きすること。」などを意味し,「板」とは「①材木を薄く平たくひきわったもの。②金属や石などを薄く平たくしたもの。」などを意味すること(広辞苑第六版)を踏まえると,請求項1の記載から,本件特許発明の「ガイド板」は,「切断方向を案内するための平たい形状の部材」であることを理解することができる。

次に,本件明細書には,「ガイド板」の語を定義した記載はない。

(・・・省略・・・)

さらに,図2及び3には台形の上辺に中央に孔の開いた半円を組み合わせた形状のガイド板4が示されているが,本件明細書には,「ガイド板」の形状を図2及び3に示すものに限定する記載はない。以上の本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載によれば,本件特許発明の「ガイド板」(構成要件D)は,「切断方向を案内するための平たい形状の部材」であると認められる。

b この点に関し,被控訴人は,「ガイド板」の文言及び本件明細書記載の本件特許発明の効果(第1及び第2の効果)に照らすと,本件特許発明の「ガイド板」は,「切断面に沿わせて切断方向をガイドするための板」と解すべきである旨主張する。

しかしながら,前記aのとおり,本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)及び本件明細書には,「ガイド板」の形状,大きさ,厚さ,材質などを特定のものに限定する記載はないし,また,本件明細書には,「ガイド板」が切断対象物の切断時に切断対象物等に対してどのように作用するのかに関して,これを特定の態様に限定する記載はなく,被控訴人が本件特許発明の第1の効果において主張するような「ガイド板」が「切断面に沿わせて滑らせることにより切断する方向をリードする部材である」ことを示した記載もない。

さらに,被控訴人が主張する本件特許発明の第2の効果は,本件明細書の段落【0008】記載の「応用例として,壁紙の施工時,入り隅や枠の凹凸に沿わせ,…壁紙の余計な部分を,地ベラや定規を使用せず切り取る。」という効果であり,同段落に「応用例として」との記載があるように,本件特許発明の一実施形態の効果として本件明細書に示されたものであって,本件特許発明自体の特徴的な効果であるということはできないから,これをもって「ガイド板」の意義を特定の構成のものに限定して解釈することはできない。

以上によれば,本件特許発明の「ガイド板」は,「切断面に沿わせて」切断方向をガイドする構成のものに限定されるものではないというべきであるから,被控訴人の上記主張は,この点において採用することができない。

 

(イ) 「ガイド板」の有無について

控訴人は,乙13発明のブラケット9,ベース10,ルーラーアーム11及びT定規フェンス12を一体としてみれば,その全体としての「一体物」が,有機的に結合して,「本体」であるロッカーハウジング1を切断方向にガイドするという機能を果たしており,しかも,一体物は,全体として大きな平板状を形成しているから,「ガイド板」に当たる旨主張する。

(・・・省略・・・)

b 次に,一体物を構成する部材をみると,別紙乙13図面の図2,5ないし7に示すように,壁板シート32の切断時に壁板シート32及びその縁33aにそれぞれ当接するルーラーアーム11及びT定規フェンス12は,いずれも平たい長方形状であること,ルーラーアーム11の上面に備え付けられたベース10は,平たいコの字形状であることからすると,一体物のうち,ルーラーアーム11,T定規フェンス12及びベース10を組み合わせた部分の形状は,平たい形状であると認められる。

他方で,三角形状のブラケット9は,一体物を構成する他の部材の垂直方向(上方)に配置されているが(図3等),ブラケット9は,ルーラーアーム11上を摺動するベース10の「上面の一部」に備え付けられた部材であり(図2,12等),一体物全体と比較すると(図1ないし3等),小さな部材にすぎないものと理解される

そうすると,ブラケット9,ベース10,ルーラーアーム11及びT定規フェンス12で構成される一体物は,全体として平たい形状であるものと認められる。

また,前記(ア)aのとおり,本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)及び本件明細書には,本件特許発明の「ガイド板」の形状,大きさ,厚さ,材質などを特定のものに限定する記載はないことからすると,「ガイド板」は,一つの部材のものに限られず,複数の部材を組み合わせたものであっても差し支えないものと解される

(ウ) 「前記本体と可動的に接続された」構成の有無について

(・・・省略・・・)

そして,前記(イ)aの認定事実によれば,ベース10の上面の一部に備え付けられたブラケット9の孔を通るピボットピン4を軸にロッカーハウジング1が回動可能に接続されているのであるから,「ガイド板」である一体物は,その構成部分であるブラケット9の部分を介して「本体」であるロッカーハウジング1と「可動的に接続」されているものといえる。

したがって,一体物は,「前記本体と可動的に接続されたガイド板」(構成要件D)に相当するものと認められる。

 

ウ 構成要件Eについて

(・・・省略・・・)

そうすると,乙13発明は,「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が出る」構成(構成要件E)を備えているものと認められる。

 

(4) まとめ

ア 以上のとおり,乙13発明は,本件特許発明のすべての構成要件の構成を備えているから,本件特許発明と同一の発明であることが認められる。したがって,本件特許発明は,新規性を欠くものであり,本件特許には,特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があり,特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから,被控訴人は,同法104条の3第1項の規定により,控訴人に対し,本件特許権を行使することはできない。

 

【感想】

 本件明細書には、ガイド板など本件特許発明の構成要件についての具体的な説明が乏しく、裁判所の認定のごとく構成要件を広く解釈されても仕方がないと感じるが、以下の点において裁判所の判断は疑問に感じる。

(1)裁判所は、『一般に,「ガイド」とは「案内すること。手引きすること。」などを意味し,「板」とは「①材木を薄く平たくひきわったもの。②金属や石などを薄く平たくしたもの。」などを意味すること(広辞苑第六版)を踏まえると,請求項1の記載から,本件特許発明の「ガイド板」は,「切断方向を案内するための平たい形状の部材」であることを理解することができる。』と認定しているが、広辞苑第六版の記載からすると「板」は「薄い平たい形状の部材」と認定すべきであると感じた。

(2)上記(1)に関連して、裁判所は、乙13発明には、「ブラケット9,ベース10,ルーラーアーム11及びT定規フェンス12で構成される一体物は,全体として平たい形状であるものと認められる。」と認定しているが、全体として平たい形状なのか?ましてや、ブラケット9,ベース10,ルーラーアーム11及びT定規フェンス12で構成される一体物は薄くないと感じる。