シリコーンオイルを含む単位用量の洗剤製品事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.12.25
事件番号 H25(行ケ)10076
担当部 知財高裁 第3部
発明の名称 シリコーンオイルを含む単位用量の洗剤製品
キーワード 引用文献の認定
事案の内容 本件は,拒絶査定不服審判の審判請求が成り立たないと審決の取り消しを求める事案であり、審決が取り消された。引用文献の組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」からといって,0.5s-1の剪断速度で測定する場合に「少なくとも3Pa・s」であるかどうかは,定かではない、と判断された点がポイント。

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本願の[請求項1](特表2005-524760)

 液体布地処理組成物と水溶性材料とを含む単位用量の洗剤製品であって,当該液体組成物の単位用量が前記水溶性材料内に含有され,前記液体組成物が非ニュートン液体であり,0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有するずり減粘液体であることを特徴とし,前記液体組成物がシリコーンオイルを含み,前記シリコーンオイルが前記液体組成物中に乳化して,乳化したシリコーンオイルの液滴の平均粒径が5~50マイクロメートルであり,更に,前記液体組成物が15重量%未満の水を含む,単位用量の洗剤製品。

 

引用発明(WO 03/097778、対応日本公報:特表2007-536412)の内容

 1回用量の形態で水溶性材料からなる被膜で封入されている洗浄中に柔軟化する液体洗濯洗剤組成物であって,(a)布帛柔軟化シリコーンを組成物の少なくとも0.5重量%,及び(b)脂肪酸,及び(c)(i)非アルコキシル化陰イオン性界面活性剤を界面活性剤系の少なくとも75重量%と(ii)アルコキシル化界面活性剤を界面活性剤系の25重量%未満とを含む界面活性剤系,及び(d)1種類以上の洗濯洗剤補助剤成分を含む,粘度が周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである組成物であって,当該組成物は,水を組成物の5重量%~90重量%含むものであり,上記布帛柔軟化シリコーンは,組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である液体洗濯洗剤組成物。

(下線部につき、引用文献である国際公開では、from 500cps to 3,000cpsとなっていたが、公表公報では「0.05Pa・s(500cps)~0.3Pa・s(3,000cps)」となっていた。なお、1Pa・s=1000cps)

 

(ア) 相違点1

「液体布地処理組成物」につき,本願発明では,「非ニュートン液体であり…ずり減粘液体である」のに対して,引用発明では,「非ニュートン液体」及び「ずり減粘液体」である旨特定されていない点。

(イ) 相違点2

「液体組成物」の「粘度」につき,本願発明では,「0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有する」のに対して,引用発明では,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」点。

(ウ) 相違点3

「乳化したシリコーンオイルの液滴の平均粒径」

(エ) 相違点4

「水」の重量%

 

【争点】

1.引用発明の認定の誤り

(1)溶媒の認定

(2)粘度の認定

(3)粒子径の認定

2.相違点の判断の誤り

 

【裁判所の判断】

審決には引用発明の認定の誤りがあり,この認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。

 (2)の粘度の認定につき

 審決は, 引用例に“ The composition typically has a viscosity of from 500cps to 3,000cps, when measured at a shear rate of 20s-1 at ambient conditions.”とある(19頁3行目及び4行目)にもかかわらず,甲12文献の該当部分(【0066】)に,「本組成物の粘度は,周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,典型的には,0.05Pa・s(500cps)~0.3Pa・s(3,000cps)である。」とあること(1Pa・sが1000cpsに相当することは技術常識であるから,上記記述中の「0.05Pa・s」は「0.5Pa・s」の,「0.3Pa・s」は「3Pa・s」の,それぞれ誤記であると認められる。)を踏まえ,引用発明における本組成物の粘度を前記第2の3(2)アのとおり認定した上,「引用発明の「液体洗濯洗剤組成物」は,上記のとおり,「ずり減粘液体」であるから,剪断速度の増加に対して粘度が大きく低下するもの,すなわち剪断速度の減少に対して粘度が大きく上昇するものであるから,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」ものであれば,周囲条件と略同等の温度条件である20℃で,「0.5s-1」なる極めて低い剪断速度で測定される場合に「少なくとも3Pa・s(3,000cps)」なる剪断粘度を有するものと理解するのが自然である。」として,相違点2が実質的な相違点であるとはいえないと結論付けたものである。

