シュレッダー補助器事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.6.10
事件番号 H26(行ケ)10242
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 シュレッダー補助器
キーワード 新規事項
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判において、補正が新規事項の追加であるとした審決が取り消された事案。
当初明細書等には、「シュレッダ-補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり」と記載されており、この他に35cm以外の横幅について言及した記載はなかったが、補正により記載された事項「各メ-カ-の各機種の刃部分の横幅に入る様に対応させた横幅の長さとする」は、当初明細書等に開示された発明の技術的課題及び作用効果,シュレッダー補助器の具体的な形状等に照らして、当初明細書等の記載から自明な事項であると判断された点がポイント。

事案の内容

【特許庁における手続の経緯】

平成18年8月24日  実願2006-8029号出願

平成20年7月9日   実用新案登録第3143556号登録

平成20年10月10日 特許出願(特願2008-285917)

               *実用新案登録第3143556号に基づく特許出願

平成23年11月22日 拒絶理由通知

 *出願日の遡及効が認めらず(基礎とした実用新案登録の出願当初の明細書等の範囲内にない)、

   基礎とした実用新案登録に基づいて、新規性・進歩性が否定された。

平成24年1月27日  手続補正書(「本件補正1」)

平成24年10月26日 拒絶理由通知〈最後〉新規事項の追加(第17条の2第3項)

平成25年1月4日   手続補正書(「本件補正2」)

平成25年7月22日  本件補正2を却下(「本件却下決定」)、拒絶査定

平成25年10月29日 拒絶査定不服審判請求(不服2013-22354号)

平成26年9月16日  不成立審決

平成26年11月7日  本件訴えを提起
【特許請求の範囲】

【出願当初請求項1】

・シュレッダ-機による幼児の指切断等の事故防止用補助的部品である「シュレッダ-補助器」

・シュレッダ-補助器において,

形状:(1) シュレッダ-機本体に取り付け,

   (2) ラッパ状の形状を有し,

   (3) シュレッダ-補助器の下部は,シュレッダ-機本体の刃部分にシュレッダ-補助器の落ち込み防止の為,プラスチック製の部分が,ストッパ-の役割を果たす形状を有しており,

   (4) シュレッダ-補助器に埋め込まれた金属製爪部分は,ストッパ-底部の外側からストッパ-上部に向かって伸び,ストッパ-と対になり,両側からシュレッダ-機本体を挟み込み,

バネ状で,内側へ押し戻そうとする力が働き,

   (5) 金属製爪部分は,上部が,蛇の鎌首状に反り返った形状を有しており,

   (6) 金属製爪部分は蛇の鎌首状から,シュレッダ-補助器の下部へ向かって,ストッパ-底部を包むが如く,カ-ブを描きながら,シュレッダ-補助器内部へ到達する形状を有する,

   (7) 金属製爪部分の一部は,約1cm,シュレッダ-補助器の下部に,埋め込まれた形状を有しており,

   (8) シュレッダ-補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり,(争点)

材質:(9) シュレッダ-補助器の全体はプラスチック製であり,

   (10) シュレッダ-補助器に埋め込まれた爪部分は金属製であり,

色: (11) シュレッダ-補助器の全体の色は,透明であり,

   (12) シュレッダ-補助器に埋め込まれた,金属製爪部分の色は黒であり,

構造又は組み合わせ:(13) 金属製爪部分が,バネ状に,押し戻そうとする力が働くことにより,

   (14) シュレッダ-機本体を,挟み込む状態になり,

   (15) シュレッダ-機本体から,着脱式に,取り付け取り外しが可能,

以上からなるシュレッダ-補助器。

【補正】

ア 本件補正1

「(8) シュレッダ-補助器の横幅は,メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為,大型機では,A3用紙が縦に入る位の横幅ではあるが,刃部分(用紙挿入口)の横幅より若干狭く約28cmとし,(中型機で約18cm,小型機では約14cmとし,)

イ 本件補正2

「(8) シュレッダ-補助器の横幅は,メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為,各メ-カ-の各機種の刃部分の横幅に入る様に対応させた横幅の長さとする。」

【審決の理由】

 本件補正1及び2は,いずれも当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものではなく,特許法17条の2第3項の規定に反するから,同法53条1項の規定により本件補正2を却下した本件却下決定は妥当であり,本件補正1による補正後の本願について拒絶をすべきとした本件拒絶査定の判断に誤りはない。

【原告の主張】

 …(略)…本件補正1は,出願当初の技術常識に照らして,当時販売されていた多くのシュレッダー機種の横幅が,各メーカーによっても違いがあり,また,大型機,中型機,小型機によっても違いがあり,大型機の「横幅35cm」の表現だけでは対応しきれないと思ったため,それをより明確にするために,大型機の約28cm,中型機の約18cm,小型機の約14cmとしたものである。

