シマノ事件(中国最高人民法院 [2012]民提字第1号)の概要について

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判決日 2012.12.11
事件番号 [2012]民提字第1号
担当部 中国最高人民法院
発明の名称 リアディレーラ・ブラケット
キーワード クレーム中の使用環境特徴の解釈

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1. 中国最高人民法院による知的財産権案件の年度報告(2012年分)

中国最高人民法院は、2012年に審理終結した知的財産権と競争案件から34件の典型的な案件を選別して発表した。

最高人民法院は、[2012]民提字第1号 特許権侵害再審案件(シマノ事件)において以下の内容を提示した。即ち、クレームに記載されている「使用環境特徴」も、クレームの保護範囲を限定する作用を有する。また、「使用環境特徴」がクレームの保護範囲に対する限定の程度は、ケース・バイ・ケースである。一般に、クレーム中の「使用環境特徴」は、クレームされた保護対象を当該使用環境で使用できれば良いと理解するべきであり、当該使用環境で使用することが必須では無い。しかし、当業者がクレーム、明細書及び審査経過を読んだときに、クレームされた保護対象が当該使用環境でしか使用できないことを明確且つ合理的に判断できる場合には、この限りでは無い。

 

2. シマノ事件の詳細

(1) 対象クレーム

原告(島野株式会社)の中国特許CN1095781Cの請求項1の和訳は以下の通りである。

【請求項1】

リヤディレーラ(100)を自転車車体フレーム(50)に連結する自転車用のリヤディレーラ・ブラケットであって,前記リアディレーラは、ブラケット部材(5)と、チェーンガイド装置(3)を支持する支持部材(4)と、前記支持部材(4)と前記ブラケット部材(5)とを接続するための一対のリンク部材(6,7)とを備え,前記自転車車体フレームは、前記自転車車体フレームのリアフォークエンド(51)のディレーラ取り付け延伸部(14)に形成された連結構造(14a)を備え,

前記リアディレーラ・ブラケットは、

略L字形の板から構成されたブラケット体(8)と、

前記ブラケット体(8)の一端近傍に設けられ、前記リアディレーラ(100)の前記ブラケット部材(5)を前記ブラケット体(8)に連結するために用いられ、第1軸線(91)廻りに回転可能な第1連結構造(8a)と、

前記ブラケット体(8)の他端近傍に設けられ、前記ブラケット体(8)を前記自転車車体フレーム(10)の前記連結構造(14a)に連結するために用いられる第2連結構造(8b)と、

前記ディレーラ取り付け延伸部(14)に接触して前記リアディレーラ(100)を前記リアフォークエンド(51)に対して所定の姿勢に位置決めするために用いられる位置決め構造(8c)と、

を備え,(注:ここまでがプリアンブル)

前記第1連結構造(8a)と前記第2連結構造(8b)の位置は、前記ブラケット体(8)を前記リアフォークエンド(51)に装着したときに、前記第1連結構造(8a)が提供する連結点が前記第2連結構造(8b)が提供する連結点よりも下方かつ後方になるように配置されていることを特徴とするリアディレーラ・ブラケット。

 

(2) 被疑侵害品の構成

被告(日骋(rìchéng)工贸有限公司)が製造販売している被疑侵害品はリアディレーラ・ブラケットを含むリアディレーラであり、請求項1のリアディレーラ・ブラケットの構造特徴を有している点については、当事者双方に争いが無い。

 

(3) 下級審における判断

第1審の浙江省寧波市中級人民法院では、本件特許の請求項1の「前記自転車車体フレームは、前記自転車車体フレームのリアフォークエンド(51)のディレーラ取り付け延伸部(14)に形成された連結構造(14a)を備え」という技術特徴は、出願時の請求項1には無かったものであるから、本件特許のリアディレーラ・ブラケットはこのような技術特徴の無い自転車車体レームにも装着可能であったはずで有り、また、被疑侵害品は自転車に装着された状態のものでは無いので、被疑侵害品が「前記自転車車体フレームは、前記自転車車体フレームのリアフォークエンド(51)のディレーラ取り付け延伸部(14)に形成された連結構造(14a)を備え」という本件特許の技術特徴と装着方式とを充足しているか否かが不明確であり、非侵害である、と判断された。

第2審の浙江省寧波市高級人民法院では、被疑侵害品はリアディレーラであって自転車に取り付けられていないので、(1)リアフォークエンドを備える自転車車体フレームに装着すること、及び、(2)リアフォークエンドの延伸部に装着すること、という本件特許の2つの装着特徴を有しておらず被侵害である、また、中国では間接侵害を規定する法律の規定は無く、間接侵害が成立するためにはその前提として直接侵害が存在する必要があるが、本件では直接侵害が存在しないので間接侵害も成立しない、と判断された。

(その後、最高人民法院と寧波市高級人民法院との間を再審で2往復しているが、その詳細は省略)

 

(4) 最高人民法院における争点

最高人民法院における争点は以下の6点である。

<争点1>請求項1の使用環境特徴が権利範囲の限定作用を有するか、及び、その限定の程度はどうか?