 そうすると,審決は,本組成物がその摘示したとおりの数値範囲の粘度を有するものと認定した上で,これを前提に,本願発明との相違点2があると認定し,これが実質的な相違点ではないとの判断を行ったものであるから,審決による本組成物の認定における粘度の数値範囲の記載(「0.05Pa・s~0.3Pa・s」の部分)は単なる誤記であるということはできず,審決は,上記の点において,引用発明の認定を誤ったといわざるを得ない。

 これに対し,①本組成物の溶媒及び③シリコーンの粒子径については,審決の認定に誤りがあるとは認められない。(略)

 

2 相違点2に対する判断について

(1) 審決が,本組成物の粘度についての誤った認定を前提に本願発明との相違点2を認定した上,これが実質的な相違点ではないと判断したのは前記1(2)のとおりであり,本組成物の粘度についての正しい認定を前提に相違点2を認定し,これに対する判断を行っていない以上,上記認定の誤りは,審決の結論に影響するといわざるを得ない

 

 被告は,本組成物の粘度についての正しい認定を前提としても,本組成物が非ニュートン液体でずり減粘液体であることは当業者に自明であり,非ニュートン液体でずり減粘液体であれば,高い剪断速度での測定により低い粘度を示した試料であっても,低い剪断速度で測定した場合に高い粘度を示すと理解され,粘度とずり速度とは反比例の関係にあることからすれば,引用発明が0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有すると理解するのが自然であるとした審決の判断には誤りはないから,引用発明の認定の誤りは審決の結論に影響しないと主張する。そこで,かかる被告の主張について検討する。

 

ア 技術常識に係る文献の記載内容

(ア) 「MARUZEN 高分子大辞典」(丸善株式会社。甲14)

「…せん断速度(shear rate)がせん断応力に比例する液体を,ニュートン液体…という。せん断応力とせん断速度の比が粘度であり,ニュートン液体では一定である。一方,実用上重要な多くの液体は,粘度がせん断速度に依存し,非ニュートン液体とよばれている。非ニュートン液体は,粘度とせん断速度の関係から数種に分類される。せん断速度の増加に対して粘度が低下することをshear-thinning,…という。」(「ずり減」)

 分散系の粘度は,分散質の分散状態に依存する。通常,せん断速度の増加とともに,ニュートン流動から非ニュートン流動に変化する。粘度低下は,低せん断速度下で形成される分散粒子の網目構造が,高せん断速度下で破壊されるために起こる。分散系の粘度は,分散質と分散媒の流体力学的相互作用,分散質相互の衝突,分散質間の引力などに依存する。

(イ) 「レオロジーとその応用」(共立出版株式会社。乙2)

「…ゾル状粘性体について,ずりの応力ƒ の広い範囲にわたって流動曲線を描くと,…すなわちずりの応力ƒ のきわめて小さい範囲(非Newton 流動の下限A点以下)では粘性係数η0なるNewton 流動のようにふるまい,またƒ のきわめて大きな範囲(非Newton 流動の上限C点以上)ではη0より小さい他の値η∞をもったNewton 流動のような挙動をする。この現象は最初Ostwald(1925)によって見つけられたので…Ostwald 曲線という…。せん断応力ƒ の実験範囲が狭いと,しばしば式(3・4)で表される型の非Newton 粘性であると解釈されやすいから,Ostwald 曲線をたしかめるためには,せん断応力ƒ の広い範囲にわたる実験が必要である。このOstwald 曲線で示されるような粘性については,多くの研究者によっていろいろの実験式が示されている。」

(ウ) 「レオロジー」(みすず書房。甲15,乙3)

(略)

 「実際に粘度計をもちいてずり応力とずり速度の対応を求めようとするとき,実測されるのはこれらの値そのものではない。…実測される量の間の関係は応力とずり速度の関係(すなわちレオロジー方程式)をその粘度計の型に応じて異なる境界条件をもちいて,積分しなければ求められない。このような積分計算はレオロジー方程式の形があらかじめ推測される場合は(たとえばニュートン流動の場合,または非ニュートン流動でもべき関数

 et=kptn (n≠1) (4・4・5)

で与えられる場合など)比較的容易である。方程式の形が未知であるときには逆に実測量の間の関係を表すグラフを図式微分してレオロジー方程式を求めなければならないことになる。」(326頁20行目ないし327頁2行目)「非ニュートン流動のレオロジー方程式としてはべき関数(4・4・5)がもっとも簡単でしばしばもちいられるが,…これはいわば実験式であるからいろいろの難点がある。