【被告の反論】

 当初明細書等においては,シュレッダー補助器の横幅は,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅である約35cmのみが想定されていた。

 これに対し,当初明細書等には,シュレッダー補助器の横幅を大型機で約28cm,中型機で約18cm,小型機で約14cmとすることや,各メーカーの各機種の刃部分の横幅に入るように対応させた横幅の長さとすることは,何ら記載されていないし,これらのことが当該技術分野における技術常識であるとはいえず,技術常識に照らして自明な事項であるということもできない。

 よって,本件補正1及び2は,いずれも当初明細書等の範囲内においてしたものではなく,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。

【裁判所の判断】

 当裁判所は,本件補正2は当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした本件却下決定が妥当であるとの審決の判断には誤りがあり,この判断の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。その理由は,次のとおりである。

<本件補正2は当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであるか否か>

 当初請求項1の(8)にも「メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる」と記載されているとおり,シュレッダーは,処理する紙の大きさ,メーカーや機種により,刃部分の横幅が異なることは明らかであるが,仮に,本願に係るシュレッダー補助器の横幅がシュレッダー機本体の紙差込口の横幅に満たないものであるとすれば,シュレッダー補助器によってシュレッダー機本体の紙差込口を覆うことのできない領域が生じることとなり,同領域において,幼児の指がシュレッダー機本体の当該刃部分に届くことを許し,幼児の指切断等の怪我が生じ得ることとなる。

 他方,上記のとおりのシュレッダー補助器の具体的な構成や,図1及び2に開示されたその具体的な形状,さらに図4に開示されたシュレッダー機本体への装着状況に照らすと,本願に係るシュレッダー補助器は,シュレッダー機本体の紙差込口が凹んだ溝状となっているものを対象とし,その凹んだ溝状の部分にストッパーを配置し,ストッパー底部と金属製爪部分とで紙差込口の凹みを形成する壁状の部分を挟み込むように装着するものであると認められるが,仮に,シュレッダー補助器の横幅がシュレッダー機本体の紙差込口の横幅を超えた長さであるとすれば,シュレッダー機本体の紙差込口の横幅に合わせて伸縮可能であるような構造とするなど,補助器の横幅とシュレッダー機本体の紙差込口の横幅に違いがあっても(場合によっては大きな違いが生じても),補助器の装着が可能なように調整する工夫が当然に要求されるはずであるにもかかわらず,その点に関する示唆は何らされていないことから,ストッパーが引っ掛かるなどして凹んだ溝状の部分に配置することができなくなり,シュレッダー補助器を装着することができず,発明の技術的課題を解決することができないこととなる。

 このような当初明細書等に開示された発明の技術的課題及び作用効果,さらにはこれらに開示されたシュレッダー補助器の具体的な形状等に照らすと,当初明細書等に開示されたシュレッダー補助器の横幅が1つのものに固定されていたと理解するのは困難であり,むしろ,シュレッダー機本体の紙差込口の横幅,すなわち,これに相応する刃部分の横幅に対応するものとすることが想定されていたものと理解すべきことは明らかであるから,本件補正2における補正事項,すなわち,請求項1の「(8) シュレッダ-補助器の横幅は,メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為,各メ-カ-の各機種の刃部分の横幅に入る様に対応させた横幅の長さとする。」との事項,並びに,明細書【0010】の「「(ネ) シュレッダ-補助器の横幅は,各メ-カ-の各機種の刃部分の横幅に,入るように対応した横幅の長さとし,」及び「(ヨ) シュレッダ-補助器の横幅は,各メ-カ-の,各機種の刃部分の横幅に入るように対応した横幅の長さとし,」との事項は,いずれも,当初明細書等の記載から自明な事項であるというべきである。

 そうすると,本件補正2は,当初明細書等に記載された事項の範囲内においてされたものということができ,特許法17条の2第3項の要件を充足しているから,同項の規定に違反するとして,同法53条1項により本件補正2を却下した本件却下決定は誤りである。よって,これを妥当であるとした審決の判断も誤りであり,このような判断の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすといわざるを得ないから,審決は,取消しを免れない。

【所感】

裁判所の判断には、疑問を感じる。出願当初請求項1には、「メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる為」と記載されているが、「A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり」とも記載されている。そして、明細書中にも、シュレッダー補助器の横幅について、「約35cm」以外の記載はない。そうすると、「メ-カ-や機種により,シュレッダ-機本体の刃部分の横幅が異なる」というのは、「A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅」における差異を意味する(例えば、33~37cm)と解するのが妥当だと考える。仮に、出願人(原告)が、裁判所の認定するように考えていたとしても、それが当初明細書等に記載されていないのだから、本件の補正を認めることは、補正制限の制度の趣旨に反すると考える。

裁判所では、本願が代理人なしの本人出願であり、実用新案登録に基づく特許出願だったことが考慮されたのかもしれない。