<争点2>被疑侵害品は、本件特許の請求項1に記述されている構造を有する自転車フレームに使用されるものである必要があるか?

<争点3>被疑侵害品は、本件特許の権利範囲に含まれるか?

<争点4>(無効審判が提起されているので)本件の訴訟を中止すべきか否か?

<争点5>被告の現有技術の抗弁が成立するか否か?

<争点6>本案の民事責任

 

(5) 争点1(請求項1の使用環境特徴が権利範囲の限定作用を有するか、及び、その限定の程度はどうか?)について

使用環境特徴とは、発明を使用する背景又は使用条件に関する技術的特徴である。使用環境特徴について、本院は以下のように分析する。

<使用環境特徴が権利範囲の限定範囲を有するか>

まず、請求項に記載された技術的特徴は、すべてその特許発明に不可欠の技術的特徴であると理解すべきであり、権利範囲を限定する作用を有し、特許の権利範囲を確定する際に必ず考慮しなければならない。本件特許の保護主題は、「自転車のリアディレーラ・ブラケット」であるが、請求項1は、リアディレーラ・ブラケットの構造特徴を記述すると同時に、リアディレーラ・ブラケットが連結するリアディレーラと自転車車体フレームの具体的構造も限定している。これらのリアディレーラと車体フレームの特徴は、実際に、リアディレーラ・ブラケットを使用する背景及び条件に関するものであって使用環境条件に属し、請求項1の保護範囲を限定する作用を有する。

<使用環境の限定の程度>

この問題は、具体的に言えば、保護対象がその使用環境において必ず用いられる必要があるか、或いは、その使用環境において用いることができるものであれば良いか、というものである。これは、個々の事件の具体的状況に基づいて確定する必要がある。一般的な状況下では、使用環境特徴は、保護対象がその使用環境において用いることができるものであれば良い、と理解すべきであり、その使用環境において必ず用いられる必要は無い。しかしながら、特許請求の範囲、明細書、及び審査経過を読んだ当業者が、保護対象がその使用環境において必ず用いられる必要があることを明確かつ合理的に理解できる場合には、その使用環境特徴は、保護対象がその特定の環境において使用されることを必須とするものと理解すべきである。

本件の請求項1における使用環境特徴については、以下のように分析される。

第1に、使用環境特徴1(「前記自転車車体フレームは、前記自転車車体フレームのリアフォークエンド(51)のディレーラ取り付け延伸部(14)に形成された連結構造(14a)を備え,」)は、審査において数回に亘って補正されたものである。…(中略)…従って、使用環境特徴1に関しては、本件特許の保護対象である自転車用リアディレーラ・ブラケットが、その使用環境特徴1を有する車体フレームのリアフォークエンドにおいて使用されることを必須の条件とするものと理解すべきである。

第2に、使用環境特徴2(「前記リアディレーラは、ブラケット部材(5)と、チェーンガイド装置(3)を支持する支持部材(4)と、前記支持部材(4)と前記ブラケット部材(5)とを接続するための一対のリンク部材(6,7)とを備え,」)は、第2回審査意見通知書への応答時に追加されたものである。…(中略)…従って、使用環境特徴2に関しては、本件特許の保護対象である自転車用リアディレーラ・ブラケットが、その使用環境特徴2を有するリアディレーラにおいて使用されることを必須の条件とするものと理解すべきである。

以上のとおり、本件の使用環境特徴は、限定作用を有し、本件の保護対象である自転車用リアディレーラ・ブラケットは、この使用環境において使用されることを必須としている。

 

(6) 争点2(被疑侵害品は、本件特許の請求項1に記述されている構造を有する自転車フレームに使用されるものである必要があるか?)について

被疑侵害品が、請求項1のブラケット体の構造特徴、及び、リアディレーラの使用環境特徴を有している点について、双方当事者に争いは無い。また、原告が提出した証明書によれば、被疑侵害品は実際に、請求項1で限定されている自転車車体フレームにおいて使用されており、この点についても争いは無い。争点となっている問題は、被疑侵害品が請求項1で限定されている自転車車体フレームに必ず用いられるものであるか、或いは、被疑侵害品が請求項1で限定されている特徴を有さない自転車車体フレームにも利用され得るものであるか、である。