(略)

 

イ 本組成物の物性について

 本組成物が,審決の指摘するとおり「水などを含有する水性分散媒に対してシリコーンなどの非水性分散質が分散してなるO/W型の液体分散系である」ことに技術的誤りはないと考えられるところ,前記ア(ア)及び(イ)の記載に照らせば,そのような分散系の流体は,剪断速度を増加させると,剪断速度の増加に対して粘度が変化しないニュートン流動の状態から,剪断速度の増加に対して粘度が低下するshear-thinning(本願発明における「ずり減粘」。乙1参照。以下同じ。)という非ニュートン流動の一種の状態に変化するが,分散系流体がニュートン流動の状態からshear-thinning という状態に変化する剪断速度は,その分散系流体の組成や分散状態によって異なるというのが,当業者の技術常識であると認められる。

 そうすると,本組成物が非ニュートン流動を示すとしても,どの程度の剪断速度でニュートン流動から非ニュートン流動に変化するかは,引用例の記載及び技術常識に照らしてもこれを的確に認定することはできないから,本組成物が20s-1以下の剪断速度において非ニュートン流動を示すことを前提に,同組成物の0.5s-1の剪断速度における粘度を推定することはできないというべきである。

ウ 粘度とずり速度の関係について

 また,被告は,「e=kp」(e:ずり速度,p:ずり応力,k:流動度に対応する定数,n:パラメータ。1ではない。)の関係が成立するような非ニュートン液体でずり減粘液体の粘度ηは,円錐・平板型粘度計で測定した場合,「η=(3ψ/2πR)・(M/Ω)」との式により求められ,測定装置におけるψ(円錐と平板との間の角度),R(回転半径),M(回転能率)はそれぞれ一定であるから,粘度ηは,ずり速度e(=Ω/ψ)の逆数である「ψ/Ω」に比例する,すなわち,ずり速度eに反比例すると主張する。

 しかるに,前記ア(ア)及び(ウ)の記載によれば,非ニュートン流体においては,ずり速度eとずり応力pの関係は,ずり速度eやずり応力pの大きさに応じて変わるものであり,なるべく広い範囲のずり速度e(又はずり応力p)に対するずり応力p(又はずり速度e)を測定して,ずり速度eとずり応力pの関係を示すレオロジー方程式を定める必要があることが,当業者の技術常識であると認められる。そして,e=kpの関係が成立するようないわゆるべき関数型は,非ニュートン流体の一モデルにすぎず,引用例の記載及び技術常識に照らしても,引用発明に係る本組成物について,少なくとも0.5s-1ないし20s-1の剪断速度の範囲で,上記式の関係が成立するべき関数型の挙動を示すものであると認めることはできない。

さらに,前記ア(ウ)の記載によれば,円錐・平板型粘度計では,ずり応力p=3M/2πRの関係にあるから,回転能率Mは,ずり応力p,ひいてはずり速度eに応じて変化するのであって,測定条件に応じて変化する値であるということができる。

 そうすると,被告の上記主張は,本組成物がべき関数型の挙動を示すものであること及び回転能率Mが測定装置において一定であることを前提とする点で誤りであるから,本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」からといって,0.5s-1の剪断速度で測定する場合に「少なくとも3Pa・s」であるかどうかは,定かではない。

エ 以上によれば,本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」との認定を前提に,0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合には少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有すると理解することができる技術的な根拠は見当たらないから,審決の判断に結論において誤りがないということはできない。よって,この点に関する被告の主張は採用することができない。

 

【感想】

 引用文献の認定が誤っており、それに基づいて進歩性を判断した審決であるため、審決が取り消されたのは妥当であると思われる。

 しかし、引用文献の組成物が非ニュートン流動を示し、どの程度の剪断速度でニュートン流動から非ニュートン流動に変化するかを,引用例の記載及び技術常識に照らしてもこれを的確に認定することはできないとしても、20s-1のせん断速度で測定して粘度が0.5Pa・s~3Pa・sである場合、より低いせん断速度0.5で測定した場合、粘度の値は同しまたは上がり、X~Y(Xは0.5Pa・s以上の値、Yは3Pa・s以上の値)と推定される。したがって、粘度の上限側(3Pa・s~YPa・s)の範囲では、「少なくとも3Pa・s」という粘度を有し、引用文献1の組成物は、本願の粘度範囲と被る可能性があると思われる。

 

以上