まず、被疑侵害品の特定の構造は、請求項で記載されている自転車車体フレームの特定の構造と整合する関係を有する。本院が調査した事実によれば、被疑侵害品は、リアディレーラ用のねじ穴から離れた位置付近に、板の表面から上方に延伸する突起部を有している。この突起部は、客観的に自転車車体フレームのリアフォークエンドの特定の位置と協力して、位置決めを実現する作用を有する。

また、被告は、原審(第1審)の審理において、被疑侵害品の装着状態を実演する補助説明を行っている。これは、リアフォークエンド延伸部を有さない自転車車体フレームに被疑侵害品を装着できることを証明するためのものであり、被告は、被疑侵害品のブラケットと車体リアフォークエンドとの間に座金を追加することによって、被疑侵害品の突起部が形成する間隙を埋め合わせて、リアフォークエンド延伸部を有さない自転車車体フレームに被疑侵害品を直接装着した。しかしながら、被告は、被疑侵害品の販売時に座金を付属させておらず、このような装着方法は、通常の工業的生産方法でなく、かつ、位置決め効果に影響を与え得るものである。同時に、本院に対しては、リアフォークエンド延伸部を有さずに既に商業的に流通している自転車に被疑侵害品を装着することに関しては、被告は全く証拠を提出していない。

最後に、自転車車体フレームの標準規格によって、被疑侵害品の実際の装着状態を補助的に証明できることに関して、我が国には、軽工業省(原轻工业部)が発行した強制力のある自転車車体フレーム標準規格が存在する。この標準規格によれば、2種類の自転車車体フレームが存在し、一種類はリアフォークエンド延伸部を有しており、他の一種類はリアフォークエンド延伸部を有していない。リアフォークエンド延伸部を有する自転車車体フレームは、請求項1の車体フレームの限定特徴を有している。リアフォークエンド延伸部を有さない自転車車体フレームに被疑侵害品を装着することは非通常的な工業化生産方式であり、かつ、位置決め効果に影響を与え、故に、リアフォークエンド延伸部を有する車体フレームに被疑侵害品を装着することは、ほとんど必然的な選択である。

このように、リアフォークエンド延伸部を有する車体フレームに被疑侵害品を装着することは、被疑侵害品の唯一合理的な商業的用途であり、被告は有効な反証を提出できないので、被疑侵害品は、商業上必然的に本件特許の請求項1に限定された自転車車体フレームに用いられるものであると認められる。

 

(7) 争点3(被疑侵害品は、本件特許の権利範囲に含まれるか?)について

まず、本件特許の請求項1の保護範囲を明確にする必要がある。請求項1の記載によれば、その保護範囲は、以下の3つの必要的技術特徴により限定される。

・使用環境特徴(上記2(1)節の「対象クレーム」参照)

・リアディレーラ・ブラケットの構造特徴(同上)

・リアディレーラ・ブラケットの装着後の位置特徴(同上)

また、技術特徴との対比については、前述したように、被疑侵害品は、商業上必然的に本件特許の請求項1に限定された自転車車体フレームに用いられるものであり、従って、請求項1の自転車車体フレームに関する使用環境特徴を充足する。同時に、被疑侵害品は、請求項1のブラケットに関する構造特徴と、リアディレーラに関する使用環境特徴も充足する。このように、被疑侵害品は、リアディレーラ・ブラケットの装着後の位置特徴を除く、請求項1のすべての特徴を充足している。

最後に、リアディレーラ・ブラケットの装着後の位置特徴については、被疑侵害品は、リアディレーラ用のねじ穴から離れた位置付近に、板の表面から上方に延伸する突起部を有している。被疑侵害品は、商業上必然的に、請求項1で限定されている自転車車体レームに用いられるものなので、被疑侵害品の突起部は、請求項に記載された自転車車体フレームに装着されたときに、必然的に、第1連結構造が提供する連結点が前記第2連結構造が提供する連結点よりも下方かつ後方になるような位置関係の特徴を呈する。

従って、被疑侵害品は、本件特許の請求項1のすべての技術特徴を充足し、請求項1の保護範囲に属する。

 

<争点4~5>

省略

 

<争点6>本案の民事責任(詳細は省略)

被告日骋工贸有限公司は、本件特許発明の権利範囲に属する被疑侵害品の製造・販売を直ちに停止し、被疑侵害品及びその宣伝資料を廃棄せよ。

被告日骋工贸有限公司は、原告島野株式会社の損失等として合計30万元(約450万円)支払え。